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田 英夫とジャーナリスト仲間の懇談を
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No.5
3月29日登録

始まったイラク戦争
(この意見交換は2003年3月27日に行われた。直後、米軍は本国などから約10万人の追加投入を発表した。また、ブッシュ米大統領はメディアの戦争報道について「馬鹿げている」と発言した。)


▽ブッシュ政権の誤算

 ブッシュのイラク戦争が遂に始まったが、メディア戦争という性格が際立っているね。米・イラクの宣伝合戦だが、これまでのところイラク側も相当、うまくやっている。イラクは地上戦闘でもプリミティヴだが、効果的に動いて、米・英軍は予想したような展開になっていない。このままでいくと米軍は無差別攻撃に出ざるを得なくなってくるのではないか。そうなると、この戦争は明らかに失敗だね。

 米国はフランスとの外交戦に敗北して、苦しい条件の下で開戦せざるを得なかった。つまり、ブッシュ政権は国際世論に包囲されて、@短期に軍事作戦を終了させるA自国将兵の死傷者を最低限にとどめるBイラク民間人への被害を限定する―という三つの戦略的な枠組みを守らざるを得なかったが、それが守り切れなくなっているのではないか。戦争の様相はブッシュ政権が構想していたのとは違って来ている。「衝撃と畏怖」という心理戦争の要素に大きな期待をかけたが、サダム・フセイン政権に虐げられていたシーア派などの蜂起は予想したほどではない。新しい大兵力の追加投入が誤算を裏付けている。

 イラクの一般大衆はブッシュが称えている「解放」を信じていない。ABCなど米テレビもそう報じている。

 国連の決議もなしに他国に侵攻し、歓呼の声で迎えられると思うのがそもそも間違いだ。米国がいくら一国で「解放者」と自称しても、イラクにもあるナショナリズムには通用しない。この戦争はイデオロギーの対立軸を背景にした東西対立時代の戦争とは明らかに違っている。

 湾岸戦争ではなかった事だが、アラブ諸国のメディアが活躍し、「今回の米国の狙いはイラク石油利権の確保だ」という見方が深く浸透している。米国の正義などイラク国民は信用していない。

 イデオロギーの対立はむしろ米国内にあると言えるのじゃないか。ブッシュ政権の中核であるネオコンサーバティブ一派の主張がどの程度、米国世論に受け入れられているのか、疑問だね。記者会見などでは,ラムズフェルド国防長官が出しゃばっているけど。

 ブッシュ政権の内部でこれまであった対立を開戦後も引きずっているようだが、ネオコンが当分、政権を支配するだろう。しかし長期的には不安定要素があると思う。

 対イラク開戦とネオコンのイデオロギーは一体不可分になっている。そのイデオロギーの中味は何なのか。もし他国に民主主義を植え付けるなどと真剣に考えているとすれば、とんでもない話だ。

 米国には第二次世界大戦後、対日占領政策が成功したという意識があるのだ。しかしイラクでも、うまくいくというのは幻想にすぎない。日本人として忘れてはいけないのは、米国の占領政策によって、この国がダメになってしまったということだ。歴代政府・与党は民主化政策以後、米国に唯々諾々としているが、アラブ諸国にせよアジア諸国にせよ米国の押し付けを強く嫌っている。確かに米国は民主主義だが、その民主主義は相当に単純で低いレベルではないか。先制的な武力行使までやろうとするカウボーイ的発想に追随していいってものではない。サンケイ新聞の報道や論調に代表される日本のネオコンサーバティブはひどい。


▽弱い日本の反戦運動

 日本のネオコンは天皇制を表に出さない形で、国家主義を再編成しようとしている。自民党のタカ派や文科省が特に教育面で強調している「新しい公共」という概念がそれだ。民主主義、つまり自分の思うところを積極的に発言し実行していこうという考え方を否定し、上から「新しい公共」なるものを押しつけようという方向だ。

 米国は冷戦の後、自分たちが正しかったのだと思い上がってしまった。自分たちのやることがすべて善であり、正義であると思いこんでいる。

 今回の問題でのフランスの対応を見ると、何かがはじけたという感じがする。アングロサクソン支配に対する異議申し立てという側面が強烈に出ている。独仏という枢軸関係は、奇妙に思う向きもあろうが、ドゴールとアデナウアーの歴史的和解このかた、一つの欧州を国際社会の核にしようという路線の延長上にある。

 環境破壊への強い抵抗から生まれた「緑の党」のような政治勢力が欧州で育ってきて、それが今回の反戦運動の核になっていることを見過ごしてはいけない。

 冷戦構造が崩壊した後、欧州を中心に生まれてきた新しい地球市民意識がある。こうした層を吸収する政治勢力が育ってきていることに注目しなければいけない。日本を含めてアジアでは、こうした人たちを無党派層のままに放置しているのは大きな立ち遅れだ。半面、欧州では発展途上国からあふれ出てくる人たちに対する反発と警戒心から生まれた新しい右翼運動もあるけどね。

 日本でもカトリック教徒などが反戦の声を上げているのだが、マスコミはそうした草の根の声をきちんとひろい上げようとしない。そうした民主主義の基本精神がマスメディアに欠如している。非常に危険だ。

