kagero日記 本文へジャンプ
kagero記帳

         2014年2月13日(木)埼玉県県加須市大越
   利根川の河川敷に生い茂り、洪水の要因となる樹木や土砂を除去
交通国土省の河川環境モニターを委嘱され、加須台地を流れる利根川を調査する。河川の樹木、土砂の除去を行っていた。
除去された土砂は、ダンプカーで上流に運ばれ、スーパー堤防に使われる。

この地域は昭和22年のカスリーン台風で利根川が決壊した近くでもある。
なお、国土交通省は平成25年12月「河川における。外来外来植物対策の手引き」を作成する


2014年2月13日撮影  <利根川の樹木、土砂の除去>


2011年8月27日(土)栃木県矢板「すぎやま農場」で体験学習を行う
栃木県矢板にある「すぎやま農場」で、体験学習を行う。米を食べて、その特徴から名前を当てる体験や、田の一角にある放置田に生息する水生昆虫の調査を行う。水生昆虫の多いのに大変驚きました。タガメ、ガムシ、コオイムシ、タイコウチ、シマゲンゴロウなどが1回の網すくいで必ず取れました。こんな水環境は、はじめての体験でした。周囲の環境を見るとよい山・よい川・よい森があり、これらの水生昆虫が1年を通して生活できる環境が整っているようでした。

2010年5月22日(土)秩父市荒川「山里自然舘」山菜ををとって食べる
「ズリあげうどん」と言ってうどんをゆでどんぶりに入れ、その上にかつをぶしと醤油をかけてたべる。その際、山菜てんぷらを入れる。

 下の写真
左上(チャ)、左下(ツルニンジン)
右上(カキ)、右下(ユキノシタ)


2010年3月7日(土)日本三大奇祭の1つ「裸押し合い大祭」
新潟県南魚沼市浦佐の毘沙門堂普光寺で上半身裸の男たちが体を激しくぶつけ合う。ぶつかりあう前に、湧き水で体を清める

大祭は、焼く1200年前に坂上田村麻呂が毘沙門堂を建立した祭、住民とともに国家安穏や五穀豊穣などを祈り、踊ったことが始まりとされる。

本堂の仏像を儀式を行った後、一時取り払い、男たちが占有し、仏蛇に近づこうとする宗教心とも見られた。


2008年9月26日(金)道路に温度表示
埼玉県の名栗と秩父を結ぶ道路を走っていたら道路脇に温度を表示した標識があった。初めて見た。この道路は山間で冬期は凍結する。ドライバーに科学的なデータを提供している。素晴らしいアイデアである。また、夏季には山の涼しさの温度を体感でき、人間の持っている感性が呼び覚まされる。
9月26日午後0時30分の気温は21度であった


2008年8月8日(金)ミツバチ

埼玉県小鹿野町の加藤次郎さん宅でミツバチを使って蜜を取る様子を見た。中ぐらいのスプーンの蜜はミツバチが一生働いてためた量である。ミツバチをしばらく観察してみると、巣から出る道があり、速いスピードで出ていく。よく働く人のことを働き蜂のようであるという。この光景を見ている。言葉の意味合いがよく分かった。クリ、ハリエンジュなどから蜜を集める。1本の大きい木で20kgの蜜が取れるようです。蜜のおいしい食べ方は様々である。そのなかでもヨーグルトに旬のフルーツと蜜を入れて食べるのは特別であった。


2008年6月11日(水)
やな
南魚沼市を流れる魚野川に仕掛けられた
「やな」を見かけた。 川の左岸から斜めに下るように杭、竹、石などでせき、右岸に簀の子を張り、流れを下る魚をその上で捕らえる仕掛けである。見ている間に鮎がはねるようにして簀の子の上で取れる。しかし、秩父の人は、鮎をあまり食べない、訪ねてみると鮎の生息する渓流より上流に生息するイワナを好んで食べる。鮎の生息する水域では食の安全は確保できないようであ
る。


