ICHIRO〜の 沖縄のバス探訪記
たった24時間、沖縄に滞在しただけでヤられてしまった旅行記(?)。
沖縄の後遺症(その1)
投稿日: 5月28日(金)23時01分53秒
沖縄から帰って来た。行方不明にならずに・・・。
そもそもクレジットカードのオマケの旅。ポイントマイルが貯まるまで1年かかったのである。然る故、航空運賃はタダ。
必要経費は、その他の交通機関運賃、宿代、食事代(飲み代)。
財布の中は2万5千円で出発。
事前準備を行おうと努力はしたものの、一番肝心な「食い物に慣れる」はダメ。観光地調べもダメ。唯一、ファンドリポポさんから、「バス協会で路線図をもらう」「市内バス1日券を買う」「バスに乗るときには手を挙げる」の3点のみを携えて未知の沖縄に挑んだのである。
26日朝、ジェイアールバスのJR札幌駅行きに乗車。釣橋下車。大谷地バスターミナルまで歩いて、北都交通の空港連絡バスに乗る。この時点でもう気持ちは「バス」。
どんな懐かしいバスに逢えるのかとワクワク。順調快適に新千歳空港着。
空港カウンターで搭乗券を手にして「1年間のカード買い物がこの搭乗券に化けたのか」と感慨しきり。
なのであるが、行きは非常に気分が重かったのは確かである。天気である。
日本全国晴れマークであったのに、沖縄だけ雨マーク。前線の停滞も予想され、26日夜には雷を伴う豪雨が予想されていた。
早着のヒコーキ。14時には那覇空港に着き、空港連絡バスに乗車。
この空港連絡バスも「雰囲気プンプン」。だいたい、乗務員さんはアロハシャツを着ている。
「那覇のバスターミナルには行きますか?」の問いに乗務員氏は、たどたどしい日本語で(失礼)、「行くさ*’&$|¥*&$%・・・」。
果たして私の日本語がこの沖縄で通用するのか心配になったのであった。この気持ちは津軽(失礼)を旅行した時の気持ちに通じる。
一体、何時に出発するのか・・と思っていたら、タバコを吸った客が「このバス何時発」と問うてきた。すると乗務員氏は「2時」。
私は時計を見た。14時05分。おいおい、なんで出発しないの?と、思ったら、その客は「タバコ吸い終わるまでいい?」。乗務員氏「いいよ」。
私は愛煙家である。しかしながら、発車時刻を過ぎた公共のバスを待たせてタバコを吸う気にはなれない。私は愛煙家としてこの客を心の中で非難した。しかしながら、乗務員氏のお応えが、噂による「沖縄時間」なのか・・・と、感心もしたのである。
那覇交通のバスは定時から遅れているにも関わらずゆったりと走る。なんか、先程、タバコを吸っていた客に腹を立てた私がおバカの如くゆったりとした時間が過ぎる。
沖縄のバスは、こんなにゆったりなんだ・・・。しかしながら、コレは大間違いと後に知らしめられるのであった。
那覇バスターミナルで下車。いきなり「琉球バス」の「ちょっと懐かしい」バスに出逢う。

那覇バスターミナルは「近郊線」が主で、市内線のバスは構内に入らない。
なにせ初めての沖縄。全ての勝手が判らない。
ファンドリポポさんのお教え通りにバスターミナル2階のバス協会へ。そこで、沖縄本島のバス全路線の路線図を頂戴する。
その折に、協会のおねいさんに「那覇市内の1日乗車券があるって聞いたんだけど・・」。
おねいさんの説明に拠ると、市内線は「那覇交通だけで、那覇交通が発行している」とのコト。
重厚で暗くカビ臭い2階から1階の乗り場に併設されている那覇交通の乗車券売り場を探し「那覇市内バス1日乗り放題パスポート」を600円で購入。
先ずはホテルにチェックインと、ホテルを目指す。
沖縄の後遺症(その2)
投稿日: 5月28日(金)23時02分53秒
バスターミナルのバス入口で交通誘導をしていたおじさんに「国際通はどっち?」と、問うと、私には判聴できる範囲の琉球語で「あっち(と言ったかは不明)」。
道路の左右には乗用車が駐車。縫うようにバスが走る狭い道をテクテク歩くと県庁が。
もう、県庁付近はバスだらけ。
意外に簡単に噂のいすゞBUに逢えたのであった。


