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1974年ともなると天地真理の時代はほぼ終わり、山口百恵、桜田淳子、太田裕美、岩崎宏美、ピンクレディー、キャンディーズと多彩なメンバーへと移り変わっていた。
その中でも「ポスト天地真理」は桜田淳子だったと私は思う。
山口百恵ではないし、太田裕美でもないだろう。
それではなぜ桜田淳子なのか?



国民的アイドル天地真理亡き後の国民的アイドルは一般的に「ピンクレディー」と言われている。もちろんこれに誤りは無いが、同じ土俵で勝負なら一人対一人の対決でなければ不公平である。したがってグループはこの「ポスト天地真理」には入れられない。(あくまでも私的解釈)そうすると誰か?これまた一般的には「山口百恵」や「太田裕美」となるとこだろうが、これも私は「違う!」と言いたい。まず山口百恵はどうか?彼女の場合アイドルと言うよりは早く大人の歌手へ脱皮した。しかもそれが成功した点からしてアイドルとは呼びにくい。もちろん「横須賀ストーリー」以降の曲が完全にデピューのイメージの脱却があり「元祖ツッパリ的」路線へと変わった事からも正統派アイドルとは言いにくい。それでは太田裕美はどうか?彼女はデビュー当時の天地真理路線と言って良いと思う。しとやかでフォーク調でピアノが良く似合うところはまさに第2の天地真理であり天地真理と同じ渡辺プロと言うことからも…。しかし曲のヒットはあったが天地真理のように長期に渡るヒットと人気が及ばなかった。したがって「国民的アイドル」とは呼べない。

そこで桜田淳子はどうだろう?デビュー当時は子供過ぎた。幼さの残る中学生ではまだアイドル予備軍だった。しかし1973年のデビュー後より1、2年で彼女が急に綺麗になっていった。1974年12月発売の「はじめての出来事」の頃からである。この曲こそ天地真理のほとんどのヒット曲を手がけた作曲家「森田公一」作品である。作詞は当時のNo1売れっ子「阿久悠」の言ってみれば最高のヒットメーカーコンビが手がけたことになる。今までに無いすこし背伸びしたアイドルを全面的に打ち出したキャラクター作りもあいまって曲も初の1位を獲得し彼女の人気にも拍車がかかってきた。どこか髪型も少女から女性へと変わった。アイドルのスタートラインにやっと到達した感じがした。天地真理はデビューが19歳桜田淳子は14、5歳Iだと記憶するこの「はじめての出来事」当時でもまだ16、7歳で少なくともアイドルとしての時間が天地真理よりは長く続くと考えられた。それに反しデビューが早い分幼い時代は本当のアイドルにはなれなかったが、急に綺麗になったこの時期本当のアイドルへと変貌したのだ。

この頃からしばらくの時期の桜田淳子はまさにアイドルだった。映画、テレビ(歌番組、ドラマ)出ない日が無く、天地真理のように1位獲得は多くは無かったが(「はじめての出来事」のみ1位獲得曲)ヒット曲以上にアイドルとしての存在感があた。衣装も可愛く、歌も乗りがよく全般的にはロマンティック&元気(メロディアス&ポップ)で総てがアイドル要素だった。

しかし天地真理が消えていく背景と同じように時代は常に進み時は過ぎると同時進行にまた若い新アイドルをデビューさせることとなる。それはまた桜田淳子にとってもアイドルを去らなければならない時となってしまう。同じ事務所(サンミュージック)の松田聖子の登場がそれを急がせた。