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昼休み。
雪乃は机に向かって何か書いている。
「何やってんだよ」
「えぇ、考えことをしてました」
「考え事? この絵はなんぞね」
「そのことで、ちょっとお話が」
雪乃は二人を人影の少ない校庭の隅に連れ出した。
「これは、最近の戦いのときの私たちの動きです」
そう言われて見てみれば、一番上の紙は、この間のテニスコートのようであった。太陽の絵もある。娘達は、太陽の光を反射させて目を眩ませたり、逆にシルエットとなって動きを隠したりして勝利を収めた。二枚目、三枚目もそうだった。
「なるほど。お嬢様は日々反省のよい子でもあるわけか」
「気になるのは、この線です」
雪乃は、外からフィールドに入り込んでいる矢印をなぞった。
「線?」
「牧、じゃね」
げ、と京子がうめいた。
「えぇ」
「また、あいつの話かよ」
「京子さん、この三つの戦いにおいては、牧さんは非常に重要な役割を果たしています」
「どこがだよ。あーうっとうしい」
「例えばこの日。牧さんが太陽の光を活かせ、というアドバイスをしてくれるまでは私たちは苦戦していました。それに、あの混戦の中で、誰がリーダーかを見つけ出したのも牧さんです」
「そう言うたらそうじゃ。
考えてみれば助太刀に入るタイミングもえぇ」
「はい。参加するのならここしかない、という絶妙のタイミングでやってきますわ」
事実、その通りである。早すぎれば敵に作戦を立て直すチャンスを与えるし、遅ければ取り返しがつかないことにもなりかねない。そのギリギリのところで参戦してくる。
京子は返事をせずに、苦々しげな顔でそっぽを向いていた。
「その次も、更にその次も。牧さんの的確なアドバイスで私達は随分と楽な戦い方をしてきました」
「だったら何だって言うんだよ。あいつを仲間に入れるってのかよ」
「それはならん」
「だろ? だろ?」
「私もそういうことを考えて申し上げているのではありません。
でも、あの方の戦い方には何か不思議なところがあります。
京子さん、牧さんは本当はどこかで番を張っていた、といようなことはないのでしょうか」
「あたいが知るかよ、そんなこと」
「じゃが、雪乃さん。タイミングはともかく、牧がケンカ慣れしちょるとはとても思えん」
牧は、まだ力の加減がわかっていないのか、殴りつけた瞬間に「いてぇ」などと叫んでいることがある。あるいは、後ろから襲われたというのならまだしも、横からの攻撃をまともに喰らったりする。娘達からすれば、なぜあれに気がつかないのか理解できない、というような形でダウンしているのだ。
「ですから、むしろ司令塔向きなのではないかと」
「ばーか、誰があんなヘナチョコに司令塔なんか任せるってんだよ。自分の身だって守れるかどうか怪しいもんだ」
「雪乃さん、それは単に牧が頭のえぇエリート学生だ、ちゅうことじゃないじゃろうか」
「そうかもしれませんわね。でも、大学でこういうことを教えているとも思えないのですけど」
「あほか」
「いずれ、牧を宛てにする気はないちゃ。
お京、この戦いに手を出すなと、もう一度きちんと話しとうせや」
「なんであたいが」
「おまんも、牧とのことはハッキリしとうせ」
「してるってば!」
「西脇、あれは一体、何者なんだ」
「いえ。私もはっきりとは」
暗闇機関でも牧のことが話題になっていた。
「青狼会の手先、ということはないんだろうな」
「まさか。あんなヘナチョコが」
勿論、牧が単に京子に恋しているだけの学生らしい、ということは掴んでいる。京子を守るために戦いに突っ込んでくる、よく言えば一途な、悪く言えば後先考えない行動も理解できないことはない。
だが、雪乃が指摘した通り、ケンカの類の経験はほぼ皆無と思われるのに、娘達に出す指示が的確である。不自然であった。
戦況を把握する能力はチーム スポーツをやれば身につくこともある、という意見も聞かれたが、鍛えられているかどうかは体の使い方を見ればわかる。牧がスポーツマンではないことは明白だ。暗闇はどうしても無視できなかった。
「いいだろう、こっちで調べさせる。
照会があったら協力してやってくれ」
「そんな心配なさるほどのことはないと思うのですが」
「サキに近づくものの身元は全てはっきりさせておかねばならん。
