スケバン刑事外伝 -“00”-

SECOND MOVEMENT

敵、味方、友 (前編)



「紳明の理事長だが、年寄りの道楽ではないかもしれないぞ」
 野口が言った。
「蟲交 嶺見」と書いて、そのまま「むしかい れいけん」と読む。
 暗闇機関は、法曹界のことは放置している。確かに志織達の申し立ては全て却下されたが、法曹界に騒ぎが起こっているのは事実であった。これでは紳明側も動きをとりにくいだろう、と考えた。同時に、彼らも動き難い、ということもあった。
 紳明学院のことは風魔に任せるつもりだったが、風魔から伊賀への協力要請が断られたことから、先端技術研究所のことに限定した。紳明学院そのものは引き続き、機関が調べている。その矢先のことであった。
 それが雅号である、ということから前学長がスライドする名誉職に過ぎないであろう、と彼らは考えていた。実際、そういう話であった。
 だが、それは紳明が意図的に流している噂らしい、ということを野口は掴んだ。「蝶や蜻蛉が飛び交う山々を見つめる」というのは、いかにも自然を愛する風流人らしい名前ではないか、という尾ひれまでついている。これが偽名か本名かはともかく、紳明学院を牛耳っているのは実はその人物らしい、ということがわかった。
 事は慎重さを要する。零は、野口をその件に専任とした。
 紳明側のガードは固くなる一方であった。風魔は苦戦している。研究所の施設については暗闇機関の技術陣も合流しているが、今のところ攻略できないでいた。作戦室を訪れた由真は、雷組 (いかづちぐみ) の投入を検討している、と零に伝えた。
「ちょっと待て。なぜだ」
 雷組は、古くは「花火屋」などと仇名されたことが示す通り、炎や、音と光を武器とする。大元を辿れば衣組 (きぬぐみ) の分派で、衣組の研究成果を直接的に戦闘に活かすための組であった。低周波、大音響、光の 3 つを組み合わせ、あたかも爆薬が破裂したかのように見せかけて、パニックを引き起こしたり戦意を失わせたりすることなどは朝飯前である。引火性の物質が大量に隠されている可能性のある場所や、施設や建物に影響を与えずに攻略したい場合に先陣を務めることが多い。
 また、高周波や超音波を用い、痕跡を残さずに敵を殲滅することもできるため、現代では「中性子爆弾」などというありがたくない仇名も追加されている。
「奴の DNA を探してる」
「DNA…」
「まだ見つかったわけじゃないけど、その北 時宗クローンが最後の一人ってことはないと思うんだ。少なくとも、どこかに細胞が保管されている筈だ。あたし達は、その在りかの発見に、かなりの力を入れてる。
 むしろ、平尾本人より大事かもしれない、って思ってるくらいだ。研究所そのものに時間を掛けたくないんだ」
「そうか…そうだな。
 だが、雷組が突っ込めば向こうも防御を固める。それは最後の手段だ」
「わかってる。
 突っ込むんならあちこち同時だろうな。それはお前に任せるよ」
「わかった。
 松平の方は?」
「そっちはもう姉貴ががっちり食い込んでるからさ、もうすぐ情報が手に入ると思うよ。
 あたしもこれから手伝いに行くところなんだ」
 由真は楽しそうな顔で言った。
「手伝い?」
「まぁ、吉報を待ってな」
 やっとあたしの出番だ、と顔に書いてあるかのようだった。

