スケバン刑事外伝 -“00”-

感情曲線 (前編)


1991/9

「失礼します」
 暗闇機関の司令室。
 零がドアを開けると、暗闇司令のほかに、もう一人、男が立っていた。
 背は、零よりは高い。体型は似たようなものだろう。落ち着いた色のスーツを着ている。
 40 には届くまい。零からは 10 位上か。ただ、目が鋭い光を放っていて、年齢を感じさせない。暗闇機関のエージェントは、そういうタイプと、激務のため年齢より老けて見えるタイプとに別れるのだが。
 男が振り向いた。
「君が、『零』か。
 私は野口という」
 聞いたことがある。同じく暗闇機関に属するのだが、ミスを一切許さないエージェントという噂だ。彼の下につくことになるらしい。
 零は軽く頭を下げた。
「次の任務だ。野口、説明してやれ」
「護衛だ。
 イギリスに留学していたとある女性だが、向こうの金持ちと結婚することになった。その準備で一時的に帰国する。それを護衛して欲しい、という依頼が首都警察から来た」
「首都警察から?」
 本来は、「首都警察ですか?」と言うべきであろう。だが、零はそういった飾りをつけなかった。
 スケバン刑事のサポートという任務を終えた後、彼は自分の甘さを自覚して、任務第一という姿勢を徹底するようにしていた。自分の感情は捨てる、そういう姿勢だった。
 演技でもなければほとんど笑うこともない。もし、昔の知り合いが見たら、冷たい男になったことに驚くことは間違いがなかった。
 自分だけではなく、外部に対しても、機関のほかのエージェントに対しても、一切の無駄を省くようになっていた。言葉遣いもしかり。敬語なども最低限のラインにとどめていた。
「要人とは言っても、公人ではないのでしょう。なぜ暗闇機関が」
「理由を問うのか?」
 特に軍隊では顕著だが、こうした組織で、部下が命令の背景を問うことは、通常は許されないことである。
「はい。
 不審な点は明らかにしておくべきだと思いますので」
 零は引かなかった。
「いいだろう。
 これは金持ち同士の国際結婚だ。色々と面倒な事情が絡む。結婚してもらっては困る、と考えるものもいるだろう。護衛が必要だと考えるのは当然だ。
 だが、証拠がない。なんとなく危険なような気がする、というのでは警察としては動き難い。逆に言えば、それだけで護衛してもらえるほどの重要人物でもない、ということだ」
「しかし」
「早い話が、面倒なんだ」
 暗闇が継いだ。
「何かあっても国際問題にはならないと思われるクラスの『要人』だ。そんなことに係わり合いになりたくないわけだ。
 万が一のために一応、人員は出しておこう、そんなところだ」
「何もなかったとしても損をするのは我々で、何かあったら手柄は向こうに、というわけですか」
「そういうことだ」
 同じことが零自身についても言えそうな気がした。
 エージェントになってやっと 5 年。大きなミスはしていないが、一部では、女子高校生のサポートがいいところ、という評価をされているということも承知している。面倒なことはあいつに、というようなやりとりがあっても不思議はない。
「誰が覚えているかわからないものだな。
 この名前を聞いて、暗闇機関と関わりがあったことに気づいたものがいた。渡りに船というわけだ」
 野口が言った。
「え?」
 機関とかかわりのある良家の令嬢で、零の記憶にある者と言えば、二代目スケバン刑事と一緒に戦った矢島 雪乃がそうだが、彼女は先日、留学先で知り合った日本人と結婚したばかりである。
「護衛の対象は、真行寺 麗だ。覚えているな」
 覚えている。
 おそらく零の顔になんらかの反応が出たに違いない。
 あの頃、スケバン狩りなどということをやって、中村 京子と衝突した娘だ。顔がそっくりで、血縁関係があるのではないか、と機関が慌てて京子の素性調査をやり直したことがある。
「なぜ」
 零は思わず口にした。これはしてはならない種類の質問なのだが。
「お前が適任だと思ったからだ」
 野口は全く意に介さない風で言った。
「できないと思うのなら言え。他を当たる」
 野口の視線が突き刺さる。
 正直言って、数日間のこととはいえ、真行寺 麗、この場合は中村 京子というべきであろう、彼女と毎日のように顔を突き合わせて、平静を保てるという自信はない。どこかでケアレスミスを犯しはしないか、という不安がある。
 だが、これを拒否することはできない。京子に限らず、零を動揺させる要素はいくらでもある。そのたびに逃げていたのでは、自分の価値が疑われる。
「やります」
 零は野口の目を見返した。
 野口は、それが当然だと考えているのか、零の一瞬の逡巡に気づかなかったかのように言った。
「お前は、首都警察の川田 秀行だ。
 明日、首都警察と真行寺家で打ち合わせをする。真行寺 零本人が帰ってくるのは明後日だ」
「わかりました」
「これを読んでおけ」野口は、何冊か、厚めの資料を渡した。「今日は帰っていい」
「失礼します」
 零が司令室を出ると、暗闇はニヤニヤと野口を見た。
「どうだ、第一段階は」
「あんなものだと思いますが」
 暗闇は鼻で笑った。
「あれだけの会話で『あれは何だ』と言ったものもいるぞ」
「私は別に気になりませんが」
「任務の背景を聞いた件は」
「あれはわざとです。当然、確認するべき質問です。あれで引くようなら考え直そうと思っただけで」
「まぁ、よかろう。
 だが要注意だぞ。そもそも奴が機関に入る原因になったのがあの顔だ」
「留意します」

