スケバン刑事外伝 -“00”-

嵐の眼


2001/6


「では始める」
 暗闇が言うと、後の二人が資料を取り上げた。資料には、“FOR YOUR EYES ONLY”と真っ赤な文字が記されている。
 ここは暗闇司令の部屋。集まっているのは、“FIX”という、暗闇機関の最高意思決定機構のメンバーである。
 発足当初の暗闇機関は、その名前が示す通り、全ての権限を暗闇司令が握っていた。それは、内閣機密調査室の一部局という位置付けから言っても、敵に動きを捕まれずに機敏に活動しなければならない、という要請から言っても最善の選択であった。
 しかし、初代スケバン刑事の任期後半からの数年間で、機関が対処するべき事件は爆発的に増えた。当然のように、機関の規模も急激に大きくなった。
 そのことも原因だが、そもそも暗闇は権限の集中をよいことだとは思っていなかった。権限が一人に集中している場合、その人物がミスを犯せば、組織全体が打撃をこうむるということがわかっていたからである。勿論、その人物が失われた場合、それは直ちに組織の崩壊に繋がる。
 しかし、迂闊に集団指導体制に切り替えると、今度は組織の動きが鈍くなる。民主的な多数決など問題外である。
 そして暗闇は、この“FIX”を編成した。暗闇のほかに、村松と桐山という古参エージェントを加えた 3 人が、暗闇機関の全体を決めるのである。
 任務の詳細は現場に任されており、大規模な作戦であるとか、失敗したという場合を除けば、それに“FIX”が口を出すことはない。その代わり、メンバーに対する技量と規律遵守への要求は厳しくなった。それを「信頼」と呼んでいいのかどうかは疑問である。
 村松が、ほぉ、と低い声で言った。暗闇が顔を上げる。
「これは…」
 桐山も息を吐いた。
「この提案について意見を交換したい」
「非常に無責任な発言を許してもらえるなら、実に興味深い提案だ。
 もし俺が機関のメンバーでなければ、どうなるかを見たいから是非やってみろ、と言うだろうな」
 村松が言った。冗談ではなさそうだった。
「確かに。いくつか解決するべき問題はあると思うが、面白そうだ、と俺も思う」
「面白い、だけでは困る」
 だが、暗闇はその反応を楽しんでいる様だった。
「奴はいくつになった」
「34 だ。機関に入って 15 年」
 桐山は改めて資料を繰った。ほとんど頭に入っているはずだが、こうして並べてみると、この提案が出るのは当然、という風に思われてきた。
「この任務成功率…高そうだとは思っていたが、これほどとはな。
 しかも次第に上がってきてるじゃないか」
「リーダー向き、ということだろうな。
 暗闇の狙いが当たったわけだ」
「まぁ、そういうことだな。
 俺は現場のリーダーにでもなってくれれば、というつもりだったんだが」
 村松は資料を置いた。
「この提案に反対するわけじゃないが、野口はどうなんだ。あいつも成功率は低くあるまい」
「似たタイプでもある。野口を落とした理由は」
「野口は、参謀向きだろう、どちらかと言えば」
 暗闇が答える。
「参謀…。そうだろうか」
「野口の場合は、全権…まぁ正確には全権ではないが、メンバー全員がついてくるんだということを考えると、全てを任せるのは問題があるという気がする。
 寧ろこいつの」暗闇は資料を叩いた。「弱点を補う形でサポートさせるという使い方がベストだと思う」
 なるほど、と 2 人は頷いた。
「確かに機関内の評判はいいようだな」
「若手になるほど評価は高い。評価というよりは人気だな」
「ベテランは?
 今でも高校生のおまけと思っている奴はいるんじゃないか」
「そこまではっきりと言わないにしろ、確かに、奴の評価はベテランでは下がるようだ」
 暗闇はそれを認めた。
「ようだ?
 調べてないのか」
 桐山が言った。暗闇が不確実なことを言うのは珍しい。