もし仮に、奴が青狼会の人間で、娘達を油断させるために間の抜けた人間を演じているのだとしたらどうする。あの戦術立案能力が奴の本質かもしれん。娘達から偽りの信頼を得るために能力を小出しに発揮しているのかもしれん。奴らと通じているから的確な指示に見えるのかもしれん。
いいか、シロ以外は全てクロだ。
調査はこっちでやるが、結果が出るまではお前も油断するな」
「わかりました」
さて、そんなこととは露も知らない牧。京子に会うために授業をサボっているので、友人から講義ノートを借りてきたところである。
「ダメだ、寒い」
流石に秋も深くなっている。自転車で飛ばしていると体が冷えるので、自動販売機を見つけたところで止まる。コーヒーを買った。
「これしきで堪えるとは秋田衆の名が泣くな、しかし」
と独り言を言いながらも、急いでタブをあけて一口。
「…サミヤサ…キョ…ユキ…」
どこかでボソボソと話す声が聞こえた。自動販売機の陰、ビルの隙間の向こうに人影がある。
静かに、わずかに身を乗り出して様子をうかがうと、学生服の男が一人。後は、黒いタートルネックにジャケット、という全く同じ格好の男が二人。一人はあたりを見張っているようだ。視線が忙しく動いている。牧はすぐに身を隠した。
妙な雰囲気である。
京子達の戦いを見ていると、格好がばらばらのときでも、必ず学生服がいる。往々にして司令官役であることも多い。ひっかかる。
「…キョ…ゴ…ヨ…」
「…キョ…ゴ…ヨジ。」
小さい声のまま力が入った。
(「今日午後四時」か? 「サミヤサ」は「麻宮サキ」、後は「キョウコ」「ユキノ」…)
さっきの学生服が、牧の前を早足で通っていった。
急いでその男が出てきた小路に向かうと、ジャケットの男が二人、やはり早足で歩いていく。牧はすぐにその後を追った。
チャイムが鳴る。全ての授業が終わった。
生徒達が、腹減ったーなどといいながら帰っていく。
「あ、麻宮君。すいませんが、このノートを職員室まで運んでもらえないでしょうか」
いつものようにさえない格好の西脇が言った。
「なんでうちがこがいなことを」
宿題のノート 1 クラス分を運ばされる。
「まぁ、そうおっしゃらずに」
廊下へ出ると、西脇は声を落とした。
「梁山高校の回りを、目つきの悪い人たちがウロウロしています」
「それがどがいしたんじゃ」
「例の、学生服の連中と接触してるようなんですが」
サキの目つきが変わった。
「ま、関係なければいいんですが。ちょっと調べてもらえませんか。黒いタートルネックにジャケットという格好です」
その十分ほど前。
確かに、黒いタートルネックにジャケットという男達が梁山高校を見張っていた。バラバラに散ってはいるが、六人もいる。
学校の裏口にいた男が何を見つけたものか、視線をそらさないまま歩き出した。
が、角に来た瞬間、後ろからジャンパーを被せられた。
「声を出すな」
捕らえられた男は抵抗しようとしたが、
「見咎められて困ることをしているのはそっちだ」
と言われて大人しくなった。
脅しているのは牧であった。
牧は前に回ってジッパーを閉じた。袖を通していないので、男の両腕は封じられる。そのまま人気のない小さな川に引きずっていき、橋の手すりに座らせた。牧はそのために、一番、体格の小さいものをターゲットに選んだのである。
「何を企んでいる」
牧は、精一杯の迫力を込めて言った。
男は憎しみのこもった目で牧を睨む。
牧は、男の腿を上から押さえ、両足は自分の足で固定していた。
「俺が頭を小突くだけで、お前は川の中に背中から落ちる」
牧の心臓は早鐘のようになっている。人を脅迫するなど初めてのことだ。
だが彼は、最初は好きな女の子のためという程度に考えていたものが、実は思っていたより深刻な戦いであることに、今更ながら気づいていた。彼女達を襲っている連中の攻撃や、手にしている武器を見ていると、命を狙っている、としか考えられない。
それは恐ろしい想像だったが、どうやら当たっているようだ。京子が「腹をくくれ」と言った理由がわかった。
彼は今、人を脅すということに対する恐怖を必死で押さえつけている。声が上ずらないように、と細心の注意を払っている。ここでうまくやらなければ、娘達が殺されてしまう可能性がある、それだけが支えになっているのだ。
「人間は 30cm の深さでも溺れることがある。今は水も冷たい。両手が使えなくとも助かる自信はあるか」
牧の目に感情が見えない。恐怖を押し殺した結果だ。男は寒々しいものを覚えた。
