スケバン刑事外伝 -“0”-

BICYCLE BOY を救え! 水無月の復讐 (前編)



「よく私の前にその顔を出せるものだな、水無月」
 小柄な男は平伏した。
 それを見下ろしているのは、紫の服に身を包んだ少年。
 ここは、彼の部屋なのであろうか。豪華なつくりである。
「睦月、如月初め、お前の先輩達五人は、麻宮サキとその仲間どもに挑んで散った。一人だけ、おめおめと戻ってくるとはどういうつもりだ!」
 少年は、持っていたムチを水無月に振り下ろした。鋭い音。水無月のジャケットがちぎれた。
「そ、総統になんとしても申し上げたいことが!」
「私に?」
「お前ごときが総統に意見を具申するなど!」
 側近がわめいた。
「よかろう」少年の口元に皮肉な笑いが浮かぶ。「その厚顔無恥に免じて聞いてやろう」
 少年は、机を回ると豪華な椅子に落ち着いた。足を組み、ムチをもてあそぶ。
「は」
 水無月は顔を上げた。
 牧に脅され、計画を白状した男であった。
「麻宮サキのそばに、一人、大学生がおります」
「知っている。うるさい蝿だ」
 面白くもなさそうに「総統」と呼ばれた少年は言った。
「はい。しかしあの男、計り知れない可能性を持っております」
「計り知れない可能性?」
「はい。私を捕らえたやり方といい、私から情報を引き出したやり方といい、あの男には」
「貴様、自分の失敗を糊塗するために偽りを言っているのだろう」
 再び側近がわめいた。
「違います!」
「見苦しいぞ!」
「お聞きください。
 私も十二人衆に名を連ねるもの、嘘は申しません」
「続けろ」
 少年は苛立っていた。
「はい。
 奴は城北大学に席をおく、世間にはエリートで通る学生です。調べたところ、平凡な高校時代を過ごしたらしく、麻宮サキなどと違い、戦いとは無縁の生活を送っております」
「貴様は、そのような男に負けたのか」
 少年の目には侮蔑の色があった。
「であればこそ!
 奴にとっては、これがほぼ初めての戦いのはず。それにも拘わらず、あのような手際を見せるのだとすれば、奴が戦いに慣れ経験を積んで成長した場合、総統にとって邪魔な存在となる可能性を私は感じます」
「貴様、総統に向かってなんと言うことを。無礼だぞ」
「待て」
 少年は眉をひそめた。
「初戦で十二人衆の一人である水無月を落としたと言うのか?」
 側近が口を挟んだ。
「奴が、最初に我々の作戦に関与したのは、生徒会連絡会議の件で青雲高校が叩かれたときのことです。その後、三度、我々の邪魔をしております」
「…」
 少年の目に不快な光が宿ったが、それはすぐに消え、口元の薄笑いが取って代わった。
「水無月、お前の言うことには一理ある」
「総統」
 顔を上げる水無月。
 少年は再び机を回って、水無月の前にやってきた。
「どうだ水無月、奴を倒せるか」
「は、はい!」
「奴を一人で倒して、見事、汚名を雪ぐことがお前にできるか」
「はい。必ずや奴を!」
「十二人衆の名に恥じぬ戦いをして見せろ」
 直々の指令を得た水無月は、素早く部屋を辞した。
「総統、あのようなひ弱な大学生、お気になさることなど」
「四度だと?」
「は?」
 少年はゆっくりとムチを側近の首に当てた。
「その男は我々の計画を四度も妨害したのだな」
「は、はい」
「なぜ私に報告しない」
 少年の目が側近を貫いた。
「そ、総統を煩わせてはと」
「四度も取り逃がした、ということであろう」
「は、はい。申し訳ございません」
 それを聞き入れず、少年はムチを振るった。側近がうめいて倒れた。額から血が流れている。
「一度や二度なら余興ともいえよう。
 だが、四度とあっては、冗談にもならん!
 貴様の無能と怠慢、許しがたい。
 誰かいるか」
 直ちに部下が入ってきた。
「重罪人だ。
 処分しろ」
 部下達は、さっきまでの側近を拘束した。
「そ、総統、お許しください。総統!」
 無理やり引きずっていく。ドアが閉まると、その声も聞こえなくなった。
 少年は、いらだたしげにムチを絞った。

 朝。梁山高校の登校時刻である。
「おす」
「あぁ、おはよう、お京」
「何、朝っぱらからしけた面してんだよ」
「色々と考えることがあるんじゃ。
 そうじゃ、お京」
「ん?」
「牧と話はついたか?」
「話って何の」
 牧の名前が出て、京子はまた嫌そうな顔になった。
「うちらに関わるなっちゅうことじゃ」
「あたいは知らないってば。何度言やわかるんだよ」
「『俺のお京』ちゅうとったじゃないがか」
「『俺のお京』?!」
 後ろから黄色い声がした。
 京子が振り向く。明美達だった。
「お京とあの大学生、もうそんな関係だったの?!」
「何なに?」
「関係ってな、おい明美!」
 遅かった。
 そのフレーズは明美からトシ子、美也子と伝わり、昼休みを待たずして梁山高校全体に広がったのであった。
 いつかのように、しばらく「俺の○○」というフレーズが校内で流行るのだが、それは余談である。

