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2001/2
「さ、まず中村さんから」
「え、いいんですか。申し訳ありません」
京子は、口とは裏腹にうれしそうに盃を出した。
「いい色ですねぇ」
「でしょう。自慢の酒です。
たくさん飲んでいってください」
「ありがとうございます」
取材は無事に終わった。無事どころか、話は大いに盛り上がった。
ここは秋田。
農産物輸入が事実上、自由化されて長い。現在の農業はどうなっているのか、が今回の特集テーマであった。京子は、国内でも早い内に機械化を実現、大規模でシステマティックな農業を進めてきた大潟村の担当を指示された。
中でも、米を含む農産物の「商品化」、農家の「企業化」ということに取り組んできたグループを対象としたのだが、そのエネルギッシュな姿勢には、ライターの石井ともども大いに感銘を受け、表に出せる話が終わった後の、取材する側も意見を述べる、という時間の方が長くなってしまった。
これは本来、誉められたことではないのだが、その契機となったこのグループの活力自体が記事になる、と考えた京子はライターを止めたりはしなかった。止めるどころか、自分も積極的に発言した。
その結果が、この宴席である。本来の予定では、ホテルに戻ってライターやカメラマンと打ち合わせをするはずだったのだが、このグループのメンバーとはすっかり意気投合、リーダーの隈井の家で、是非にと引き止められてしまった。
「あ、これも石井さんの文章だすな」
京子が見本として差し出した雑誌をめくっていた隈井が言った。
「俺、読んだす」
若手の高橋が受けた。彼はその雑誌を定期購読しているらしい。政治や経済の話題が中心のその雑誌を購読している農家、ということが、そのグループを特徴づけていると言えた。
「ご本人の前であれだすども、石井さんの文章ってシャープで、読んでで非常に面白いすな。面白いっつが、ワクワクするっつか」
「あぁ、それはどうも、ありがとうございます」
ヒゲ面の石井が頭を下げた。
この評判は勿論、石井の力に負うところが大きいのだが、京子と組んだときには切れ味が増す。基本的にストレートな考え方を持っている京子の性格も無関係ではなかった。
玄関の方で乱暴に戸をあける音がした。
「隈井さん、あったあった」
高橋よりは年配、という感じの男がバタバタと走って来た。本を何冊か抱えている。
「本とってくるのに、何時間かがってらなや」
「なんもせ、ついでだがら、男鹿まで行って新しの買って来た。
1 冊しかねがっだども」
小原という男は、その本を石井に差し出した。「お願いします」
それは、石井がこの暮れに出した本であった。
石井は表紙を開いてサインした。「これ、連載してたときの担当はこの中村さんですよ」
場の視線が京子に集まった。
「いや、別に私一人でやったわけじゃありませんよ。ちゃんと先輩の人がいて、どっちかと言えば、私は助手で」
京子は顔の前で手を激しく振った。
「やだな、石井さん」
と言って、照れ隠しに盃を空けた。
『バブルは燃えている』というタイトルの連載は、バブルはまだ終わっていない、というテーマを据え、今だにバブルに踊っていると思われる企業と、バブルで致命的な打撃を被って仕切りなおしを余儀なくされた企業という両極端だけを並べて「空白の十年」を炙り出したものである。連載そのものは去年の春に終了、大幅に加筆訂正して暮れに単行本となったが、これも売れた。
「すんげぇなぁ」
口にこそ出さないが、女だてらに、という空気だった。
京子は慣れて気にもしなくなったが、相手によっては、取材を申し込んだときに「なんだ女か」という態度を見せる者がいる。中には、女に話すことはない、などと言われることもあった。
今回も最初はそれに近かったのだが、話が進むに連れてそれはなくなった。それはやはり京子の実力と言っていいだろう。
京子がプレゼンス社に入り“PRESENCE”という雑誌の編集部に配属されてまだ 10 年足らず。その連載を引っ張ったのは先輩編集者で京子はサブ、というのは事実であり、単行本にすることが決まってからは、単行本担当の編集者も加わった。決して京子一人でやったわけではないのだが、石井をはじめ京子を有望株として買っているライターが多いのも事実であった。
