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1987 年 5 月中旬
初夏。もう数週間もすれば梅雨の心配をしなくてはならなくなる頃である。
ある金曜日の朝。星流学園の通学路を、自転車に乗った少女が走り抜けていく。
星流学園の生徒ではないようだ。ツーリングに向いたような軽快な格好をしている。
サッパリしたショートカット。舌打ちをしているところを見ると、どうやら通学時間帯に当たったのを後悔している様である。幸い、生徒達の流れとは逆なのであっという間にすれ違うことができるだろう。
風間の三姉妹はいつもの通りじゃれながらの登校である。唯や由真はときおり鞄を振り回したりしている。
車道にまではみ出す。その鞄が、自転車の少女にあたりそうになった。
辛くもよける少女。急ブレーキ。
「気をつけろ、馬鹿野郎!」
「なんだと」
と由真。
生徒の注目が集まった。総番が久しぶりに怒った。
「そんな危ねぇもん振り回してんじゃねぇよ」
「お前、あたしが誰だか…あれ?」
どこかで見た顔だ。だが、思い出せない。
結花も記憶を探っている。
「あーっ、お京さん!」
二人を掻き分けて飛び出してくる唯。
「あーっ、三代目ー」
三代目? 改めて周囲が注目する。
しーっ、と口に指を当てる唯。
少女の名は中村 京子。二代目スケバン刑事の親友として一年間を戦い抜いた人物である。
「あの時は、唯がお世話になりました」と頭を下げる結花。
「そうか。唯の姉ちゃんたちだ」
京子の方でも忘れている。
三姉妹とは、この冬に起こった「地獄城」における戦いで面識がある。唯とは一緒に戦ったが、二人の姉とは、唯を迎えに来たときに会っただけだから、忘れていたとしても無理はない。
由真はバツが悪そうである。謝んなさい、と結花に言われて頭を下げる。
「お京さん、なんでここにおると?」
「いや、ちょっとツーリング」
「自転車で。すごかぁ。どこに行くと」
「ちょっと多摩のほうにでも行こうかと思ってる。行き当たりばったりだな」
「じゃぁ、じゃぁ」とはしゃぎはじめる唯。
「もしよろしければ、今夜はあたしたちの家にいらっしゃいませんか」
「お前さんたちの?」
「はい。由真の失礼のお詫びに」
「そうじゃそうじゃ。久しぶりじゃかい、たくさん話したかことがあるとよ」
「いいのかなぁ、そんなことして」
まんざらでもなさそうな京子。揃って頷く三人。
「じゃ、甘えようかな」
「やったぁ」
「昼はどっかで遊んでるよ。夕方に戻ってくりゃいいよね」
「この際だから、今日は学校休みってのはどうかな、姉貴」
「由真」
「言ってみただけだよ」
「四時に、ここに戻ってきてもらえますか。唯と一緒に家に来てください」
「わかった。
じゃあとで。
由真姉ちゃん、ちゃんと勉強しなよ」
と話がまとまった。走り去る京子。
「何を作ろうかな」と珍しく楽しそうな結花。
京子に鞄をぶつけそうになるわ、勉強しろと言われるわで複雑な由真。
久しぶりの再会に喜んでいる唯。
そして、三代目って何? と困惑している生徒達。
「登校が早いのが幸いでしたねぇ」
図書館。
風見 洋、いや牧 令は窓から娘達が話している様子を見ていた。表情が強張っている。
「般若」
「今日明日は大人しくしていなくてはなるまいな。言われなくてもわかっていると思うが」
頷く風見。
牧 令は死んだことになっている。京子の前に顔を出すわけにはいかなかった。
「幸い、ここ数日は陰も大人しくしているが。事件が起きないことを祈るんだな」
昼休み。屋上でたむろする娘達。
「姉御、あの女、誰ですか?」
と聞いてきたのは、通称、熊。由真を総番、結花を裏番とするグループの No.3 である。
「ちょっとね。唯が昔お世話になった人なの」
「はぁ」
「梁山高校の前の総番だったらしいわよ」
「前の梁山と言うと…え、まさか『ビー玉のお京』ですか」
「そう」
「唯ちゃん、『ビー玉のお京』と知り合いだったんですか?
