縄文人=ポリネシア人(その2)
又、不思議なことに縄文土器と同じ文様を持った土器がポリネシアや南米でも
発見されていますので、もしかすると縄文人は故郷のポリネシアやその先まで
航海する能力を持っていたのかもしれません。

ファヒネで発掘された縄文土器片 と 南米エクアドルで発掘された縄文土器
又、最近までミクロネシアなどでで実際に使用されていた物と同形のカヌー製作用の丸ノミ型
磨製石斧が日本各地の縄文遺跡で発掘されていますし、カヌー(丸木船)も縄文遺跡から沢山
発見されていますので、縄文時代にはカヌーが沢山作られていたと思われます。しかし、
残念ながら、発掘された丸木船には、アウトリガーカヌーだった証拠は見つかっては
いません。しかし、数百キロの航海をしたとすると、縄文人が使ったのは単純な丸木船でなく、
アウトリガーを持っていたと思った方が自然だと感じます。腕木もAMAも細い木ですから
数千年後に発掘される前に朽ち果ててしまったのでしょう。

北海道で発掘された丸ノミ型磨製石斧とファヒネ島で発見された古代ポリネシアの石斧
いまや、縄文時代に農業が行われていた事は常識になりました。ポリネシアでは伝統的に
里芋(タロ)、山芋(ヤム)、粟・ヒエ、赤米(熱帯ジャポニカ)などの混合農業をして
いますが、このスタイルの農業は、棒状の農具・田の耕し方・農業儀式などが沖縄・南西
諸島の伝統農業と酷似しています。さらに北海道の縄文早期(8000年前)の遺跡から、
ポリネシアにみられる栽培型のヒエの種子が発見されており、縄文人とポリネシア人との
関連が証明されてます。
ちなみに、日本のイネはポリネシア人が持ち込んだ熱帯ジャポニカと、弥生人が持ってきた
温帯ジャポニカの交配により、日本特有の耐寒性のある早生ジャポニカが誕生して、
寒冷地である東北地方まで稲作が可能になったたそうです。
言語でも、日本語の文法は完全なツングース語族(北東アジア系)のものですが、
音韻はポリネシア語と共通であり、地名/古代の人名などの単語はポリネシア語で
意味が理解できる物が沢山あるそうです。たとえば、Born Free GEMINIを置いている
江の島の相模(SAGAMI)は、マオリ語では「人々が集まって仕事(漁労など)をする
場所」の意味だそうです。
又、沖縄で発見された石版(沖縄のロゼッタストーン)に書かれた文字のような物や、
琉球の王朝時代に使われていたとされる古代文字が、イースター島の未だ解読されて
いないロンゴロンゴ文字と類似しているとか、琉球王国時代に使われたわらで作る
数を表す記標である「バラ算」が、インカ帝国に伝わる「キープ」という縄で徴税などの
数字を記録しておくものに酷似しているのも、縄文人とポリネシア人の関連を示す証拠だと
言われています。

沖縄のロゼッタストーン 沖縄古代文字の文献 バラ算
このような世界を股に掛けた偉大な海洋民族ポリネシア人の子孫である日本人の最近の
ヨットマンが、このごろハーバーのまわりをちょろちょろ走るだけで、遠くの海に
行くことを躊躇う風潮があるように感じて、ちょっとさみしく感じています。
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