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1988 年 6〜7 月
「ごめん、サキ。あたいは行けない」
「行けないって、お京」
京子のアパート。
大学の研修旅行で、志織は東北に向かうことになった。そこで、令の墓参りを思いつき、京子を誘ったのであった。
「だめだよ、サキ」
「なんでじゃ」
京子は、壁を見つめたまま、答えなかった。
「お京、話しとおせ。なんで、牧のお墓に参れんのじゃ」
「あたいは、まだ、あいつに会える人間になってない」
「どういうことじゃ」
京子はうつむいた。
「お京」
「あたいの命は、あいつにあずかった命だ。きちんと使わなきゃいけないと思ってる。そうやって考えて、今の道を選んだんだ」
「それはわかっちょる。ちゃんと大学に入って、記者になる勉強をしちょるじゃないがか」
「結果が出てないんだよ、サキ」
志織は絶句した。結果とは。
「あいつに、『あたいはこれだけのことをやったぜ』って言えるものができてからでないと会えないよ」
「お京、それではいつになるか」
「わかんねぇよ。だから焦ってるんだよ!」
京子が叫んだ。
「どいつもこいつも、合コンだなんだって、勉強してるヤツなんかいやしない。そいつらに振り回されて、あたいのやってることが何の役に立つのかわかんねぇよ。
あたいの選んだ道が間違ってるのかもしれないとまで思うよ。
令が教えてくれたこと、あたいは一つも守れてないんだ。今のままじゃ、あいつに会いになんか行けないよ!」
京子は焦っているのであった。
令が死んで一年半。
あの戦いで経験したことを自分なりに受けとめ、メディアの世界で戦うことを選んだ京子にとって、ぬるま湯の大学生活は、むしろ苦痛であるのかもしれなかった。その中で、なんの成果も出せないでいる自分が許せないのであろう。
同じように法曹の世界を選んだサキにも、その気持ちは痛いほどによく分かる。
「すまんちゃ、お京」
「ごめん、やつあたりしちまった」
「えぇちゃ。
うちは助けてくれた礼を言いたいき、一人で行くけどえぇか。おまんが元気で頑張っちょることも、伝えてくるぞね」
「あいつに謝っといてくれよ、お前が命を張って守った女はこんなに情けない女ですって」
「お京…」
思ったよりも大きな寺であった。墓も多数並んでおり、どれが牧のものなのかわからない。志織は寺の入り口で声をかけた。
「ごめんください」
答えがなかった。寺ではなく、隣にある家の方に居るのかもしれなかった。
「すみません」
もう一度大きな声を出す。今度は反応があった。奥の方から男が小走りにやってきた。
「あぁ、不調法したね。ちょっと奥さ いだもんでね」
50 絡みの男である。見事な秋田弁であった。
「ちょっと聞きたいんじゃけど」
「あぁ、私は寺のものじゃなくて、ちょっと留守番を頼まれてるだけなんだが、それでわかることだったら」
志織の土佐弁に気づいたからか、男の言葉はちょっと標準語のような発音になった。
「実は、お墓の場所が知りたいんじゃけど」
「お墓の場所?」
「うちの知り合いがここに眠っちょると聞いてきたんじゃけど、お墓の場所がわからんのです」
「あぁ、なるほどね…。しかし、私にわかるかなぁ。何人かはわかるんだが、さすがに全員の名前までは住職か奥さんにでも聞かないとねぇ」
「牧さんちゅうんじゃけど」
男が驚いた。
「私も牧だが、誰の墓だね」
男の顔は、ややいぶかしげになった。
「牧 令ちゅう人なんじゃけど」
「令…」
男の声が沈んだ。
「あの…」
「あぁ、すまん。令のお友達なんだな。まぁ、上がりなさい。お茶でもいれよう」
志織は家の方に案内された。
男は、よく留守番でも頼まれるのか、勝手知ったる他人の家、という風であった。
「どうぞ」
「ありがとう…」
志織にはまだ事情が飲み込めていない。
「あの、失礼じゃけんど…」
「私は、令の叔父にあたる者だ。牧 光一と言う」
「叔父さん、じゃったんですか」
「令の墓参りに来てくれる人がいるとは思わなかった。あんたは、東京の人でもなさそうだが、どういうお知り合いかね」
「うちは、土佐のもんで。東京に来て 3 年になるけど、なかなか言葉が抜けんのです」
