スケバン刑事外伝 -“00”-

SECOND MOVEMENT

伝説との邂逅 (前編)



「結論から先に言ってくれ。
 矢島グループの件ならあたし達はもう知ってる」
 暗闇は、美咲達が打ち合わせに使っている机についた。美咲と慧が反対側に並び、暗闇の部下は、暗闇を外部の敵から守るようにして、窓側と廊下側に立った。
「暴落の事情が知りたい」
「なんであたしなんかに。
 手持ちの『麻宮サキ』には、経済に明るい奴はいないのかい」
「『スケバン刑事』のシステムは、大分、前にその役割を終えている。
 今、『麻宮サキ』はお前だけの名前だ…とは言っても、もう遅いのか」
「『麻宮サキ』を名のると色々面倒なことがあってね、おかげさまで」
 美咲も慧も警戒を解かなかった。
「我々は、君達の実力を高く評価している。表から、つまり、証券会社や有力投資家の筋を当たっても得られない情報を持っている、あるいは入手できるだろう、と考えている」
「それはそうかもしれない。
 だけど、あんた達にできない、ってこともないだろう」
 暗闇は声を落とした。
「紳明学院大学という名前は知っているか」
「あそこの卒業生は何人か知ってるけど、どうにも相性が悪いね」
 美咲の言葉に暗闇の目が光った。
「そこに、工学部と医学部の両方が入っている、『実験棟』という施設がある。実は、その建築に携わったのが、矢島グループの矢島メディカル・ビルディングスという会社だ」
 美咲が目を細めた。
「最近、聞いたな、その名前」
「あれですよ、美咲さん、こないだ、買収されるとかいう噂が流れたところ」
「あぁ、あれか。
 それとあんた達とどういう関係があるんだ。
 まさか」
 二人の視線が突き刺さる。
「矢島のお嬢様の会社だから守ってやる義理があるって訳じゃないんだろう」
「紳明学院大学には、脳に特殊な処置を施して、人間を勝手に操る、という実験をしている疑いがある」
 美咲は、呆れたように背もたれに寄りかかった。慧も続いた。
「暗闇司令、あんたもヤキが回ったのかな。
 そんな漫画みたいな話を信じろって言うのかい」
「私の推測だが、お前が紳明 OB と相性が悪い、というのは、やけに人当たりが良くて素直なくせに、譲らないときには絶対に譲らないところがある、それが理由ではないのかね」
 そのままの姿勢で美咲は口を硬く閉じた。
「裏を感じさせる人の良さだ。お前はそういうのを好まない」
 慧がちらりと美咲を見る。
「どうだ」
「それと、その人体実験との関係は」
「大学側の言うことを素直に聞く人間を多数、送り出している。
 素直でかつ優秀な人間だから社会に広く浸透し、高い地位に登ることができる。
 だが、万が一、大学の方針とぶつかれば、そこは絶対に譲歩しない」
 美咲と慧は目を見合わせた。当たっているようだ。
「証拠はあるんですか」
 と慧。
「レントゲン写真でも見せれば納得するか」
「それは約束できないね。
 けど、矢島の件よりは、あんた達が首を突っ込みそうな話ではある」
