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1987 年 5 月上旬
朝。
風間家の朝食を結花が用意している。
が、目に力がない。眠れなかったのであろうか。
今も、サラダのために切ったトマトを味噌汁の鍋の中に入れたところである。
結花を悩ませているのは、今朝方の夢であった。
毎日を陰との戦いにすごしている彼女たちにとって、その場面を夢に見るのは珍しいことではない。自分や姉妹が倒されてしまう深刻なものもあれば、陰といっしょに登校している妙な夢もある。
今朝のは、前者であった。
結花は、風見に刀で切りつけられたのだった。
今ひとつ頼りない、という一方で、好人物ではある。由真はどうやらその頼りなさが気に食わないらしいが、結花と唯は割と気に入っている。
その風見が、感情のない眼で迫ってくる。肩に刃が食い込む瞬間に目がさめた。汗をかいていた。後味の悪い夢である。
「結花姉ちゃん、今日のお味噌汁は何…?」
「え、あっ! やっちゃった」
慌てて取り出すが、果肉は流れ出した後であった。
「あ〜」
「ひょっとしたらおいしいかも…って、ダメかな、やっぱり」
後ろでバタンバタンと音がした。由真がスリッパを鳴らしながら階段を下りてくるところであった。
「今日は珍しいことが続くのぉ、由真姉ちゃんが起こされる前に起きてくるなんて」
由真は唯をギロっと睨んだ。
「言っとくけど、あたしは今、ものすごく機嫌悪いからな」
「なぁに、朝から」
「風見の野郎がさ」
結花が振り向いた。
「風見先生がどうかした?」
「なんでもねぇよ。
あー、気持ち悪いからシャワー浴びる」
「ちょっと、由真。今からじゃ遅刻するわよ」
「先に行ってていいよ」
姉の顔に戻ったものの、風見の名を聞いたときの表情は厳しかった。
由真は結局、丸一日、学校をサボった。その日の夕食。
「夢? そんげなことで学校サボると?」
「うるせぇな。本当にイヤな気分だったんだよ、あの時は」
「どんな夢?」
結花が聞いた。今朝の、厳しい表情と同じだ。
「そんなに恐い顔するなよ」
「いいから、教えて」
由真は箸を置いた。どうやら本当に思い出したくないらしい。
「風見にさ…」
「風見先生に?」
「屍毒をかけられた」
結花と唯が息を飲んだ。
屍毒というのは、動物の死骸などを腐敗させて作る毒である。これが体内に入ると、次第に体力が衰え、早い時期に解毒しなければ、体が腐り始め、苦しみながら死んでいく。
「そんげなこつ、風見先生がするわけないじゃなかね!」
「夢なんだからしょうがねぇだろ」
「いくら嫌いじゃから言うて」
「うるせぇな」
抗議している唯も黙った。由真の表情がいつもと違う。
「あたしだって、あいつがそんなことするなんて思ってねぇよ。
でも、あのときのあいつは恐かった。目に表情がなくて…」
結花は黙っていた。自分のと同じだ。話しておくべきだ、と考えた。
「あたしも見たわ、夢」
「姉貴も?」
「あたしは、刀で切りつけられた」
「結花姉ちゃんも風見先生に?」
頷く結花。
唯は音を立てて立ち上がった。
「ひどか。結花姉ちゃんまでそんげなこつ。風見先生が可愛そうじゃ!」
唯は自分の部屋に駆け込んでいった。
「唯」
すっかり悪者にされてしまった由真。
「なんだよ、あいつ。風見、風見って」
「なんか、連帯感があるみたいよ」
「連帯感〜?」
「ひとりぼっち同士」
「唯はひとりぼっちじゃねぇよ」
「でも、やっぱり遠慮してるわよ、時々」
「あたしには全っ然、遠慮してないぜ」
実は心当たりがないではないが、行きがかり上、そう言ってしまう由真。
「そうかしらね」
「知らねぇよ」
結花はちょっと笑った。
「どうするの、ご飯」
「食べるよ」
「後で見回りしなきゃね」
「見回り? なんの」
「陰が何か仕掛けてきてないかどうか」
「なんで陰が出てくるんだよ」
「二人一緒に、風見先生に襲われる夢を見たのよ。偶然じゃないかもしれないじゃない」
ふてくされている唯をなだめて、家の周りを調べたが、特に怪しいものは見当たらなかった。
翌朝。
「あぁっ!」
結花が、唯が寝ている隣の部屋でその声がしたのを聞きとめた。飛び起きる。
「唯、入るわよ」