「俺も気にしてはいる。
 だが、若手とベテランとで評価が分かれる以上、1 人で調べたんでは公正な結果は出ない。かと言って、このことの内部調査に複数のエージェントを使うわけにはいかん」
「それはそうだろうが」
「仮に奴を評価していないとしても、任務遂行に支障が出る、ということはないと思うが。
 お前が気にしているのはそこか、桐山」
「お前が野口を候補から外したのと同じ理由だな。
 野口に全体を引っ張らせるのに不安がある、というのは同意見だが」
「人望、ということか」
 これは村松だった。
「暗闇機関も人望を気にしなくてはならないようになったか」
「それはしょうがないだろう。
 前のような小さいチームではない。人間がやっている以上、そこは考慮せざるを得まい」
「まぁその通りだ。
 我々に人望があるかどうかはわからないが、幸いにして、嫌われたお陰で作戦が失敗した、ということはないようだ。今後は、その点には意識的に注意を払わなくてはならないんだろう」
「奴の政治力は」と村松。
「そこが、俺の懸念点だ」
 暗闇が言った。
「奴は城北大学じゃなかったか。
 なら、力のある者とのラインは持っているんじゃないのか」
「1 年の冬に中退している。学校関係の人脈はないと考えるべきだ」
「そうだったな。
 その後はどうだ。他の組織と何度も協力しているだろう」
「それはある。
 同じくらいの世代、まぁその前後も含めて、妙なグループを組んでいるようだが」
「あれか。三羽烏だか御三家だか。
 グループというのとは違うだろう」
「周囲が括っているだけだがな」
 桐山が、警察関係の若手官僚や首都警察の警部など、何人かの名前を挙げた。3 人だけではなかった。
「上官の言うことを聞かない奴ばかりじゃないか」
 3 人は揃って笑った。
 確かに、任務の成功率は高いが、独自の価値観を持っており、ともすれば独走しがちな連中ばかりであった。
「そいつらの協力は期待できそうか」
「ある程度はな。オフィシャルなラインで話を持っていけば、かなり期待していいと思う」
「オフィシャル?」
 村松が顔を上げた。暗闇が頷く。
「個人的な親交ではないと考えられる。
 つまり、何かの事件があって協力を要請するのならいいが、我々が陰謀をめぐらそうとするときに協力が得られるかどうかは未知数…むしろ期待しない方がいいだろう。内容にもよるだろうがな」
「その辺を野口辺りで補う手か」
「そういうことだ。
 後は風魔」
 桐山と村松が、あぁ、と言った。
「一時は切れていた鬼組とのパイプを取り戻して、他の組とのラインも手に入れたのは、怪我の功名とは言え、奴の手柄と言っていいだろう」
「その通りだ。風魔を他の組織に取られていたらと思うとぞっとするな。
 議会や官僚は」
「それは無理だな、残念ながら」
 桐山の問に暗闇は即答した。
「大問題じゃないか、暗闇」
「いくら野口や他の連中で補強するとは言っても、『暗闇司令』自身が政財界に工作しなくてはならないケースは頻繁にあるぞ」
 2 人が早口で指摘する。
「それなんだが」
 暗闇は座りなおした。
「そろそろ、それは必要ないのではないかと思っている」
「どういうことだ」
 桐山が身を乗り出した。村松は黙って視線をよこした。
「政財界の機嫌を取る必要はない」
「暗闇」
「お前も、三羽烏の発想に毒されているようだな」
「そうかもしれん」
 二人があきれている。だが、暗闇は鼻で笑った。
「2 人に聞きたい。
 我々の敵は主に誰だった?」
 今度は桐山と村松が黙った。
 そう。小さな作戦を除けば、彼らが相手にしてきたのは、私利私欲に囚われた政治家であったり、権力に目のくらんだ官僚であったり、金のためなら進んで手を汚す財界人であったりした。
「奴らに対する工作が必要かどうかはおおいに疑問だと思う」
