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「私、初詣ってはじめてでございます」
「ほんとかよ」
元旦。
サキ達は近くの神社に初詣にやってきた。明治神宮という声もないではなかったのだが、これは雪乃の運転手、宮本が断固反対した。あのような雑踏で護衛もなしにお嬢様を歩かせるなど言語道断、ということである。
お嬢様なら借り切ってみたらどうだ、とお京が冗談で言ったところ、
「みなさんのお正月の楽しみを奪っては悪ぅございます」
その気になればできるようである。
晴れ着を着ているのは雪乃だけだった。京子はガラではないし、サキは持っていない。彼女の場合も、ガラではない、とは言える。一応、二人とも改まった風な格好ではある。
ここもそこそこ混んでいる。やっと社にたどり着いた。
賽銭を投げ、拍手を打つ。賽銭は、お嬢様も五円であった。
「これは形式ですから。寄付は寄付で別に考えます」
聞くんじゃなかった、と京子は思った。
娘達が終わると、ひっそりと宮本がお参り。だが、ちょっと長い。やっと振り返り、「お待たせして申し訳ありません」と恐縮した。
「何をお願いしたんじゃ、宮本さん」
「お嬢様のご無事をお願いしました」
「さすが。エライねぇ、宮本さん」
京子が大仰に感心してみせる。
「宮本は心配性なのです」
「すまんちゃ、いつも雪乃さんを引っ張り出したりして」
サキが頭を下げると、宮本は、しまった、という顔をした。
「サキさん、いいのです。雪乃は好きでサキさんのお手伝いをしているのですから」
「じゃけど」
「宮本だって、実はまんざらでもないのです。
戦いの後は妙に口数が多くなって興奮しているのがわかります。特に、自分が参加したときなどは。
ね、宮本」
宮本の顔が赤くなる。
「申し訳ありません。つい、若い頃に戻ったような気分になりまして」
娘達が笑う。
「えぇちゃ。でもあんまり無茶はせんとき」
「サキさんは、何をお願いしたのですか?」
「うちは…早く鉄仮面の謎がわかるように、と」
全員、真顔になって黙る。
「あ、すまんちゃ。
お京は何をお願いしたんじゃ?」
「京子さんは決まってますわよ、ね」
雪乃がニヤニヤして言う。
「なんだよ」
「牧さんのことしかありませんわ」
「て、てめぇ」
うろたえるお京。
「正月からその名前を出すんじゃねぇよ。せっかく忘れてたのに」
ムキになる。
「まぁ、よろしゅうございますわ。願い事は胸に秘めておくもの」
「そんなんじゃねーっつってんだろ、タコ」
「年賀状はきたかね」
「サキ、お前までなんだよ。あの馬鹿にゃ、住所も電話番号も教えてねぇよ」
「牧さんなら、お調べになるかもしれませんことよ」
「うるせぇっつってんだろ!」
雪乃も、この辺でからかうことをやめることにした。
「あの馬鹿なら、今ごろは田舎でおかぁちゃんやおとうちゃんに甘えてんだろ。もう、帰ってこなくていいよ」
クリスマスは? と聞きたくてしょうがない雪乃であった。
やがて学校が始まった。
通学路の途中に令がアルバイトをしている古本屋がある。京子にとっては鬼門ではあるのだが、そこを避けるとなると回り道になる。外は寒いので早く帰りたい。どうしてもそこを通ることになるのだが、幸か不幸か、令と出くわすことはなかった。
年老いた店主が掃除や棚の整理などをしているところを見ると、まだ帰省したままなのであろう。大学生はのんきでいいねぇ、と京子は思った。
さらに数週間が過ぎ、二月になった。
令はまだ姿をあらわさない。私立大学の中には年明けはないも同然というところがあるが、令が通っているのは国立である。もうすぐ試験シーズンのはずだった。最初はからかっていたサキや雪乃も、やや心配になってきたのか、真顔で京子に消息を尋ねるようになった。京子自身もちょっと気になりはじめた。