部屋に入ると唯が起きていた。額に汗をかいている。
「どうしたの、唯?」
「なんだよ、朝っぱらから」
由真も起きてきた。
「どうしたんだよ、唯。そんなおっかない顔して。
わかった、お前も風見に襲われる夢見たんだろ」
由真が唯をからかう。
唯は、おびえた顔のまま頷いた。
「恐かった…」
流石の由真もからかうのをやめた。
「ほぉぉ、襲われましたか」
一応、その直後にも家の周囲は調べたが、やはり何も見つからなかった。二日連続で、三人が三人とも風見に襲われる夢を見たということに不信を覚えた結花は、登校するときに依田を見かけるとすぐにその話を持ちかけた。
「なかなか物騒な人ですねぇ、あなたがたの風見先生も」
「笑い事じゃなか」
「考えてみりゃ、自転車で轢かれるってのは、今イチ迫力ねぇよなぁ」
「そいでも恐かったんじゃ。
風見先生の自転車は何が隠してあるかわからんかい」
「ひょっとしたら、その辺りが原因かもしれませんね」
「その辺り、って。何が」
ほんの一ヶ月前に司書としてやってきた風見は、何を勘違いしたのか、彼女たちを可愛そうな身の上のか弱い三姉妹だと思い込んでいる。なにかと親切にしてくれるのはいいのだが、どこで聞きつけてくるのか彼女たちと陰との戦いに飛び込んでくることがある。
間の抜けたイメージとは裏腹に、そこそこやる。由真は、きっと昔はワルい奴だったのに違いないと踏んでいるが、強いか、と問われれば、ちょっと待って、と言わざるを得ない。
ケンカが強いというよりは、武器の使い方が上手い、という感じか。その武器も、愛用の MTB についているチェーン ロックだったり空気入れだったりする。それはつまり、たまたま MTB に乗っていなかったりすると、途端に頼りなくなるということでもある。
しかし、機を見るに敏である、とは言えた。敵が陣形を変えようとすると、うまく先回りしたりする。
その結果、三姉妹の彼に対する評価は今ひとつ固まっていない。般若は否定したが、苗字に「風」という字もあるし、ひょっとしたら風魔の人間なのではないか、という疑いを再び持ち始めたところである。
「わからない、ということは、意外に不安なものです。味方かもしれない、敵かもしれない、そういう迷いが、あなた方に恐い夢を見させるのでしょう」
「なるほどねぇ」
「唯君の場合は、昨日、二人に夢の話を聞いたことが印象に残り、逆にそういう夢を見る引き金になってしまった、ということが考えられます」
「あいつほんっとに忍者じゃねーんだろうな」
「彼が忍者に見えますか?」
「だよなぁ」
結局はそこに戻ってくるのであった。
キッと音を立てて自転車が止まった。
唯がビクっとして、隣にいた由真の陰に隠れた。
「おはようご…何か?」
風見であった。全員に睨まれる。
「なんでんなか」
そう言いながら、唯は前には出てこなかった。
「間が悪いんだよ、馬鹿野郎」
由真は本当に怒っている。
図書館。授業中なので誰もいない。般若と風見だけである。
「それは…なんと言うか、困りましたね」
「予想外の副産物だな」
般若はもてあそんでいた本をカウンターに戻した。
「お前はちょっと人に印象を残しすぎるようだ」
「印象を残しすぎる?」
「好きにしろ嫌いにしろ、相手の記憶に残る。どうでもいい、という評価にならない。
一個人としては好ましいことと言えることもあるだろうが、エージェントとしては邪魔な資質かもしれないな。私が口を出す筋合いのことではないのかもしれないが」
「確かに…」
「どうやら娘たちにはかなり気に入られているようだ。敵なのか味方なのかわからないまでも、戦いになればなんとなく頼りにしてしまう。このポジションは我々が狙った通りのものだが、さて、どうしたものか」
「唯のおびえ方はちょっと意外ですが」
「結花が言っていた。唯は、お前にある種の連帯感を持っている」
「連帯感?」
「唯は、この戦いのために一人で東京にやってきた。やさしい姉も、口ゲンカのできる姉もいる。仲間もできたが、やはり、どこかで距離を置いているふしがあるらしい。
そこに、期限付き臨時採用の司書がやってきた。彼もまた、この星流学園には知り合いがなく、将来に不安を抱えている」
「なるほど…。
その俺に襲われたとなると」
「あのおびえ方もわからないではない。
