スケバン刑事外伝 -“0”-

十二人衆の最後! 少年の帰還



「『水無月』という名を覚えているか」
「はい」
 青狼会の戦闘部隊の一つ、十二人衆。その一員であった。
 ある意味では、牧 令の能力を目覚めさせてしまった男である。
「その仲間が動き出したようだ。
 サキ達と貴様が六人倒しているから、今回も六人いると想定するべきだろうな」
 令は息を詰めて暗闇の話に集中している。
「矢島 雪乃の復帰時期の目処は今のところ立っていない。
 貴様に行ってもらう」
「はい」
「繰り返す。貴様の任務は『麻宮サキのサポート』だ」
 わずか三ヶ月の訓練中、彼は、京子の危険を知って何度か命令違反を犯している。
 京子の身を守ることは、それが麻宮サキの任務遂行を助ける範囲においてのみ正当化される。令の行動は、ともすればそれを逸脱する傾向があった。彼がこの戦いに関与し始めた経緯を考えれば、むしろ、京子を優先し、サキを二の次にしかねない危険がある。
 訓練中は、この点を徹底的に叩き込んだはずなのだが、暗闇はじめ、首脳部には一抹の不安がある。
「もし、これに背くようなことがあれば、直ちに貴様を排除する。肝に銘じておけ。いいな」
「はい」
 牧 令は公式には死んだことになっている。曲がりなりにも生きていられるのは、機関が偽の身分を作り上げ、様々な書類を捏造した工作のお陰である。そこから「排除」されたらどういうことになるものか。
「貴様は戸籍を持たない男だ。『牧 令』の名前は捨ててもらう。
 コードネームは『零』だ」
「『零』…」
「ゼロからのスタートだ。どこまで積み上げていけるものか見せてもらおう。
 行け、『零』」

 雪乃が入院している病院。
「あれ、雪乃ちゃん、今日はお見舞いの品が寂しいねぇ」
「お京さんは、ここに何しにいらしているのですか?」
 京子の場合、見舞いに名を借りて、高級なお菓子などを食べにきているのではないか、と思われる。
「勿論、お前さんの見舞いに決まってるじゃないか。
 それはともかくだなぁ」
「お京も、えぇ加減にしいや。うちらはいつも何も持たずに来とるんじゃ」
「いえ、雪乃は来てくださるだけでうれしゅうございます」
「だろ。あたいだって、見舞いの品がダブったら迷惑だろうなぁ、と思うから、いやいや手ぶらで来てるんだよ」
「もう」
「はいはい。庶民はいじきたなくて悪ぅございます」
「しょうがありませんわね。フルーツのバスケットならございますわ」
 雪乃は、背後から果物カゴを出してきた。
「パイナップルで我慢するか。
 でも、こんなでかいの切れるナイフなんてあるのかよ」
「あ、そうですわね。看護婦さんに頼んでみましょう」
「あたいが言ってくるよ」
 京子が病室を出る。
「サキさん、お耳に入れておきたいことが」
 雪乃は、京子が先日の戦いでこぼした、ビー玉を使うようになった経緯をサキに伝えた。
「そうか。うちがおらん間にそがいなことが」
「ぼんやりとしたお話でしたので、私も細かいところまで理解したわけではないのですが、宮本がケガをしましたので、何ごとか争いがあったのは確か。
 その時に、何かその方にまつわる辛いことがあったのではないかと思うのです」
 サキには思い当たる節がある。
 土佐から帰ってきたときに出会ったあの少年。てっきり京子を追い越しただけだと思っていたが、実は、一緒に歩いていたのではなかったか。サキを見つけたときのおどけた様子は、その辛いことを隠すため、あるいはふりきるためのものではなかったのだろうか。
「わかった。
 そのことはうちらよりも、付き合いの長い明美さんたちの方が詳しいかもしれん。それとなく聞いてみる」
「はい」

