スケバン刑事外伝 -“00”-

SECOND MOVEMENT

地獄城の記憶



 時期は、いくらか遡る。零が、法曹界を疑い始める少し前のことである。
 零の元に、写真とともに一つの情報がもたらされた。写真を手にした零は思わず立ち上がり、椅子が鳴った。驚いたのは零だけではなかった。作戦室にいた全員ではあったが、特に京は言葉を失っていた。
 零は、追加調査の指示を出すと、それを持って司令室に赴いた。
「どういうことだ…!」
 暗闇はその写真を零の前に突き出して怒鳴った。
「奴は…早乙女 志織が倒した筈だ」
「クローンだと考えます」
「クローン…?」
「はい。
 既にその線で確認を取らせているところです」
 暗闇は落ち着きを取り戻し、椅子に座りなおした。
「なるほどな。
 であれば、顔の酷似も、似たような企みを繰り返すことも理解できる」
 北 時宗。
 かつて、服部と名乗り、地獄城と呼ばれた孤島に三晃学園という学校を作った男。そこに各地で持て余された不良高校生を集めて教育、クーデターの兵士として使おうとした。
 これは、二代目のスケバン刑事である早乙女 志織が京や雪乃、三代目の風間 唯の協力で打ち倒した。
 その男が生きている。
 紳明学院大学付属先端技術研究所の所長として。
「服部は、高校生に軍事訓練を施し、力で彼らを道具にしようとした。
 こいつの方は脳に外科手術を施し、その影響によって大学生を使おうというのか」
「地獄城の事件は 1987 年で、仮に志織が服部を取り逃がしていたのだとしても、紳明学院の活動とは時期が合いません。別人と考えて差し支えないと思います。
 ただ、紳明学院大学の設備については、この時期に変化があることが分かりました」
「変化?
 どういうことだ」
「例の実験棟が 1988 年に改築されています。どうやら、一部の医学部生しか入れない、という構造になったのはそのときのようです。移転の話が最初に出たのもこの時期です」
「まさか、地獄城の事件と連動していたのではないだろうな」
「それは考えなくてもいいと思います。実際に移転が決まったのは 2000 年になってからで、それまでに何度も立ち消えになっていますので。確認はしますが、むしろ、その時期に紳明学院大学が方針を微調整するきっかけとなる何かが起こったものと」
「方針を微調整するきっかけか…。
 わかった。
 事件の規模はどんどん大きくなっている。機関全体であたることも考慮するが、現在、進行中の他の事件を止めるわけにはいかん。何か考えはあるか」
「風魔に協力を依頼しようかと思っています」
「なに…?」
「彼らなら年齢層も広いので、潜り込む際に有利でしょう。我々はそろそろ大学側に面が割れる心配をしなければなりませんし、正面からは下がれるようにしておいた方が」
「だが、クローンだの先端技術だのということが風魔に処理できるか」
「彼らにも衣組 (きぬぐみ) というチームはありますが、そのあたりの情報は、潜り込む偽学生達のための教育も含めて、こちらから提供します。
 今、考えている、風魔への依頼内容は 2 点。
 先端技術研究所の調査と、松平 大典 (だいすけ) の監視です」
「それは、俺から言うつもりでいた」
 これは、地獄城の事件で暗闇機関の動きを封じようとした政治家の息子である。この事件は、「スケバン刑事」の関与を除けばほぼ全てが明るみに出ており、父親は最後に自害の道を選んでいるが、息子の方は、父親が所属していた政党の支持を受け――というよりは、ネーム バリューと集金力を利用されて、数年前に下院議員となっていた。父親の罪滅ぼしをしたい、と「お涙頂戴」作戦で当選した、年齢の高い一年生議員であった。これが、北 時宗の動きと無関係なのかどうか、確認が必要であった。
「いいだろう」
 零が資料を片付け始める。
 暗闇は別のことを考えていた。
(風魔を使う気になったか…零)