2008年6月11日(水)
粉を挽く

小麦やそばの実を挽いて粉にして、うどんやそばを食べている。以前は石臼で挽いて粉にしていた。または、精粉所で粉にしてもらった。食の安全が叫ばれている。最近精粉所を見ていない。しかし、都幾川の明覚で精粉所を発見し、うどんとそばの粉を購入する。うどん粉は1kgで300円、そば粉は1kgで1000円でした


2008年4月25日(金)
端午の
つるし飾り
端午のつるし飾りが見たく、平成20年4月7日伊豆稲取に行って来た。端午のつるし飾りは「傘福の酒田」、「さげもんの柳川」、「つるし飾りの稲取」が日本三大つるし飾りで有名である。5月晴れ空に悠々と泳ぐ鯉のぼりは雄大である。しかし端午のつるし飾りは一見ごもごみした煩雑さは見られるが、1つ1つを見ると精巧さと作成の奧の深さを感じた。とうがらし、かき、うさぎ、金目鯛、ほおずきなどである。とうがらしは虫除けの効能の由来がある。

2008年4月24日(木)
 ■函館山

函館山が見たく、平成20年2月9日函館に行って来た。本州は爆弾寒気が来て雪が多い。しかし、今年の函館は雪が少なく、函館山の地肌が見えた。「函館の女」を作詞した星野哲朗氏によると、函館の町はさざめいているが、「沖の潮風 心にしみる」や「しぶきも凍る」、とある。冬の津軽海峡から吹いてくる風は厳しいことである。函館は、北海道の最南端の玄関として誰しも訪れるば場所である。函館山の地上に無線の中継場所となりアンテナ等の施設があり景観としてはよいイメージでなかった。

2008年3月3日(日
 ■函館の市電
函館の市電は昭和24年に開通する。鉄道のレールの周辺は石である。戦後から市民の足として使われてきた。他の都市では自動車の普及により市電は追いやられてきた。しかし
函館の市電は修理、補修を重ねてきて、今まで持ちこたえてきた。最近、新車を2台作ったようだ。ドイツでは都心に入る際、自家用車を乗り継ぎ市電で入っている。地球規模でCO2 の減少が叫ばれている。 函館市民は率先して参加している。

2008年2月17日(日)
■水中で生活する友へ

 私には友がたくさんいる。友は日本、アジアの山地渓流の水の中に住んでいる。友の住環境は人間にとってよくない所である。 友の暮らしは、藻類を食べて生活し、餌は豊富にある。生活は安定している。時に、台風や大雨で川が増水しても流されることはない。
 友の体には、人間の目にあたるものとして、頭部の先端に複眼が2つ、単眼は3つある。胸は前・中・後胸からなる。腹は十節からなる。心臓がないので、体の中で必要な酸素は腹の脇にある鰓から水中の酸素をもらっている。全体として、体は紡錘形をしている。
 友の先祖は古生代の石炭紀で今から3億2千万年前である。今までに、少なくとも新生代更新世以後4回の氷河時代を経験した。寒さの厳しい時を生き抜いてきた。寒い環境への適応もDNAにしっかり組み込まれてきた。したがって、環境の激変には、自信がある。昔、友には名前が付いてなかった。背番号で世間に知られてきた。一九七一年埼玉県皆野町出牛身馴川で大熊光治氏によって発見された。しかし、幼虫と親との関係がはっきりしないと戸籍に記載されないらしい。大熊光治氏は幼虫と親との関係を明らかにするために、関西の専門家に転送し、正式に名前が決まった。その名前は、オオクママダラカゲロウと名付けられた。そして、雑誌に登場し、皆さんから丁寧に扱われるようになった。大熊光治氏に感謝している。また、時々友は川の水質環境の見張り番をしている。
 私にはこのように水の中で生活する友がいるので、水辺に行くのが楽しみである。水の中をのぞくと、元気な君の姿を見かける。冬の寒いときでも水中をのぞくと、しっかり石にしがみつき、腹を上下に動かしいる姿はたくましい。水からあなたの住居である石を陸上に上げると、恥ずかしそうに石のうら側にすぐ逃げてしまう。このような生活に興味をひかれる。しかし最近、河川の護岸工事による流れてくる砂泥や時々変なにおいがするものが流れてくる。調べてみると人間が歯を磨くときに使ったものや、体を洗うための石鹸や汚れた服をきれいにする洗剤である。これが友にとって体に悪いらしい。時には友を亡くすこともある。
 私は、これからもあなたの住環境をしっかり守っていきたい。会える時、あのかわいらしい姿を見たいために。
水中で生活する大熊光治さんの友です