「ったく、手のかかる野郎だな」
京子は一大決心して、古本屋に入っていった。
「ちょっと聞きたいんだけど」
店主が老眼鏡を下げて、京子を見た。
「あぁ、あんたは。令君のガールフレンドのお嬢さんだな」
「ち、違うよ!」
「大変だったなぁ」
老人は人の話を聞いていなかった。だが、京子はその内容が気になった。
「え?」
「お嬢さんは元気でやってるのか」
「じいさん、なんのことだよ」
京子のぞんざいな口調に怒る風でもなく、店主は京子の顔を覗き込んだ。
「お嬢さん、聞いてないのか」
「何がだよ。大変って何が」
急に心配になってきて、慌てる京子。
「まぁ、あがんなさい」
早く教えろ、と焦りは感じたが、店主の顔つきを見て、神妙に招きに応じた。
いかにも老夫婦ふたりだけの住まい、という感じの居間に通される。「いらっしゃい」とゆっくりした口調の、しかし意外に腰は曲がっていない老婆が迎えた。
まだこんなのあったのか、というちゃぶ台につく。
「令君のガールフレンドだ」
老婆が、あらまぁ、と語尾を濁した。京子は話の内容が気になってそれどころではなかったから否定しなかったが、その微妙な表情にはひっかかった。
すぐにお茶が出てきた。手馴れているところを見ると、客を呼ぶのが好きなのかもしれない。
「いつだったかな。クリスマスよりは前だ」
店名どおり、三上という名の老人は、一口啜ってから話し出した。
「朝方、令君から電話があった。上野駅からだと言ってたな」
「上野?」
「急に、故郷に帰らなきゃいかんことになった、と言っていた」
「なんでだよ」
三上は、京子を見やった。言いかねているようだった。
「ご両親が、交通事故で亡くなったんだそうだ」
「え…?」
全く聞かされていなかった。
最後に令と会ったのは下旬だから、ちょうどその頃。クリスマスになったらうるせぇだろうな、と思っていたのに、全く姿をみせなかったので拍子抜けだったのだが。
それほど突然だった、ということか。
「わしらの方じゃ、気を落とすなよ、くらいしか言えん。店のほうは心配するな、きちんと務めを果たして来い、と言って送り出してやった」
京子は目を落とした。
自分が親をなくしたのは中学生になるかならないかの頃だった。
幸い、面倒を見ることになった親戚に疎まれた、ということはなかった。ただ、世間がそうはとらず、実際に何人かの友達は離れていったりしたので、なんとなくこんな形でツッパるようになってしまった。
「その二週間くらい後にすぐ電話があった」
顔を上げるお京。三上は今度も言いよどんだ。
「気をしっかり持ちなさいよ」
これは京子に言ったのである。
「なんだよ」
「大学も辞めるかもしれない、と言っていた。しばらくはそのまま秋田に残る、と」
京子は、今度は何も言わなかった。言えない、という方が正確か。
「詳しくは聞かなかったが、田舎のことだから色々面倒なことがあったようだな。とりあえずは休学、と言っていたが、戻ってくる見込みはたってないらしい。
友達に荷物を送ってもらうから心配は要らない、と言っていたが、アルバイトを放り投げる形になって申し訳ない、と気にしてたな」
「そんなことはどうでもいいのに。生真面目な子だよ」
老婆が口を挟んだ。寂しいのだろう。
「そう…か。帰っちまったのか」
また目を落とす京子。胸がモヤモヤしている。
「怒っちゃいかんぞ。
お嬢さんのことを心配して何も知らせなかったんだとわしは思う。不器用なやり方だが、令君なりに気を使ったんだ」
「別に…怒りゃしないよ」
笑顔を作るが、つかえはとれない。
「どうしてるかねぇ」
ぽつりと老婆が言った。
「あいつのこと…気に入ってたのかい?」
「孫みたいなもんですからね」
「馬鹿な子ほど可愛いとは言うが、真面目で不器用で…」