「クローン…」
 結花は難しい顔で考え込んだ。風魔鬼組の東京拠点。
 三代目スケバン刑事の姉として、風魔鬼組の副官として戦ってきて、多くの事件を潜り抜けてきたつもりだが、これは彼女の経験にもなかったことだった。
「科学的な情報はこっちからも提供するけど」
「うん。
 それを使って、風魔が動くっていうのは、戦術としてわかるんだけど…。
 クローンってことになると、いくら衣組でもちょっと手に余るんじゃないかな。風魔 (うち) はそんなこと研究してないし」
「そうか…。
 でも、こっちじゃ、それはあんまり気にしなくてもいいんじゃないか、って思ってる」
 京は気楽に言った。
「どうして」
「これが、相手がロボットだ、とか言うんなら大変だけど、人間であることに変わりはない」
「う…ん。
 確かにそれはそうだけど」
 結花は、いたずらっぽく笑った。
「本当に人間なんですよね」
「それは、大丈夫。
 ――多分」
「お京さんってば、勘弁してくださいよ」
 笑う二人。
「もしロボットだったら機関に丸投げしますけど、それでいいですか」
「了解。
 松平の方も頼むよ」
「それはお安い御用。
 久しぶりにあたしが出てみようかな」
「結花姉ちゃん自らか。秘書あたり得意そうだね」
 ふふふ、と笑う結花。
「前から気になってるんですけど」
 お茶を一口飲んでから、結花が言った。
「なんだい」
「呼び方…あたしの」
 京は、話題が変わっていることにしばらく気づかなかった。
「呼び方って…。
 あ、『結花姉ちゃん』って奴か」
「あたし達、同い年なんですよね」
「そうだよな。
 いや、つい唯の真似しちゃって」
「由真なんか、だいぶくすぐったがってましたよ。今はもう慣れたみたいだけど」
「そっか。
 そうだよなぁ。年上の奴から、『由真姉ちゃん』とか言われたらなぁ。
 悪かった。直す…直すようにする」
 と、ごまかすようにお茶を飲む。
「でも、それ言ったら、あたしにデスマスで話すのもやめて欲しいな。『お京さん』ってのも」
「つい、唯の真似しちゃって」
 また笑う。
「でもさ…何て呼べばいいんだ」
「呼び捨てでいいですよ。結花、由真って」
 京は、声に出さずに、口の中で言ってみた。顔をしかめる。
「…呼びづらい」
「慣れですよ」
「今、『です』って言った」
 しまった、という顔の結花。
「慣れるまでの辛抱よ、お京。
 あたしは『お京』でいいですよね」
「いいですよ」
 話がまとまった。
「じゃ、クローンの方は、衣組から誰かを借りることになるかもしれないんで、唯を通します。ちょっと待ってください」
「クローンの方は、衣組から誰かを借りることになるかもしれないから、唯を通す。ちょっと待て」
 京が意地悪く言い直した。
「うるさいな」
「ご無礼を」
「松平の方は OK. すぐにでも動くわ。
 これで満足? お京」
「大満足」
 外に出ると、もう日は沈んでいた。
「あたしさ、実は、ここに来るの楽しみなんだ」
「楽しみ?」
「お前さんや、由真や、唯と話するのがさ。事件がらみとは言え、やっぱり楽しいんだ」
「機関にはやっぱり、『友達』って言える人、いない?」
 結花は、いつかエージェントが言っていた、彼らはお互いを監視しあっている、という話を思い出していた。
「いないね…。
 信用してもいいって奴、あたしを信用してくれる奴、っていうのはいるけどね。それは『友達』じゃない」
「そう…」
「それに、特別だよな、あたし達は」
「『スケバン』仲間」
「そういうこと」
「風見…零さんとはうまくいってるんですか?」
「当たり前だろ。
 あいつは、あたしにゾッコンだからな」
 笑う。
「だから、こんなこと言えない。
 あたしは、そういうのを承知で機関に入った。令のそばにいるために…志織や雪乃を捨てたんだから」
 それがどういうことかわかる。自分達が姉妹でよかった。ひょっとしたら相当に恵まれているのかもしれない、と結花は思った。
「この作戦が終わったら飲みに行かないか。
 由真と唯も呼んでさ」
「いいわね!」
「約束だよ、結花」
「わかったわ、お京」

 だが、先端技術研究所への潜入は困難を極めた。ほとんど全てのドアに指紋による認証装置があり、どうやら、中核的設備には虹彩を使った認証のシステムが設置されているらしい。これでは内部への潜入は、そう簡単にはできない。
 研究所職員の個人情報も固いガードに覆われていた。所長の平尾――つまり北 時宗クローン――はじめ名前までは分かるのだが、どこをどう調べてもその経歴にたどり着けない。偽名だろうと思われた。この時点で、この研究所の素性が疑われる。
 唯が、伊賀に協力を依頼したのにはこうした背景があった。
 伊賀や甲賀を重用した主である徳川家は大政奉還で一大名となったが、その影響を直接的にかぶった彼らは、江戸幕府が成立した頃の風魔と同じように野に下らざるを得なかった。それがわずか百数十年前。風魔は四百年の間に勢力を回復したが、伊賀も甲賀もそうはいかない。彼らが、都沢を頂点として政界をベースに活動する甲賀と、それを背後から支える伊賀という体制を作り上げたのはそれが理由だが、それゆえ逆に、派手さはないものの、「調査能力」という点で彼らに一日の長があることは、唯も認めざるを得なかったのであった。
 そしてその要請が、冷たく拒否されたことは既に述べた。