 その日の零は人に会う用事が重なっていた。その人物に会うため、零は京をつれて都心部に出かけた。
 五行園という、昔の庭園を元にした公園であった。午後の日差しの下、池のほとりで彼らは最初の対面を果たした。
「あなたが、暗闇機関の『零』?」
「そうだ」
「私は一人で来たのに、あなたは護衛つき?
 それとも、あなたの愛人?」
 羽鳥 水絵は挑むような視線を投げつけながら言った。
「あなたが一人だということはないだろう。
 この公園のあちこちで、仲間達が牽制し合っている筈だ」
「まぁいいわ。
 二人で一人前なんだと勝手に思わせていただく」
 羽鳥は、零と京の前に立った。いつものように、スーツをきっちりと着こなしている。
「伊賀をいいように利用してくれたわね。
 礼を言わせて貰うわ」
「…」
「いいわ。答えは期待していない。こっちのミスではあるし。
 あなた方に飼われている風魔の小娘がやってきたときは追い払ってやったけど、まさかあの弁護士が『麻宮サキ』だったなんてね」
「風魔は我々の下部組織ではない」
「言い逃れは結構よ。
 あの小娘が、なんと言ったか知っている?」
「知らない」
「風魔が北条の手下だったのは遥か昔の話。今は人々のために働いている。伊賀も、徳川のくびきを放れた以上、一緒に手を携えて人々のために働こう。
 笑わせるわね。主人がお前達に代わっただけだというのにね」
 京は、我慢できずに言った。
「風魔のために言っておく。
 あたし達と風魔は対等の関係だ。どちらが主人でもないし、どちらが手下でもない」
「伊賀と甲賀の名誉のために言っておくわ。
 私達を陰から操ろうとしたことは絶対に許さない」
 沈黙。
「それを通告するために呼び出したのか」
「これはただの挨拶。
 協力の申し出をしようと思ってね」
「協力?」
 零は無表情だったが、京が鸚鵡返しに言った。
「成り行きとは言え、伊賀は司法大学院に敵対することになってしまった。調べさせてもらったわ。暗闇機関や風魔のことは勿論、紳明学院大学のこともね。
 なかなか危ないことをしているわね、紳明は」
「その通りだ」
「でも、暗闇機関も風魔も入り込めないでいる。向こうは、あなた方を既に敵と認識しているわよ」
「わかっている」
「おかげで、私達は楽に動けた」
 零はまだ無表情。だが、京は身構えた。
「伊賀が邪魔している、なんて言いがかりはご免蒙るわ。
 私達は、あなた方が引っ掻き回した隙をついているに過ぎない」
「どういうつもりだ」
「あまり見くびらないでほしいわね」
 羽鳥は、京に対して敵意を見せた。
「奴らが、風魔の小娘が言う『人々』を操ろうとしているのは知っている。それを伊賀が許すと思ってもらっては迷惑だわ。
 奴らを潰さなければならない、我々もそう考えている」
「手を組むことは可能だ、というわけだな」
「一時的にね」
 機関と風魔を認めるつもりはない、ということだ。敵の敵は味方、そういう理屈であろう。
「その申し出は喜んで受け入れる」
 京は、声こそ出さなかったものの、驚いて零に振り向いた。
「あなたは正直ね」
「紹介が遅れたな。
 俺のパートナーで京という」
「パートナー?」
「二人で一人前、という認識で、それほどずれていない」
「そう」
 意地の悪い視線が、冷たい視線に変わった。本質的な姿勢に変わりはないのだろう。
「彼女が窓口になる、ということ?」
「当面は」
「わかったわ」
「こちらからは?」
「私に連絡を」
「わかった」
 内容の割に短い会見だった。羽鳥はきびすを返すと、次の瞬間には姿を消した。零達を取り囲んでいた気配も同時に消えた。
「いいのか、零。
 敵意剥き出しだぞ、あいつ」
「いいんだ。最初からそのつもりだったんだしな」
「唯のことか。
 全く、唯らしい言い方だよ」
「羽鳥は、人を疑うことを武器にしている。
 唯は、人を信じるのが強みだ。
 正反対と言っていいだろうな。むしろ、我々の方が羽鳥に似ているかもしれない」
「正直言って、気が重いよ。
 あの女と交渉するのは」
「作戦が始まったら野口さんに任せるつもりだ。最初だけだ」
「助かるよ」
 京は、羽鳥の消えた方向を睨んでいたが、ポケットに手を入れて足元に目をやった。
「これでいくらか――」
 京は言葉を切った。そのまま歩き出す。
「志織と雪乃を遠ざけることができる、か」
 黙って頷く京。
「あたしはやっぱり、やばいことは、それをするべき人間に任せることにしたい。志織や雪乃には、こんなのからは離れていて欲しいんだ」
「まだ、再会しようって気にはならないか」
 京は答えなかった。