それきり二人は黙った。
「わかった。
ありがとうよ、教えてくれて」
京子が立ち上がった。
「あぁ、待て待て」
三上が電話のところへ行った。何かを書き写して、メモを破り取る。
「知ってるかもしれんが、令君の連絡先だ」
手を伸ばさない京子。
「いらねぇよ、別に」
「持っていけ。照れ隠しもいいが、ほどほどにしなさい」
老人の口調に押され、受け取る京子。
店を出て、自分のアパートに向かう。
「あたいと…同じ境遇になっちまったな、令」
独り言。
部屋に入る。
「見損なうな!」
京子は、壁に鞄を叩きつけた。
翌日、京子は学校に来なかった。
京子のエスケープは珍しいことではなかったが、令と連絡が取れなくなっている今、なにかあったのではないかと心配になったサキと雪乃は、学校が終わるのを待たず、午後になったらすぐに探し始めた。
川の堤防に座っているのを見つけたのは雪乃であった。令と三人が始めて話をした場所である。
「宮本、サキさんを」
「はい」
サキを載せた車が戻ってくると、何事もなかったように駆け寄る。
「お京」
「また、エスケープでしたのね」
「大概にしちょきや、ほんまに」
「あぁ」
京子は薄く笑ったが、それ以上は答えなかった。
「なんぞあったのかと思うた」
「あいつ、もう来ないよ」
「来ないって、牧がか?」
「どうしたんですの」
「親が、交通事故で死んだんだってよ」
顔を見合わせるサキと雪乃。京子は川を見つめたままである。
「田舎でゴタゴタあって、大学もやめて、そのまま引っ込むんだと」
「そんな」
「雪乃お嬢様は、あの田舎者がご心配ですか。住所はここらしいぜ」
クシャクシャになったメモを渡す。
「このメモは、誰が…?」
「わざわざあの古本屋に行って聞いてきたんだよ。
詳しく教えてくれたぜ、あいつがいなくなった日から、連絡してきた日から、話の内容から。お人気もんだねぇ、あいつも」
「お京」
「あの年寄りには話せても、あたいたちには秘密なんだとよ
どうでもいいみたいだね、あいつにとっては」
まくしたてる。口調が荒い。「待ちや、お京」
「まったく、安く見られたもんだ、『ビー玉のお京』様も」
「何か事情があるんじゃ。きっとすぐおまんに会いに来るちゃ」
「会いたかないね」
はき捨てるように言い、立ち上がる。
「お前さんたちが何を期待してるのか知らないが、あたいは怒ってるんだ。
あたいのいるところで、二度とあいつの名前を出すな」
明日は学校に行く、と言い残してお京は立ち去った。
「京子さん…。いいペアだと思っていたのですが」
「雪乃さん」
「はい」
「うちは、恋愛のことはようわからんけど、少しだけお京の気持ちがわかる。
両親がいないのはお京も同じ。なんで教えてくれんかったのか、と思うちょるのじゃないじゃろか」
「そうでしたわね。
サキさんも」
「そうじゃな。こんなに心配しとるのに、いざというときに宛てにしてもらえんのは寂しいもんじゃね」サキはちょっと笑った。「牧にしてやれることは何もないけんど」
「私もですわ。いいお友達になれそうな気がしてましたのに。
京子さん、辛いでしょうね」
頷くサキ。
「住所はわかっちょるんじゃ。落ち着いた頃に連絡してみよう」
「はい」
結局、娘達がその住所に連絡を取ることはなかった。
戦いが激しくなった上、一時、雪乃が戦線離脱したのが理由である。京子すらそれどころではなかった。
そのため、令の不在に関する真の事情を知るのは、随分と後のことになる。
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Ver.1.1: 2001/8/19
Ver.1.0: 2001/4/29
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