スケバン刑事外伝 -“0”-

犯人を追い詰めろ! 曽谷橋の冒険 (前編)



「そがいなんは警察の仕事じゃ。いくら『スケバン刑事』とは言うても、うちのやることと違う。
 うちは今、青狼会のことで忙しいんじゃ」
 ある夜。サキのガレージ ハウスへ、西脇が任務を伝えにきていた。
 都下のとある庭園の池に掛かっている、曽谷橋という橋の上で死体が発見された。頭部を拳銃で撃ち抜かれていたが、あたりに拳銃は見当たらず、他殺と思われた。
「死んでいた川島という高校生だが、青狼会とコンタクトを取っていた節がある」
「そん男も青狼会のメンバーじゃったということか」
「可能性はある」
「わかったちゃ。そういうことなら」
「まだ警察がウロウロしているかもしれん。昔の知り合いだったとか言って、適当にごまかせ」
 そう言うと西脇は帰ろうとした。
「あ、西脇さん」
「なんだ」
「牧が帰ってきた」
 西脇は背を向けたままドアノブに手を掛けた。
「そうか」
「このまま付き合いを続けてええんじゃろうか」
「本人が好きでやってることだ。いいも悪いもあるまい」
「じゃが、危険すぎるちゃ」
「それはお前であっても同じだろう。味方してくれるというものはありがたくうければいい。
 俺は、任務が全うされれば、その中身は問わん」
「そんな無責任な」
 それには応えず、西脇は出て行った。
 西脇は、零をあまり高く評価していない。確かに、一瞬のひらめきのようなものを見せることはある。頼りなさそうでいて、落ち着いた一面を持っていることも認める。だが、だからと言って全面肯定できるというものでもなかった。
 矢島 雪乃の入院が長引いている今、それを補うためにわずか三ヶ月足らずの訓練で零を投入したが、零のレベルでどこまで取り戻せるものか、西脇は大いに不安であった。
 だが、既にエージェントとして活動し始めた以上、零がサキ達をフォローできるような環境を整える必要がある。それも西脇の任務の内であった。
「苦労が多いな、俺も」
 車のドアを閉めながら、西脇は独りごちた。

 翌日、サキと京子が現場にやってきた。
 事件が発生してから数日経っている。当初はメディアも取材にきていたが、すっかり静かになった。他にもセンセーショナルな事件がいくらでもある。現金なものである。
 橋は、差し渡し 3m、幅にして 1m 程度のものだ。
「もう何もねーだろ」
「そうじゃな」
 恐らく知り合いが置いたのであろう花束があるだけだ。血痕も消えていて、手がかりが残っているとも思えない。
「全く、青狼会なんかに関わるからこんなことになるんだよ」
 一応は手を合わせてみた京子が立ち上がりながら言った。
「失礼なことを言うな」
 ビクっと肩をすくめる京子。
「なんだ、お前かよ」
 零だった。
「この高校生、例の青狼会絡みなの?」
「だとよ」
「そうか。じゃぁ、お京の言ったとおりかもしれないな」
 サキは西脇が言ったことを頭の中で反芻していた。零を味方と考えるべきかどうか。
「なんかヘマでもして、ここに呼び出されて、始末された。そんなとこじゃねーのか」
 零を味方にするということは、零にとって彼女達が味方になる、ということでもある。やはり、前に考えていた通り、一緒に戦ったほうがお互いのためにいいのかもしれない。
「何やってんだよ、令」
 見ると、零がコンクリート製の橋の手すりに見入っている。
 やがて、そこから身を乗り出して池の底を覗き込んでいたが、諦めて振り向いた。
「警察は池の底はさらったのかな」
「この辺はさらったそうじゃ。それがどがいかしたか」
「川島はどういう風に倒れてたか知ってる?」
 その程度のことは新聞にも載っているし、零は当然、機関を経由して情報を得ている。彼女達のためにわざとこれを口にしたのだ。だが、橋の手すりに零が見つけたものは、今まで誰も気づかなかったものである。
「ちょうどこのあたり」
 サキが立ったのは、花束の置かれているところで、橋の中心部を挟んで、零と反対側。橋の伸びる方向を時計の 12 時と 6 時とするなら、零は 4 時、サキは 10 時の辺りに立っていた。
「うつぶせじゃったそうじゃ」
「弾丸は?」
「右側から」
「おい、何か見つけたのかよ」
 右側ということは、今、零のいる方向である。
「ここに傷が二つある」
「傷?」
 二人が駆け寄った。
 細長いものを引っ張ったような跡が手すりをまたぎ、内側には、何か鋭いもので打ち付けたような傷がある。
「確かに、新しい傷じゃな」
「これがなんだっていうんだよ、令」
 零は、さっきまでサキが立っていた場所に移動した。彼女達には背を向ける。
 右手で拳銃の形を作り、こめかみに当てた。
 怪訝そうな二人。
「ここで川島が引き金を引く」
「自殺だってのかよ」
 零は口でバーンと言い、右手を上に跳ね上げた。
「それじゃったら拳銃が残っちょる筈じゃ」
「銃に重りを結び付けてあったらどうだろう」
「重り…?」
「この線は紐がすった跡ってことか!」
 零が戻ってきてうなずく。
「予め紐を使って拳銃に重しを結び付けておいて、その重しを橋の向こうにたらしておく。死ねば力が抜ける。銃は重りに引っ張られて水の底だ」
「なるほど」
「銃が見つからなかったのは、紐が切れるかなんかして、遠くに飛んでったからじゃないか。コンクリートについてる傷を見れば、結構な力でぶつかってるようだし」
 サキがうなずく。
「お前、すげぇなぁ。伊達に大学行ってねぇよな」
 零はお京にニヤッと笑った。
「初歩的なことだよ、お京」