 昼休み。
 京子は一人屋上で空を見上げていた。
(武士にいちゃん…)
 武士は、自分がやったことの片をつけなければならない、と言った。それが具体的にどういうことなのか図りかねている。
(警察…まさか。だったらあたいのところにもマッポが来るはず)
 青狼会に戻ったとも思われない。
 最後に見た、あの静かな瞳を信じるしかないのだった。
(なんでみんないなくなっちまうんだ)
 京子が信じ、また京子を信じた少年は、京子のそばまで来たかと思うとすぐに姿を消す。令しかり、武士しかり。
「どうしたんだろねぇ、お京」
 遠くから見ている明美達。
 サキはこの機会に気になっていることを聞いてみることにした。
「ビー玉を使うようになったきっかけ?」
「なんか、子供の頃に近所にビー玉の上手いのがいたから、とか言ってなかったっけ」
「えーとね、誰だっけな」
「たかし…じゃない、武!」
「あぁ、そうそう。武士だ」
「なんかね、ビー玉で人をケガさせちゃって、それでどっかに引っ越したとか」
「初恋の人だったんじゃないか、っていう気もするよなぁ」
「子供の頃だろ」
 明美達も詳しいいきさつについては知らないようだった。
「ねぇねぇ、お京ってさ、ひょっとして年上好み?」
「あー、ありそうだねぇ」
「ツッパリは甘えたい寂しさの裏返しってやつかい」
「そういや牧さんも年上ですよねぇ」
「おまんら、その名前」
「大丈夫、お京の前では言ってないよ。それくらいの気は使ってるんだ」
 彼女達も、牧 令が田舎に帰ってしまったことは知っている。
 娘達はもう一度、京子を見やった。
「ちょっといじめすぎたかなぁ」
 京子は、サキとつきあうようになってから、梁山のことは手を抜きがちであった。雪乃が入院してからは二人分働かなければならないと思うから一層である。
 明美達はいきなり梁山を押し付けられてしまった形になる。しかも京子は、普段はサキにべったり (彼女たちにはそう見える) のくせに、頭数がいるときだけは自分たちを狩り出すから、かなり不満を抱いている。そんなわけで、最近は京子に割と冷たく当たっていたのだが、あの物憂げな様子を見て、いささか罪悪感がこみ上げてきていた。
「しょうがねぇ、元気付けてやるか」
「明日の土曜日あたり、どっか遊びに行きましょうよ。お京さんつれて」
「よし、決まり。
 お京、お京!」
 明美が走っていく。
「サキさんもどう?」
「すまん、うちは用事があるき」
 本当は用事などない。
 久しぶりに京子を明美たちに返してやろうと思ったのであった。

 土曜の夜。
 京子は上機嫌で帰るところであった。
 明美達が急に遊びに行こうなどと言い出したので、何が起こったのかと思っていたのだが、どうやら自分を心配しているかららしい、ということがわかったのだ。
 サキや雪乃も大事だが、こいつらもあたいの仲間なんだよな、と改めて確認した。実家に帰ったような気分というのがあるとすれば、こんな感じなんだろう、と思った。
 お京が、できるかぎり梁山のこともやる、と約束すれば、明美たちも、自分に任せろ、と言う。改まって「ありがとう」と言ってお互いに照れ笑いする、久しぶりに平和な一日を過ごした。
 が。
 男が二人立ちはだかった。後ろにも一人。
「てめぇら」

 零は既に一人を完全に捕捉していた。
 その男は今、音も立てずに夜の街を走っている。行き先は、どうやらサキのガレージハウスらしい。
 MTB で先回りする。
 男が小路に差し掛かると、突然に足が飛んできた。腹にまともに入る。
 うめいたところで胸倉を掴んで小路に引きずりこむ。
「どこへ行く」
「き、貴様。
 牧 令だな」
 零は返事をせず、男を壁に叩きつけた。
「睦月達の仇!」
 男は、強い力で零の腕を振り解くと殴りかかってきた。水無月と違って重量級のようだ。腕力で劣る零の苦手とするタイプである。
 やはり 2・3 発喰らった後、零は飛び下がった。横に置いた MTB からインフレータ (空気を入れるポンプ) を取る。
 見かけは普通のインフレータだが、つくりが違う。警棒並みの強さがある。
 これを伸ばして振り下ろす。男は腕で防ごうとしたが、妙な手ごたえがあった。男がうめく。ひびでも入ったらしい。
 それを見極めると零は攻勢に転じた。相手を打ち倒し、背後に回ってねじ伏せる。
「き、貴様。いつの間に、ここまで」
「お前達の目的を言え」
 男は抵抗した。
 零は、痛めつけたばかりの腕を容赦なく踏みつけた。
「言え」

 小路から飛び出す零。MTB の前に車が止まった。
「わかったか」
 西脇だった。
「やはり六人でした。三人づつでサキとお京を襲うつもりです」
「連中はロープを操るんだったな」
「はい。前のように手でも拘束されれば面倒なことに」
「わかった。お前は中村 京子を」
「え。しかし」
 暗闇が言った、「あくまでもサキのサポート」という言葉がひっかかっている。
「お前が一人始末したのなら、サキを狙うのは二人。二人ならサキでも充分だ。
 それより、三人を相手にする中村 京子のほうが危ない。
 杓子定規になるな。柔軟にものを考えろ」
「わかりました」

