スケバン刑事外伝 -“00”-

SECOND MOVEMENT

三姉妹、突入 (前編)



 由真が手を振った。それを合図に人影が動き出す。
 トンネルの入り口には見張りが一人。その背後から手が伸び、口がふさがれると、次の瞬間には腹に誰かの拳が入っていた。素早く服を着替える。
 一人が代わりに立つと、もう一人はカメラだけを避けてトンネルの中に入って行った。同じことが反対側でも起こっていた。
 音も無く移動する影。
 長いトンネルの両端は、なにやら植物が植えられている箱が並んでいた。
(苗…タバコだな)
 その棚は数メートルで途切れた。カムフラージュだった。そう言えば、外から中が見えないような配置になっている。
(セコい仕掛け)
 照明の質が変わった。由真は、苗の棚に身を隠した。
 色だけではない。方向や強さも、目立たないように、かつ作業に支障が無いように、慎重に計算されている。
(あれだ)
 中央部に、天井まで届きそうな高さの、倉庫といってもいいものが建っていた。北 時宗の細胞を保管してある設備だ。全体がガラスなのは、持ち主の趣味か。ただのガラスではあるまいが。
 出陣前、緊張をほぐそうとして、北 時宗の体が並んでいたらどうする、などと冗談を言ってみて、その光景を想像して逆に気味の悪さを感じてしまった由真だが、そうではないということに安心した。並んでいるのは、数センチ程度の、小さなガラス容器だった。その割に施設が大仰なのは、VIP の細胞だからだろう。手前に並んでいるコンソールは温度などを調整するためのものか。万が一のことがあってはならない、と考えているのに違いない。
(その万が一を、今からやるんだけどね)
 由真は時計を見た。
 両側から同時に突っ込む計画だ。予定の時刻まであと 10 秒。
 と、三人ほどの作業員と、2人の警備員が顔を見合わせた。
(?)
 作業員がガラスの倉庫に張り付き、警備員はその反対側、トンネルの壁にある扉を開けて何かを操作した。
(何をする気だ)
 動きに無駄がない――というよりは素早い。何か、意図のある行動をしている。
(慣れてるな…)
 それに気づいた瞬間、背後で大きな音がした。重そうな扉が降りてくる。
(気づかれた!)
 退路はふさがれた。由真は前に飛び込もうとした。が、それより早く、同じように格子が立ちふさがった。
 同じ音が前方からも聴こえた。仲間も同じような目にあっている。
「くそ」
 格子の向こうに立った警備員が銃を構えた。
「何者だ」
 由真は答えなかった。代わりに、一歩、後退する。背後の壁からも格子からも距離を取った。
「まぁいい」
 警備員が一歩、下がる。格子の向こうに壁が降りてくる。次には四方からガスが噴き出してきた。手で口を覆う。白い蒸気で視界も悪くなったが、それ以上に、体の力を奪う。
「お前ら――」
 由真は膝をついた。
 何分、過ぎただろうか。おそらく、その室内にガスが充満するまでの間、彼らは待っていたのに違いない。
 二人の警備員が動いた。格子に接した壁が上がって行くと、それぞれが格子に近寄る。侵入者の状態を確認しようとしたのである。
 その時。
 頭上で大きな音がした。爆発音。
 警備員が見上げると、次には両脇から、もっと大きな爆発音が聞こえた。天井の、古いコンクリートから薄片が剥がれ、パラパラと落ちてきた。
 そして空気が流れ始める。これも大きな音だった。
 バタバタと無遠慮な足音。
 その人影は、倒れている由真と、反対側の仲間を抱え起こした。
「!」
 由真は気を失ってはいなかった。口もとにはきちんとマスクを装着していた。その目が笑う。
 警備員は既に音もなく倒されていた。駆け込んできた者達は、残った作業員達に、前後から刀を突きつけていた。
 部下が安全だという合図をすると、由真はマスクを乱暴に外した。
「やってくれるじゃねぇか」
 作業員に詰め寄る。
「人が折角、穏便に解決してやろうってのによ。
 檻に閉じ込めてガスとはな」
 由真は、最も年嵩の作業員の襟を掴んで引き寄せ、しばらく睨みつけると、そのまま自分の部下の方へ乱暴に寄せた。
「あの機械を止めてもらおうか」
 その作業員は何事か言いながら首を激しく振った。声がひきつっているが、それはできない、と言っているらしかった。
「あたしに同じことを言わせる気か」
 由真はもう一度、襟を掴んだ。作業員の目は怯えているが、命令なのか、言うことに従うこともできない、と訴えかけていた。
「ならいいさ。
 ほら。上からパラパラと降ってきてるだろ。
 このトンネルを潰すのなんか簡単なんだぜ」
 今度は、待ってくれ、と聴こえた。
「古いトンネルだからな。ここを叩けばあっという間、ってポイントも見つけてある」
 作業員はわめき続けていた。やっと言葉になる。
「頼む、あの細胞は」
「あの細胞は?」
 言いかけておいて黙る。由真は苛々とした様子で聞き返した。
