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暗闇機関作戦室。
野口の報告が終わった。全員が緊張していた。由真などはいくらか顔が青い。
「化けもんだぜ…」
「果信居士に比べれば」
「やめろよ」
零の口がいくらかほころんだ。
「…笑ったな」
「いや」
「てめぇ、あたし達はな」
「由真姉ちゃん」
唯にたしなめられる由真。そういうことをしている場合ではない。
「4 ヶ所の同時突入だ。
できるか」
零は、由真の視線をわざと無視して言った。
「理事長宅は?」
「伊賀をあたらせる」
「それ、大丈夫じゃろうか、零さん」
唯が言った。前に、羽鳥 水絵に手痛い目に合わされているので、彼女は羽鳥に対しては警戒心を持っていた。
「大丈夫だろう」野口が受けた。「彼女の目はそこまで曇っていない。紳明を倒そうという一点では信じていい。
それに、全面的に伊賀に任せるわけではない。こっちからもメンバーを出す。妙な動きをすればそこで潰す」
「潰す?」
眉をひそめる唯。
「そりゃ、警戒は必要じゃと思うけど。
その場で潰すなんて…」
「伊賀は両刃の剣だ。全面的には信じない方がいい」
「もしそれで手薄になったら」
「背後にもう 1 チーム隠しておく。あなた方が協力してくれるお陰で、我々も大分、人員には余裕がある」
自分が言い出したようなものだが、唯は不承不承、それを受け入れた。
「結花の方は順調なんだな」
「私邸にも頻繁に出入りしちょる。今なら、結花姉ちゃんが松平の周囲の何処にいても、誰も何も言わん」
「さすがだなぁ」
京が本心からそう言った。
「保管庫は」
「うちだけで行けるよ。雷組は今回はパスだ」
北 時宗の細胞は、廃線となったトンネル内部に密かに保管されていることが分かった。目立たない場所だが、他の資料もあるらしく、厳重な警備体制がしかれている。
場所が古いトンネルである以上、爆発力を持った武器は崩落の危険があり、使えない。雷組の武器は実際に爆発するわけではないが、大音響が危険、と判断された。
「問題は、研究所か」
「大丈夫じゃ、入る方法もわかったし」
「でも、ワンチャンスだぞ」
機関技術陣の必死の努力で、所内ネットワークを騙して内部に侵入する方法がわかった。ほぼ全てのゲートを通過できる見込みも立った。
だが、侵入が露見した時点で、セキュリティ チェック モジュールが丸ごと別のものに切り替えられてしまうことが分かっている。それがどのようなものかは、現時点ではネットワークから切り離されているため不明。つまり、侵入がばれれば出られなくなる可能性があった。
「俺はまだお前が行くことを認めてはいない」
「風魔に任せるって話じゃったよ、零さん」
「なぜ、頭のお前が出なければならないのか説明しろ」
「秘密じゃ」
「唯」
「心配はなか。
逃げ道も確保してくれちょるんじゃろ」
厳重な設備であっても、破壊してしまえば同じだ、という意見が出て、それが通った。外部に飛散してはまずい物質のあるところや、破損すれば自分の首を締めることになる電気やガスなど、いわゆる「ライフライン」の系統を避けて、上空からロケット砲を打ち込んでもいいポイントがいくつか割り出されている。
これには、結花が、エム・エステートを通して入手した図面が役立っていた。松平は密かに、研究所の建造に関与していたのである。つまり、紳明学院大学と直接のつながりを持っていた。今でも、時折、大学に出向いていることが分かっている。ただし、そのことは、山下 芙美子は勿論、ベテランの秘書である島崎にも知らされていなかった。
唯は、窮地に陥ったらそのポイントにたどり着けばよい、ということになっている。その方法は、中にいる者が自分で切り開かなければならないが。
「最後の手段だ。
それに、そこまでたどり着く方法が」
「あんまり考えすぎると老けるぞ、零さん」
「まだ遊び気分なのか、由真」
「突入は少人数だろ。
唯の赤雲隊が一番いいんだよ。阿吽の呼吸でいけるからさ」
「だってよ、チーフ」
「…。
勝手にしろ」
京が受ける。零は言い捨てた。
「指揮車は大学本部と研究所の中間地点に配置しておく。
何かあったらすぐ出られるようにしておくから、連絡は密にしてくれ」