「社長、今日から入社の山下 芙美子さんです」
 紹介された女は、机の向こうの男に向かって深々と頭を下げた。
「あぁ、里中君の後任だったね。
 うちはすこし複雑なところがあるけれども、しっかりやってください」
「ご期待に添うよう、努力いたします」
 山下はもう一度、頭を下げた。
 エム・エステート社長室。松平 大典が社長を務めている不動産会社である。
 父親の松平 康典 (こうすけ) は、地獄城事件の黒幕であった。事件の発覚と同時に自害している。
 彼が率いていた、建設業を中心とする企業グループは、それによって大幅に規模を縮小せざるを得なかった。息子の大典は既に三十代ではあったが、事情が事情であるため、政治家としての活動は事実上、不可能であり、生活の手段を失った彼らはほとんどの会社を売却処分した。彼らの出発点である不動産業の、それも基礎の部分だけを手元に残したのであった。これが、バブル景気とその崩壊を器用に乗り越え、「エム・エステート」と名前を変え、不動産不況といわれる現在でもそこそこの経営状態を維持している。尤も、松平が与党議員であることと無関係でもあるまい、と噂はされている。
 二人は社長室を出た。
 紹介した方は、社長秘書として先輩となる島崎 佳子という。年は山下よりは上であるらしい。
「じゃ、概略の説明に戻るわね。
 里中さん、もうちょっと一人でお願いね」
「はい」
 社長室の隣りにある秘書室、山下のデスクに戻る。島崎は、反対側に座った。
「さっき社長が『複雑なところがある』っておっしゃってたけど、ご存知の通り、社長は下院議員でもいらして、他に色んな団体の代表や理事をお務めです。ですから、社長室でお仕事をしてらっしゃるからといって、エム・エステートのお仕事とは限らない、ということです」
「はい」
「来客もたくさんお見えになります。
 それぞれ、議員活動の方のお客様か、不動産の方のお客様かを意識する必要があります。同じ人が、どちらの関係もお持ちの場合もあるから、これは注意してください」
「はい」
「大まかには、『社長』とおっしゃる場合と、『先生』とおっしゃる場合とで見分けることも出来ますが、これは、絶対ではありません」
「私は、『社長』とお呼びすることになるのでしょうか」
「えぇ、そうね。
 逆に、『先生』とは呼ばないように」
「はい」
「後で、議員としての社長の秘書の方にも紹介することになります。今日はまた見えてないけど。
 それまで、これに目を通しておいてください」
 島崎は、机の上にある厚めのファイルを指した。
「エム・エステートと取引をしていただいている重要顧客のリストです。この方達については、失礼のないように」
 島崎は自分の仕事に戻った。その日の午前中、山下はリストの内容を把握することに集中した。だが、その大半は、既に彼女の頭に入っていたので、思ったよりも楽だった。
 昼直前に電話が鳴った。
 里中は松平に呼ばれていたし、島崎は既に別の電話に出ていた。山下は受話器を取り上げた。
「お待たせいたしました、エム・エステートでございます。
 お世話になっております」
 里中が社長室から戻ってきた。
「北嶋さまでございますね。
 はい、少々お待ちください」
 電話を社長室に切り替える。
「脇坂興業の北嶋さまよりお電話です。よろしくお願いいたします」
 受話器を置いた。島崎が見つめている。山下は、何か失敗したかな、と思った。
 島崎は自分の用事を片付けると山下のデスクにやってきた。
「もう覚えたの?」
「は…。
 あ、はい」
「早いわね。
 記憶術とか習ったことあるの?」
「えぇ、昔」
 疑われているわけではない、ということがわかって山下は、内心、息をついた。
 今の電話の男は、「北嶋ですが」としか言わなかった。
 ある会社と親密な関係を持っている者は、そういう名のり方をすることがある。「どちらの北嶋様ですか」などと聞くと激怒することすらある。
 つまり山下は、先ほど渡されたファイルの内容を全て把握して、北嶋という名前から「脇坂興業」という会社名を引き出したのである。
「ふ…ん。
 じゃ、早速だけど、電話もお願いできるかしら。
 あなたの声はよく通るから、慣れたらそうするつもりではいたんだけど」
「はい」