2008年2月3日(日)
 ■温泉とは
 日本人は温泉が好きなようである。テレビの放送も温泉を紹介する番組も多い。温泉の法律が平成13年に変わり、摂氏25℃で遊離炭酸やリチウムイオン、ホウ酸等のうち18成分から1成分が含まれていれば、温泉である。しかし、山梨県南部町にある佐野川温泉を訪ねたとき、主人は温泉において持論を唱えた。1つ [かけ流し]、2つ [成分が含まれる]、3つ [沸かしでなく温度]がある。
写真の栃木県奧塩原の「えびすや」は間欠泉があり、3つの条件満たしていた。

2008年1月3日(木)
 ■明けましておめでとうございます
 今年の正月は寒波が来て、厳冬でした。さて、正月について、1月1日を元旦と言っています。それから3日をお正月と言って何かおめでたい期間のように思い、うきうき過ごします。時間的には何の変化ないが、人間はなにか区切りを求めます。 正月はそのための期間なのです。童謡にもあるように、小さい頃、歌ったでしょう。「もういくつ寝ると、お正月、お正月にはたこ揚げ、・・・」楽しい時期でもあります。今までを反省し、気分を新たにして将来に備える。その意義にふさらしい社会的風習が正月の行事です。
 今年の干支は、ねずみです。また、干支のはじめは、ネズミからです。12匹のイノシシ、牛、ネズミなどが俺が1番が良いと言い張り、争いになりました。話しあった結果、神社で決めてもらうことになりました。ネズミは遅いので、牛に乗せてもらいました。ネズミは神社近くになり、牛からおりて1番に並ぶ。俺が1番といいました。これで決まったようです。
 動物学者の今西錦司先生の講演の中で、ネズミは難破する舟に乗りません。また、窮鼠猫をかむとも話していました。ネズミ年は、危険を察知する能力、いざとなると思わぬ力を発揮する。このような年のようです。



 2007年12月15日(土)
 ■冬空に映えるイルミネーション
北欧では街ぐるみで、寒い冬の夜空に多彩な色を使ったイルミネーションがきれいである。大変ロマンチィクな風景である。加須市においてもイルミネーションを見かける。紹介したい。
イルミネーションは最初の頃は電球であった。しかし、このごろ発光ダイオードが使われ、消エネタイプである。デザインもよい。イルミネーションを見る人は、気持ちがよく、心が澄む。一番大切なことは、飾り付けた家の経済的な豊かさ、心の広く豊かさである。しかし、飾り付けられた木は寒くなり葉を落とし眠りに入ったところである。明るくなり、目をさましてはこまります。

2007年11月19日(月)
■グリーンフェンス
サンゴジュの垣根のある学校があった。サンゴジュも成長して大きくなり、今やフェンスの役目をしている。サンゴジュの外側は歩道があり、大変歩きやすく、ランニングにも適している。その外側は車道である。サンゴジュは自動車の騒音をも遮断している。サンゴジュををよくみると実が赤サンゴに似ていた。

