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1971年7月のTBSドラマ「時間ですよ」に初登場。同年10月1日CBSソニーより「水色の恋」でレコードデビュー。
「1971年レコード大賞ノミネート」が11月。あと半年レコードデビューが早かったら・・・。
ノミネートまで1ヶ月では当然だが1971年の新人賞の中に「天地真理」の名前はなかった・・・。5月デビューの「小柳ルミ子」6月デビューの「南沙織」後の「新3人娘」の一人だけ新人賞に選ばれもしなかった。しかしこれが非常に皮肉なことにも天地真理のみが「国民的アイドル」へと駆け上がってゆくことになる。そして頂点へ「No1アイドル」へと…。


今のアイドルと言う言葉を確立させた人それは「天地真理」ではないだろうか?
私自身彼女の存在は1972年の「レコード大賞」においては意識がなく1973年の「若葉のささやき」まで彼女の存在を意識したことがまったくなかった。小学校の高学年において女性アイドルを「いいなー」と思うことがどこか「恥ずかしい」感じがあったのかもしれない。
1973年の時に好きになったわけだから、その頃時間を逆上りデビューまでを追いかけてみたものだった。

1973年のシングルはもちろんLPも買いそれ以前のLPも買って行ったのがこの頃である。
残念ながら量産型ホームビデオは1977年ごろの登場なのでこの頃の映像は保存できなかった。今思えばあと10年ホームビデオの登場が早かったらと、悔やまれてならない。

1973年の頃はトップアイドルでほぼ毎日あった歌謡番組に出演しまくっていた。
NTVは「NTV紅白歌のベストテン」TBS「火曜歌謡ビックマッチ」「ロッテ歌のアルバム」フジテレビでは「夜のヒットスタジオ」NET(現テレビ朝日)では「ベスト30歌謡曲」もちろんラジオでも「不二家歌謡ベスト10」「愛川欽也のバックインミュージック」などにも出演していた。
テレビに戻るがレギュラー番組はあまりにも有名なデビュー作TBS「時間ですよ」
同じくTBSの「真理ちゃんとデート」をはじめとする「真理ちゃん」シリーズは忘れられない。

1971年5月に小柳ルミ子が「私の城下町」でデビューし、その後6月に南沙織が「17才」でデビュー天地真理はなんと10月デビューであった。これが大問題。これではレコード大賞新人賞レースには完全に「不利」であった。(当時新人賞は捨てていたのかも知れない)
これが半年早かったら。その年の「最優秀新人賞は」ダントツ「天地真理」だったであろう。

規定的には1972年の新人賞候補になったらしい。しかし1972年は彼女の人気沸騰の年それもあり新人賞には選べず「大衆賞」となったらしい。私が審査員なら「最優秀新人賞 天地真理」「大衆賞 天地真理」のW受賞にした。大賞でも良かったのではと思うが…。