| 1904(明治37)年2月 |
日露戦争勃発。13日にロシアのウラジオストック艦隊が津軽海峡西口付近に現れ、日本の商船名古浦丸を撃沈。函館要塞が戦闘配備についた。 |
| 1904(明治37)年7月 |
ウラジオストック艦隊が、20日に津軽海峡を東に抜け、30日に西に抜けた。
同艦隊は函館要塞に近づかなかったため戦闘は無し。要塞があると敵艦が近づかない戦闘抑止力が証明され、函館は無事だったが、敵艦の津軽海峡通過によって、一時青函航路が麻痺し北海道が孤立した。
(ウラジオストック艦隊はその後8月14日の蔚山沖海戦で壊滅) |
| 1905(明治38)年5月 |
14日、ロシアのバルチック艦隊がインドシナのカムラン湾より北上を始めた。
当時、同艦隊は対馬海峡か津軽海峡、あるいは宗谷海峡を通過してウラジオストックに向かうものと予想された。
18日、陸軍大臣、参謀総長、同次長、海軍軍令部参謀列席の上、津軽海峡防御工事に関して会議が開かれた。
この会議における議題は「海軍の作戦を容易ならしめ且つ本州と北海道との連絡を確実ならしめ又敵艦の通過を妨くる目的を以て」、津軽海峡東口の汐首岬と大間崎、同海峡西口の竜飛崎と白神岬に砲台を築くことである。
この会議の結果、「先つ十五珊加農十八門を以て極めて応急の防備をなすこと」と決定した。
23日、函館要塞司令官林錬作より参謀総長山縣有朋へ、汐首岬と大間崎に27cmカノン砲各4門、28cm榴弾砲各4門、15cm速射カノン砲各4門の砲台を増設し、函館山千畳敷東端に24cmカノン砲4門の砲台を増設することが必要と稟請。
25日、『津軽海峡防御設備要領』により、旅順の戦利火砲から、15cm速射カノン砲を大間崎に6門、汐首岬・竜飛崎・白神岬に各4門を据え付けるよう指示。
26日、津軽海峡の防御工事に着手したことが上聞されている。
28日、日本海海戦でバルチック艦隊が壊滅。 |
| 1905(明治38)年6月29日 |
軍令部次長への通牒には次のようにある。
| 曩ニ津軽海峡防御ノ為メ十五珊速射加農砲台四個築設ノ儀及通牒置候処目下ノ状況ニ於テハ取急キ防備ヲ施スノ必要無之又永久防御トシテハ最大口径ノ火砲ヲ備附スルノ必要ヲ認メ候ニ付テハ一時工事ヲ見合セ更ニ永久的防備ノ計画策定可致筈ニ候条此段及通報候也 |
つまり、ウラジオストック艦隊とバルチック艦隊が壊滅し、敵艦が津軽海峡を通過するおそれが当分なくなったので、同海峡の防御工事は将来の要塞築城計画にあげることとして、一時中止せよということである。 |
| 1919(大正8)年5月 |
要塞整理要領の裁可。函館要塞の津軽要塞への改編が予定された。それまで函館湾のみの防衛であったが、津軽海峡の東西の両口に砲台を築いて、同海峡に敵艦が侵入するのを防ぎ、青函航路を守ろうとするものである。 |
| 1924(大正13)年7月3日 |
陸軍省告示第九号によって汐首岬周辺が函館要塞地帯に加わった。 |
| 1927(昭和2)年4月1日 |
「函館要塞司令部」が「津軽要塞司令部」と改称。陸海軍告示第二号によって「函館要塞地帯」は「津軽要塞地帯」と改められた。 |
| 1929(昭和4)年6月16日 |
汐首岬(第一)砲台の起工。 |
| 1930(昭和5)年10月 |
汐首岬(第一)砲台に30cm長榴弾砲4門の据付完了。 |
| 1930(昭和6)年5月6日 |
汐首岬(第一)砲台で、砲床抗堪試験射撃の実施。 |
| 1933(昭和8)年3月 |
汐首岬(第一)砲台の竣工。 |
| 1937(昭和12)年 |
汐首岬砲台に兵員や軍需物資を運ぶための鉄道「戸井線」の建設開始。 |
| 1938(昭和13)年2月2日 |
汐首岬第二砲台の起工。 |
| 1940(昭和15)年5月31日 |
汐首岬第二砲台に96式15cmカノン砲4門の据付完了。 |
| 1940(昭和15)年6月 |
汐首岬第二砲台の竣工。 |
| 1940(昭和15)年6〜7月 |
満州に送るために、汐首岬(第一)砲台の30cm長榴弾砲4門が撤去された。
(砲は大阪陸軍兵器補給廠に格納されたが、情勢変化により南方作戦での使用を顧慮して、満州送りは中止された。) |
| 1943(昭和18)年 |
「戸井線」の工事が資材不足等の理由により中止。ほとんど完成に近い状態にありながら未成線と化す。 |
| 戦後 |
汐首岬(第一)砲台跡・・・終戦時に備砲がなかったことから進駐軍による爆破を免れ、左翼部の砲側庫と中央部の掩蔽部が馬小屋として利用されながらも良く原形を留めていた。しかし、戸井高校によって、1994(平成6)年11月10日に厠が破壊されテニスコートが造成されたのを皮切りに、中央部は掩蔽部の入口が埋められ、左翼部は砲側庫の入口が金網で封鎖、胸檣の一部が破壊される等、危機的な状況となっている。
汐首岬第二砲台跡・・・進駐軍により爆破された。一部痕跡が残っている。 |