おぉ〜!!!こんなバスがホントに生息していたとは・・・。
乗りたい衝動を抑えてホテルへ。
チェックインして、必要なモノだけ持って再び県庁前へ。
しかし、朝6時に自宅でメシを食って以後、食べ物を口にしていなかったので、安心安全を狙って県庁地下の食堂へ。
しかしながら、食堂はとっくに時間外。庁内案内で「軽食喫茶」をチェック。1階の案内嬢のおねいさんに、「食堂、もうやってないみたいだけど、喫茶店でなんか食べれる?」
と問うと、比較的判りやすい軽度の琉球訛りで「上と下にありますが・・・」。
私は「おねいさんだったらどっちがイイ?」と、問うと、おねいさんは、「個人的には下がイイです」と同僚のおねいさんと屈託無く笑う。
で、私はおねいさんの言葉に従って地下1階の「軽食喫茶」へ行ったのであるが、向かいには「食堂ではないレストラン(・・・説明が難しい)」を発見。入店。
さて、何を食べようか・・・と暫し考える。
ココで、かの「ゴーヤーチャンプル」という未知の食べ物を注文しようか・・・。はたまた「沖縄ソバ・ソーキソバ」に挑戦すべきか非常に迷った。
しかし、軟弱な私は安全パイを打ち「ビーフカレー」を注文。
更にしかし、コレは安全パイではなく、沖縄食文化の片鱗にテンパイとなった。
カレーにおまけの「2色カステラ」。
ごはんは少しだが大量のカレールー。サラダはキャベツにと「コレが噂のゴーヤ?」と思わせる物体。
更には、カレーに隠れたウシの肉は、既に油で焼かれ、油の味がカレーにそぐわない。
まぁ、私が沖縄の食文化に「テンパイ」とは、2色カステラとゴーヤと「量」だけなのであるが。後々追説するとする。
沖縄の後遺症(その3)
投稿日: 5月28日(金)23時03分54秒
苦しいほどに腹がパンパンになり、梅雨空の下、「やっぱ沖縄は海じゃ!」とバスに乗り西武門へ。このバス、いすゞのBU。
ウハウハ有頂天の私は、エンジンの音を堪能するために最後部の席へ。
一言。「すんごい音」。昔のバスって、こんなすんごい音、したべか・・・と考えながら、クーラーでガンガンに冷やされた車内で震える。
さて、「西武門」って・・・と、車内案内が気になり始めたのであるが、エンジンの音がうるさくて案内が聞こえない。
路線図を睨み、バス停を探して現在地を特定しようとするも、乗降が無くてバスはズンズン進む。
アタリを付けて降車ボタンを押す。降りた場所は西武門のひとつ先であった。
この近くに「波之上ビーチ」があるはずであるが、海に出たものの、海岸伝いには「ハブクラゲ 大量発生」の警告看板と「この先進入禁止」の看板。
雨のそぼ降る中を、なにやらすごい御殿が建つ丘を大回りしてビーチへ。
まぁ、コレはいいや・・・
とりあえず、バスだけではなくて2〜3の「観光地」もチェックしなけりゃ・・と、お次は有名な「首里城」を目指す。
しかし、お目当ての路線のバスがなかなか来なくて、痺れをきらして「いいや!」と、なんでもいいからバスに乗った。
バスに乗ってから、そのバスの路線と首里城の場所を確認。行かないことが判明。
那覇市内では、バスの経由表示にやたら「識名」という文字を目にする。
そのバスも「識名」を通り、そこで乗り換えれば「首里城公園入口」に行けると判断。識名で下車。
しかし、その「識名」と言う場所。バス停には立てず(バス停前に立ったらクルマに轢かれるか交通障害となる)、近くの時計屋さんの前でバスを待つ。
「1番のバス、1番のバス・・」うわごとのようにブツブツ。しかし来るのは「5番」ばかり。
やっと来た1番のバスは、青くなく、白いいすゞBU。
(同型バスを掲載する)

最後部は車内案内が聞こえないと学習した私は運転席の後ろへ。
なんとも懐かしい運転台。我々が保存している昭和42年製のバスと大して変わらぬ古臭さ。
なにやらミッションのシンクロも怪しく、ギアチェンジの度に「ギィ〜ゴロゴロゴロ・・ゴックン」。
それが急傾斜のワイデングを軽快に走るのである。もう・・目がテン。
沖縄の後遺症(その4)
投稿日: 5月28日(金)23時04分47秒
さて、首里城にの入口に着いたのは18時過ぎ。
案内のおねいさんに「5時で入場は終わりです」と言われてスゴスゴとバス停に戻る。
来たバスは、BUの後継、いすゞキュービック。
札幌では「古臭い」と感じるキュービックが、沖縄では最新型バスに見えるのが不思議だ。
さて、バスに乗り込んでから猛烈なスリルを味わう。
急な下りのワイディング。乗務員氏はギアをニュートラルにして惰行で下る。
ギアはニュートラルなので、運転免許をお持ちの方はすぐに理解できるであろう。エンジンブレーキは使えない。大型車に付いている「排気ブレーキ」も然り。つまりはフットブレーキのみで制動する。
バス停に乗客が居たらポンピング・ブレーキ。乗車している客全ての首が前後に揺れる。
乗客を乗せ、発車はブレーキを離すのみ。再び惰行で下る。
おいおい・・ブレーキ、焼きつかないのかな・・・の心配に、アロハシャツを着た乗務員氏は涼しい顔。
私は利き過ぎるクーラーとも相まって寒気が走ったのであるが、他の乗客は日常茶飯事という風にヘーキな顔をしている。
ワイディングを軽快にバスを操る(?)沖縄の乗務員氏。恐るべし・・
さて、私は宿の近くのバス停で下車。
一応、国際通の土産屋を覗き、コンビニでビールとつまみを購入。宿に戻る。
翌27日は朝6時から行動を開始することゝし、22時には就寝。
沖縄の後遺症(その5)
投稿日: 5月28日(金)23時05分32秒
前線が停滞して、梅雨空だった26日とはうって変って、沖縄の朝は雲が多いが晴れ。
早速那覇バスターミナルへ歩き、南部の糸満市へ。
この路線は「沖縄バス」三菱ふそう専門である。
比較的新しい感じのバスであるが(沖縄では)、札幌辺りじゃもう古い。
(同型を掲載する)