「サキのせいだからな」
「すまんちゃ」
 放課後。
 あれこれとわずらわしいので早々に学校を出た京子。それについていくサキと雪乃。いつもの川原の土手。
 京子はどっかりと座り込んだ。
「明美さんがおるとは思わんかったんじゃ」
 サキと雪乃も静かに座る。
「お前さんも本っ当に人の話を聞かねぇやつだな。何度、関係ねぇって言やわかるんだ」
「じゃぁお会いにはなってないんですのね。どうやって説得すればいいのでしょうか」
「会ってねぇこともねぇけどさ」
 そっぽを向いたまま、京子がぽつりと言った。
 雪乃とサキが振り向く。雪乃の顔には「やっぱり」と書いてある。
「しょうがねぇだろ。あいつがつきまとってくるんだから。あたいが呼びだしたりしてるわけじゃねぇよ」
「で、何の話をしとるんじゃ」
「別に」
「サキさん、あまり立ち入ったことを聞いては」
「しまいにゃ怒るぞ。そんなんじゃねぇよ」
 だが、二人の目には不信感がありありと浮かんでいる。
「どうやってあの男から情報を聞き出しのか、ちょっと気になったからさ」
「この間、逃げた男ですわね」
「そう。あの腕力からっきしのトーシロがどういう手を使ったのか興味ないか?」
「ないことも…ないちゃ」
 なんとか自分の抗弁が通じたことを感じ、一安心の京子。
「ジャンパーを被せたんだとよ」
「ジャンパーを?」
「そ。上から被せて前をとめちまったんだ」京子は、サキに向かってその真似をして見せた。
「牧さん、考えましたわね。相手の腕の自由を奪って、なおかつ怪しまれる可能性も低い」
「それだけか?」
 自分の情報がサキ達の関心を引いていることに気づいた京子は、若干、得意げになっている。
「で、橋の手すりの上に座らせた」
 雪乃が息を飲んだ。
「そうすりゃ、軽く押すだけで川にまっ逆様だ。これで脅しをかけたって訳だ」
 京子は、サキの額を軽く押して見せた。
「あの男、意外に気合の入ったことをするんじゃな…」
「やはり頭脳派ですわね。その手なら、ジャンパーさえ被せてしまえは後は大した力はいりません」
 サキもそれは認めた。だが、牧のいらざる一面を引き出してしまったのではないか、という思いが胸をよぎる。
「それで、お京。ちゃんと話はしたんじゃろうな」
「何の」
「じゃから、うちらに関わるなと」
「いや…」
「おまん、まさか誉めたりせんかったじゃろうな」
「いや、『なかなかやるな』って。つい」
「お京!
 おまんも人の話を聞いちょらん」
 サキは京子の正面に座りなおした。
「えぇか。この戦いに人を巻き込んじゃならん」
「大丈夫だって」いささかその勢いに押された様子で、引き気味ながらも京子が言った。「あいつはそんなに気合の入ったタイプじゃないから。レイってよりはゼロだよ。気にすることないって」
「お京」
「その内に尻尾巻いて逃げ出すってば」
「何かあってからでは遅いんじゃ」
「あぁーもう、わかったよ!」
 どうやら我慢しきれなくなったらしい。いきなり立ち上がる。
「きっちり話つけりゃいいんだろ。
 あたいの機嫌を伺ってるようなゼロ野郎なんだ、お前が心配するほどのことはねぇんだよ」
 そのまま行ってしまった。
 それを黙って見送る二人。
「雪乃さん、おまんはどう思う」
 低い声でサキが問う。
「牧さんは、京子さんが言うほどの腰抜けではないような気がします。
 ちょっとお話が苦手なだけで、意外に腹の座った人物ではないかと」
 サキは小さくため息をついた。
「おまんもか。
 うちの感じたことは間違いではない、ということじゃな」
「京子さんは、きちんと説得できるでしょうか」
「わからん。
 お京はともかく、問題は牧の方じゃ」
「敵の出方も」
 振り向いて頷くサキ。
「ひょっとしたら、牧のことはうちらの手を離れてしもうたかもしれん」

 その頃。
 牧が大学を出てしばらく走ると、ふいに人影が現れた。急ブレーキ。
「お前は…」
 水無月であった。
 不敵に笑うと、顎でついて来いというしぐさをする。
 牧の鼓動が早くなった。