この態勢になってしまえば、殴りつけたり首をしめたりするのと違って、牧の方では労力は要らない。ひょっとすれば小突かなくとも、牧が力を抜くだけで橋から落ちるかもしれない。それは非常に簡単なことだ。
ここで反撃もできない。牧の手が緩み、やはり同じ結果になるだろう。
「川は深くはない。ひょっとしたら頭から行くかもしれないぞ」
男は、牧がケンカについては素人らしい、という報告は受けていた。しかし、素人であればこその恐怖が彼を捉えた。加減を知らない素人は、いとも簡単に手を離してのけるかもしれない。あるいは、情報を入手して最終的な勝利を得ることよりも、眼前の敵を倒すことを優先するかもしれない。
牧のやり方は男の常識から外れていた。ジャンパーで拘束するやり方は見事と言ってもいいが、この場所はどうだ。今は人通りがなくても、いつ誰が通るかわからない。そんな危険な事はしないのが普通だ。
どこの組織の人間か。いや、この雑なやり方は、バックグラウンドがあるもののやり方ではない。戦いについては男の方が長けている。逆にそれゆえ、牧の考えていることが読めないのだった。
決定権は完全に牧が握っていた。
「言え」
牧は、右手を離した。
男達は、少しづつ集まり始めていた。校門の前に二人いたが、これはサキを見つけるなり背を向けて歩き出した。
(水無月はどうした)
(返事がない)
(やむをえない。麻宮サキは食いついた。五人でやる)
「ちょっとえぇかの」
サキが話しかけると男達は走り出した。
「待ちやがれ!」
三人で追う。
放置されている小公園。雑草が茂り、遊具も朽ちかけている。奥に生えている木も手入れがなされないままである。男達はそこに逃げ込んだ。
「隠れたな。油断せんときや」
娘達はそれぞれの武器を構えた。
周囲はビルなのか何かの工場なのか。いずれ人がいる気配はない。うまいところを見つけたものだ。
シュっと音がした。
その一つの窓からロープが飛んできたのである。雪乃の左手を捉えた。
「雪乃さん!」
辛うじてかわしたサキをめがけて、錆び付いたジャングルジムからロープが飛んだ。右手に絡みつく。草むらから襲ったロープは、京子の左手。
なんとか武器は使えるが、自由でもない。
ロープの先から、さっきの男たちが現れた。三人とも、ロープを腕に結び付けている。
更に二人現れた。
「すぐには殺さない。
存分に戦わせてやる」
リーダーらしい男が言った。
京子がビー玉を放つ。が、男はよけると同時にロープを引いた。京子がバランスを崩すと、男の拳が飛んできた。こちらもよけはするものの、距離が取れない。
それはどちらも同じことなのだが、これで挑んでくる以上、向こうが得意とする戦法であることは間違いない。嫌な展開である。
サキの腹に、男の蹴りがヒットした。うずくまるとロープに力が加わる。男もよろけた。蹴り返す。男が倒れた。
もらった、とヨーヨーを構えた瞬間、後ろからヨーヨーを叩き落された。
後から現れた男だった。
「おんしゃら…!」
これが彼らの作戦だった。
ロープでお互いの腕を繋ぎ逃げられないようにする。そして残った二人が、戦況を見ながら随時加勢するのである。
乱闘であれば霍乱する手も使えるが、ロープの端と端で動きが不自由だ。その相手から逃れることはできない。これなら、20 人以上いたこの前の戦いのほうが楽だった。
お互いに決定打が撃てない。向こうは意図的に打ち込んでこないようにも見えた。ときおり、いやらしい笑いを浮かべている。
少しでも優位に立てば、手の空いた男が加勢にくる。実質的に 1 対 3、いやそれ以上の苦戦であった。娘たちは苛立ち、疲れを感じ始めた。
こちらは三人、その「遊撃隊」は二人。こちらの方が多いから、その二人が背中をさらす瞬間がある。これが苛立ちを募らせた。今、打ち込めば倒せる、というタイミングが何度もあった。しかし、それは常に、ロープの先の相手によって邪魔されるのだった。
今も、フリーの二人はサキと雪乃に攻撃を加えている。京子の右で二人の背中が丸見えだ。だが、手を出せない。
向かいの男は、左側から京子に嫌味な笑い顔を見せている。
(もう一人いれば)
その瞬間、MTB が現れた。
男の顔がそっちに向いた。
京子がロープを引く。
MTB は倒れた男の上を飛び越した。
牧はそのまま空中で飛び降り、MTB はサキの背後にいた男の背中につっこんだ。
ジーンズのポケットから取り出したナイフでサキの右手を拘束していたロープを切る牧。
「牧!