去年、東京に来たばっかりなんですよね。いつの間に…」
「あるのよ、色々ね」
「はぁ。
それにしても、あの『ビー玉のお京』ですか。俺も話してみてぇなぁ。
滅法、強いらしいじゃないすか」
「唯もそう言ってたわ」
「あの目もいいっすねぇ」
「熊、ひょっとしてあぁいうタイプが好み?」
「い、いや俺は」
うろたえる熊。
「みんなも『ビー玉のお京』には興味あるかもね。時間があるかどうか聞いてみるわ」
「お願いします。
ところで、『三代目』って何ですか?」
「由真、唯。今日、何が食べたい?」
とその場所を離れる。熊の質問ははぐらかされてしまった。
「かんぱーい」
まだ高校生。酒が出るわけではない。結花が許すはずもない。
「結花姉ちゃん、すごいねぇ、この料理」
「姉貴はね、家事全般が大得意なんだよ」
「あたいはいつも外食だからねぇ。こういうのは涙が出るほどうれしいね。
たまに自分でやろうとするんだけどさ、口にしたときにやめときゃよかったって思うんだよ、いつも」
「じゃ、今日はたくさん食べちくり」
「太るかもな」
笑い転げる娘達。
「三代目、ちゃんとお勤め果たしてるか?」
「もう、完っ璧じゃ」
胸を張る唯。
「あたしたちのおかげだからな」
「頼りないのよねぇ、今イチ」
「やっぱり?」
ニヤニヤする三人。
「なんじゃ、お京さんまで。わちはちゃんと、立派に陰と戦っちょる」
「かげ?」
「唯」
結花が厳しく咎めた。この戦いの詳細は、不用意に漏らしてはならないと言い含められている。
「秘密なんだな」
「ごめんなさい」
謝る結花。
「気にすんなって。サキも、あ、二代目の方な、あいつもそうだったらしいしさ。
尤もなぁ、スケバン刑事の任務ってさ、人に話しても信用されないよなぁ」
「二代目は、今、何しちょると?」
「大学生」
「ほんなこつ?
いつ勉強しちょったと?」
唯と志織達が出会った地獄城戦は、今年の初めに起こったもの。つまり、受験シーズンの真っ最中である。受験しそこなった大学もあるが、志織は見事に合格を果たした。
「あいつなぁ、もともと頭いいんだよ、あたいと違って」
「何の勉強してるんですか?」
「聞いて驚くなよ。法学部だ」
驚かないわけにはいかない。特に結花が驚く。それがどういうことなのかを具体的に知っているのは結花だけだ。
「信じられない」
「あたいもだよ。弁護士になるんだってよ」
ため息をつく三人。
「すごか」
というのがやっと。
「雪乃は、あれで留学をキャンセルしたから、今はご自宅でお勉強中。秋にイギリスだってよ。向こうの学年は秋かららしいね」
「スケバンって、頭よくなきゃつとまんないのかな」
露骨に嫌な顔をする由真。
「心配いらないよ。
あたいは浪人中だ」
「え?」
「あたいはあいつらと違ってできが悪いからさ。秋に一件落着しました、次の春には大学生です、なんてわけにゃいかないんだよ」
「ちょっとほっとしたわい」
「でも、浪人中ってことは、大学を目指してるんですよね」
「あーっ。じゃ、あたしに『勉強しろ』なんて言える立場じゃない」
「休養は必要だ」
また笑い転げる娘達。
夜は更ける。
が、話は尽きない。
場所はキッチンから和室に移っている。
「そう言えば、熊がね。お京さんに会いたいって」
「熊がぁ?!」
「なんか好みのタイプらしいわよ」
「うわー。お京さん、どうする?」
「あのさ、熊ってひょっとして、あの、いかにも『熊』って感じの?」
揃って頷く三人。
「すいません、この話は聞かなかったことに」
笑う娘達。
