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「また、あなたの悪い癖が出たわね」
羽鳥は厳しい顔つきで言った。都沢の書斎。
「よくそれで甲賀の頭領が勤まるものだわ」
「甲賀のことを悪く言うのはやめてくれないか。
それに、私には私のやり方がある」
「やり方ですって」
テーブルの向こうで羽鳥は声を上げた。
「もし、その権藤とかいう弁護士に別の狙いがあったらどうする気。その勉強会だって未確認なんでしょう」
「権藤は、高倉先生の紹介だ。怪しい人間ではない」
都沢は与党に所属する議員の名前を挙げた。
「高倉の意向を受けてるってことはないの」
「高倉先生とはいい関係を築いている。私を利用するような、そういうやり方はしない。それに、そんな動きを見せていないことは確認してある」
「調べたの。いい関係だわね」
羽鳥は改めてソファに座り込んだ。
「まぁ、詳細な身元確認はしてあるだろう、と思った私が迂闊だったわ」
「君はまさか、矢島 雪乃氏も疑っているのかね」
「全面的に信用していいという根拠はないでしょう」
彼女なりに抑制しているようだった。
「矢島グループは『文化活動』には熱心だから、そういうのに関心を持ったとしても特に不自然ではない。自分達も訴訟沙汰なんて日常茶飯事でしょうしね。
簡単に調べようとはしたけど、流石にガードは固い。諦めざるを得なかった」
「流石の伊賀忍者でもかね」
「時間がないのよ!」
今度は抑制が効かなかったらしい。羽鳥はまた大きな声を上げた。
「本当なら今からでも、その弁護士連中全員の身元調査をしたいくらいよ。もう間に合わないかもしれないけどね」
都沢は肩をすくめた。
「慎重なのは結構だが、一人二人ならともかく、十人を越える弁護士が集まって悪いことをするとは、私にはとても思えない。
彼らは名前も顔も出しているんだよ」
この一斉申し立ては、勉強会の意図とは裏腹に、ゴシップと同じ扱いを受けていた。羽鳥や都沢だけではなく、様々なメディアがその弁護士達を追いかけている。さすがに弁護士であり、そうした連中の扱いには慣れているので今のところ取り立てておかしな方向には進んでいないが、多くの人間が、申し立ての内容よりも、ゴシップを求めて走り回っているのは確かであった。
そのため、彼らの素性などに関して一定量の情報が労せずして手に入るのは事実だが、逆に、もう一歩踏み込んだ情報を手に入れるのは、情報を提供する側が警戒を強めており、非常に難しくなっていた。羽鳥 水絵率いる伊賀忍群が、本来の任務を別に持っているとは言え、その勉強会の調査に手間取り、結局、諦めるしかなかったのはそのためである。
早乙女 志織が、「麻宮サキ」を名乗りスケバン刑事として活躍していたことにたどり着いた者は今のところ一人もいなかった。
それには機関でも懸念の声が上がっていたが、零はそれについてこう答えた。
「スケバン刑事そのものは、高校生達の内輪の話だ。今や都市伝説の一種と言っていい。お前がかつてひっかかったように、何人もいて、それぞれの容姿も言葉遣いも食い違っていることがそれを後押ししている。
それに結局、お前達は彼女のことを『志織』とは呼んでいないだろう」
彼女が、「早乙女 志織」として、最後の戦いにおける怪我から復帰してから、卒業するまでわずか半年。梁山高校の仲間達は、何か事情があって改名したのだ、と理解はしたものの、1 年も続いた習慣から抜け出せず、彼女を「サキ」と呼び続けた。京や雪乃ですら、彼女を素直に「志織」と呼べるようになったのは数年前のことで、今でもうっかりすると「サキ」と呼んでしまうくらいである。
「梁山 OB 達の意識としては、彼女はまだ『麻宮サキ』の筈だ。親しくない者なら、『早乙女 志織』という名前を覚えていない可能性もある。顔と名前が一致する者は 100 人はいない、と俺は見る」
まして、早乙女 志織−麻宮サキ−五代 陽子−スケバン刑事というラインを把握しているのは、ほんの一握りといっていい。
クラスメート達は「早乙女 志織」が「麻宮サキ」であることを知っているが、スケバン刑事のことは知らない。敵であった者達は、彼女の顔とスケバン刑事を結び付けられるが、「早乙女 志織」の名前は知らない。まして、それを弁護士と結び付けられるかどうか、と考えるとその可能性は非常に低い。