「そうでしたか。いや、あいつにこんなきれいなお友達がおったとは。両親が聞いたら喜んだかもしれんなぁ」
男は小さく笑い、また顔を伏せた。
「令のことについちゃ私も責任を感じててね。罪滅ぼしがわりに、こうして寺のことを手伝ってみたりしている」
「責任…?」
「…お嬢さん、ご存じないのか?」
子細は知っている。あれは志織達の目の前で起こったことだ。だが、それは口にできなかった。
「うちは、あんまり詳しいことは…」
「そうか…」
男は、顛末を話しはじめた。
令の両親が交通事故で死んだこと。
それを聞いて駆けつけた令が、火事で死んだこと。
「火事? ちょっと待っとうせ」
光一は、自分の思いに沈み込んだからか、あるいは志織の言葉がわからなかったからか、話を続けた。
「葬式やら後のゴタゴタは片づいた日のごどであった。
私は、一人にするのは心配だったんだけども、令がゆっくり気持ちを整理したい、って言うがら、家に残したんだ。あの時、どうでも私の家に引っ張っていけばいがったんでねがって、今でも うなされるごとがある。
あいつも、どっかで気が動転してたんだろな。それで火の始末を間違ったんだ。
田舎の人間は口さがないから、自殺だなんて言う奴もいだけどな。令はそんたごどをする子じゃない」
志織は口を挟まなかった。挟めなかった、と言ったほうがいい。
そんな筈はなかった。
令は、志織達と一緒に、青狼会や鎌倉の老人と戦ったのだ。そして最後の最後に、志織たちを守るために散ったのである。あれが、一昨年の秋。それは間違いない。
光一の話を信じれば、令はそれよりも更に前、今から 2 年以上も前に自宅の火事で死んだことになる。話が全く噛み合わない。そのころと言えば、牧が京子にほれ込み、志織たちと知り合ってまもなくの筈だ。
しかし、この初老の男が嘘を言っているとはとうてい思えないのであった。
「大した爆発であったらしい。ガスだけでねくて、灯油のタンクやら、車にも引火してあったそうだ。お嬢さんには辛い話がもしれねども」
光一は言葉を切って志織を見た。
「焼け方がひどくて、身元の確認もできねがった。他の人であるわげもねんだどもな…」
混乱している志織を、どう読み違えたのか、男が立ち上がった。
「すまんな。あんたにも辛い話だっただろ。でも、あいつが自殺だなんて思って欲しくなくてな。墓に行こうか」
ごく普通の墓であった。光一が頻繁に掃除しているらしく、他の墓に比べてきれいではあった。
線香を上げ、手を合わせる。
「あいつは、東京ではどんな様子だったかね」
「真面目で、本当に、心から信じられる人でした」
初めて男が笑った。
「そうか。そんな風に言われたら、あいつも照れてるだろうね。真面目というより、不器用な奴だったが」
それは志織にも心当たりがあった。
「こんなきれいなお嬢さんと友達になっていたとはなぁ」
志織はまた考えに沈んだ。まだ、どういうことかわからない。
光一は、それを見てまた勘違いしたようで、「ゆっくり話してやってくれ」と言って寺に戻った。
「どういうことぞね」
志織は墓をにらんだ。この墓の下で眠っているのは誰なのだ。
光一の言う通り、京子とのやり取りを見ていると、とても器用とは言えない男だったが、やはり光一の言う通り、自殺という後ろ向きの言葉とも無縁の男であった。いくら両親の交通事故というショックがあったとは言え、そんなことをするとはとうてい思えなかった。
そもそも、時期が合わない。
(あの一月…)
志織は記憶をたどった。牧は、年が明けるか明けないかのころ、京子の家の近くの古本屋でアルバイトを始めたはずだった。京子が照れ隠しに嫌がっていたのを覚えている。
それからすぐに、牧はいなくなった。両親の事故で帰省したのだ、と京子がその古本屋で聞いてきた。ここまでは合っている。
牧が、何ごともなかったように再び現れたのは春であった。三月頃。
ここからが食い違う。光一の話を信じれば、牧は既に死んでいる。
(まさか別人…そんな…別人ちゅうたら)
それから牧は頻繁に彼女たちの戦いに参加するようになった。場合によっては、京子や志織自らが引っ張り出すことすらあった。