「女一人を三人で闇討ちとは卑怯な真似してくれるじゃねぇか」
 京子はいつの間にか空き地に誘導されていた。
「お前をただの女だとは思っていない」
「そうかい。『ビー玉のお京』も有名になったもんだ」
 ビー玉を構え直す京子。
「今日のあたいは機嫌がいい。たっぷり相手してやるぜ」
 男達がロープを取り出した。
「お前ら、あの時の」
 途中で助太刀があったとはいえ、三人で五人を倒している。一人になったところに三人でかかる作戦なのだと知った。
「復讐戦ってわけか。
 上等だ」
 ビー玉が飛ぶ。
 難なくかわす。
 京子も三方から飛んでくるロープをよけつづけるが、向こうは三人。懐に飛び込んで手刀を入れたりもしたが、結局、左腕をとられてしまった。右手をあけたのは、またいたぶるつもりだからだろう。
「前と同じかよ。こっちも飽きるぜ」
 顔や手を狙ってビー玉を放つ。それは確かに命中するのだが、一人がロープを取り落としたところで、他の二人が攻撃を加えて時間を稼ぐ。決め手にならない。
 腹に何か当たった。
 短いが太いロープだった。30cm くらいか。両端が結んであり、亜鈴のようになっている。妙に堪える所を見ると、結び目に重りでも入っているらしかった。わずかにそれてひっかっかっただけのロープが、そこを基点に回り込んで別のところを撃つ。
(まずい)
 なんとかして流れを変えなくてはならない。
 だが、打つ手がない。
(左が使えりゃ)
 一度に二人に打ち込むこともできる。
(あのときは令が)
 前に睦月達と戦ったときは、零が飛び込んできてロープを切ったのだった。おかげで助かったのだが。
(肝心のときにいやがらねぇ)
 どこかで風を切る音がした。敵がロープを振り回しているのかもしれない。いよいよなぶりにかかるつもりか。
 違う。横で京子の左手をとらえている男、前で京子にロープを打ち込もうとしていた男の目が泳いでいた。他に誰かいる。
 音は京子の前方からだった。その瞬間、音がやむ。
「ぐわっ」
 正面の男がのけぞって倒れた。
 連中の、重りがついた太いロープを、長いロープの先に結びつけてある。勢いをつけて打ち込まれたら効く筈だ。
「誰だ!」
 今日は月もない。やはりロープを振り回している男が前方にいるのだが、顔が見えない。京子は、仲間割れか?と思った。
「霜月の身柄は拘束した」
「なんだと」
 聞き覚えのある声。
 まさか。
「麻宮サキのところに行けるのは長月と葉月の二人だけだ。相手にならないだろうな」
「貴様、いつの間に」
 またロープが飛んだ。これは、京子の自由を奪っていた男を直撃した。ロープではない。自転車のチェーン ロックだ。
「令?」
 かけつけたサキも立ち止まった。
「牧…」
 零はさっき倒した男に飛び掛った。決定打ではなかったのか再び構えようとしていたのである。
「お京!」
 京子は、予想外の出来事に呆然としていた。あるいは望んでいたのかもしれないのだが。零の声で我に返る。
 左手を強く引き、同じように動きの止まっていた男をひきつけると蹴りを入れた。背中に手刀を打ち込む。
 さっきまで京子の後方にいた男が、背後から零に襲い掛かろうとしていた。
「後ろ!」
 零は正面の男から重り入りのロープを奪い取ると、振り向きざま、それを後ろの男に叩き込んだ。
 残った一人は、顔面に満身の力を込めたビー玉を食らって倒れた。
「令…」
 沈黙。
 零は、どんな顔をすればいいのかわからなかった。色んな思いが渦巻いていた。おどけた顔でごまかすか、シリアスにかわすか、色々と考えてはいたのが、京子の顔を見たらそれは全て頭から消え去った。
「ケガはないか」
 こう言うのがやっとだった。
「お前、いつ帰ってきたんだよ」
 零は答えずに、お京の左手を取り、絡み付いていたロープを解いた。
「しばらくあざが残るな」
「令、てめぇ。
 心配してたんだぞ!」
 やはり気持ちが混乱したままの京子が叫んだ。
 零の顔が一瞬強張ったが、すぐに微笑みでかき消された。
「ありがとう」
「あり…ありがとうじゃねぇよ。
 令、お前」
 靴の音。
「牧…元気じゃったんか」
「ご無沙汰」
 サキも複雑な思いで零を見た。
「よう帰ってきたの」
「お京に会いたくてね」
「お、お前なぁ」
 またしてもつかの間の笑顔。つかのまの安らぎ。
「そうじゃろ、そうじゃろ。
 じゃ、うちは帰るき。牧、お京をちゃんと送りとどけや」
「勿論」
「いらねぇよ。
 おい、サキ、あたいも帰る」
 サキに助けられた。やはり、以前と同じように、無理に馴れ馴れしく振る舞うのがいいだろう、と切り替える。
「お京、俺が送ってくってば。
 折角の再会なんだからさぁ」
 雪乃の目はもうすぐ完治するだろう。
 三人がそろった時、それがやっと戦いのスタートラインなのだということを知っているのは、零だけである。

Ver.1.2: 2002/8/25
Ver.1.1: 2001/8/19
Ver.1.0: 2001/5/20

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