 都内の北の外れ。ここにはまだ、小さいとはいえ、草原が残っている。秋のことで、かすれた黄色に染まっていた。
「先日の礼を言いに来た」
 相対する。
 牧は答えない。答えられないのだ。
 それを覚悟と勘違いした水無月は、やはり声を出さずに構えた。
 牧は動けない。
 風が渡る。
「ではこちらから行く」
 水無月が向かってくる。速い。
 拳。
 これは腕で受けたが、左の拳が胴に回りこんできた。まともに入る。牧が倒れた。咳き込んでいる。
 水無月はそれを見下ろしていた。考えていたよりはるかに手ごたえがない。
 牧の足が動いた。だが、水無月のほうが速い。後ろに飛ぶ。牧の足は空を切った。
「そうでなくは困る」
 牧なりに急いで立ち上がる。
 今度は足。水無月の蹴りを左にかわすが、右手が真横から飛んでくる。これは身を引いてよけたが、バランスを崩した。
 着地した水無月はそのまま体を回す。こんどの蹴りは背中に入った。
「その程度なのか」
 水無月の動きは速い。おそらく、小柄な体を逆手に取り、小回りを利かせ、スピードを生かす戦い方を得意とするのだろう。拳が、足が、次々に飛んでくる。牧は防戦につとめたが、無駄であった。ほとんどの攻撃がヒットしていた。
(殺される)
 牧は恐怖を感じた。
 距離を取りたいが、それはたちまちのうちに詰められる。
「逃げるな!」
 水無月は牧の足を払った。
「うぁっ!」
 右足に激痛が走った。
 倒れた牧を水無月が見下ろしている。
「貴様ごときに、この水無月がしてやられたかと思うと、わが身が情けなくなってくるぞ」
 水無月は再び牧の右足を踏みつけた。
「本番はこれからだ」
(あれ)
 どこかで声がする。
(いい自転車があるな。忘れ物か?)
(おい、あそこでケンカしてるぞ)
「邪魔が入ったようだな。
 まぁいい。続きはまたいずれ。ゆっくり遊んでやる」
 水無月は、現れたときと同じように消えた。

 全身に打撲と擦過。右足は捻挫の状態。牧は、階段から落ちた、と言ったのだが、医者は、若いからケンカも許されると思ったら大間違いだ、とたしなめた。今度、同じようなケガをしてきたら警察に知らせるぞ、とも言った。
 牧にはわかっていた。水無月は手加減したのである。別の言い方をすれば、牧に辱められた報復のために存分にいたぶろうとしたのだ。足の自由を奪っておいて、更に痛めつけるつもりであったに違いない。誰かが通りかからなければ、さんざんなぶられた後で殺されていただろう。むしろ水無月は、この中断によって楽しみが続くことを喜んでいるのかもしれない。
 牧は、やむをえず自転車を大学に置いたまま、電車で帰宅することにした。
 駅の雑踏。右足を引きずりながら歩く牧の視界に、ある男が入った。
 人ごみに隠れて誰かと話をしている。上等なスーツを着こなし、普通の会社員に見せかけようとしているが、言いようのない緊張感が漂っている。油断がない。
 その顔には見覚えがあるのだが、思い出せない。牧には中年男性の知りあいは多くない筈なのだが。
(あ)
 梁山高校の教師。
 勿論、格好は全く違う。あの教師は「うだつがあがらない」を絵に描いたような、汚い格好であった。
 だが、今あそこにいる男と、牧を痴漢呼ばわりして睨みつけたときの雰囲気が似ている。
(まさか)
 目が合った。向こうも牧を認めたような気がした。だが、何事もなかったかのように目をそらし、話を続けている。
 牧は目をそらせなかった。ひっかかる。同一人物のような気がしてならない。
(私立高校教師の秘密のアルバイトってのもよくある話だ)
 世の中には裏がある。牧はそれを明確に意識した。今しがた、殺されるところだったのだ。高校教師が、学校とは全く違う格好をすることになんの不思議がある。
 牧は、男と再び目が合うのを恐れて、その場を離れた。

「遅かったようですね」
 暗闇機関の司令室。
 男が三人。暗闇指令、西脇。もう一人は、さっき西脇と話をしているところを牧に見られたエージェントである。
「青狼会が狙いをつけたか」
「なす術もない、という状態でしたね」
 男は島田と言った。牧の身辺を調査していたのである。水無月と牧の戦い、正確を期すなら、牧が水無月にいたぶられていたのも見ていた。尤も、まずいと判断して、通りかかった若者を自転車でひきつけ、それに目を向けさせたのも彼だ。
 牧が青狼会の手先ではないか、という疑いは晴れていたが、一転、牧が命を狙われている、という事態になった。
「どうする、西脇」
「どう、と言われましても。
 我々に彼を守る義理があるかどうか。まさか、サキの周囲の人間全てに護衛をつけるわけにも行きませんし」
「厄介者ですか、彼は」
「西脇、奴がやられてしまった場合、娘たちに影響はあるか」
 暗闇の問いに眉をひそめて考え込む西脇。
「心理的な影響は小さくはないでしょう。
 細かい事情はともかく、彼女達の存在が彼を戦いに巻き込んだとは言えますから」
 暗闇はイスに座りなおして言った。
「島田、もう少し奴にはりついてくれ。
 身辺警護に切り替えるかどうかは決めかねるところだが」
「臨機応変、ということですね。了解しました」
 島田はきびすを返した。
「あ、西脇」
 呼び捨てにするところを見ると、彼と西脇は同ランクらしい。
「奴には多分ばれてるぞ。もうちょっと変装を研究する必要があるんじゃないか」
「うるさい。早く行け」

Ver.1.2: 2002/8/25
Ver.1.1: 2001/8/19
Ver.1.0: 2001/4/15

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