 真行寺家に対しては、あくまで首都警が護衛することになっている。口裏を合わせる打ち合わせを終えた後、二人は真行寺家に向かった。首都警からは一人も派遣されない。野口と零だけである。
 確かに大きな邸宅であった。だが、かすかに金持然とした悪趣味が感じられる。中までは見たことはないが、矢島家が比較的、大人しい作りになっているのとは違う。家系としては真行寺家の方が古いはずだが、これはどうしたことだろう、と零は思った。それと、「スケバン狩り」という発想が出るのと関係があるのだろうか、とまで考えたが、それは予断である。零はその考えを脇に寄せた。
 応対に出たのは、前から麗についていた春夫であった。一緒にイギリスに行っていたのだが、一足先に帰国していたらしい。
 春夫は、早速ですが、と資料の説明を始めた。
 真行寺 麗の相手は、ロンドンなどイギリスの大都市に数棟のオフィスビルを所有するストレイカー家の四男フォスター。本国では知られているだろうが、日本ではほとんど知られていない、という家である。まして四男。
 日本にいるのは 5 日間。今回のは第一弾で、一旦イギリスへ戻り、もう一度、帰国して再び用事を片付けた後で向こうで式、ということになるらしかった。今回のは、準備とは言いながら、手続き云々よりは、各方面への挨拶、というのが主な目的らしい。
 パーティのようなものは予定されていない。これで、警護がかなり楽になる。
「以上です」
 と春夫が言った。
 零は思わず「え?」と言いそうになった。
「今のところ、何か怪しい動きがある、ということではございません。
 しかしながら、万が一のことがあってはいけませんので、警護をお願いしたしました」
 春夫は、それが当然のことであるかのように言った。
 その後、真行寺家が契約している警備会社を交えて体制を確認し、彼らは真行寺家を辞した。
「首都警察が嫌がる理由がわかったろう」
 車に乗り込むと野口が言った。
「警護してもらって当然、という発想なんでしょうか」
「あの警備会社の連中もやる気がない。実質的には二人でやることになるな」
 野口は警備員と一緒に先導車、零の方は麗が乗る車の助手席に乗ることになった。これは、警備会社の油断を感じた野口が、二人が一緒ではまずいと判断して、そのように仕向けたのである。
 二人は首都警へ報告に寄った後で機関に戻った。野口の部屋に入る。
 正確には野口の部屋ではなく、この任務のメンバーに与えられた部屋である。したがって、零のデスクもある。暗闇機関では、任務ごとにメンバーが組替えられるので、個人に部屋やデスクが与えられることはない。例外は暗闇司令のみである。
「何か起こるでしょうか」
「起こらないと考える理由があるのか」
 野口は、昼の間に届けられていた資料を整理しながら言った。
「いえ。
 しかし、とっかかりが」
「警護の任務は初めてか」
 手を休めず、視線もよこさずに野口は言った。
「…はい」
「四男だからこそ狙われる、ということはある。
 重要性から考えれば長男だから、長男の警護は厚い。相対的に弟達の警護は薄くなる。結果的に狙いやすくなってしまう。
 それに今回の挨拶回りでは真行寺家の当主夫妻は同行しない。迎える側も、真行寺 麗と同等の立場のものだ。それが逆に狙い目でもある」
「それはそうですが」
「結婚する以上、新しい家を構えることになる。となれば、出入りの業者、というのができる。調べさせておいた。後で転送するが、これを見てみろ」
 野口は自分のコンピュータのディスプレイを示した。零が覗き込む。
「結構な金額ですね」
「ストレイカー家に出入りしている業者のうち、1 社、真行寺 麗からの覚えがめでたくないところがある。ここは、新しいストレイカー家の業者としてはおそらく選定されないだろう、と思われる。
 真行寺家の方でも、麗が真行寺家から籍を抜いてストレイカー家の者になることで、彼女に関わることで購入していた分が、完全に無くなる。留学した時点で激減していたとはいえ、これもやはり面白くはない。
 この額が失われたら痛いのは確かだな」
「はい」
「世の中には、国際結婚そのものを嫌う人間もいる」
 零は息を飲んだ。
「そうなると、かなりの」
「そうだ。首都警察も、あの警備会社も、真行寺家そのものも、かなりのものを見落としている。もう何人か増やしてその辺を調べさせる。その結果によっては首都警察に話を戻す」
 野口は椅子を回して零に向き直った。
「覚えておけ。警護の任務は、警護そのものよりも、周辺情報の捜査の方が主になることも多い。お前はその上に乗っかって任務を果たすことになる。
 だからと言って、最前線であることに変わりはない。ミスを犯したとき影響の大きいのがどちらかは言うまでもないな」
「はい」
「俺には、お前も油断しているように見える。今言った 3 点に全く気づいてなかったとすれば、お前もあの警備会社と同レベルだということになる」
「…申し訳ありません」
「謝罪するべき相手は俺ではない」