「ヘリは?」
「近くのビルを押さえた。でも、最短でも 5 分は見て欲しい。すぐに来る、とは考えないでくれ」
「了解、お京さん」
「現時点での予定は、来週の水曜日、01:00 丁度だ。
各セクション、最後の詰めをきちんとしておいてくれ。
以上」
各自が持ち場に戻った。
「零さん」
「なんだ」
唯だった。
「ありがとう、わちらを呼んでくれて」
「…。
利用されて、なぜ礼を言う」
「零さんとお京さんのためだったら、喜んで利用されちゃる」
唯が見つめる。黙っている零。
「あんときは、本当に零さんから手を切られたと思うちょった。
恨み言を並べるつもりはないけど、わちらが、それでどれだけ辛い思いをしたか、ちょっとだけでえぇから想像して欲しい」
彼らが再会したのは数年前のことである。そのときも零は、自分は疫病神であるから三姉妹とは接触しない、と言い、それを貫いてきた。それは、暗闇機関の、風魔との協力体制を整えていこう、という方針と真っ向から衝突するものであったにも拘わらず。
「これからはずっと一緒にやって行けるんじゃよね」
零は答えず、その様子を見ていた京や由真を避けて作戦室を出て行った。
「おい、令!」
ドアの音だけが響く。
京は、眉をしかめて、唯のそばにやってきた。
「ごめんな」
「お京さん…お京さんには話しちょく。後で、零さんや、暗闇司令に話してもらってもえぇ」
「なんだい」
「風魔は一枚岩じゃなか」
「え?」
「まだ、暗闇機関はわちらをいいように利用しちょる、と思っちょる者はおる」
「そうか。
…だろうな」
「リーダー格は違う。ちゃんと承知しちょる。
主に若い連中、自分達だけでなんかを成し遂げられると思っちょる連中じゃ」
「うん」
「わちが出るのはそのためじゃ。
風魔と機関が協力して解決していくっていう事実を積み重ねていきたいんじゃ。ここでわちが人任せにすれば、あぁやっぱり、って思う者が出る」
「悪いな、お前さん達に心配かけて」
「いいんだよ。
これはうちの事情だからさ」
京はもう一度、頷いた。しばらく、ファイルを指でいじって躊躇した後、顔を上げる。
「あたしも話しとくよ。
さっきの、あいつの態度だけどさ。
あいつ、人を利用するってことを、あれこれ考えないようにしてる」
「え?」
唯と由真は顔を見合わせた。
「この作戦には、もう、三人の麻宮サキが関わっちまってるんだ」
「三人って…初代もってこと?」
「生きちょったんじゃ…」
「あぁ。
あいつも、あたしも、本当はこんなことしたくない。
でも、関わっちまったものはしょうがない。どの『サキ』も大人しくしてる質じゃないしな。
だったら、近くにいて、すぐに助けに行ける距離を確保した方がいいのかもしれない、ってあいつは考え始めてる。
でも、それは危険だよな。どんなに急いでも間に合わない、ってことはある。さっきの、ヘリの話もそうだ。
恐いんだよ」
「恐いって」
「だから、考えないようにしてる」
「やっぱり向いてねぇよ、あいつ」
「そうかもしれないな。
唯、由真」
「うん?」
「お前達は、あいつにとっては特別な存在だ。
無事に帰って来てくれよな」
「勿論じゃ」
「打ち上げも控えてるしね」
「そうだな。
志織と雪乃も呼ぶからさ。しっかりやって、旨い酒、飲もうぜ」
「うん」
そして火曜日の朝。
「なんかやってるみたいですねぇ」
「紳明ね…。
あたし達にはもう関係ないよ」
浅谷企画。
「まだ、脳みその改造とか言って追っかけてるんでしょうかねぇ」
「さぁね。
理論の研究ならまだしも、そんなことを本当にやってる人間がいるとは思えないよ」
「ですよねぇ」
「どれだけ手間がかかるっていうの。
一人を洗脳して、そいつが他の奴を洗脳してなんて」
「ネズミ算って言いますけど」
「人の教育だよ。1 週間とか 1 ヶ月で終わるこっちゃない。
いくら私立ったってそんなことを何十年も続けてられる金があるわけないでしょ。ましてこれからは大学は冬の時代。そんな、ものになるかどうかも分からないお伽話に関わってる余裕なんか」
「うーん」
「慧、あんた、何かと思ったら紳明の案内なんか見てるの」
「あれ以来、なんとなく目に入っちゃって」
「入学する気?