 今の時点で日本が言うべきことは「今からでも遅くない。戦争は止めよう」ということではないだろうか。このままバグダッドでの市街戦に突入すれば、民間人の大きな犠牲は避けられそうもない。イラク側が生物・化学兵器を使用するのではないかと懸念されているが、米軍側はすでに劣化ウラン弾のような危険な兵器を使用しているらしい。中国、フランスなどと歩調を合わせる努力を始めるべきだ。

 米国はサダム・フセインが生物・化学兵器を使ってくれれば、戦争の早期終結のために犠牲もやむを得ないという大義名分が立つから、むしろ待っているのではないだろうか。欧州に対しても「それ見ろ」と言えるしね。

 毒ガス兵器は天候や地形などに左右され、局地戦闘でしか使いにくいし、イラクのタンソ菌など生物兵器開発は実用レベルに到っているかどうか疑わしい。フセイン政権はサバイバルが絶望になる段階まで、使わないだろう。

 世界中で反戦運動が高まっている中で、日本の動きはまだまだ鈍い。これでは小泉政権を追い詰められないと思う。参戦国の英国やスペインでも若者の抗議はすさまじいものがある。

 確かにそうだが、現代の若者の多くにとって、デモや野外集会で自分の政治的立場を表現するのは、この反戦行動が初めてではないだろうか。日本の政治意識が過去二十年間以上、いかに眠った状態だったか、わかる。

政党でも労働組合でもなく、新しい世代の自立的な動きを大切にしたい。


▽どうなる戦後の北東アジア

 米国はフランスに反対されたというのが腹に応えていると思う。しかし、現在の日本が何を言おうと国際的には相手にされそうもない。ジャパン・パッシング(日本無視)だ。

 小泉首相はブッシュ将軍の軍曹みたいなものだと、米国ではみなされているらしいじゃないか。

 日本の政界はCIAを含めて米国の圧力が怖いのではないだろうか。古くは田中角栄、金丸信、最近では加藤紘一まで、皆つぶされているからね。勘繰れば政治の暗部に米国があるような構造だ。

 自民党ハト派の領袖の中にも、小泉首相が「戦争を支持する」とまで言ったのは踏み込み過ぎとはっきり言う人がいる。平和憲法をもつ国なのだから、どんなに追い詰められても「やむを得ない」と発言するのが限界じゃないかとね。

 国会質疑でも、野党はインド洋派遣の自衛艦が間接的に米軍支援の役割を果たしていることを追及しようとしない。在日米軍の出動に関する事前協議など空文化しているし、野党議員のだれも日米安保条約における極東の範囲すら質問しない。

 小泉首相は国連重視を唱え、1441など、これまでの安保理決議を武力行使容認決議ではないと言っていた。ところが安保理で新しい決議ができないとなると、今度は米国の一方的な戦争開始を支持するという。こんな滅茶苦茶な議論がどうして国会で論破されないのだろうか。

 少し早いかも知れないが、戦後処理についてはどうだろうか。米国の姿勢をみていると国連の安全保障機能の再建については絶望的な気がしてしまう。拒否権をもつ常任理事国が二つに割れては修復困難だね。歯止め役が失われてしまうのではなかろうか。

 戦争はまだ始まったばかりだ。戦争の論理と政治の論理はちょっと違う。今後の軍事的進展を見ないで、「サダムが政権を自発的に退いたらどうなるか」などと、希望的観測を持ち出すと間違ってしまう。

 圧倒的な軍事力の差を埋める国際政治要因を考えると、彼我の力にあまり差がないようだ。そうなると戦争が長期化してしまう公算が大ではないか。長引けば長引くほど、米国にとっての政治的利益は少なくなる。

 どこで軍事目的が達成されたかが非常に難しい。生死は別にしてサダム・フセインが出現しなければ終わらない。しかも戦後の受け皿がない。米国は自ら多事多難の道に迷い込んだと思う。

 アラブ世界がますます混沌として、米国も北朝鮮にまで手が回らないかも知れない。

 北朝鮮はとにかく米国を引っ張りだして、そこで手を打つことしか考えてないんじゃないか。

 今回、図らずも参議院議員に繰り上げ当選となり、議席を回復することになった。対イラク戦争に対する日本の立場は憲法の精神を守って「非戦」の立場を表明することから小泉政権のように公然と「支持」する間に幾つもの選択肢がある。私は、今後の安全保障問題にとどまらない国連の役割を軽視するような動きを阻止していく事が重要だと思う。また、日米安保条約一辺倒という発想の貧困を乗り越えながら、北東アジア、ひいてはアジア全体の平和と繁栄を確保する道を国会の場でも引き続き追求していくつもりです。                                       

〔了〕
第一号 2002年11月
大局を見た判断と人権重視の報道を
第二号 2002年12月
いまある「戦争の危機」を回避せよ
第三号 2003年 1月
米国のイラク攻撃を支持するな-主体性問われる日本外交
第四号 2003年 3月

右傾化する政治
(C)田英夫 事務所