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1987 年 4 月中旬
「唯は立ち直ったようだな」
「ご心配をおかけしました」
「帯庵殿の千日行も中断させてしまった。申し訳ないことだ」
礼亜の死によってスケバン刑事としての自信を失った唯を立ち直らせたのは、やはり帯庵であった。
鷲尾山で、千日に渡って人との接触を絶ち祈りつづけるという荒行に入っていた帯庵の後姿を見て、唯も感じるところがあったのだろう。力強く復帰を果たした。
更にもう一つのプランが、ここ暗闇機関で進行している。暗闇は椅子にもたれかかった。
「零はどうしていた」
「鷲尾山の周辺で帯庵殿の身辺を守っておりました。自分なりの修行も重ねていたようです」
「術の一つもマスターしたか」
「短い期間の割には頑張ったようです。
鬼組の手のものをやって試しましたが、あれなら自分の身は守れましょう。娘達にとっても何がしかの役にはたつかと」
暗闇指令の口元が意地悪く緩んだ。
「般若ほどの男が言うのなら、信用してもよさそうだな」
「奴め、それが風魔の者だと直ちに見破りました」
「ほう」
「いささかの手加減を加えたと吐かしましたので一喝しましたが。
意外な掘り出し物やもしれませぬな、暗闇指令」
「だといいがな。
礼亜の穴は早急に埋めねばならん。ただちに星流学園にもぐりこませた方がいいだろう」
「はい」
星流学園の昼休み。
なにやら五郎達が騒いでいる。
「なんでやめちまったんだよー」
ヒデもわめいている。
「なんだよ、あいつら。うるせぇなぁ」
風間 由真が眉をしかめた。由真は三年生。この星流学園を仕切る総番である。
「なんでも、図書館の先生が変わっちまったとかで」
その No.2 である熊が受けた。
「なんだって、また。一ヶ月も経ってねぇじゃねぇか。バタバタしすぎじゃねぇか」
その前の司書、礼亜の件については彼女達も仔細を承知している。が、五郎達の憧れであった司書については、彼女達とは無関係の筈であった。
「いや、病気なんだそうですがね」
「それがね、聞いてくださいよ、由真姉御」
ヒデがしがみついてきた。
「なんだよ、鬱陶しい!」
「男なんすよ」
「何が」
「よりによって男なんですよー」
ヒデと五郎、抱き合って嘆いている。
「つまり、美人司書に代わってやってきたのが男だったと。それで騒いでるわけね、あの二人」
これは風間 結花。由真の姉だが、故あって留年し、同じく三年生。実は星流学園の裏番である。
「子供じゃのぉ」
風間 唯。由真と結花の妹だが、彼女こそが、三代目スケバン刑事・麻宮サキなのである。
「お前に子供って言われちゃ、あの二人もおしまいだよなぁ」
「何か言うたと、由真姉ちゃん」
「やめてよね。あちこちで騒ぐのは」
由真と唯は、決して仲が悪いわけではないのだが、よくこういう小競り合いをする。あんたたち二人とも子供よ、と結花は思っている。
「そういや、姉御達によく似た苗字らしいですよ。
確か、風見とか」
「風見?」
結花が振り向いた。
放課後。
三姉妹は図書館にやってきた。
「本当に風魔の人間なのかよ。姉貴の考えすぎじゃないの?」
小声で言う。
「礼亜さんの後にやってきた司書が『風見』なのよ」
「でも、こないだの女は関係なかったんだしさ」
「だから見に来たのよ。急に代わったって言うのも怪しいもんだわ」
「あれか」
前方のカウンターに男が座った。
「まぁ、真面目そうな、普通の人じゃね」
彼女達は本棚の陰。しっ、と妹達を制して結花は目を閉じた。
図書館特有の抑え目の喧騒の中、「止観」で相手の気配を確かめる。
「どう?」
「わからない。特に殺気や気迫みたいなのは感じられないわ」
結花は手近の本を取り上げて、カウンターに向かった。
「これ、お願いします」
「あ、はいはい」
男は、拍子抜けするほどの軽い声で答えた。
が、どうやら戸惑っている。引出しを開けたりして何かを探している。
「あの…カードのここに日付のゴム印を」
「あ、そうそう。
来たばっかりなもんで、まだ把握してないんですよ」
「新任の先生なんですか」
「はい。風見 洋と言います。よろしく」
男は丁寧に頭を下げた。
「はい。お待たせしました」
「どうも」
本を受け取って、図書館を出る結花。首をひねっている。由真と唯もついてきた。
「違うね。ありゃ」
「やっぱり偶然なんじゃろか」
忍びらしい気配は一切感じられなかった。だが、一流の忍びなら気配を消すことはできる。結花にはひっかかるものがあった。
「貸し出しの手順も覚えられないような間抜けな奴だぜ」
それだった。あの、間の抜けた様子にはいささかの不自然さがある。演技なのではないか、という気がする。
「考え過ぎだって。
依田に聞きゃ手っ取り早いんじゃないの?」
早速、廊下で依田をつかまえた。