「熊の奴、失恋かぁ」
「あいつは慣れてるから大丈夫だって」
まだ笑う。
「だいたい、お京さんは美人だから恋人いるよね」
京子は、目を落とした。
「難しいとこだな」
「おると? どんな人?」
「あれが恋人って言うのかどうかわかんないけど」
「ねぇねぇ、聞かせてよ。
『ビー玉のお京』が惚れた男」
京子は躊躇した。自分もまだ思い出すのが辛い話だ。令の死から、やっと半年を過ぎたばかり。今までは涙も出ないくらい辛いことだった。そこからやっと踏み出したのがこの春。
だが、三姉妹は、京子のためらいを照れと勘違いして、興味津々のまなざしで見つめている。
京子はその気になった。姉妹のためでなく、自分が愛した男のことを誰かに聞いて欲しかったのだ。
不器用な出会い。
強引な参戦。
激化する戦い。
決戦。
そして、あの爆発。
「ってわけだ。
はい、『ビー玉のお京』が惚れた男の話、おしまい」
無理に明るく言う。が、目が潤んでいる。
それは三姉妹も同じだった。由真はボロボロと涙を流している。
「じゃ、雪乃さんの別荘で言っちょった、『一人足りない』って」
うなずく京子。
地獄城戦のベースとした雪乃の別荘で、京子の口からこぼれた言葉を唯は覚えていた。
「久しぶりにサキや雪乃と会ったんで気が緩んじまったんだろうな」
「笑うなよ」
由真が叫んだ。
「無理に笑わないでくれ。
こんな話ないよ。
あんまりだ。お京さんが可愛そう過ぎる」
「由真姉ちゃんは泣き虫だな」
「だって!」
「可愛そうなんかじゃないよ、あたいは」
「嘘だ」
「ほんとだよ。
あたいは、あいつに会えてよかったと思ってる」
「そんな話じゃない」
「だって、あんないい男いないぜ。
どいつもこいつも軟弱で、口ばっかりだ。外面だけよくって、いざというときには何の役にもたたねぇ。
だけどあいつは違う。あたいを守るために戦った。ちゃんと約束を果たしたんだ。あいつが破った約束は、最後の、『デートしよう』って奴だけだ。
あいつは世界で一番の男だ。
あたいは、あいつに選ばれたのを誇りに思ってる。同情する必要なんかない」
「じゃ、このままずっと一人でいるのかよ」
「そのつもりだ」
京子は言い切った。驚く由真。
「それじゃ寂しいじゃないか」
「言ったろ、あいつが一番なんだ。
他の奴じゃダメだ」
由真が急に後ずさった。そして正座して手をつく。
「お京さん」
「な、なんだよ急に」
「今、決めた。
あたしをお京さんの妹分にしてくれ」
「ちょっと、どうしたんだよ」
「あたしは今、陰との戦いで忙しい。姉貴も唯も守らなきゃいけない。
でも、こんなんでよかったら、お京さんの役に立ちたいんだ」
頭を上げ、お京を見つめる。
「あたしはお京さんに惚れた。
女の鑑だ」
口を開けて、驚く京子。
「そ、そりゃ、気持ちはうれしいけどさ」
「お京さん、あたしも同じです。何か困ったら力になります」
「結花姉ちゃんまで、どうしたんだよ」
「そうじゃ、お京さん。この九州一の大スケバン・風間 唯とその姉ちゃんたち。頼りにしちくり」
京子は何も言えなかった。ただうれしかった。
「バカだなぁ、お前たちって。
でも、ありがとうよ。
ありがとう」
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Ver.1.1: 2002/8/25
Ver.1.0: 2001/9/16
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