 その話はサキから西脇に伝えられた。西脇から警察筋にリークされ、再度、水中を探したところ、確かに、橋から離れた場所で拳銃が見つかった。線条痕も一致した。警察では、自殺という線で捜査体制を見直すことになった。
 そこで、改めて川島の自宅を捜査したところ、日記から「山際の奴!」という書き込みが見つかった。
 新宿駅前の雑踏。たまたま隣り合った他人を装って、西脇と零が情報を交換している。
「山際というのは、海王高校の生徒会長で、青狼会と何度か衝突している」
 警察は、山際との軋轢が原因で自殺したのではないか、という疑いを持っているが、機関はその陰に青狼会を見ている。
「川島は青狼会の下っ端、山際は有力者。何かの任務で追い込まれたのかもしれんな。
 拳銃は、青狼会から持ち出しでもしたのか」
「一つ気になっているのですが」
「なんだ」
「手口が幼稚じゃないかと」
「幼稚?」
「このトリックは、シャーロック・ホームズに出てくるだけじゃなく、日本の作家もかなり利用している有名なトリックです。ひねりもなにもない」
「で?」
「自殺に見せかけた他殺というのはどうでしょう」
「山際はどこに絡む」
「山際を失脚させるのが目的だとすれば」
「…。
 誰かが気づくのを見越してのトリックか。川島は…使い捨てというところだろうな。
 わかった。後でサキにも言っておくが、お前達は川島と接触した青狼会のメンバーをさぐれ。山際は、今、マークされているから近づきにくいだろう。こっちでやる」
「わかりました」