何より、公式の記録として、彼女は梁山高校の卒業生ではなかったのである。これは、大学入学の直前、暗闇機関が志織と最後に接触したときに取った措置であった。勿論、「愛校心」を頻繁に口にした彼女にとって、梁山高校の卒業生ではなくなる、ということは不愉快極まりないことであったに違いないが、クラスメート達に迷惑が及ぶ万が一の可能性を指摘されて、不承不承、受け入れた。
そして一切の記録が書き換えられている。つまり、誰かが志織の経歴を調べた場合でも、「梁山高校」の名前は出てこない。あるのは「記憶」のみ。全部で数十人しかいない、彼女と非常に親しかった人間に出くわさない限り、その秘密がもれることはないのであった。
「弁護士連中のことはいいわ。もう遅いし」
羽鳥は深呼吸してから言った。
訴追申請も判事忌避も、既に審査に入っている。判事忌避の方は今日明日には結論が出る見込みだが、それの扱いが一段落すれば、今度は訴追申請の方に注目が集まるだろう。そうなれば、勉強会グループに対する騒動もいくらか落ち着き、調査もやりやすくなる筈だが、そうなってから身元調査をしても意味がない。それはもはや訴追委員会の職掌であって、仮に、伊賀で、彼らの正体に問題がある、ということがわかっても、都沢に伝えるのがせいぜいである。それを元に委員会を誘導して却下させることはできるだろうが、伊賀と甲賀が妙なことに巻き込まれてしまったのであれば、それは既に取り消すことのできない事実として残る。羽鳥の言う通り、結果がどうであれ、もう遅いのであった。
「そのかわり、もし彼らが、彼らに限らず、この話が、よからぬ企みで私達に持ちかけられた、ということがわかったときには、あなたが責任をとってね。甲賀全軍で対処してもらうわ」
「わかった。気をつけることにするよ
警察筋とも接点があるから、そんなのなら潰すことはできる」
都沢は、何度目かで肩をすくめた。
「忘れないで。私は議員も官僚も信用していない」
「わかっている」
「今度は、裁判官も信用できなくなりそうだけどね」
眉を上げる都沢。
「と言うと?」
羽鳥は身を乗り出した。声を落とす。
「この、偏向した裁判官連中、紳明 OB なんだけど、総元締めが分かったわ」
「分かった?
どこにいる」
「司法大学院」
都沢は、矢島 雪乃を訪ねた。
羽鳥は強硬に反対した。
彼らは政治の世界をホームグラウンドとしている。議員や秘書などとして表で活躍するのは甲賀、それを裏側から支えるのが伊賀、という役割が確立して長い。羽鳥と都沢の性格の違いは、そうした分担に原因を求めることができるが、羽鳥自身は、都沢を、俗世に染まり腑抜けてしまった、と評価している。議員としては有能なのかもしれないが、甲賀忍者、その頭領としては、既に口論となっている通り、当然やるべき背後関係の確認を怠るなど、詰めが甘い。流石に、甲賀全体がそうだ、とは考えていないものの、都沢が頭領をやっているうちは、伊賀が支えなければ甲賀がどうなるか分からない、と思っていた。
同じように、雪乃と会うことも危険だ、と彼女は考えた。
「しかし、私は彼女の依頼も受けている。その後のことを報告しないのも不自然だろう」
「…。
いいわ。くれぐれも、妙な約束をしたり、不用意に情報を漏らしたりしないようにね」
「わかっているよ」
都沢が羽鳥の言葉に反論しないのは、20 近くもの年齢差のせいか、それとも、甘いという自覚があるからなのか、それはわからなかった。
志織が矢島家を訪ねたのはその数日後のことである。
連絡を取ったのは雪乃の方だが、志織は今、渦中の人でもあり、外で会う、というのは難しかった。それでこのような形になった。
迎えの車が来て、志織はそれに乗り込んだ。車は、上品な運転で車寄せに入り込んだ。
何度か来たことのある、落ち着いた待合室。志織は、久しぶりに息をつける時間だ、と思った。
「志織さん」
ドアが開くと同時に雪乃の声がした。
「雪乃さん、元気そう。
子供達は?」
「はい。相変わらずですわ。もう少し大人になってくれるといいのですけど。
お食事を用意させました。参りましょう」
子供達や夫の太一と会えるのかと思ったが、志織が通されたのは小さな和室だった。確かに、懐石料理が並んではいるが、二人分だった。
二人は、再会を祝してガラスの盃を合わせた。
「今日は、どうしたの?」
志織は一番にそれを聞いた。
