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共和トーチカ |
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| ↓ トーチカの正面(砲口部側) |
写真提供:厚真町教育委員会 学芸員 乾哲也 様 |
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| 所在地:Googleマップ |
この共和トーチカは、静川トーチカの東約600mほどの地点に残存している。(下の図では、右方向が北となる。) 徒歩での接近方法としては、黄色の線で示したところを通るのが良いと思われる。(車が入れないようにゲート有り。) 空中写真では道があるように見えるが、現在は見分けがつかないほどに雑草が生い茂っている。
※今回、厚真町教育委員会の乾様・奈良様・宮下様や、元苫小牧市博物館長の佐藤一夫様が、現地を特別に案内してくださいました。車両で、緑色の線で示した道を通っていきましたが、ボンネットを越える高さの雑草をなぎ倒しながらの走行です。車を降りて、丘陵を登ると茂みの中にコンクリート製の換気筒が2本見えてきます。その付近をさがすとすぐに砲口部や背面出入口が見つかりました。草木の繁茂する季節でしたが、おかげさまで現地を確認することができました。どうもありがとうございました。 |
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←外から見た砲口部 |
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| ↑ 砲口部から見たトーチカ内部 |
| ストーブは戦後に誰かが持ち込んだもの。換気孔に煙突が入れられていた。 |
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| ↑ 背面出入口 |
↑ 背面出入口の壁にある穴 |
| 背面出入口の後ろには砲車を運搬するための交通壕があったと思われるが、だいぶ土砂に埋まりかけており、出入口付近も屈まなければならないほど土砂が流入している。 |
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| ↑砲側弾薬庫と背面出入口 |
| 戦後に金属を採取しようとしたのか、砲側弾薬庫の砲座側の壁面下部が壊されていた。 |
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| ↑ 砲座 |
写真提供:厚真町教育委員会 学芸員 乾哲也 様 |
以下のような特徴から、94式山砲用と推測される。
♦駐鋤幅が41式山砲用(90cm程度)に比べ狭い(70cm)⇒開脚式駐鋤の火砲。
♦砲口部最小幅が41式山砲用(50~60cm程度)に比べ広い(1m)⇒水平射界が大きい火砲。
♦砲口部の縦幅が大きい⇒俯仰角が大きい火砲。 |
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| ↑ 砲口部 |
| 縦幅が大きいが、現在は半分以上土砂で塞がれている。 |
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| ←↑ 天井に見える砂利や金属 |
| 砂利は、工兵第77連隊が白老川から採取したようである。天井に露出している金属の中に、レールが含まれている。乾様によると、築城前に廃線となった金山線のレールを利用したのではないか、とのこと。 |
■更新履歴
2011年8月16日 公開
■外部リンク
・ ウィキペディア(九四式山砲) |
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