「我々は、そっちの事件に全力を注ぎたい。
 だが、矢島グループの株暴落は、矢島メディカル・ビルディングスという共通点がある以上、無関係とは断定できない。そこを早く見極めたいが、力が及ばない」
「それで、株屋と仲の良くなった初代スケバン刑事をもう 1 回、引っ張り出そうというわけだ」
 美咲と慧は鋭い目で、暗闇と二人の部下を見渡した。どうやら嘘はない。
「報酬は?」
「望みのまま、と言っておこう」
「例えば、億の単位でも?」
「そうだな」
「美咲さん。
 つまり、それだけ危険な話だってことだよ。
 そもそも、あたし達をテストで襲ったっていうのは」
「わかってるよ、慧」
 目配せする。
「あんたが仕切るのかい、暗闇司令」
「零、というエージェントを覚えているか」
 また、美咲の目が大きくなった。
「坊やか。
 出世したんだねぇ」
「零…って、あたし達の」
「わかったよ、暗闇司令。
 坊やへの恩返しってことで、この話、受けてやる」
「そう言ってもらえると助かる」
「報酬は別だよ」
「わかった。
 後で、ここに連絡をくれ。
 その坊やが首を長くして待っている」
 専用回線の番号を書いたカードを出す。
「では、君達の活躍を期待している」
 暗闇が立ち上がり、部下がそれに続いた。
「暗闇司令」
「なんだ」
「早乙女 志織…あたしの後に『スケバン刑事』をやらされた彼女…どうしてる?」
「弁護士になった。なかなかのやり手だと聞いている」
「そう…」
 それを聞いて、慧が飛び出してきた。
「唯ちゃん…風間 唯さんは?」
 もう目が潤んでいた。一瞬にして、当時の少女に戻ったかのようだった。
「二人の姉がいるのは知っているか」
「うん」
「一緒に暮らしていると聞いた」
「元気なんだね」
「そうらしい」
「わかった…ありがとう」
 暗闇は小さく頷くと出て行った。
「今日は、色んな人の無事が分かってよかったね、慧」
 慧は乱暴に目を拭うと振り向いた。
「うん。
 この仕事も楽勝っぽいし」
「それは…どうかな」
「え、だって」
「確かに、あたし達は、何が起こってるか知ってる。
 でも、暗闇機関が乗り出してくるってことは、もしかしたらものすごくヤバいことかもしれない、ってことだ」
「ものすごくヤバいこと…」
「あたしがこれを受けたのは、機関が後ろ盾になってくれることを期待できるからだよ。
 あたし達は、ひょっとしたら、その『ヤバいこと』に、知らないうちに足を突っ込んでしまってるのかもしれない」
 だまって頷く慧。
「でも、油断は禁物だよ、慧。
 暗闇機関って所は、向いてる方向は大体、正しいんだけど、随分と汚いこともやるからね。全面的に信用しない方がいい」
 一人、全面的に信頼してもいい、と思われる男はいたが、彼は、美咲の目の前で息絶えた。何も言わずに。
「零さんも…」
「あの坊やはまた別だ。
 少しは頼り甲斐のある男になっててくれるといいんだけどね。
 さて、忙しくなるよ。やりかけの仕事を片付けちゃおう」