宴会は続いた。京子も石井もよく飲む。
隈井があちこちに声を掛けたのでメンバーは少しづつ増えていった。
ふいに電子音がした。京子の携帯電話だった。
「すいません、ちょっと失礼します」
なんだろう。事の次第を編集部に報告したので、飲みすぎるなよ、という警告かもしれない。
「はい、中村です」
《あ、カムラか。
大変だ》
「急になんですか、川口さん」
副編集長の川口だった。京子は後ろ手に襖を閉めて廊下に出た。流石に空気が冷たい。窓越しに月が見える。
《大橋社長が取材に応じることになった」
「本当ですか。へぇぇ」
大橋は、日本では五指にはいる企業グループの会長だが、メディアに対して気難しいことで有名である。時代が「軽薄短小」産業へのシフトを加速していく中で、どちらかと言えば「重厚長大」中心のグループを率いる大橋の言動は常に注目の対象なのだが、それだけに迂闊なことは口に出さない。具体的なテーマのある製品発表などならともかく、記者会見を開くことは滅多にないし、一対一の取材などもってのほか、という姿勢を貫いていた。
それが態度を変えたらしい。
《それで。
落ち着けよ。
丸山さんとお前を指名してきた》
「えっ?!」
《前からうちの雑誌は読んでたらしいんだが、丸山さんなら、って言ったんだよ》
京子は何も言えなかった。
大橋と面識はない。
だが、前から攻勢をかけていた編集部員の前で先月号を取り出し、ある記事を指して、そのライターとその編集者なら、と言ったのだった。
「あたしを…?」
ライターや記者を指定してくる、というのはよくある話だが、編集担当者まで指定するという話は聞いたことがない。丸山の書いた文章の中から、京子が担当したときとそうでないときとの違いを、大橋は敏感に読み取ったのであるらしい。
《そうだよ。
大橋 勝じきじきのご指名だ!》
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。
阿部さんは?」
大橋への取材を粘り強くしかけてきたのは阿部という先輩編集者である。いくら指名とはいえ、それを差し置いて京子がでしゃばるわけには行かない。
《今、かわる》
え、と京子は口の中で言った。まだ心の準備ができていない。
《カムラか?
おい、これを断ったらタダじゃおかねぇぞ》
「でも、阿部さん」
《バーカ、俺のこれまでの積み重ねがあったからこそのご指名だぞ。それを蔑ろにすることは許さねぇ》
「だ、だって」
《なに天狗になってんだよ。まだまだヒヨっこのお前に全面的に任せるわきゃねーだろうが。俺がサブについてやる。
大体、大橋 勝の取材が、あの丸山さんとは言え、二人だけで片付くと思ってるのか。これは我が編集部全体でやるプロジェクトだ》
京子はまた黙った。頭が混乱している。
確かにそうだ。相手が大橋なら編集部全体で取り組む必要があるかもしれない。そのつもりがあるからこそ、阿部は全員で情報を共有できるように細かく状況を報告し続けてきたのだった。
《カムラ、聞こえてんのか?》
「は、はい」
《いいか、第 1 回は明日だ》
「明日?」
京子が声をあげた。何人か、襖を空けて覗き込んできた。
《向こうもな、話す気になった以上はちゃんと伝わるようにじっくり構える気だ。3 回から 5 回が念頭にあるようだ。
その第 1 回が明日の 19 時。
いいか、明日一番で戻って来い。そうすりゃ昼前には東京につく。丸山さんと打ち合わせをする時間はあるだろ。基本的な流れはこっちでまとめておくから。どうせ明日は 30 分しかない。顔合わせに毛が生えた程度だ。心配するな》
「あ、あたしでいいんでしょうか」
今ごろになって震えてきた。
《当たり前だ。
お前じゃダメだと思えば、この話は受けてこねぇよ》
「阿部さん…」
《期待してるぜ、カムラ》
「はい…」
《声が小せぇぞ》
「わかりました」
やっと話が胸に落ちてきた。
「よろしくお願いします」
《おう。今日は飲みすぎるんじゃねぇぞ》
「はい」
電話を切る。
すごい話になった。興奮してくるのがわかる。
(大橋 勝があたしを。
よし!)