糸満バスターミナル行きを待っていると、ほほぉ〜・・コレも懐かしい・・
東陽バスの日野RCである。

沖縄バスの乗務員氏は女性。しかし、運転だけ見れば女性か男性かは判断つかず。やや渋滞の始まった那覇市内を軽快にトロ臭い乗用車の間を掻い潜る。
糸満バスターミナルで琉球バスで「ひめゆりの塔」へ。
入口でバー様が手招き。献花を200円で買い「その場所」へ。
人間の愚かな歴史、戦争の記憶に触れ、手を合わせバス停で帰りのバスをチェック。

25分ほど間があったので観光客相手の土産物屋の食堂へ。
しかしながら食堂は真っ暗。
土産物屋のおねいさんに「食堂、まだだよね・・」と云うと「いいさ!」。
広大な食堂には団体客用の食事の準備が・・・
いよいよ私は「沖縄そば」に挑戦。
おねいさんがコップに冷茶を持ってきてくれて、TVをつけようとゴソゴソ。
そこにバー様がやってきて、「エリちゃん、こんな早くからお客さんかね・・」と、おねいさんに問う。私のすぐそばで。
私は「早すぎて悪かったかな?何時からなの?」と問うと、バー様は、
「いいさ!&#%$”%”&#=*+!」
判る部分は、
「おばー、何歳だと思う?89歳さぁ」
「コレ、寝巻きさぁ」(とムームー(?)をヒラヒラ)
さて、初めての沖縄ソバ。ソバと云うより細い手打ちうどんってな感じ。
しかしながら、コクのある、なんとも云えない美味しいツユ。しかも、簡単に済まそうとの思いは大量の麺に打ち砕かれたが、ドンドンスルスルと腹に収まる。
おまけは「グレープサイダー」であった。
沖縄での食事は、必ず甘いモノがオマケに付くのだと発見したのであった。
さて、時間ギリギリにソバを食べ終えてバス停に。ピッタリバスは来る。
そして再び糸満バスターミナルへ。
ココ、港のすぐ側である。
ビールを飲みながら晴れた沖縄の港をのんびり眺めるのもいいじゃろう・・と、ビールを探すも、酒屋はなかなか見つからず、やっと見つけた酒屋でビールを買い、歩きながら飲み、バスターミナルへ。ゆったり過ごす時間は無くなった。なにせ、沖縄滞在は14:50のヒコーキまでなのだから。
糸満から那覇市内へ戻る。
昨日に引き続き「首里城」へ向かうは、バス路線を間違えてモタモタ。
12時頃に首里城に着いたのであるが、最後の本殿には800円の入場料を取られる。
時間的に頑張っても、あと30分しか居られない。800円払って中途半端に見るのは悔しいので、最後の砦は落せず、首里城は陥落させられなかった。
(タダで見れる本殿はココまで↓↓)

沖縄の後遺症(その6)
投稿日: 5月28日(金)23時06分12秒
県庁前まで戻り、少しの間、バスウォッチ。
しっかし、沖縄のバスは面白い。
なんかヘンな顔のいすゞキュービック・・・
あれ?方向幕の部分がフロントガラスの延長で、室内に方向幕装置が・・・

あれ?これもヘンな顔・・と、思ったら、通常、ヘッドライトの間に方向幕があるはずが、やはり車内に・・・

やはり、心を癒してくれるのは富士子ちゃん。
産みの親は商売に失敗して悲しみの境地に居るはずが、生き生きピカピカと元気に走っていた。(新車に見えるのはやはり沖縄だからか・・)

さて、沖縄での3度目の食事は、いよいよ「ゴーヤーチャンプルー」に挑戦。
那覇バスターミナルの近所の食堂に入る。

恐る恐る食べたゴーヤ。う・・ウマい!恐るべき沖縄の食文化とバス文化。少々の歴史文化にも触れて大満足。
しかしながら、やはりおまけは甘い物。煮豆。
さすがにパス。単品だったら食えたんだけど・・・。
だけど、カレーライス、沖縄ソバ、ゴーヤーチャンプルー・セット。どれも大量。小食の私にとっては完食は苦しすぎ。まぁ、煮豆は手を付けなかったが・・・
そして、この沖縄旅行、最後のシメは、沖縄唯一の線路系乗物。ゆいモノレールで空港まで。
このモノレールの車両、サービスが過剰。運転席の後ろに「かぶりつき席」があるとは・・・。
今日は仕事に復帰。
なんかボーっとしていた。
沖縄・・・また行きたい!
明日から土日。良かった。休みで・・・。
ぼぉ〜・・・