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1973年総て出す曲が大ヒット、総てがNo1ヒットであった。しかし最大のヒット「恋する夏の日の」次のシングルが決まらない!発売直前に発売の曲が急遽差し替えられた!そして人気にかげりが…。
ひとつのイメージをまっとう出来ないこの頃のアイドル。つぎからつぎにライバルたちは現れだした。同じ事務所のアグネスチャン、花の中三トリオの森昌子、桜田淳子、山口百恵…。
厳しい時が刻一刻と迫ってきていた…。


天地真理の曲の傾向とはどんなものだっただろうか。
さわやかなフォーク調の弾き語りのイメージ?もうひとつは、切ない乙女の恋心を聴かせる美しいメロディー。そして元気印の健康イメージ。フォーク調の弾き語りの代表作はデビュー曲の「水色の恋」。切ない乙女の恋心は「ちいさな恋」。元気印は「恋する夏の日」。
それではどれが一番彼女らしさが発揮できる曲調だろうか?答えはどれでもない。今上げた3つが互いにミックスして彼女らしさが完成するのである。

1973年の作品は「ふたりの日曜日」「若葉のささやき」「恋する夏の日」と総てが人気No1を獲得していた。しかしその年の10月の曲に問題があった。「空いっぱいの幸せ」この曲は今まで数週にわたりオリコンチャート1位になっていた今までの曲と違い1位がたった1週だけ。
今思えば関係者はかなり慌てたのではないだろうか。すこし「おかしい」と間違いなく感じただろう。そもそも一旦は「もの想う季節」が決まっていたはずなのに急遽「空いっぱい…」に差し替えられた。何が起こってしまったのか?その証拠が、当時のレコード情報冊子「レコードマンスリー」に近日発売曲リストに天地真理「もの想う季節」とリストに曲名がはっきり出ていた事を鮮明に記憶している。しかしその後出た曲は「空いっぱい…」だった。そして「もの想う季節」はB面に変えられていた。

それでは仮に1973年10月発売のシングルが「空いっぱい…」でなく当初の予定通り「もの想う季節」であったらその曲は「空いっぱい…」より売れたであろうか?答えは「売れた!」と私は今でもそう想っている。なぜなら天地真理のシングルは常に一定の曲調を続けて出すのを避け、しっとり→元気→さわやか→元気と周期をもち出していたからだ。この年の年頭が「ふたりの日曜日」で元気!春に「若葉のささやき」さわやか、夏にあの元気No1の「恋する夏の日」その元気のつぎにもう一度「空いっぱい…」で元気!が来ては今までのヒットローテーションが壊れてしまうことになる。やはりこの秋は順番的にも季節柄からも「しっとり」メロディアスなすこし悲しげ、しかしさわやかにがピッタリではなかったか?
年頭の「ふたりの日曜日は」1位獲得したが大ヒットではなかった。(約45万枚)「若葉のささやき」は売れたが(約48万枚)「恋する夏の日」はヒットした。(約50万枚)そした「空いっぱいの幸せ」大きくダウン(約24万枚)1972年の「ちいさな恋」が約55万枚売れている。この曲は「元気」ではなく「しっとり、さわやか」だ。いくら人気があってもワンパターンは飽きられてしまう。元気→元気はやはり失敗と言っていいだろう。
今でも思う。「もの想う季節」がA面だったらと。予測販売枚数55万枚は堅かったと…。そして誰が何の理由でこの曲を差し替えてしまったのだろうかと…。取り返しのつかない事をしてしまったのではないだろうか。

確かにライバルがどんどん次から次へとヒットを飛ばしていた。そして本当にたくさんのライバルたちがいた。男女ともにヒット曲の多い事。そんななかで一定期間連続で1位を維持するのは至難の技ではない。ほんとうに大変なことであるわけだが…。そして変えてはならない個性の維持が今崩れようとしていた…。真理ちゃんを無理やり大人の歌手へと変えるということで…。
それはプロダクションの天地真理へ対するプロモーションミスにつながっていくが…。