 サキと京子は、川島の家を訪れた。中学のときに同じ学校だった、ということにした。サキの方は、自分のクラスに土佐弁の転校生があれば流石に家で話題になる可能性もある、ということで、隣のクラスに転校してきて、戸惑っているところを親切にしてもらったので、という筋書きも作っておいたが、別段、問われることもなかった。母親もまだ混乱しているところなのであろう。他殺の疑いが自殺に変わってしまったのでは無理もない。
 線香をあげて、手を合わせる。
「川島君が自殺するような人だとは…」
 京子が言うと母親は涙を浮かべた。
「勿論です。
 あの子は真面目な、とってもいい子でした。自殺なんて!」
「山際っちゅう名前に心当たりは…?」
「いいえ。
 あの子は海王高校には友達はおりません。警察の方にも聞かれましたが、どこで知り合ったのか、見当もつきません」
 彼の弔いのためにも真相が知りたい、と言うと母親は川島の部屋に案内した。六畳の、普通の勉強部屋だ。
 机の前に「展示会打ち合わせ、16 日 5 時」というメモが貼ってあった。聞けば、彼は生徒会に所属していたのだそうだ。学校内の行事のスケジュールらしい。
 肝心の日記は警察が押収した。流石に、青狼会が関与している証拠が見つかるという期待もしていないが、二人は室内を観察した。うかつに触るわけにもいかないので、慎重に行動する。
 机の横に本棚がある。
「本棚も警察の人が調べたんじゃろうね」
「少しはご覧になってたようですが、全部を調べたということでは…」
 サキは、百科事典がのっている棚の一部に、他とは違ってほこりのない部分があるのに気づいていた。最近、取り出したらしい。
「あの子は、あまりこの事典は使ってないようなことを言っていたのに。何かあるのかしら」
 母親がその一冊を取り出してパラパラとめくると、メモが落ちてきた。あっ、と言って母親が拾い上げる。二人がそれを覗き込んだ。

海王 山際 一彦 03-***-****

「誰なんです、この山際と言う人は」
 母親の声は、悲鳴に近かかった。

 二人は、興奮している母親を落ち着かせて家を辞した。
「海王高校の山際 一彦か。一体、何者なんじゃ」
 サキは、覚えておいた電話番号を生徒手帳にメモし終わると言った。
「字が違ってなかったか?」
「字?」
「机の前に『展示会』ってメモがあっただろ。あの『示』と、事典に挟んであったメモの『際』が違う。
『展示会』の方は『ハ』に開いてたけど、『際』の方は下にまっすぐ伸びてた」
 京子は空中で字を書いてみせた。
「人から貰ったメモってことは」
「チラっと見ただけだから断言できないけど、あのメモは川島の筆跡を真似てたと思うぜ。『示』にだけ癖が出たんじゃないか」
 サキが京子を制した。横を、川島と同じ学校の生徒がすれ違う。
 少年は川島家に入っていった。母親の応対を見ると顔見知りのようだ。
「あん男から何か聞けるかもしれんの」
 二人は角を曲がり、しばらくそこで待つことにした。
「さっきの話じゃ」
「問題は、そんなことをして何になるか、だよな」
「山際を犯人にしたかったんじゃないのかな」
 急に声がした。二人がビクっと振り向いた。
「お前、もうちょっと真っ当な現れ方はできねぇのかよ」
 また零である。
「真っ当って、こっちに曲がって来たからてっきり気が付いてると思ったのに。俺を見落とすなんて、お京も冷たいよなぁ」
「うるせぇな」
「大体、自転車のブレーキに気がつかないなんて、無防備すぎるんじゃない?」
「うるせ…」
 京子は一瞬、黙った。
「今、何て言った?」
「自転車のブレーキ…?」
「その前」
「山際を犯人にしたかったんじゃないか、って」
「そうか。
 裏で糸を引いてる奴がいるんだよ、サキ」
「なるほど。海王高校は、青狼会と何度か衝突してると聞いた。それを引っ張っちょるのが、生徒会長の山際」
「奴らにとっては邪魔者ってわけだ」
「生徒会長ともなると、容疑者にならないとしても、名前が出たってだけで、結構なダメージだろうな。うまく扇動すればリコールくらいできるかもしれない」
 川島家からさっきの少年が出てきた。
「行くぞね、お京」
 サキは生徒手帳のメモを破いて零に渡した。「牧、この電話番号がどこのもんか調べとうせ」
「了解」

「ちょっとええかの」
 少年は身構えた。
「お前達、さっきも」
「川島の事を聞きたいんじゃけど」
 わずかに後ずさる。
「青狼会か…?!」
 少年は振り返ると走り出した。
「待ちや!」

Ver.1.1: 2001/8/19
Ver.1.0: 2001/5/27

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