 島崎は、美人という形容がピッタリの風貌から、冷たいという第一印象をもたれることがあるらしい。実際、あまり口数は多いようではなく、自分が嫌われているわけではないらしい、ということがわかるまでいくらか時間がかかった。そのことと考え合わせると新入社員の山下はかなりの評価を獲得したらしかった。初日から電話に出ることを許されたのがその証拠である。
 その後しばらく、目立った出来事はなかったが、山下は自分と交替する予定の里中からも、面と向かって誉められた。彼女の方は、そういうことができる性格らしい。
 松平は、確かに忙しいようだった。夜は様々な宴席に顔を出し、昼間は、会社のことにしろ、政治活動にしろ、熱心に活動していた。来客も多い。会社の規模が決して大きくないのに、秘書が二人もいるのはそのせいらしい。実際の業務としては、政治家としての松平のスケジュールもある程度までは関わってくるし、議会開催中など松平が不在の際に会社を切り回す副社長格の専務取締役の秘書も兼務であった。
 そんなある日のことである。
「いっそ、高崎に人をやって」
「今からでは間に合わんだろう」
「高崎リアル…どういうつもりなんでしょう」
 松平と複数の重役が、そんなことを話しながら社長室を出て行った。秘書達が頭を下げて見送っていると、松平は、今日はこのまま所属する政党の会合に出席する、と言い残した。
 山下は、社長室の茶碗などを片付けると、島崎のデスクに向かった。
「あの…」
「どうしたの」
「今、社長がおっしゃっていたことなんですけど」
「なに」
「『高崎リアル』って、『高崎リアル・エステート』のことでしょうか」
「…それがどうかしたの?」
「いえ、実は知人が昔、そこに在籍していたことがあったものですから」
 島崎は、ちょっと眉間に皺を寄せると、椅子を持ってきて座るように言った。
「実は、そこと提携の話が持ち上がってるらしいの。
 最初は、経営の状態もさほど悪くないし、うちはちょっと関東北部が弱いから、って進めようとしたんだけど、3 週間くらい前からかな、向こうのレスポンスが悪くなってきたのよ。提携したいのかしたくないのかはっきりしないのね。うちも、それを見込んで業務の見直しをしようかどうしようか、っていうところで、社長もお困りのようだわ。
 あなた、何か知ってる?」
「あの…業務の状態についてはわかりませんが、経営陣の中に下院議員と姻戚関係のある人がいる筈です」
 と、山下は野党の名前を挙げた。
「本当?
 その点は調査してもらった筈なんだけど」
「親戚の親戚、という感じの筈ですが、それほど遠くはなかったと記憶しています」
「外戚が重なってたりするのかもね…。
 あとで、社長にお話してみるわ」
 山下が社長室に呼ばれたのは翌日の午後だった。
 松平は上機嫌だった。大きな声で山下の名を読んだ。
「山下君!
 いや、助かったよ」
「は、はぁ…」
「高崎の件だよ。
 まさか、野党側と繋がっているとは思わなかった。向こうもこっちの出方を探ってたんだろうなぁ。あやうく我が党の手の内をさらけ出すところだった。
 ありがとう。
 そうだ、君の歓迎会をしていなかったな」
 と卓上カレンダーを手にとる。
「来週の水曜日…」
「その日は、不動産業協会の理事会がございます」
「あぁ、そうだったか。
 木曜日の夜は空いていた筈だな」
「はい…ですが、その日は奥様が」
「あっ、あいつを久しぶりに食事とか言っていたんだが…あいつを一緒に呼べばいいだろう。秘書の諸君とは仲良くやってもらないと困るしな」
「ですが」
「君はよく気が回るなぁ。
 わかった。私が後で電話して聞いておく。それで文句を言わなければ、木曜日で決定だ。
 なにしろ、君のお陰でわが社が大きなミスを犯すのを回避できたんだからな。なんとしても一席設けて礼を言わねばならん」
 政治家の満面の笑みは見慣れていてるが、まさにそういう表情だった。勝手に笑っていろ、と山下は思った。確かに、野党筋と関係のある会社と提携などしたら面倒なことになるだろう。これで彼女は、思っていたよりも早く信頼を獲得することができた。
 それにしても、そんなことも満足に調べられないとは。松平の情報網も大したことはない、と風間 結花は思ったが、山下 芙美子としておくびにも出さないでいた。

Ver.1.0: 2003/6/22


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