これは悩ましい問題です。ダンサーそれぞれの思いがあるはずです。ですからこれはあくまでも私の思っているモダンダンスです。

クラシックバレエという厳しく美しい形を追及し、音楽と物語を身体で表現するダンス。
そこから離れて自由な動きをしたいという欲求からモダンダンスは始まった。
乱暴すぎる言い方ですが、簡単に言うとそう私は理解しています。

   そうすると、モダンダンスというものは、とても個人的なものになってくる。

身体で表現したい。気持ちに沿って表現したい。私が、あなたが、何をどう踊って表現したいか。
これは、人の数だけ、人の生きている時間の数だけある。そう思いませんか?


           すごく簡単に言ってしまえば「なんでもあり」かな?

                

断っておきますが、最も難しいのがそれがどれだけの人に伝えられるのか、そして心に残ってくれるか、なのです。同じくらい難しいのが、それをビジネスとして成り立たせることです。


   そして、そして、思い通りに動くには、いつも精進していなくてはならないということ。


でも、楽しく動くというやり方があります。危険だけは避けなければなりませんから、
ウォームアップは充分やりますが、後はゆっくりやりましょう。 
そんな稽古を私はしています。 だって、踊るのはとても素敵なことなのですから。


  いっちばん大切なことは、踊ることが好きで、踊りたいと思う心があるかないかでしょう


コンテンポラリーダンスの若い人たちは、モダンダンスは、古いと感じているようです
モダンダンスという言葉そのものと分けたいのでしょう。 でも若い人だけでなく、だれにでも「今」はちゃんとあるわけで、それが、ばあさんならば、 
 
           「ばあさんのコンテンポラリー」ですよね。

コンテンポラリーダンスの皆さん、モダンダンスの皆さんにも怒られるかもしれませんが、「踊りたいことがあればどんな名前でもいいや」というのが今の私の思いです。 うまく言えないけれどクリエイティブなダンス。

             
そう、踊りは創るものなのです。
     うまくいくと踊りはあふれ出てくるものなのです。



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