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1975年春、「愛のアルバム」は確かTBS「はばたけ!真理ちゃん」の挿入歌だったその後1ヶ月ちょっとですぐ「初めての涙」が出された。ミュージカル「君よ知るや南の国」の劇中歌からのシングルカットである。事務所は真理ちゃんの今後の方向としてミュージカルへの挑戦を試みたのだ。いみじくも「真理ちゃんシリーズ」終了後の初仕事となった。


TBS系「真理ちゃんシリーズ」1972年10月から1975年3月まで2年半に渡り続いた。その時ひとつの転換期がやって来たんだなと感じた。アイドルはその器を大きく弾けようとしていた。もう国民的アイドルだけではいれない。そんな不安?そして挑戦が必要になった。
 それがミュージカルへの挑戦だった。以前同じ様に岡崎友紀がトップアイドルから大人の女性へ脱皮する過程として同じ様な試みがなされていた。しかしそれは実力派への転換でありかなりの実力とそれをバックアップする事務所とスポンサーが必要になる。
当時の記憶がさだかではないが興行実績はどうだったのだろうか? その後真理ちゃんミュージカルが行われていない所から察すると「良くはなかった?」のだろうか。
 このミュージカルがステップとなりアイドルからミュージカル歌手になれていたらその後の真理ちゃんはどうなっていただろうか?この頃の私の思いは「真理ちゃんシリーズも」終わり寂しい気持ちでいた中けして明るい曲でない「初めての涙」を聴き、大人の女性へと変わって行く真理ちゃんに対して「寂しさ」「不安」を覚えた。レギュラー番組も終わり、人気も落ち込み出して辛い時期を迎えた。そんな中のこの仕事いい仕事だったけど毎週テレビに出ていたのに出演頻度も減り悲しかった。そんな「はじめての涙」1975年5月春なのになぜか人恋しい寂しい季節が始まった。
(2003.5.16)