スケバン刑事外伝 -“00”-

異邦人 (前編)


1996/5

 入ってきたのは少女であった。髪は肩くらい。制服のブレザーを着ているが、細い、というイメージを抱かせるシルエットだった。その割に大きな目が印象に残る。
 暗闇機関がセッティングしたのは会議室の貸し出しもしている喫茶店。彼女が保護者に連れられて個室にやってきたのは、零がコーヒーを飲み干そうとした頃だった。
 母親が、遅れて申し訳ありません、と言うと、少女も一緒に頭を下げた。
 だが、彼女の表情には裏づけが感じられなかった。生気が無い、というのとは違う。こういう場合にはそういう表情をするべきだと思うからそういう顔をしている、という感じであった。「三無主義」という言葉が生まれたのは零が高校生の頃だったが、いつか「五無主義」になっていた。今では「七無」や「九無」あたりになっているのかもしれなかった。
 ウェイトレスが二人の注文を聞き、メモも取らずに出て行くと (それでも間違わないことを売りにしている喫茶店であった)、今回の任務で上官となる伊吹が切り出した。
「勅使河原さん、彼があなたの護衛をします」
「はじめまして。郷と言います」
「郷、こちらは勅使河原 舞さん。
 清新高校の 1 年生」
 この任務では郷を名乗る。勅使河原 舞の方は会釈しただけだった。
「彼女の護衛が必要な理由を説明してなかったな。
 勅使河原さん、たびたびでもうしわけないが、ちょっと見せてやってくれませんか」、
 舞はちょっと顔を上げ、一瞬だけ零の顔を見た。すぐに目を伏せると、しばらく視線を泳がせた後、ナプキンを見た。
 次に彼女は目をつぶった。そして息をゆっくり吐く。どうやら気持ちを集中しているらしかった。
 零は何が起こるかわからず、舞を見つめていたが、目の端で何かが動いた。そちらに視線をやると、ナプキンが 1 枚、かすかに揺れている。それはやがてすっとナプキン立てを飛び出した。ナプキンはそのままテーブルに落ちた。
 舞が目を開けた。深呼吸して息を整えている。
「超能力…?」
 話には聞いたことがある。その存在を否定する気はないが、目の当たりにしたのは初めてだった。ポーカーフェイスという評価の定着した零だが、流石に驚いている様だった。
「なるほど。そういうことですか」
「今のところおおっぴらにはなっていないが、実は彼女の超能力については、関東工大とバーミリオン製薬が共同で研究を積み重ねている」
「製薬会社が?」
「そうだ。脳が関与していることは間違いないから、その謎が解明されれば、言語障害とか脳の疾患の究明や治療に役立つ可能性は大いにある。
 だが、それに協力するという契約は先月末で切れた」
 舞は時折、伊吹や零をチラチラと見た。そういうところは普通の高校生である。さっきの、意志の感じられない表情は、その超能力と関係あるのだろうか、と零は思った。
「お前も知っていると思うが、人間を含む生物を医学の実証実験などに使うについて、きびしい制限を加える法律が成立する」
 そういう話を聞いたことがあるような気がする。あれは確か…。
「通称『モルモット法』だ」
「彼女はモルモットじゃありませんよ」
 零は、以前からこの呼び方に不快感を持っていた。零が言うと、舞が顔を上げた。
「わかっている。そんなつもりで言ったんじゃない」
 伊吹はそれでも舞に向かって頭を下げた。
「新薬の開発が終わると、動物実験の後、実際に人間に投与してみての検証が義務付けられている。勿論、それに参加する人間は、万が一の場合のことを考えてきちんと契約を結んでいるが、この法案が成立すると、その条件がかなり厳しくなる。
 勅使河原さんの場合も同様だ。関東工大もバーミリオン製薬も、まだ彼女の超能力について感心を持っている。ずっと研究に協力して欲しいというオファーを続けているが、彼女はあまり乗り気ではない」
 零はまた舞を見た。
「無茶なことでもされましたか」
 舞は黙って頷いた。
「そういう経緯がある。まして彼女は未成年で、契約を成立させるための要件は相当厳しくなる。
 実は、連中が馬鹿なことを考えている気配がある」
「力づくですか」
「彼女の周りで胡散臭い連中も目撃されている」
「では、今回はその新法成立まで、ということになりますか」
「そうだ。
 新法は成立すると直ちに発効する。今度は、違反すれば刑事罰がつく。軽軽しくは動けなくなるというわけだ」
 ということは、そうした違反の兆候があれば警察が動く、ということだ。現時点では、よっぽどのことがないと動かないに違いない。この話が暗闇機関に来たのは、おそらく警察が断ったからだろう。零は、それは口に出さなかった。
「今週末までには成立の見込みだ。今日は月曜。長くて 1 週間というところだな」
「ご両親はどうなさるのですか」
 零は、舞の隣に座っている母親に言った。母親は息を飲んだ。
「彼女の両親は他界している。
 こちらは、彼女のいる施設の理事長さんだ」
 どうりで高校 1 年生の母親にしては頭が白いと思った。
「では、夜の警備は」
 舞の視線が動いた。
「当施設では警備会社にお願いして警報装置を設置していますので、不審者はそう簡単には侵入できません」
「それを強化する方向で話もついている。当面、我々が中で警備する必要は無いだろうと思う」
 寮みたいなものだ。忍び込んでも見つかってしまう可能性が高い。
「どちらかと言えば、危険なのは学校ですか」
「そういうことになる」

