脳腫瘍の中には遺伝する物もありますが、通常は遺伝子の突然変異なども含め、散発的に発症するものが多いのです。症状としては、頭痛、手足のしびれ、片麻痺、痙攣、意識障害、また、部位によっては眩暈、耳鳴などを認めますが、無症状のものが頭部外傷を契機に偶発的に見つかるものも少なくありません。無症状と思われていた腫瘍も、詳しく検査をしてみると、構成失行(図が写せない、特にサイコロなどの立体図)、半盲(両眼とも視野の半分が欠損する)、対側空間失認(左にあるものが見えているはずなのに認識しなくなる)などの症状が出ていることもあります。また、良性腫瘍でも小さいうちに取った方が、血管の巻き込みや、周囲への癒着も少なくきれいに全摘出できます。
悪性腫瘍や転移性脳腫瘍の場合、術後に放射線療法、化学療法を行うことが多く、また手術を行わず、『ガンマナイフ』という放射線治療が主体となることもあります。
私自身が前任の病院で扱っていた腫瘍は、手術的に全摘出することで治癒が期待できる、主に髄膜腫や神経鞘腫などのごく限られた良性腫瘍でした。最近は、ガンマナイフ(放射線療法)の普及以来、良性腫瘍にも、小さな物や再発例は手術せず、放射線で治すことが注目されつつあります。当初、良性腫瘍に放射線をかけることにより、悪性転化(良性腫瘍の細胞が悪性腫瘍変わってしまうこと)を引き起こすとする報告もあり、再発しても再度、手術で摘出することが望ましいという意見が散見されました。しかし、近年までの研究成果と実績により、ガンマナイフによる悪性転化は問題にされるほど多くないことも分かって来ています。以前は、全摘出が根治術の定石であった聴神経鞘腫は、聴力温存と術後の顔面神経麻痺が問題とされてきました。最近では、大きな聴神経鞘腫に対し、敢えて亜全摘(神経や脳幹部に接する部分は残し、全部摘出しない)を選択し、神経の癒着する残存部にガンマナイフをかけるという治療が、より安全な治療としての試みが報告されています。良性腫瘍は成長速度が遅いため、5〜10年で1〜2割に再発することもあります。
尚、当森山記念病院には鍵穴手術でお馴染みの福島 孝徳Drが非常勤医師として、月に1〜2回のペースで執刀に来院されます。克明な解剖学的知識と、秀でた手術手技で頭蓋底の難解な手術や聴神経鞘腫、下垂体手術など、腫瘍をみごとに全摘出されており、上記の限りではありません。
『良性』と『悪性』はどう違うのか?というと、端的には『治るか』、『治らないか』、ということになるでしょう。
良性腫瘍は、成長速度が遅く、周囲の組織への浸潤(入り込み)が少ない、従って、転移もほとんど無い。成長速度が遅いため、たとえ細胞が散在しても、腫瘍免疫により貪食されてしまうのです。
これに対し、悪性腫瘍は、無秩序な細胞分裂が盛んなため、成長速度が速く、周囲組織への浸潤も多く、遠隔転移も多い、腫瘍免疫の作用よりも成長の方が勝ってしまうのです。
脳の領域で最も悪性の部類である『神経膠芽腫』というものについて言えば、腫瘤として見つかった場合、その周囲は10個に1個、同側大脳半球では100個に1個、また、対側の半球にも1000個に1個は既に腫瘍細胞があると言われています。つまり、見つかった時点で、対側にも転移している可能性があるということです。
良性、悪性とはもちろん連続的なもので、中間型も数多くあります。このほかにも、組織的には良性でも、狭い部位や、摘出しにくい部位にあり、治癒が期待できない場合なども悪性として治療されますが、ここでは割愛します。
脳腫瘍の術後、慢性期は、再発に対するフォローとして、半年〜年1回のCTやMRI検査、また、けいれんを起こす可能性があれば、投薬を含めた外来通院が必要です。
万一『けいれん』を起こした場合、昔は、舌を噛んでしまうことを恐れ、よく口の中にスプーンなどを入れるように迷信の如く言われたものです。しかし、実際には、舌を噛んだくらいの出血で失血が問題になることはありません。むしろ、口の中に物を入れることで、咽頭反射による嘔吐を誘発することが問題になります。けいれんを起こすと、嘔吐することがあるので、吐物が気道を塞がないよう、体(顔も)を横向きにして寝かせます。けいれんは通常、1〜5分ほどで止まりますが、問題となるのは、何度も繰り返してそのうち止まらなくなる『重積状態』と、けいれん後の『意識障害、麻痺』などです。けいれんを非常に起こしやすい状態の方は、初回の発作後、5分、3分と次第に間欠期が短くなり、ついには止まらなくなることがあります。また、けいれんは、脳血流量は1/4ほどに低下するとともに、代謝が亢進することで、発作後に一時的な(2〜6時間、長いと48時間)意識障害、麻痺(トッドの麻痺:Todd's palsyと言います)を来たすことがあります。吐物が気道に逆流する誤嚥性肺炎などを起こしていることもあります。症状が軽いと思っても、初回のけいれんは救急要請した方が安全でしょう。尚、最近の抗けいれん薬は、安全性を重視し作用時間が6〜8時間と短くなっています(以前から使われている薬によっては110時間などあった)。けいれん止めの薬を飲んでいる方では、2〜3日飲まないと痙攣を起こすことがあります。処方された薬は正確に飲んで下さい。
術前の造影MRI(白く造影された部分が腫瘍:髄膜腫)

悪性腫瘍の単純CT(脳の内部が黒くなっているところが脳浮腫という脳の腫れです。造影剤を使わない単純CTでは、脳梗塞と間違われることがあります。:神経膠芽腫)

悪性腫瘍の造影CT(黒い部分の脳浮腫の中心に円形の白く造影される部分が腫瘍です。)

『開頭腫瘍摘出術』開頭範囲(左)と術後の側面単純レントゲン写真(右)

『開頭腫瘍摘出術』
下記は、『鼻内、経蝶形骨洞、下垂体腺腫摘出術』を福島 孝徳Drが執刀された際、私が助手に入った時の記載です。従来の上口唇下、経蝶形骨洞、下垂体腺腫摘出術に比べ、手術時間も1/3程度、術後の合併症(尿崩症など)も皆無で、技術の高さとともに低侵襲であることが伺われます。同氏によれば、上口唇下切開に比べ、患者さんの負担も軽く、ほぼ侵襲の変わらない内視鏡手術と比べ、直達する分、安全性が高いことを指摘されました。2週間も経過すると、鼻孔内の傷でさえほとんど分からなくなると言います。
術式の低侵襲ゆえに、腫瘍が大きい場合、無理に全摘出せず、可及的に切除。数ヵ月後に残存腫瘍が降下してきたところを見計らって、無理なく再手術が可能であると言います。
因みに、平成10年当時一般的であった『上口唇下、経蝶形骨洞、下垂体腺腫摘出術』の以前の記載を参考までに添付します。こちらは、上口唇下の歯肉を犬歯間で横切開し、粘膜を剥離しながら鼻腔内に到達するため、視野がやや広く取れる分、多少侵襲が強くなります。