 結花はシャワーを止めた。二の腕の痣をさする。
「まったく、由真の奴」
 舌打ち。
 由真は数人の部下を引き連れて、移動中の松平に襲い掛かった。それを、結花――山下が機転を利かせて救った、という芝居を打ったのであった。
 その程度なら、別に白雲隊リーダーの由真が出てくる必要はない。だが、零が想像した通り、由真は動きたくてうずうずしていたのであった。
 どうやら手元が狂ったらしい。結花の左腕をしたたかに打ってしまった。
「しかも顔に出すし」
 覆面をかぶってはいたが、一瞬とは言え、しまった、という表情が目に出た。それでは芝居にならない。誰も疑っている様子はないものの、見られていたら疑われることは間違いない。松平はあれで一応は政治家だし、里中はともかく、島崎の方はまだちょっと油断がならない。
 バスルームを出る。髪の水気を拭きながら考えた。
 それはそれとして、こちらの狙い通り、松平からの信頼はどうやら確実なものになったようだ。これまで島崎が担当していた作業の一部を結花に回すようなことを言っていた。私邸に出入りできるようになるらしい。
「ここでうまくやらないとね」
 結花は、鏡の中の山下 芙美子に言った。

(私は志織さんに嘘をついている…)
 雪乃は寝室の電話の前で考え込んでいた。
 羽鳥と行動をともにする直前、志織は「自分で掴んだことが何もない」と言った。
 それは決して、政治家の都沢や、彼が率いる甲賀、そして羽鳥の伊賀と連絡をつけ、お膳立てを整えた雪乃を責めているのではない。志織は、自分の限界を感じ、無力感を抱いているのだ。
 無力感といえば、それは雪乃も同じである。彼女自身もまた何もしていない。暗闇機関への資金協力と、その意向を受けて甲賀や伊賀と連絡を取っただけ。結局、志織を戦いの場に送り出してしまった。あの株価急落も、陰謀がらみであるとは言え、矢島家そのものの問題。これも暗闇機関の差し金だが、初代の麻宮サキまでひきずりだしてしまった。
(志織さんは、何事も独力で成し遂げようと考える人。だから尚更…)
 矢島家運営の一翼を担うようになり、雪乃は組織で動くことを覚えた。いくらかスピードは鈍るものの、成し遂げることのできる量と質の差は歴然としている。
 それを全面的に肯定するつもりはない。現実に、数十年もの間、陰からこの社会を操り続けた信楽老を、どの組織も倒すことができなかった。信楽老を倒したのは、早乙女 志織という一個人だったのだ。
 しかし、それが常に通用する考え方ではない、というのもまた事実であった。
(私達は、同志)
 志織や京子、そして三姉妹、さらに牧 令すらも。彼らは同じ方向を向いている筈なのだ。
 自分は今、暗闇機関とコンタクトをとることのできるポジションにいる。ここには志織もいるべきだった。
 雪乃は受話器を取り上げた。

 だが。
「はい、作戦室」
 柴田が電話を取った。零や野口は不在だった。
「はい…えっ!」
 その声に、京が顔を上げた。
「環八…了解しました」
「どうした」
「はい、あの…」
 柴田は、京と目を合わせると口篭もった。言っていいものかどうか迷っている。
「どうしたんだよ。緊急じゃないのか」
「は、はい――」
「まさか」
 京は音を立てて立ち上がった。
「矢島さんが、追われているそうです」
「馬鹿野郎!」
 京子は上着を取った。作戦室を飛び出していく。柴田も後を追った。

Ver.1.0: 2003/6/29


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