「だが、政財界人の全てが我々の敵ではあるまい。それを嫌っている連中の協力を得ながら戦ってきたのは事実だぞ」
「心ある人は、工作などしなくとも協力してくれる」
「暗闇、それは理想主義に過ぎる。
 心ある人々でも、我々に協力してくれたり、我々の活動を見て見ぬふりをしてくれたりするようになるまでには、何がしかの交渉が必要になる。
 それに、お前に改めて 2-6-2 の法則を説くまでもあるまい。どっちつかずの連中が大多数なんだ。そういうやつらを動かすには、やはり裏工作が欠かせない」
 暗闇は返事をしなかった。
「それを怠れば、それこそ政財界の全員を敵に回すことになるぞ」
「暗闇、まだ早い」
 2 人の説得を受ける形になった暗闇は、テーブルに肘をついた。
「まぁその通りかもしれん。
 俺も、この提案を、明日から実行したいと言っているのではない」
「教育するというのか、これから」
「やってみないか、村松。
 奴は鍛え甲斐があるぞ。
 なにせ、我々の初期訓練を 3 ヶ月でこなした男だ」
 村松は顎に手をやって考え込んだ。
「興味深い提案が多いな、今日は」
「どうだ、桐山」
「帝王学教育ということか」
 沈黙。
「期間はどれくらいを見ている」
「2 年」
「なんだ、そんなものか。
 お前のことだから半年とか言い出すのではないかと思っていたぞ」
「そこまで無理は言わん」暗闇は笑った。「あの有象無象の中に入り込んでいくんだから、本当は 4〜5 年と言いたいところだが、それでは我々がもたん」
「その通りだな。
 お前の次はこいつを候補にするとして、我々の方はどうだ」
「それは俺から聞きたい。
 心当たりはないか」
「…ないことはない」
 機関内部の諸事、言ってみればバックヤードを担当している桐山が口を開いた。
「西脇か天城を考えていた」
「天城か。
 奴こそ参謀タイプだ。適任と言えるだろうな」
 暗闇が賛意を示した。
「西脇も合っているとは思うが、年はどうだ。
 暗闇ご贔屓のこいつと比べるとちょっと離れていないか。むしろ我々の世代に近い」
「村松、お前自身はどうだ」
 彼は特別な担当領域を持たない。暗闇がフロント、桐山をバックとすれば、村松は第三者的な視点を要求されていた。
「俺も天城を考えていた。
 奴なら外への睨みも効く」
「総合的に考えるべきだと思うが」
 桐山が言った。
「いずれ世代交代はするべきだが、同世代だけで揃えてしまっては危うい。普通の企業ならそれによって空気も含めて一新するということもあるだろうが、我々は権謀術数の世界に生きている。どこかにベテランは入れておくべきだ」
「同意見だ。
 暗闇がこいつを推すのなら、敢えて西脇と組ませるとか、桐山あたりを残すとか、そういう調整が必要だな」
「俺か?」
 桐山は驚いたようだ。
「この 3 人の中では適任だろう。俺も暗闇も、敢えてタイプ分けすれば野口達のタイプだ。
 さっき俺は、人望がどうのこうのと言ったが、零と野口と岸田なんて“FIX”ではメンバーがついてこないだろう。流石に、危なくって見てられん」
 それを聞いて暗闇は笑った。
「わかった。
 これは継続ということでいいか」
「あぁ、俺の方は、零を有力候補と認めたと思ってもらって構わん。今後の教育が必要だという条件付きだがな」
「今度は、俺と村松がそれぞれの候補を持ち寄るんだな。その組み合わせ如何では、一気に話を進められるかもしれん」
「できる限り早く方針は決めたい。
 なにせ次の『暗闇司令』のことだからな」
 3 人は、資料を裁断機に放り込むと、満足げに、というよりは、楽しげに笑った。

作詞:ちあき哲也
作曲:筒見 京平
編曲:筒見 京平
歌:野口五郎
「嵐の眼 (“Smile”収録)」より

Ver.1.0: 2002/7/7

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