2007年11月18日(日)
■福島県舘岩のイワナ
福島県舘岩のイワナ
     
 渓流にイワナが生息している福島県舘岩を平成19年11月18日に訪れる。黒石川のほとりの店でイワナの薫製を販売している。5匹で2000円であった。イワナは、この地方の人間が食べるタンパク質の源としての食料としていたようである。昔は焼いて食べていたようであるが、今は様々に工夫されていた。
1、イワナの味噌焼き〜腹に味噌を入れて焼く。
2、イワナの塩焼きをまぶして焼く。
3、イワナの刺身〜 肝臓、性器の管も添えてあった。
4,イワナの唐揚げ〜油で揚げる。
5,イワナのたたき〜たたきを酢醤油で食べる。肝臓、性器の管
6,イワナの骨酒〜日本酒に薫製を入れる。かぶとも入れる。
以上がイワナフルコースでした。
きれいな水で育ったイワナはどれも大変おいしかった。昔は生活のためのイワナ料理であったが、現在は地域の特産であり、地域経済基盤である。

2007年11月18日(日)
柿の実が1つ枝に残っている風景を見た。

持ち主に尋ねたら、「冬になると鳥のえさがなくなり、鳥に食べさせるためである」、そして「来年も多くの実を付けてほしい」ことであった。
心のこもった自然と人間との共生の言葉を耳にした。自然の植物の行く末の繁栄と人が自然への思いやりを感じた。今、自然保護の取り組みが叫ばれている。このような行為が隅々まで行われるとよいと思った。秋晴れの実に素晴らしい日でした

2007年11月14日(水)
埼玉県で最もからだによい天然水はどこ
埼玉県秩父市大滝、山梨県との県境の国道140号に豆焼橋がある。その手前に「出会いの丘」の広場と資料館がある。この駐車場の右に、からだによい天然水が竹筒から流れ出ている。
源泉は東京大学の演習林で前人未踏のところである。冷温帯から亜高山帯でブナ、イロハモミジ、シラビソ、コメツガなどの多用な植物が生育している。長い間、この演習林の仕事を努めた人に聞いたら、秩父で一番おいしい水と自慢していた。

2007年10月14日(日)
米をより実らせるための風景
今、米の収穫はコンバインを使い、籾(もみ)を穂から脱穀している。埼玉県加須地方は利根川の豊かな水を使い、稲作を中心に穀倉地帯である。稲を干す仕掛けに「はんでん」がある。新潟県では「はざかけ」がある。稲の葉の組織中にある栄養分を乾燥させ、重力によって、種子である籾に移動させる。労働と時間のかかることである。今や、この方法で収穫した米は、栄養も増え、高級米として高価である。昔はここまで考えていたでしょうか。稲を束ね、移動させるのは重く大変な労働であった。しかも、長期に渡る労働、雨も降り、田は水でぬかるむ状況もある。
 「はんでん」に漢字を当ててみると、「反田」で稲の最後の栄養分まで籾に入れたい語源の意図が伝わってくる。新潟県では「はざかけ」であり、田の水はけががよく、道近くまで運び、稲を干した。いずれも地域の田の環境状況から考えられた稲の干し方である。
 原風景の中に人間が自然と調和を保ち、合理的に生きる知恵が存在することを感じた。
また、川端康成の雪国では、「土地の言葉でハッテという、樹木の幹から幹へ、竹や木の棒を物干竿のような工合に幾段も結びつけて、稲を懸けて干す、そして稲の高い屏風を立てたようにみえる」と書いている。