 それから細かい点を詰めると、早速、零は舞を学校に送り届けることになった。
 本当は車を使いたいところだが、それでは物々しすぎる、ということで理事長が難色を示した。舞の命が狙われているわけではないから、例えば狙撃の心配は無い。零と伊吹は電車と徒歩での通学を承諾した。
 その途上、零は話し掛けてみたが、舞は積極的な反応を返さなかった。無視するわけではないが、会話が弾むことも無かった。勿論、零の話ベタも原因ではあるのだが、彼女の方は会話というものに魅力を感じていない様だった。
 4 時間目からの登校となった。舞は一人で入っていった。零は、彼女の姿が校舎の中に消えるのを確認すると、遅れて中に入った。
 学校側に話を通すためである。これから 1 週間、学校の周りをうろうろすることになる。大まかな話は伊吹から行っている筈だが、具体的に動く人間の「面を通して」おくべきであった。
 校長は初老の、比較的、恰幅の言い男だった。定年まで勤め上げることに汲々としている、というタイプではないようだが、こちらから頼りにできそうなタイプでもなかった。
 校長と担任は舞の力のことを知っていた。それが本当だと思っているかどうかは疑わしいところだが、いずれ、舞が研究に「協力」していること、契約は切れているが延長のオファーがしつこいことなどはわかっている。そして、この新法が成立すれば自分達の苦労が減るだろう、と考えているらしいこともわかった。
 許可を得て校内を一周してみたが、あまり役にはたたなかった。それほど古い建物でもないのだが、やはり、学校というのは特殊な目的の建物である。その気になれば、隠れられる場所はいくらでもあった。それを全て押さえることなど不可能である。
 そして、学校というのは意外に、見慣れない大人が歩いているものである。監督官庁の職員や他校の教員、出入りの業者などがいる。かと言って、今から教師の真似をしてもぐりこむこともできない。これは、警察から回されてきたのが遅かったせいだ。意外に面倒な任務になるかもしれないな、と零は思った。
 零は学校を出た。周辺を観察しながら、下校時刻を待つ。彼は学校を離れられない。いろいろな調査は上野というエージェントがやっていて、その連絡は随時、入ってくるが、基本的には待ちの任務である。