助かったぞね」
サキは、雪乃と戦っている男にヨーヨーを打ち込んだ。男がのけぞりロープが伸びきったところを、牧のナイフが絶つ。
「お京!」
ヨーヨーと袱紗が、京子のロープに繋がっていた男を襲う。
倒れ伏した男の腕を押さえつけ、牧はナイフをロープにつきたてた。
「貴様…」
四人が集まる。
「牧さん、いいところに」
「確かに、お前のタイミングのよさは認めなきゃいけねぇみたいだな。ありがとうよ、牧 令」
「え?」
予想外の誉め言葉に、戦いの最中だというのに、牧が京子をまじまじと見つめた。
「馬鹿野郎。後だ、後!」
今度は 4 対 4。
娘達は今までのフラストレーションを解消するべく暴れる。牧も、危なげではあるが、何かがふっきれたように立ち向かう。まだ「あ痛」という声は聞こえた。
男はロープを振り回すと、それが京子の腕を撃った。痕がたちまち赤くなる。
「あっつ!」
「俺のお京に何をする!」
別の男に対していた牧が振り返りざま男の腹に蹴りを入れた。振り返った分の遠心力、相当のパワーである。男は崩れ落ちた。
沈黙。
(『俺の』お京?)
三人とも呆然としている。
「ふざけやがって…!」
牧は肩で息をしていた。
「牧さん!」
さっきまで牧の相手をしていた男が襲い掛かる。これは京子のビー玉を正面からくらった。もう一人も雪乃の爪に倒れた。
「あとはおんしゃだけじゃ」
リーダーの男だけが残った。
「お前達は、一体」
サキは、ゆっくりとヨーヨーを掲げた。乾いた音と同時に蓋が開く。
「桜の代紋…!」
牧の口から言葉が漏れた。
「梁山高校 2 年 B 組、麻宮サキ。またの名を二代目スケバン刑事。
うちにはわかった。おんしゃらは戦いを楽しんじょる。それが人の倫を外れちょることに気づきもせん。
そがいな奴を許すわけにはいかん!」
「黙れぇ!」
男が向かってくる。
サキはヨーヨーを引き寄せると落ち着いた顔で男に打ち込んだ。
「君は警察の人間だったのか」
「そんなもんじゃ」
サキはヨーヨーとグローブをしまいながら答えた
「中村さんや、矢島さんも?」
その質問には答えず、サキは牧と正対した。するどい目で睨みつける。
「牧、これまでの戦いでわかったじゃろ。こいつらは、戦いを楽しむことができる連中じゃ。人の命なんぞなんとも思うちょらん。
これが最後の通告じゃ。この戦いに首を突っ込むな。おまんの命も保証はできんちゃ。
えぇな」
サキはそれだけ言うと立ち去ろうとした。
公園を覗き込んでいる陰。
さっきの連中と同じ格好をしている。
「まだおったがか!」
が、男は牧を認めると、後ずさりに引き、きびすを返した。
「あいつは大丈夫だと思う」
「ひょっとして、牧さんはあの男からこの場所を?」
「はい」
ちょっと得意げである。サキはそれを複雑な気持ちで見ていた。
「なるほどね。それでナイフも用意できたわけか」
京子が地面からナイフを引き抜いて牧に渡した。
「だっせぇ。これ工作用のカッターじゃねぇかよ」
「しょうがないでしょう。これでも一番丈夫そうなの買ってきたんですよ」
「それより!」
京子が向き直った。
また怒られるらしい、と牧は緊張した。
「お前、さっき『俺のお京』とか言ってただろ」
「いや、あれはつい」
「お京、別に照れんでもえぇがよ」
サキは笑ってはいなかった。(もう遅いかもしれん)
「そうですわ。折角、助けにきて下さったのに」
「雪乃さん、邪魔者は帰ろうかの。
お京、ちゃんと話つけときや」
サキと雪乃が帰ろうとする。
「今度、あんなふざけたこと言ったらただじゃおかねぇからな。
覚えとけ!」
二人を追いかけていく京子。
やはり、「今度」があるらしい。
牧について言うなら、この戦いは彼のためにならなかったかもしれない。彼は、人を脅迫しながらも傷つけずに情報を取り出すことに成功してしまった。自分にもできることがある、と思ってしまったのである。
それは必ずしも間違いではない。だが、それが幸運であったと言えるものかどうか。
警察組織の関与する、命に関わる戦いであることは知りつつ、その戦いが激しいものであればあるほど、彼は京子のためにも関与を続けなければならない、と思うのである。
その決意が明確に固まったこの時、彼の人生は、大きく方向を変えた。
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Ver.1.2: 2002/8/25
Ver.1.1: 2001/8/19
Ver.1.0: 2001/4/8
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