振り向く。
「すいません、急な仕事が入りました!」
京子は、朝一番の新幹線「こまち」に乗った。
飛行機も考えたが、一便は羽田着が 9:00 である。こういう地方路線は、飛行機を降りてから空港ビルまで連絡バス、ということがある。天気は悪くなさそうだが、5 分程度の遅れは普通にある。座席が後なら、降りるまでに 10 分かかることもある。そうしたことが重なれば、浜松町や品川に出るのは、10 時頃になってしまう虞があった。
一方、新幹線の始発は東京駅へ 9:50 に着く。
今回は、一刻も早く編集部にたどり着きたい。編集部が都心にあることを考えれば、片道 4 時間とは言え、新幹線の方が確実だった。
(そうは言っても、このスピードは…。
これを新幹線って呼んでいいのかね)
秋田から盛岡までは在来線区間を走る。線路は真っ直ぐではないし、新幹線用に工事をしてあるとはいえ、基本的に構造が違うので、とても時速 200km は出せない。普通の特急列車と同じである。
(苦手なんだよな…)
東京生まれ東京育ちの京子にとっては、長距離列車は特別なもの、エキゾチシズムを呼び起こすものであった。しかも、外はやっと明るくなり始めたところでまだ薄暗い。本当の新幹線であれば、どうかすると本の数頁も読んでいる間に自治体の一つや二つは通過していたりするが、この列車はまさしく水墨画のような風景の中をゆっくりと進む。
京子がこれを苦手としているのは、せっかちな性格のせいではない。こういう気分で胸に浮かんでくることは決まっているからだ。
(令、ごめん)
京子は、この取材が一段落したら、一日だけ休暇を取って令の墓参りに行くつもりだった。できれば、令が育った町を歩いてみたいと思っていた。今まで秋田に取材の機会が全くなかったのは偶然だが、今回の取材先が秋田であるのも、全くの偶然である。
これまで、いつか志織に言った通り、自分が令に助けてもらう価値のある人間だったということが形になるまでは行かない、と決心していた京子だが、自分が絡んだ連載が暮れに単行本としてまとまり、それが売れている。これで令に会える、と京子は考えたのである。
令の墓前に供えようとちゃんと自分の金で一冊買ってきた。そこでちゃんと礼を言い、遅れたことをわびるつもりだった。
だが、それは叶わなかった。自分の都合で。
(ひでぇ女だな、あたしも)
しかし、この話はどうあっても断れない話だった。
メディア嫌いで通るあの大橋が、こともあろうに京子を指名してきたのである。それには絶対に応えなければならない。チャンスであるとか、試されているとかいう以前に、この「信頼」を裏切ることは京子にはできないことだった。
(必ず、また来るから…必ず)
京子は慌てて右手でまぶたを覆った。見える範囲には誰もいないが、涙を我慢していることを悟られないように、そのまま右腕を手すりに乗せた。縁がカーブしていてのせ難いが、力を入れればなんとか止まる。
(だから嫌なんだ、田舎の列車は)
京子は考えることを変えようとした。
(田舎ってば…唯達、どうしてるかな)
風間三姉妹と一緒の戦いの後、1 年も経たないうちに、唯から連絡があった。雪乃はまだイギリスだったから志織と一緒に三姉妹と再会したのだが、唯は、風魔に戻る、と言った。
それはつまり、戦いの世界に戻る、ということであった。勿論、京子も志織も驚きはしたが、心のどこかでは、やはり、と感じてもいた。京子が入ったメディアの世界、志織が選んだ法曹の世界も、紛れもなく戦いである。唯が母体としていた風魔に戻るのも同じ。むしろ自然なことだった。
そして、やはり二人が想像していた通り、翌年には由真、その二年後には結花も、宮崎にある鬼組の本拠に帰っていった。
その後、彼女たちがどうしているのか、京子も志織も知らない。
一応、表向きの住所は聞いている。そこに手紙を出せば連絡はとれる。
京子は、やはり取材でその近くを通っているが、あの山の向こうがそうらしい、と思うだけで、実際に尋ねたりすることはなかった。
もとより、本来は身を隠すべき存在である忍者達がそこに住んでいるわけはない。唯達と会うには、まずその住所に手紙を出し、それをきっかけに打ち合わせした上で日時と場所を決めなければならない。それが億劫、というわけではないのだが、京子達とは違い、体を張って戦っている唯達に、友達だから、とノコノコ出かけるのは、やはりなんとなく躊躇われたのだった。
(まずい。
落ち込んできた)
大事な日なのに。
早く気分を切り替えて、Internet でかきあつめた資料にでも目を通しておかないと。京子は立ち上がって客室を出ると、車内の自動販売機で缶のコーヒーを買った。
だが逆効果だったようだ。京子は舌打ちした。更に落ち込む材料を思い出してしまったのだ。
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