縄文人=ポリネシア人(その1)
日本人には縄文人(南方系)と弥生人(北方系)の2つのルーツがあることはいまや
定説になっていますが、縄文人は何かというと、これもポリネシア人なのです。
スンダランドに定住したポリネシア人がカヌーで黒潮に乗って琉球列島弧に至りました。
沖縄の港川で出土した1万8千年前の人骨(港川人)はワジャク人(ジャワ:約1万年前)
や縄文人とよく似た特徴を持っています。
港川人頭骨
又、与那国島の海底遺跡は巨石の加工技術を持ったポリネシア人が、海退が進んで陸地だった
与那国島沖に作った神殿だと思われます。
与那国島の海底遺跡
さらに黒潮と対馬海流にのって、ポリネシア人(縄文人)は九州・四国・本州の両側の沿岸に
入植し、さらに青森県(三内丸山遺跡)や北海道(礼文島)まで行って、そこに定住しました。
三内丸山遺跡
南九州にいた縄文人は鬼界カルデラの大噴火(6300年前)によりほとんど
絶滅し、残った西日本の縄文人も弥生人に駆逐されて(あるいは同化)して
しまったので、西日本には鬼界カルデラの大噴火以後の縄文時代の遺跡は
ありません。しかし一方で、北日本の縄文文化は各地で順調に発展しました。
以前は縄文人は狩猟採集のみの原始的生活を送っていたと思われていましたが、
三内丸山遺跡の発掘などから、縄文人は高度の文明を持っており、農業も行い、
非常に広範囲にわたる船による交易を行っていたことが分かってきました。
東北・北海道の縄文遺跡からは沖縄のイモガイの腕輪が沢山出土していますし、
東京武蔵野台の旧石器遺跡(3万2千年前)からは、150KM離れた神津島産の
黒曜石が出土しているなど、縄文人はポリネシア人の伝統をそのまま引き継ぎ、
かなり高度の航海技術を持っていて、頻繁に外洋航海をしていたと推定されます。

北海道の縄文遺跡から出土したイモガイの腕輪と沖縄産のイモガイ
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