なぜか。
牧の戦い方がそれまでと違っていたからである。
それ以前は、素人のケンカに過ぎなかった。それを頭でカバーしている、という感じであった。
が、春になってからは、いっぱしの戦い方になっていた。ときおり牧が立てる戦術も志織や雪乃が舌を巻くようなものであることがあった。
彼女たちは、それを、別人のようだ、と形容したのであったが。
「わかったちゃ」
一つだけ、これを全て説明できる仮説があった。
三ヶ月の空白と突然の復活、戦い方の急激な進歩、見事な作戦立案。
間違いない。志織は確信を持った。
「おまん、暗闇機関のエージェントじゃったんやね」
驚きというよりは、謎が解けたことによる安堵で、志織は小さくほほえんだ。
そして、しゃがむ。
最後の戦いの直前。牧が身を挺して数十人もの敵を倒し、志織たちを決戦の場に送り届けたあの時、牧が死を覚悟していることを志織は感じとった。なぜ、自分がそれをとめなかったのか、やっとわかったのである。
「あの後、雪乃さんもお京も、西脇さんも無事じゃった。けんど、おまんだけが帰ってこんかった。うちが殺したのかもしれん、と悩んだこともあったけんど、おまんにとっては、任務じゃったんやね」
彼女はその時、牧の決心は絶対に動かないだろうということを悟ったのだった。もともと、一度、決めたことを安易に覆すようなタイプではなかったが、それが更に、機関のエージェントとしての使命感に裏打ちされていたのだとすれば、あの場で翻意を促しても無駄であったろう。
「まだ、夢に見ることはあるがよ。お京が殺されたり、雪乃さんが殺されたり…。悪いのは青狼会や信楽老じゃったとは言うても、うちのために戦いに巻き込まれた人は大勢おる。おまんが、お京に近づいたから巻き込まれたのか、この戦いに参加するためにお京に近づいたのか…。
けんど、叔父さんも言うちょった。おまんは器用な質じゃない。おまんがどれだけお京のことを思っちょったか、うちにはわかる。
もし、うちがお京に頼ったりせんかったら、おまんも平和な生活をおくれたのかもしれん。
うちが永遠に背負っていかんならんものなんじゃね、きっと」
一時、目を伏せる。
「お京が…お京が苦しんじょる。
おまんにあずかった命を無駄遣いしちょる、言うちょった。気持ちはわかるけんど、あれではお京が参ってしまう。おまん、なんか言ってやっちょくれんか」
その時。
唐突に、ある考えが浮かんだ。志織は我知らず立ち上がった。
「まさか」
出てきた声がかすれている。
「そがいな」
恐ろしい考えだった。しかし、それは十分にありうることだった。
「おまん、生きちょるんじゃないがか」
体に震えが走る。止まらない。
「叔父さんが言うちょった火事も、うちらが見たあの爆発も同じ。おまんが死んだことを確認したものは一人もおらん。
暗闇機関は調査したのかもしれんけんど、もし」
西脇はあの戦いが終結した後で梁山高校を去った。その後のやむを得ない戦いで、はからずも再会はしたが、今では全く連絡が取れなくなっている。それは彼らが、戦いの世界から娘たちを遠ざけようと考えているからである。万が一のために、と教えられていた連絡先は、むしろ志織を戦いに巻き込むものだ、ということがわかったのか、不通になっていた。
そして牧の死も、彼女たちとの接触を絶つための偽装だとしたら。
「牧。
いくらうちらのためじゃちゅうても、そがいなこと…。
お京は、うちらはどがいしたらえぇんじゃ、牧。
答えとうせや。
答えんかい、牧!」
足に力が入らない。こらえきれず、志織はひざをついた。
(来るんじゃなかった。
おまんが生きてるかもしれんなんて、気づきたくなかった!)
声を上げそうになるのを抑えるのが精いっぱいだった。
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作詞:相楽 晴子
作曲:羽場 仁志
歌:相楽 晴子
「風のインベンション」より
Ver.1.1: 2002/8/25
Ver.1.0: 2001/12/16
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