2007年9月18日(火)
グリーンカーテン
今、少しずつ地球の気温が上がっています。地球の温度が上がる現象を地球温暖化と呼び、大きな問題となっています。この地球温暖化は自然の変化ではなく、人間の活動によって起こったことです。人間の生産や消費活動により、二酸化炭素の排出量が増え、地球の温暖化が進んでいます。平成19年8月16日は日本での最高気温が40.9度を熊谷で記録され、記録を更新しました。私たちは、夏の暑い時期に快適な生活を過ごすために、クーラーや扇風機を使います。また、ある時は、生活の気温を下げるために、日よけのために葦簾(よしず)を張る。庭先に水を撒いたりしました。
 今、グリーンカーテンは話題となっています。加須市立昭和中学校で今年もグリーンカーテンを実施しました。平成19年8月16日に40.1度を記録しました。その日のグリーンカーテンの内側1m後方では、37.0度でした。人間の生産や消費活動により排出した二酸化炭素の1部を植物は光合成で吸収し、酸素を出します。また、植物は水を水蒸気として空気中に出します。二酸化炭素を出さず、地球の温暖化に協力し、気温を下げるグリーンカーテンは健康にも良いです。また、心の豊かさも体験でき、地球温暖化の防止にも役立ちます。グリーンカーテンにゴーヤを使うと収穫も体験できます。

2007年9月18日(火)
台風9号と利根川の増水
2007年9月7日午前3時伊豆半島に上陸した台風9号が日本列島を縦断する。総雨量は群馬県邑楽郡町で595ミリと観測記録を更新した。強い台風9号による影響で、県内の公立の学校で休校もあった。山地に降った雨が河川に集まり、利根川の水かさが警戒水域となった。
・「水に流す」と言うこと
過去のいきさつをいっさいなかったことにする意味があります。日常生活でも使われています。七夕飾りを河川に流し、家庭から出る排水を川に流す。これらものは自然の生成物で時間と共に川の自浄で分解されました。今はペットボトル、洗剤など分解されない物質まで川に流されています。河川の水量もダムで調整され、本来の河川が持つ自浄能力が低下もしくは失うことさえある。台風の雨は、河川の機能を復活させる「水に流す」意義が十分あります。
・流れてきた砂・泥のふるい
山地に大雨が降ると、周辺の礫、砂、泥等を流し込み、これらは大きな河川に流れ込み、重たいものから堆積していきます。したがって、利根川周辺は昔から、砂が堆積する場所であった。昭和30年代は砂を吸い上げている業者もあった。また、上質の軽石も取れた。
・水生昆虫であるヒゲナガカワトビケラにとって
ヒゲナガカワトビケラの幼虫はウジ虫の形をしている。河川の礫と礫の間に絹糸を口から出して簡単な巣を作って生活している。したがって、台風のような雨では巣は壊され、ムシも流されてします。長い間にヒゲナガカワトビケラの幼虫は海へ流され、ヒゲナガカワトビケラは絶滅していまう。しかし、ヒゲナガカワトビケラは絶滅することなく、生存している。この原因はヒゲナガカワトビケラの幼虫が羽化し成虫となって、川のもとのすみかまで遡上するからです。
※写真は羽生市教育委員会柳瀬博人指導主事の提供によります。

2007年8月30日(木)
メダカのビオトープ
 メダカは埼玉県の水田、水路、湿地を含む池沼、水草の繁茂する小川などに生息し、群れで生活しています。
 最近、メダカは個体数を減らし、全国及び埼玉県の絶滅危惧U類に属し、絶滅の危険が増している種です。
 「めだかの学校」の童謡は、昭和21年の春、茶木 滋・義夫親子が小田原市郊外の川のほとりを散歩していた時に作詞されました。そのときの親子の会話の様子は、次のようです。
 義夫(子供)が「お父さん、めだかがいるよ。」
滋(父)は、すぐ川をのぞいてみたが、めだかは一匹もいませんでした。
 滋は、「おまえが大声をあげたから、びっくりしてにげてしまった。」
 義夫、「待っていれば、ここはめだかの学校だもの。」
この会話から「めだかの学校」の詞ができたと父は話しています。
 加須市の我が家のビオトープにメダカが生息しています。毎年増えているので、もう少し増えたら、近くの小川に返したいと考えています。