「太一さんや、子供達は。旅行?」
「今日は、二人だけでお話したかったのです」
「二人だけ?」
給仕が行われている間、二人は黙っていた。
「深刻なこと…かな」
確かにいつもとは違う、と思った志織は、他の者がいなくなると言った。
「そうではありません。
おそらく」
志織は口元で両手を組むと雪乃を見つめた。
「志織さんの、訴追申請のこと、耳にしております。判事忌避の件は全て却下されてしまいましたが…」
「まぁ、それははじめから分かってたから。世間の人が、妙な判決が多いんだ、ってことを知ってくれればいい、っていうつもりでいたし。
それがどうかしたの」
「実は私、都沢 惣介という議員の方と面識がございます」
「都沢…って、訴追委員会の?」
「はい」
雪乃は、盃を取り上げようとした手を再び置いた。
「先日、都沢さんとお会いしました」
「雪乃さん…」
「矢島が関わっている訴訟を担当している判事の中に、今回、志織さん達が訴追申請をした判事がいるのです。以前、ご相談したことがあります。それで、密かに経過を教えてくださいました」
「そう…」
志織は杯を空けた。
確かに、都沢のことはともかく、雪乃を通せば政治家に根回しすることはできたかもしれなかった。それは頭に浮かばなかったわけではないし、必要だろう、とも思ったが、やはり、そういうやり方はとりたくなかった。正直に言えば、彼女は、権藤の提案に乗ったのだ、という形で自分をごまかしていた。
「申し訳ありません。黙っていて」
「ううん、そうじゃないの。違うの」
志織はあわてて手を振った。
「あたし、雪乃さんのことも考えたの。なんかルートがあるかもしれないって。でも、そんなことで雪乃さんをわずらわせたくなかった」
「志織さん…」
「これは、あたしの仕事だから。
でも、考えすぎだったのね。確かに、矢島グループなら、裁判は日常茶飯事よね。
あたしも、雪乃さん自身が、あの裁判官達のせいで困ってるって可能性に気づかなかった」
「ごめんなさい」
「雪乃さんが謝ることはないのよ。
あたしの独り善がりだから。悪い癖なの。知ってるんだ。昔、お京にも言われたし」
雪乃は、空いた杯に酒を注いだ。
二人は、こうして顔を合わせるといつも京子のことを話題にした。そうすれば、忘れてはいない、いつも心配しているのだ、ということが、京子に伝わる、と考えているかのようだった。勿論、忘れられるわけもなかったが。
「状況は厳しいようです」
「やっぱり…」
「違法行為をしたとか、人として許されないとか、そういった、明白な理由がない、と委員会では考えているようです」
「そうよね。
あたし達も、一生懸命に説明してるつもりではいるけど」
無言で盃を口にする二人。
「こんな話を伺いました」
「ん?」
「その判事達の中で、司法大学院で同じ教官に指導された人がいるんだそうです」
「司法大学院で?」
「えぇ。
その指導内容が間違っていたのではないか、と都沢さんはおっしゃっていました」
「そう。
なるほどね。
それなら、なんとなくわかるわ。
あたしもそうだったけど、司法試験に受かったばっかりのヒヨッコは、教官の言うことをなんでも信じてしまうことがあるの」
「そうなのですか」
「入学早々、一市民としての感覚と、法律家としての感覚をきびしく分けることを要求されるのね。
法律家って結局、法律に従って活動するわけだから、気持ちが理解できるから、って動いちゃだめなのよ。さっきの話じゃないけど、人として間違ってはいても六法全書に記述がなかったらどうしようもない。それはね、ちょっとしたカルチャー ショックって言ってもいいくらい。
それで、自分の判断に自身を持てなくなって、教官に全面的な信頼を置いてしまう研修生もたまにいるの。そういう口だったのかもね」
「それを是正するチャンスに恵まれなかったということでしょうか」
「そうかもしれない。
その教官の名前ってわかる?」
「確か、秋山とか」
「あぁ、よかった。
あたしの知らない人だ」
志織が笑う。
雪乃もつられて笑った。
「志織さんが、他の方の影響を受けるなんてことはありませんわ」
「ひどい。
あたしが鈍感だってこと?」
「ノーコメントでよろしいでしょうか」
また笑う。
お互いの気遣いという垣根が取れた瞬間であった。
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