「あんたが…麻宮サキ…」
「あたしは知ってるよ、あんたのこと。
 ビー玉のお京。
 二代目スケバン刑事、早乙女 志織の親友。
 まさか、あんたが暗闇機関にいるとは思わなかったけど」
 零とお京は浅谷企画を訪れていた。ビルの外には護衛が一人、控えている。
「座んなよ。
 汚いところで悪いけど」
 零は既に座っていたが、京は立ちつくしていた。本当の麻宮サキが生きていること、そして、零がその麻宮サキと面識がある、ということは、このことが動き出すまで知らされていなかったのである。
「あんたは番外連合に」
「はい。
 三代目の風間 唯さんに助けてもらいました。
 お京さんも活躍なさってたんですよね。ありがとうございました」
 慧は明るい笑顔で言った。
 いや、とはっきりしない声で言い、京はゆっくりと椅子に座った。安い椅子なのか、ギシ、という音がした。彼女は、この邂逅で動揺しているようだった。
「で、具体的な手順ですが」
「矢島のお嬢さんに会わせて欲しい」
 美咲は間髪入れずに言った。
「なぜです。
 情報は我々に渡してくれればいい」
「前にも言った筈だよね、坊や。
 あんた達にいいように利用されるのはご免蒙る」
「ちょっと待て」
 京が声を上げる。零がそれを制した。美咲は京に目を合わせて言った。
「あたし達は危険を犯してあんた達が要求する情報を手に入れるんだ。それを渡した途端に、はいご苦労さん、って放り出されちゃ叶わない」
「矢島家とも繋がりを確保しておきたい、ということですか」
「そういうこと」
 零はそれきり黙った。何事か考えているようだった。京はそれを尊重して黙っていたが、美咲の考えていることが理解できる一方で、志織の考えた方とのあまりに違いに戸惑っていた。
 浅谷 美咲――いや、麻宮サキが経済の世界にいるのは、やはり、間違ったことを認められないから、不正の横行する状況を看過できないからだ。確かに、浅谷企画は裏の世界に精通してはいるが、彼女達自身が不正に関与したことはない。むしろ、不正が行われそうなところに介入してそれを防いでいる、というのが実際のところだった。零から渡された山ほどの資料がそれを指し示していた。
 だが、美咲が今、京の目の前でやっているのは駆け引きだった。京も、中村 京子だったころに、編集者として駆け引きめいたことは色々としてきたが、それとは全く異質である。いやならいいんだぜ、けど、他に宛てはあるのかい、と顔に書いてある、京はそう思った。
「あたしはそんなに難しい注文をしてるのかな」
 美咲が言った。
「あんた、自分の立場を利用して」
「あたし達を利用しようとしてるのはそっちだよ、お京さん」
 京は黙った。それはその通りだ。しかし。
「問題は矢島グループ全体なんだろう。お世辞にも小さい対象じゃないよね。
 そして、あんた達は株には素人。あたしと矢島家が動いた方が効果的だ」
「わかりました。
 ですが、我々の意向としては、機関が動いていることを矢島家にも知られたくない。コンタクトはご自分でお願いします」
「手抜きだねぇ」
「その後押しはします。
 尤も、矢島家の誰も浅谷企画の名前を知らない、ということはないでしょうが」
「まぁいいよ。浅谷は総会屋の類じゃない、と口添えでもしてもらえれば十分」
「我々の関与は、矢島家には内密にお願いします。
 これは絶対に守っていただきます」
「破ったら?」
「相応の対処をします」
「対処、ね。
 坊やが言うと妙におっかないね」
「一人、男手をお貸ししましょう」
「それは助かるね。
 なにせ危ないネタだ。あたしと慧だけじゃ不安でさ」
 話がまとまった。零と京が部屋を出る。
 小さな足音が追い掛けてきた。慧だった。
「零さん」
 振り向く。
「ありがとうございます。あたし」
「今の生活は、どうだ」
「はい。
 本当のお姉さん、いえ、それ以上の人です、美咲さんは」
「そうか。
 危険なことはしないでくれ。そういうのは我々のエージェントに押し付ければいい」
「はい」
 深々と頭を下げると慧は部屋に戻った。
 急な階段を降り、車に乗り込む。
「志織の奴と全然、違う」
 車が走り出すなり、京が言った。
「海槌 麗巳との戦いで彼女は行方不明、いや生死不明になった。
 次に現れたのは、青少年治安局の事件のときだった。二年半経っている。
 彼女はその間、我々にも居所を掴ませなかった」
「それが」
「彼女はずっと裏の世界にいた、ということだ。
 俺も詳しくは知らないが、スケバン刑事以後の十年、彼女が生きていた世界は、お前や志織とは全く別の世界なんだ。あれくらいの駆け引きは可愛いものなんだと思う」
「…」
「母親も…」
 母の麻宮ナツがなぜ死刑囚となったか、つまり、なぜサキがスケバン刑事を名乗るようになったのかについては京も知っていた。
「彼女は、娘の生存を信じてあらゆる手をつくした。機関にもコンタクトを取ろうとした。
 だが、我々だって知らなかったんだ…」
 ナツは、それ以前の数年間、自分を押し殺して獄中に囚われていた。それ自体が彼女の生を蝕んでいるのだ。やっと娘と一緒に暮らせるようになって 1 ヶ月もたたないうち、その娘が生死不明となった。そしてナツは、その 2 年後、絶望のうちに他界した。サキは当然、そのことを知っている。
「暗闇機関は…お前達や唯達に借りが無いとは言わないが、彼女には絶対に返しようのない借りを背負っている」
「だから、隠してたのか。司令にも」
 零は、窓の外を見やった。
「これで、麻宮サキまで引っ張り出してしまった。
 雪乃さんは当事者。関わりを持たずにいられるのは、志織だけだ…」
 京は、黙って零の手を握った。


Ver.1.0: 2003/5/4


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