結花や由真も同様だ。これが精神の深いところに沈殿したり、お前に対する不信感となったりしてはまずい。早めに取り除いておく必要があるな」
「しかし、俺の正体をばらすわけには」
般若は振り向いた。わずかに顔がほころんでいる。
「暗闇指令から、お前は女性心理には疎い、という申し送りを受けている。
私も偉そうなことを言えた立場ではないが、そううろたえるな」
言葉に詰まる風見。
「別に娘達を籠絡しろと言っているのではない。早い話が信頼の問題だ。積み重ねていくことで解消できるだろう。早めに、とは言ったが、急いでも逆効果だ。着実にやるしかあるまいな」
翌朝、風見は歩いて登校した。
正確には、走って、である。時間の読みを誤ったらしく、遅刻寸前で飛び込んできた。
校門に飛び込んだのは、チャイムと同時。そして、由真と同時でもあった。
はぁはぁと荒い息をする二人。
「危ない、とこだった」
「先公が、遅刻して、どうするんだよ」
「シャレに、なんない」
「風見、チャリは」
「修理中」
放課後。
図書館。
「風見先生」
結花だった。
「自転車、修理中だそうですね」
「情報早いね。由真ちゃんかな」
風見は本の整理中であった。
彼は、いつのまにか「ちゃん」づけで呼ぶようになっている。
「壊したりすることあるんですか。大事にしてるみたいなのに」
「俺は結構、乱暴な乗り方するからねぇ」
「依田先生から何か言われました?」
「いや、別に」
風見は、整理に忙しいのか顔を向けなかった。
「依田の野郎、ペラペラしゃべりやがって」
「なんか悪いことしちゃったな。ただの夢なのに」
「じゃ、わちのせいで」
夕飯を食べながら、依田の悪口である。
どうやら、風見が自転車をやめたのは、唯の怯えたのを見たかららしい、と娘たちは察したのだ。依田が、彼女たちの夢のことを話したのに違いない。
「どんげしよう」
「お前が大げさに恐がるからだよ」
唯が自転車に驚いたのはあのとき一度だけなのだが、風見には堪えたのだろう。
「どんげしよう、結花姉ちゃん」
「困ったわよねぇ。風見先生が悪いわけじゃないのに」
「全く。なんであたしたちがこんなことで気使わなきゃいけないんだよ。
風見も風見だよ。学校に自転車で来る奴が一体どれだけいると思ってるんだ。あいつだけがやめたって何にもならないよ。ほんっとにドン臭い奴だな」
「唯、今でも恐いの?」
「ううん、あの時だけじゃ」
「だったら、はっきり言ってもいいかもね。ここであたしたちが悩んだってしょうがないわ」
翌日、唯が図書館に向かう途中。
「風間 唯君、どちらへ?」
「依田先生。
いらんこと風見先生にしゃべったじゃろ」
唯がかけより、食って掛かった。
「いや、彼も気にしていたようですから」
「気にしちょったと?」
「えぇ、なぜあんなに恐がられたのかと」
「わちの…」
「まぁ、夢ごとき気になさる必要はないと思うんですけどね、お互いに」
「じゃけんど」
「それより、指令です」
依田が般若に変わった。
校舎横手の非常階段。非常階段とは言いながら、色々と溜まり場にしているグループは多い。したがって、人がいないわけではないが、出入りそのものは激しくない。秘密の話をするには却って好都合といえる。
司書が代わったばかりで、今は図書館は使いにくい。その内になんとかするつもりではいるのだが、と般若が言った。
「陰が何かを探している」
「何かって何だよ」
「わからない。少人数で回っているところを見ると、小さなものか。あるいは場所の確認だけなのか」
「また仏像じゃろか」
「何人なの?」
「五人と聞いている」
「楽なもんだ。とっとと片付けてやる」
「油断するな。
猪籠組と呼ばれる連中がついている」
「ちょろうぐみ? それって何ね」
「猪籠草というのは、ウツボカズラのことだ」
「食虫植物の?」
「そうだ。色々な手段で相手を拘束し、それから相手をしとめることを得意とする連中だ。
敵を傷つけずに生け捕りにするときなどに活躍することも多いが、自分の体で拘束して動きを封じておき、他のものが仲間ごと敵を倒す、という戦術もとる。いよいよとなれば、自爆して道連れにすることもある。まぁ、それはどちらかと言えば烈火衆の手口だが」
「自爆…?」