 その日の午後、火曜日、と何ごともなく過ぎた。
 議会は大臣の失言でもめていた。その、零の嫌いな言い方を使えば「モルモット法」自体は、医薬業界が難色を示してはいたが、人権が絡むことで派手な反対キャンペーンを展開することもできず、与野党とも賛成の立場を取っていたので、審議に入りさえすればスムーズに通るはずだったが、どうやら停滞するようだった。
 わずか二日で態度が変わるとも考え難いが、舞は相変わらず世間話には乗ってこなかった。零には、外界への関心が薄いように見えた。だが、やはり最初の印象の通り、話すときには普通に話すのである。
 零は、施設の門で舞を迎え、駅まで歩き、そこから電車を乗り継いで学校に向かう。その駅を出たら離れて歩く、という風にしていた。これは、できる限り特別扱いは避けたい、という理事長の意向によるものであった。
「別に離れて歩かなくてもいいんですよ」
 水曜の朝、駅を出たところで舞が言った。
「問題ありそうな気がするが」
「大丈夫ですよ」
 ものは試しと、そのまま肩を並べて歩いて行ったが、確かに、舞に注意を払うものはいなかった。
 そう言えば、登下校の際に誰かが話し掛けてくることも、挨拶をすることも無かった。舞はどうやら親しい友達がいない様である。ひょっとしたら舞の力のことは公然の秘密なのかもしれない。学校は隠すだろうが、人の口に戸を立てることはできない。小学校から中学、高校と噂がついて回る、ということも無い話ではない。
 舞の両親は、彼女が 11 歳のときに病死している。正確には、父親が若くしてガンに倒れ、母親は看病で疲れていたものか、父親の他界から間もなく、衰弱して後を追う形となった。どちらにも親類はあったが、舞の力が敬遠される原因となったようである。その空気を察した彼女は、自発的に施設入りを選んだ。恐らく、彼女が外の世界への興味を失ったのはその頃だろう。
 力そのものは幼いときからあった。それこそ小学校に上がる前からだったが、頭のいい子だったのだろう、それは隠さなければならないものだ、ということにはすぐに気づいたようだ。あるいは、すでにその頃から、世間と一線を画すようになっていたとも考えられる。
 零はその日、再び許可を得て校内に入った。昼間は誰にも使われていない図書室に陣取る。
 高校生の頃、特に熱心な図書室利用者だったわけではない。必要に迫られて、という場合がほとんどであった。だが、三代目スケバン刑事のバックアップをするために、彼女達が在籍する高校の図書室司書として潜入、そこで半年弱を過ごした。そうなると不思議なもので、図書室というものに懐かしさを感じるようになる。若者が本を読まない、と言われて久しいが、それであっても文学少年・文学少女が全くいなくなったわけではない。課題図書を無理やり読まされて、それが面白いものであることに気づく者もいれば、複数の新聞を読んでいっぱしの意見を開陳する者もいる。司書としての仕事をしている時間は、彼、「風見 洋」の安らぎのひと時でもあった。
 だが、今は違う。零は耳に神経を集中した。
 彼が校内に入ったのは、舞の周囲を観察するためである。彼女にはボールペン状の無線機を持たせてある。こちらから話し掛けることはできないが、舞に何かが起こればすぐにわかる。
 なぜ急にその気になったかというと、やはりそれは、舞が孤独であるらしい、ということに気づいたからだった。それを確認したい。
 任務とは全く関係ないのだが、高校一年生の少女が、自分には全く責任の無い「力」のおかげで、孤独な毎日を送っているとなれば、それが気にならないというほうがおかしい。例えば、風間 唯が三代目スケバン刑事を名乗り始めたのと同じ年である。あの頃の唯の天真爛漫な様子と比べると、今の舞はあまりに気の毒だと言える。
《てし…勅使河原さん》
 女子生徒の声がした。舞に話し掛けている。
《ごめんね、言い間違えちゃって。
 舞ちゃんって呼んでもいいかな》
 どうやら、昼食を一緒に、と誘っているらしい。舞のそっけない反応からも戸惑っているのがわかる。
 零はそのまま昼休みも二人の会話を聞きつづけた。どうということのない会話で、舞の発言量を 1 とすれば相手は 4 位の比率だった。最後は、今度うちに遊びにおいでよ、としめくくって昼休みは終わった。
 放課後になった。零は、校門近くで舞と合流するとすぐにそのことを尋ねた。
「なんか、急に話し掛けてくるようになったんです」
「急に? それ以前は」
「全然」
 零の頭の中で色々なことがめぐった。
「疑ってるんですか?」
 零は我に帰った。舞を見ると、やや警戒の色が感じられた。
「職業病かもしれないんだが。
 こういう生活をしていると、絶対に信頼できる、というもの以外は全て疑う癖がついてしまう」
 本心では、絶対に信頼できるものなどない、と零は考えているが、それは言う必要が無い。
「名前を教えてくれないかな、彼女の」
 舞は答えなかった。
「気持ちはわかるけど、不確定要素は排除しておきたいんだ。調べもしないで大丈夫だと言うことは、我々の世界では許されないんだよ」
 まだ無言である。
「勅使河原さん」
「…榎田 裕子」
「ありがとう」
 零は公衆電話からもう一人のエージェントに連絡を取った。
 舞はその日、零と口をきかなかった。


Ver.1.1: 2002/8/25
Ver.1.0: 2002/1/27

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