さいたま市北区本郷町の歴史
江戸時代
天正18年(1590)に徳川家康が江戸城に入り関東をおさめる。
現在の埼玉県は、忍、川越、岩槻の三城にとどまる。
大砂土村西部の今羽、本郷は吉野領に属し、土呂は大宮領に属していた
今羽は二百十二石、本郷は三百九十六石、土呂は八百四十五石となっていた。
明治時代
大政奉還となり、廃藩置県により武蔵県→大宮県(明治2年1月)→浦和県(明治2年9月)→明治9年8月に熊谷県を廃しして現在の埼玉県に
なりました。
現在の大砂土村が組織されたのは、明治22年4月に、土呂村、本郷村、今羽村、東部の大和田村、砂村、島村、堀崎村の七箇村をあわせて
大砂土村とした。このとき、本郷村は西を冠にして西本郷村と呼ぶようになった。大砂土の村名は当時、大きな村の大和田、砂、土呂の頭文字をとって大砂土村となりました。
昭和時代
昭和15年11月3日に大砂土村、大宮町、三橋村、日進村、宮原村が合併して埼玉県で五番目の大宮市が誕生しました。
昭和23年4月に西本郷自治会が発足しました。
歴代自治会会長
昭和35年2月1日に町名を『大字西本郷』から『本郷町』に変更
昭和30年に区画整理され大幅改良道路となる
『産業道路』は昭和31年に東武線踏切から17号バイパスまで工事が
始まり、34年に完成した。
昭和31年10月に本郷団地(第一公団)完成
昭和32年12月に宮原団地(第二公団)完成
昭和36年10月『本郷会館』完成
この会館は本郷の土地区画整理によって設立されたものである
本郷町の地区が上、中、下から1区から6区になる。