 翌日、彼らは成田に向かった。真行寺 麗を迎えるためである。
 零は先行して VIP ルーム内を確認したが、確かに、警備会社の方には真剣みが欠けていた。真行寺家の警備はいつもこの会社であるため、慣れが生じているようである。
 やがて、野口に先導されて麗がやってきた。
 零は息を飲んだ。わかってはいてもやはり鼓動は早くなる。
 志織や京子は、現在、暗闇機関が密かに警護している。零がその任務にあたることはないが、報告書には目を通していて、不審な点があれば自分で確認したりしているので、その後、京子がどうしているかは知っている。
 さすがに 5 年も経つと顔つきは変わるものである。今の京子と麗は、昔ほどそっくりというわけではない。それでも、零は正視できなかった。
(参ったな…)
 その間、どうやら迎えに来た真行寺家の者達との挨拶は済んでいたようであった。やはりぼうっとしてしまったらしい。
「お嬢様、警備の方たちをご紹介いたします」
 麗は鷹揚にうなずいた。
「首都警察の、佐藤様と川田様です」
「佐藤と申します」
 入り口に待機していた野口が、一歩、進み出て頭を下げた。
「川田と申します」
 零は奥にいた。同じく頭を下げる。
「よろしく頼みます」
「こちらは、いつもお願いしている、大崎様と渋谷様です」
「よろしく頼みます」
 麗は同じ言葉を繰り返した。誰が警備するかなどということはどうでもいいらしい。
「では、お車を用意いたしますので、少々お待ちください」
 春夫が言った。先導車に乗る大崎について零も外に出る。
 すれ違いざま、野口が小声で「気を抜くな」と言った。
(あの顔と 5 日間か…)

Ver.1.1: 2002/3/17
Ver.1.0: 2001/12/23

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