「あぁ、彼ですか。
なんでも、去年の春に大学を出たはいいが、就職口がなかったとかで一年間浪人してたそうです。今回も半年の臨時採用です。
昔の知り合いに頼まれましたので、私が保証人になったのですが。
司書の就職戦線というのも、なかなか厳しいものの様ですねぇ。お二人も三年生、覚悟なさったほうがいいかもしれません」
星流学園の教師、依田。実は、風魔鬼組を率いる「般若」と呼ばれる人物である。ただし、頭の代行、という立場だ。本来のリーダーであり、娘達の父親でもある風間 小太郎は、去年の秋、「陰」に命を奪われた。
「般若が保証人に?」
「あ、その知り合いというのは、風魔とは全く関係ありませんので」
「じゃ、偶然なの?」
「名前のことですか。偶然です。『風』の字がつく苗字が全て風魔の血筋というわけではありません」
「ほら見ろ」
「でも、なんか不自然なのよ」
「結花さんは心配性ですねぇ」
依田は、大げさに眉をひそめると、次にはにっこりと笑った。彼は、学校ではこのようなテンションの高い人間を演じている。般若の時とは正反対だ。
「彼も色々苦労してるようですし。学校に溶け込むために多少の演技はするでしょう。
何分、期限付きの臨時採用ですから、なんらかの実績をあげるとかしなければ、そこで終わりですし。
まぁ、仲良くしてあげてください」
「そんなもんかしら」
「ここも私立の学校ですし。生徒の人気は有効なバロメーターということです。
では、よしなに」
依田は立ち去った。
「結花姉ちゃんの考えすぎじゃ」
「あんなパッとしねぇの気にすることないって」
「ああいう真面目なタイプは、わちゃ、応援したくなるのぉ」
「勝手にしな。姉貴、おなかすいた。早く帰ろうぜ」
唯が、応援したくなる、と考えたのは、一人であるということにいささかの同情を覚えたからである。仔細は別に譲るが、彼女は昨年の秋に宮崎から東京にやってきた。二人の姉とはそのときが初対面である。由真とケンカはしても、まだいくらかの遠慮がある。
が、由真はそこには気づかない。
結花も、まだ納得できずにあれこれ考えていたので、気が回らなかった。
翌日。
図書館に唯が一人でやってきた。
風見は、カウンターでノートを読んでいた。時々、手を動かして、ゴム印に手をやったりしているところを見ると、貸し出し手順の復習かと思われた。
彼は、よし、と言ってノートを閉じ、横に積んであった返却済みの本を眺めて、分類しはじめた。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
「わちは、風間 唯ちゅうもんじゃけど。2 年 B 組の」
「あ、どうも。新人の風見 洋です」
「わちも、去年の秋に転校してきたばっかりじゃ。新人みたいなもんじゃ」
「去年の秋ですか。
よろしく、風間先輩」
「あ、そうじゃな。わちのほうが先輩じゃ。
わからんことがあったら何でも聞いちくり」
風見は、本の整理を再開した。
「風間先輩は、図書館はよく利用するんですか?」
「割としょっちゅうじゃね」
図書館の奥に秘密の部屋があり、そこが般若と姉妹たちの作戦室のようになっている。以前は礼亜が管理していたが、今はどうなっているのだろう。
「実を言うたら、本は苦手なんじゃけど」
「あれ」
風見はずっこけて見せた。
「どうも眠くなっていかん」
「じゃ、どうしてここに?」
「まぁ、色々あるんじゃ」
「待ち合わせですか。そういう人も多いんですけどね」
「そうじゃね。姉ちゃん達と待ち合わせしたりすることはある」
「お姉さんですか。みなさん、九州から?」
「いや、わちだけじゃ」
「え?」
風見は手を止めた。
「ま、色々あるんじゃよ」
「そうですか。風間先輩も色々苦労なさってるんですねぇ」
「いや、別に苦労っちゅうのとは…」
風見は、いかにも心配そうに唯を見た。確かに反応がちょっとずれている、と唯は思った。
「本は苦手となると…あ、こんなのはどうです。乙女ざかりの先輩としては」
風見は、本の山からツルゲーネフの『はつ恋』を取り出した。
「これは…」
風花 涼という少年がいた。彼も風魔の人間であり、結花や由真の幼馴染であった。唯が彼に淡い恋心を抱くに至ったのは、その本がきっかけだった。目を落とす唯。
風見、いや「零」は、唯が結花や由真とは別に育てられたことは知っている。敢えて聞いたのは、唯の言葉遣いに気づかないとすれば、その方が却って不自然だからである。風花 涼が倒された一件も聞かされている。
が、『はつ恋』にまつわるエピソードは、唯と涼の間だけのことであり、風見が知るはずもない。これは全くの偶然だった。
知らないなりに、まずいところに触れてしまったらしい、と察した風見は、何も気づかないふりをして本をひっこめた。
「まぁ翻訳ものは苦手と言う人もいますからねぇ。時代ものなんかどうですか。『徳川家康』『真田太平記』。
