東晋の慧遠。当時の江南仏教界の第一人者である。
彼は廬山に東林寺を建てると、そこに三十年籠ったまま、決して外には出て行かなかったという。とはいえ、俗界の人物と会わないというわけではない。慧遠に会いたいと考える客は、自ら廬山へと入っていくのである。
慧遠は親しい客人に対しては、その帰りを途中まで送っていくのだが、それも虎渓にある小さな橋を越えることはしなかった。
ある日、慧遠はいつものように友人の陶淵明、陸修静を虎渓の橋まで送ろうとする。その日の三人にとっては、ことのほか話の弾む楽しい帰り道である。
ふと、遠くで虎の吼え声が聞こえる。
我に返った慧遠は、あたりの様子がいつもと違うことに気付く。話に夢中で、不覚にも橋を渡ってしまっていたのである。
そこで三人は顔を見合わせて、大いに笑った、とのことである。
もっとも、この話、史実ではない。後の時代、儒仏道の三教一体を表す話として広められたらしい。仏教は慧遠、道教は陸修静、陶淵明はまぁ儒教というわけだ。
日本の水墨画には、この話をモチーフにしたものが思いのほか多い。
参考文献
井上一之「中国の名山 廬山」(『しにか』2000年8月号) など