人の命を何とも思わない、いかにも陰らしいやりかただ。三姉妹は改めて怒りを覚えた。
「あるいは、何かを探しているふりをしてお前達をおびき出そうとしているのかもしれん。むしろ罠である可能性のほうが高い」
「わかったわ」
「捕まってはおしまいだ。逃げ回ってチャンスをうかがえ。よいな」
娘たちは力強く頷くと戦場に向かった。
「風見」
「はい」
彼女たちの影が消えると、般若の背後から風見が現れた。
「娘たちを守れ。絶対に動きを封じられてはならん」
「はい」
「急いで鬼組のものを忍ばせておくが、できうる限り、お前一人だけの加勢で片付けろ。
娘たちの信頼を取り戻すよいチャンスだ」
「わかりました」
放置された造成地。昔は作業員の休憩所であったと思われるプレハブ小屋も建っている。
「やつら、こんなとこで何を探してるっていうんだ」
「造成地だとすれば、何かが埋められていたとしてもとっくに掘り出されているはず。
あたしたちを誘い出す罠ね」
「いい度胸だ」
「出てこんかい!」
周囲を警戒しながら、ゆっくりと進む。
音がした。地面から縄が飛んでくる。
散開する三姉妹。
別の場所から飛び出した縄を由真が掴む。
「出てこいって言ってんだよ」
力ずくで引きずり出す。
結花は、折鶴の羽で縄を断った。
唯のヨーヨーが、縄の飛び出した場所にうちこまれた。
地中から忍び装束が飛び出してくる。三人。
「おまえらが猪籠組か!」
「あと二人いるからね。油断しないで!」
結花が指示を飛ばす。
できるだけ一ヶ所にとどまらず、動き回る。正面の敵だけでなく、離れた場所にいる敵にも積極的に仕掛けた。猪籠組も狙いを定めることができず翻弄されている。
(ここまではいい。問題は、疲れたときだ)
風見は、造成地の端、作業用か何かの窪みに身を隠していた。
いくらあの三姉妹でも、永遠に走り回っていられるわけではない。スピードが落ちたときにどうなるか。今のうちに、一人でも倒しておくべきなのだが。
娘たちの成長を促す必要があるため、風見には、簡単に手助けをするな、という方針が伝えられている。しかし、捕まってしまってからでは遅いかもしれない。風見は、早めに参戦するべきだろうか、と考え始めた。
「誰じゃ!」
唯は、プレハブ小屋の背後に人影を見つけた。残る二人に違いない、と踏んで、そちらに走る。
「まずい!」
風見は飛び出した。
唯は背中を気にしながら、プレハブ小屋に向かう。
「唯!」
足元に礫が飛んだ。バランスを崩して小屋の壁に手をつく。
振り向いた瞬間、何かが飛んできた。
分銅のついた鎖。唯の右腕をまきこんで壁を貫いた。もう一つ。あっという間に両腕が固定されてしまった。
「唯!」
二人の姉にも隙が生じた。
結花は前の男に両腕を押さえられた。手錠のような枷が填められる。革か。容易には取れない。
一人が飛ぶ。由真の背後へ背中合わせに飛び降りると、後ろ手に由真の腕を掴む。ただちに戒めが現れ、その男の両手と由真の両手が結び付けられてしまった。
三人とも、体の自由が奪われた。最悪の事態。
小屋の陰から、ゆっくりと二人現れた。
「勝負あったな、風間三姉妹」
「こうも簡単にひっかかるとはな」
二人は高笑いした。
自転車のチェーンの音がした。
「風見!」
由真の正面から風見がつっこんでくる。砂煙を上げて、由真の後ろに回り込んだ。
「由真、息を止めろ!」
言うが早いか、風見は MTB から飲料のボトルを取り出し、由真の体を拘束している男に、その中身をかけた。
不快な匂いがする。
「風見…?」
「死毒」
風見が冷たく笑った。
「てめぇ、あたしも殺す気かよ!」
「大義のためだ」
夢の通りだ! 風見に殺される。
「風見!」
怒気を含んだ由真の声。
男はうろたえた。風見の言ったことは嘘ではないらしい。
「風見、てめぇ、ぶっ殺してやる!」
怒りに燃える由真。腕が繋がれたまま、背後の男を背負い投げにした。
「痛っ!」
戒めがねじれ、由真の腕を締め上げた。
由真も膝を突いたが、男はうつぶせに倒れている。
風見はそれにとびついた。男の懐から苦内を取り出し、戒めを切り裂く。
「ハッタリだ」
「え?」
「水だよ」
風見はそれだけささやくと、MTB に飛び乗り結花を助けに向かった。
「アジな真似するじゃねぇか」