あそこの OB なんか置いとく気はないからね」
「美咲さん、冷たーい」
「仕事しなよ、慧」
「これ、なんて読むんでしょうねぇ」
慧が案内書を持って美咲の机にやってきた。
「仕事しな、って言ってるのに…。
なんだろ。ムシカイレイケン?」
「変な名前」
「雅号じゃない?」
「がごう?」
「俳句とかそういうことをやる人のペンネームみたいなものよ。
『虫』だの『嶺』だのって、俳句っぽいじゃない」
「はぁ、ペンネーム」
「年寄りの名誉職ってところでしょ。よくある話」
「あぁ、なるほど。
白髪のお爺さんが目に浮かんできた」
慧は納得したらしく自分の机に戻ろうとした。
「白髪のお爺さんね。
ま、いいけど――」
美咲の手が止まった。
(なに?)
背筋を冷気が走る。
(なんだっていうの)
続いて体が震えた。
体の毛が逆立つ感覚。
(なんだ)
今の話のどこに、そんな要素があったと言うのだ。暗闇機関の作り話を話題にしただけ。
(待って。
作り話じゃない…のか?
脳をいじくって操るって…。
昔…)
「慧、それ、もう一回、見せて」
美咲は、慧の差し出したパンフレットをひったくるように取った。組織図のページをもう一度、開く。
「どうしたんですか、美咲さん」
何が起こったのか、と慧も真剣な顔になった。
(蟲交 嶺見…)
美咲は、その文字をじっと見詰めた。
(蟲交…)
そして。
「!」
立ち上がる。椅子が倒れた。
「美咲さん?」
答えない。美咲の唇が震えていた。
「5 分前だ、唯」
《いつでも OK じゃ》
「結花」
《OK》
「由真」
《OK》
「羽鳥」
《standing by, already》
一番手は、研究所に侵入する唯。
DNA 保管庫の由真と松平邸の結花、理事長宅の羽鳥は、その 15 分後の 01:00 丁度に突入する。
このずれは、唯達が配管設備を利用して侵入、最初にパスワードを入力するポイントに到着する時間を、他の突入時刻と揃えるためである。少なくとも、研究所と理事長は密に連絡を取っていると考えられる。突入が知れれば、揃って警戒態勢に入ることは間違いがない。その時刻は合わせなければならない。松平邸についてはシビアな時間管理は不要だろうが、わざわざ遅らせる理由もなかった。
もし、それ以前に赤雲隊の侵入が露見すれば、他の 3 組は、その時刻を待たずに直ちに突入する手筈になっていた。
《零》
長距離トラックに模した指揮車は、当初の打ち合わせ通り、研究所と理事長宅の中間地点に駐車している。羽鳥のサポートに回っている野口から連絡があった。
「零です」
《理事長宅だが、動きがない》
「ない…?」
《全く通常通り。
俺の勘で悪いが、いないんじゃないかという可能性を感じる》
「確認したのでは」
《あぁ、羽鳥も俺も目視で確認はした。
だが、影武者でないと断言もできないし、例えば地下に我々の知らない通路がない、という保証もない》
「…」
《考えてみれば、この家の図面が簡単に手に入ったのも不自然なような気がする》
「では、どこに」
《大学本部はどうだ》
「しかし…目立ちます」
《だからこそ、だ。
我々が突入しにくい、ということは言える》
「わかりました。1 チーム出します。
羽鳥にも、十分注意するように伝えてください」
《わかった》
「1 分前だ」
緊張した京の声。
零は、紳明学院大学に偵察のチームを向かわせる指示を出すと、向き直った。
「ヘリは」
「待機してる。
アイドリングさせときたいところなんだけどな」
「無理だな。この時間だ」
「唯、しっかりな」
《まかしちくり》
流石に声が小さくなった。
「30 秒前」
10...9...8...
研究所の屋上。日々改良が続けられている忍装束の、最新鋭のものに身を包んだ唯が息を凝らしていた。左手の時計が秒を刻んでいく。
7...6...5...4...
右手を開いて、もう一度、握る。
3...2...1...
唯は屋上の通気口を開けた。まず成美が入り、それに唯が続く。赤雲隊のもう一人、美芹は別のルートから侵入している筈だった。
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Ver.1.0: 2003/7/6
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