「あの細胞は?」
「大事なものなんだ。失うわけには」
「あんたの関係者のかい」
「違う。
 そうではないが」
「あんたも雇われてるだけなんだろう。そこまで義理立てすることはないさ。
 爆弾を持った連中が突っ込んできて脅されました、無理やりに停めさせられたんです、って言えば、そう悪いことにもならないんじゃないか」
「しかし…」
 由真はゆっくりと作業員の周りを歩いた。
「あたしが怒り出す前に作業してくれれば、あたしも黙ってるかもしれないぜ。そこら中のスイッチを適当に押したら停まった、とか言うかもしれないし」
「本当か」
 これは、意外な反応ではあった。本当に雇われているだけなのか。ことによると、これが何の細胞だか知らないのかもしれない。
「お前が、間違いなく全ての装置を停めればな。
 ちょっと、この細胞には消えてなくなって貰わないと困るんだ」
「それは一体…」
 知らないらしい。それはそうだろう。末端の作業員にわざわざ教えるまでも無いことだ。由真は、意地悪く微笑んで見せた。
「さぁて、選んでもらおうかな。
 1. おとなしく、全ての細胞を破棄する。
 2. 脅されて無理やりやらされる。
 3. このトンネルごとふっとばされる」
「待ってくれ」
 慌てる作業員。懇願するように、由真に向けて手を伸ばす。
「1 番を選べば、お前達がやったことが雇い主に伝わらないように取り計らってやる。
 あたしだって、大きな騒ぎにはしたくないんだ。手が後に回るのはイヤだからな」
「本当なんだな。約束してくれるか」
「勿論だ。
 言ったろ。ことがバレたらあたし達だって都合が悪い」
「…わかった」
「ありがとうよ。
 おい、お前達も手伝え」
 部下達が作業員についていった。手伝いというよりは、作業員達がおかしなことをしないようにという監視だった。何かをする度に、それがどういう意味を持った手順なのかを一々確認している。
「嘘つきなんだから、まったく」
「うるせぇな」
 隣りに、白雲隊の切込隊長、暁が立った。
「バレないわけないじゃないすか」
「気がつかねぇ方が悪いんだよ」
 大事な北 時宗の細胞がダメになって紳明学院側が気づかない筈はない。それに、由真達に脅されたのが事実だとしても、だからと言って、彼らが責任を問われないということもないだろう。
「なるさ。
 そもそもの企みを唯達がぶっつぶすんだからな」
「まぁ、警察の取調べの方がいいでしょうね、彼らにとっては」
 ガラス ケース内部の灯りが消えた。ファンの音も収まる。
「終わったのか」
 由真はケースに近づいた。作業員に確認する。
「はい。
 扉はもう手で開けられますので」
 由真が合図すると、部下達はケースのへりに登って、大きなドアを開けた。重いのか中々動かなかったドアも、一度、動き出すと滑らかに開いた。
「残すなよ。全部、運び出せ」
 作業員達は呆けたように、無言でその光景を見詰めていた。
「もうちょっと仕事を選ぶんだね。いくら不景気ったって、やっていいこととよくねぇことがある」
 部下が、全て回収したことを報告した。
「他に隠しちゃいねぇだろうな」
 由真は、年長の作業員の喉下に苦内を当てた。
「後で、実は他にも隠してあった、なんてことがわかったら、お前もお前の親戚一同も大変な目に遭うことになる」
「も、もうない」
 顔がひきつっている。すこし下がったので、由真は前に出た。刃が喉仏を押す。
「本当だな」
「本当だ!」
「お前以外の奴が保管してるってことはねぇだろうな」
「ない――筈だ。
 前にもう 1 箇所あったが、火事で消失したと聞いている。警備が厳しくなったことがあるから、間違いない」
 由真の両隣に二人。これも鋭い目で作業員を睨んだ。
「本当だ。
 信じてくれ!」
 由真はかすかに笑うと手を下げた。
「よし。
 お前の可愛い美恵ちゃんに免じてここは信じてやる」
「む、娘は!」
「心配するな。あたし達は手を出さない。
 お前が嘘をついてるってことがバレない限りはな」
「頼む。信じてくれ。私は何も」
「わかったよ。
 お疲れさん」
 シュ、と音がして暁の手から気体が噴き出した。作業員が崩れる。他の者達も同様だった。眠らされたらしい。
「このオッサン達を外に。あとで暗闇機関が引き取りにくる。警備員の武装解除はきちんと確認しろよ。
 残ったのは機械の解体だ」
 は、と低く返事をして部下達が散った。
「子供のことまで持ち出すし」
 暁が呆れたように言った。
「しょうがねぇだろ。まだどっかに隠してあるなんてことになったらヤバいからな」
「すっかり大人ですねぇ、由真様」
「当たり前だ。あたしを誰だと思ってるんだ」
「はいはい。
 風魔鬼組、白雲隊の風間 由真様でございます」
「よし、これで一段落だ。
 上出来だね」
 ため息をつく暁。
「ちょっと体が動かしたりねぇけどな。
 あー、すっきりした」