由真は、一瞬とはいえ騙された怒りを目の前の男にぶつけた。
「おめぇも間抜けだよな、ったく。水だってよ」
であれば、結花や唯の夢も同じようなことかもしれない。いささか気が楽になった由真は振り返った。屍毒と聞いて遠くから状況を見ていた二人に飛び掛る。
「由真姉ちゃん」
唯にはそのやりとりは届いていない。風見が何かの液体をかけたこと、由真が「殺す気か」と叫んだことしか知らない。由真は、夢で風見に屍毒をかけられたと言っていた。由真が駆け出したのは、最後の頑張りなのではないか、と思った。
「そんな。由真姉ちゃん!」
身をよじったが、両手はがっちり固定されている。全く動けない。
風見は、結花の前まで進むと、MTB を降り、インフレータ (空気を入れるポンプ) を手にした。対峙する。
「手出しをすれば、この娘がどうなるか」
男は結花の両腕を押さえたまま、結花を楯にした。
「風見先生、あたしのことはいいから、この男を」
自分の肩ごしに結花が叫んだ。
「そのつもりだ」
「なんだと?」
「大義のためだ。お前たちを倒すのが俺の勤め」
「貴様、この娘を見捨てる気か!」
「結花、許せ」
風見が飛んだ。そのままの勢いで、特別製のインフレータを振り下ろす。
「結花姉ちゃん!」
唯が叫ぶ。
結花が覚悟して目を閉じる。
土煙を上げて、風見が着地した。
だが、結花は無事。
着地の勢いで低く構えた風見の手には何もない。
風見がニヤリと笑った。
「上だ!」
誰かが叫んだ。
同時に、風見は猪籠組の後ろに回り込んで飛び上がり、落ちてくるインフレータをつかんで、そのまま肩に振り下ろした。鈍い音。
「そういうこと」
崩れた男の懐から苦内を取り出して、結花の戒めを解いた。
残るは唯。
唯は壁に両腕を貼りつけられている。
その時、やはり土中から更に二人現れた。
「五人だけじゃなかったのね」
結花が構える。
風見は MTB にとびついた。素早く前輪を外す。
新しく現れた二人に飛びかかる風見。そのタイヤを楯とし、あるいは振り回して敵をなぎ倒す。
「すごか…」
単なる力業だが、唯は、いくらか呆れつつもそう言わざるを得なかった。
猪籠組はもう一人残っている。その男は、爆薬に火をつけた。それを抱えたまま唯に走っていく。自爆で道連れにするつもりだ。
その男の方が近い。結花も由真も間に合わない。
「唯、しゃがめ!」
風見は、そう叫ぶと、自ら回転して勢いをつけ、タイヤを唯に向けて放った。
唯が首を引っ込める。そのすぐ上にタイヤが突き刺さり、壁は崩壊した。
両手が自由になる。
唯はヨーヨーを放ち、走ってくる男の手から爆薬を奪った。後方に放り投げる。爆発音。
二人を始末した結花と由真。リリアンが飛んで男の足を止め、折鶴でとどめを差す。
戦闘終了。
「助かったぜ、風見」
由真はちょっと機嫌がいい。風見のことを見直したようである。
「ちょっと恐かったけどね」
結花がからかうように風見を見た。
「ごめん。あれしか思いつかなかった」
「わちは、ほんなこつ恐かったとよ。頭の上にタイヤが飛んで来るとは思わんかったわ」
「ごめんなさい」
娘たちは、それぞれの夢が予想外の結末であったことにほっとしていた。やはり、般若の言うとおり、知らないことによる不安が見せた夢なのだろう、と納得した。
「あ、いけね。タイヤ」
風見が走っていく。
笑う娘たち。
今日のことで、風見が敵ではないことがわかった。もうあんな悪夢を見ることはないだろう。
風見が MTB にタイヤをとりつけている。由真がボトルを拾って持ってきた。
「ありがとう」
由真の眉間にしわが寄る。
「風見、この容器、匂わないか」
一瞬、風見の顔が強張った。「気のせい…じゃないかな」
「てめぇ、あの水、どこで」
「いや、川が近くにあったもんで」
「あれはドブじゃねぇか!」
由真が MTB を蹴飛ばし、風見はそれと一緒に倒れた。
「絶対に許さねぇからな!」
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Ver.1.1: 2002/8/25
Ver.1.0: 2001/9/9
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