この学校の図書館は時代ものが多いですね。なんか由来でもあるんでしょうか。たまに忍術の本なんかもあったりして」
「昔の先生の趣味じゃろうかね」
唯は風花のことを振り切った。
「これを棚に戻すんじゃろ? 手伝おうか」
「いえいえ。これは私の仕事ですから。か弱い先輩に力仕事を押し付けるようなことはいたしません」
「大丈夫じゃ。これで力はあるんじゃよ」
「いいえ。これは女の子がやる仕事じゃありません」
風見は 20 冊ほどを抱え上げた。
「得意なんじゃよ、わち。前に、罰として整理させられたことがあるかい」
「罰?」
風見が振り向いた。
唯も、あ、と手で口を覆った。
「なんでんなかよ」
はは、と笑う二人。
零にしては上々のスタートであった。尤も、唯の性格に助けられた部分は多い。
「なんであたしまで早起きしなきゃいけないんだよ」
「たまにはいいじゃない。いつもいつも寝坊なんだから」
「唯が資料当番だっつったって、クラスも学年も違うんだぜ」
どうやら、唯が早く登校する用事があり、それにかこつけて起こされたらしい。早いと言っても 10 分かそこらなのだが。いかにもやる気のない足取りで学校の塀を過ぎる。
「由真姉ちゃんは、ほんっなこつネボスケじゃからねぇ」
「うるせぇな。そもそも、お前のせいじゃねーかよ」
由真が唯の頭をコツンとやった。
「いったー。なんすっとか!」
舌を出しながら校門に向けて走り出す由真。それを追いかけようとする唯。
「うわ」
自転車の急ブレーキ。
「急に飛び出さないでくださいよ、風間先輩」
由真が戻ってきた。慌てて振り向いたのは、唯に何かあったのではないかと思ったからだったが。
「なんだよ、てめぇ」
「早かねぇ、風見先生」
繰り返すが、決して「早い」と言える時間ではない。
「あ、紹介します。
わちの姉ちゃんたちじゃ。
こっちが由真姉ちゃんで、こっちが結花姉ちゃん」
風見が MTB を降りて挨拶をする。
結花は軽く頭を下げたが、由真は風見を睨みつけている。
「『風間先輩』ってな何だ」
「いや、俺はここに来たばっかりだから」
「そうかい。だったら、あたしのところに挨拶しに来るのが筋じゃないのかい」
「筋?」
うろたえる風見。
「星流学園は、この『リリアンの由真』が仕切ってる。あたしに面を通さねぇでやっていけると思ったら大間違いだ」
結花は涼しい顔をして見ている。
唯は二人の顔を見比べている。
「ちょっと由真姉ちゃん」
「妹に近づきゃ話が通るとでも思ったのかい。なめた真似すると承知しないよ」
「由真姉御、やりますか」
いつの間にやってきたのか、五郎とヒデが風見の両脇に立つ。この二人も別に風見に恨みはないが、男の司書というだけで、なんとなく面白くないわけである。
「連れていきな」
「来いよ」
「おい、何の真似だよ」
「いいから来いっての。チャリなんかどうでもいいんだよ」
二人は風見を引きずっていこうとする。ヒデが、ハンドルを持っていた風見の腕を払った。支えを失った MTB が倒れる。
そのとき、風見の目つきが変わった。
「止まるんじゃね…」
五郎が息を飲む。
「俺のバイクに何をする」
由真も目を見張った。結花も唯も。あの、手際の悪い司書とは別人のようである。
「お、おい…」
風見はヒデの胸倉を掴んだ。助けに入ろうとした五郎も同じ目にあった。風見の両腕に捕まっている。
「放せよ」
「放せってんだよ」
強く掴まれているので段々息が詰まってくる。蹴ろうとすると、足で払われた。
「お、おい。教師が生徒に手あげていいのかよ」
「勝負あったわね」
ちょっと離れたところから成り行きを見ていた結花が言った。
「まだ決着はついてねぇよ」
由真が抗議する。
「『教師が生徒に』なんて言った時点で二人の負けよ」
「そんなこたねぇよ」
「あんたも、八つ当たりすんのはやめなさい。
星流は、新任の先生に挨拶に来させるなんてことはしてないじゃない」
「あの先公、ひょっとして中々やるんじゃないすか」
と言ったのは熊。
「さぁさぁさぁ、皆さん、朝の運動は終わりましたか?」
大きな声がした。依田だった。
「いやいや、風見先生もエネルギーが余ってるようですねぇ」
大きく息を吐き、風見は手を離した。
五郎とヒデが座り込んだ。喉元を押さえている。
「お二方は、ちょっと職員室まで来ていただきますよ」
依田が覗き込んだ。
「さ、みなさんも教室に急いでください」
由真は舌打ちしてきびすを返した。
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Ver.1.1: 2002/8/25
Ver.1.0: 2001/8/26
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