 由真が突入したのと同じ時刻。
 結花も松平邸にいた。侵入したのではなく、翌日はエム・エステートが管理している土地を回る予定があり、出発が早い、ということで島崎ともどもここに泊まることになっていたのである。正確には「なった」のではなく、そのように結花が仕向けたのだった。
 物音一つしない。
(さて)
 警備会社の回線には既に別の端末が繋がっている。異常なし、という信号が定期的に出ている。電話線も切断されていた。問題は携帯電話だけだったが、松平は、急に襲われて、頼りになるところへ咄嗟に連絡できるほど肝の据わった人間でもないようだった。婦人も同じである。
 注意するべきは。
〈終わったぞ〉
 窓の外からかすかな声がした。
 島崎を拘束し終わった、という報告である。腕力がある、ということではないが、あの鋭さは要警戒である。異変に気づいて外部に連絡を取られては困る。結花は、活動開始に先立って彼女の自由を奪うよう指示を出していた。
(ごめんね)
 悪い人ではないのだが。むしろ非常に有能な秘書だろう。松平、正確には松平の父がどういう男なのかを知らなかったのが、唯一の汚点だ。
 尤も、松平は、議員活動と経営者としての活動をいささか混同していたところはあるが、さすがに紳明学院大学との接点があることは完全に隠していた。それは見事と言っていい。
 だが、そこまでであった。そういうテクニックだけの政治家である。与党から宛てにされている集票力や集金力は、松平 大典ではなく、父親の松平 康典のものであった。
〈乱暴なことはしてないでしょうね〉
 結花は練道に確認した。
 島崎は結花の行動に疑念を抱いていた節もある。今回の日程を決めるについてはちょっと強引に進めたのでやむをえない。
〈気づかれなかったからな。
 ちょっと縛って、電話を捨てただけだ〉
〈じゃ、行くわよ〉
 警備員――というより用心棒達は今ごろ排除されているはずだ。婦人は別の部屋で眠っている。それにはまた別の者が向かっている。
 静かに寝室の扉を開く。松平は正体もなく眠り込んでいた。
 練道達は布団をはがすと素早く松平の手足を縛った。
 その気配に気づいたらしい、松平の目が開いた。
「!」
 しばらくの間は何が起こったか分からなかったようだ。だが、焦点が合い、目の前にあるのが刀の切っ先であることに気づくと、松平は息を飲んだ。
「静かになさい」
「お…お前達は…」
「静かにしろ、と言ったわ」
 結花は刀をわずかに回した。松平の目の前で鋭い刃先が揺れた。
「その声は…山下君か」
「まだ寝ぼけているの。
 静かにしろ、と言ったのが聴こえなかった?」
 松平は黙らなかった。流石に政治家――いや政治家の息子、というべきか。こういう状況、刀を持った黒づくめの集団に囲まれてもものを言うことはできるようだった。
「お前、このために私に近づいたのか。このために、秘書として入り、女房の機嫌を取って…裏切り者!」
 結花の瞳が揺れた。
 練道が前に出ようとすると、結花は刀を振り下ろした。
「ひっ!」
 松平の悲鳴。枕から蕎麦殻が零れ落ちた。
「こちらの指示に従わないと、大事な奥様に事情を伺うことになる」
「裏切り者め!」
 結花はもう一度、松平の顔の横に刀をつきたてた。
「あんたに裏切り者呼ばわりされる筋合いはないわ。
 親子二代に渡って、自分の私利私欲のために学生や生徒達を利用しようなんて男にね」
 恐怖と怒りだけだった松平の目に、驚愕が加わった。
 結花は膝をついて、松平に近づいた。
「正直に答えれば命は助けてあげるわ。
 逆らえば、この家ごと消えてもらうことになる」
 後で練道が火を起こした。真っ白いろうそくに火が点る。駄目押しのように、松平を男達が囲んだ。
「状況は把握できたわね。
 では答えなさい。
 蟲交 嶺見は今夜、どこにいるの」


Ver.1.0: 2003/7/13


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