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1987 年 11 月上旬
「由真、起きなさい。由真!」
「まだいいじゃんよー」
宮崎の達心寺。
唯が育った寺である。
娘達はやっと戦いから解放され、この緑豊かな山の中で休息を取っているのであった。
そんな朝。
結花は、やはり台所を中心に家事に追われていた。性格のなせる技なのかもしれない。古い寺だけに、東京にあった家とは違って広い。主である帯庵は他界、その後は放置されていたので荒れ放題。やることはいくらでもあった。
由真は由真でやはり今まで通り。するべきことは何もないという解放感が災いしてか、寝坊の癖に拍車が掛かっている。一旦、起きてしてしまえば、やれ田舎臭いのオンボロだのと愚痴をこぼしながらも一緒に作業をするのだが。これでも、彼女なりに姉妹だけのゆったりした毎日を楽しんでいるのである。
「何時だと思ってるのよ」
「唯の奴を起こしてからにしてくれよ」
「唯ならもう起きてるわよ」
「相変わらず朝の早ぇ奴だな。また走ってんのかよ」
「本堂よ」
本堂では、唯と依田が手を合わせていた。経を上げているのは唯。
唯は、帯庵や礼亜など、陰との戦いで命を失った人々のため、この達心寺に帰ってからは毎朝、こうしていたのである。
知らなかったのは由真だけであった。結花からそう聞かされて、終わり際になって後ろに座った。一応、神妙な顔をして手を合わせる。
「唯が経を読めるとは思わなかったな」
般若がことさら明るい声で言った。
「じっちゃんのお経を毎日、聞かされちょったから、ちゃんとした意味はわからんけど、なんとなく覚えてしもうた。
わちにできるのはこんなことしかない」
「唯、まだ気にしてるの。
あなたが悪いわけじゃないのよ」
微笑みながら唯がうなずいた。
「あの者たちも風魔の者。決して恨み言を言ったりはせぬ。私はそう信じている」
「風魔の人たちはそうかもしれん。じゃけんど、そうでない人もおった」
唯はふりむいた。ゆっくりと言う。
「般若、風見先生がどうしちょるか知らんね」
「そういや、あいつ途中から見なくなったぜ。あたしたちもいろいろあったから、今まで忘れてたけど」
般若は黙っていた。
「あん人は結局、たまたま名前に『風』がついちょったからわちらが勘違いしただけで、風魔の人ではなかったんじゃろ」
「おい般若、何か知ってるんだな」
「知っちょるんじゃね。教えちくり」
唯が、由真が、結花が見つめる。どれも刺すようなまなざしだった。
「彼はもういない」
「陰にやられたと?」
般若は目をそらした。
「そうなの? 般若」
答えない。
「そうなんじゃね」
唯はもう一度、本尊に向きなおった。流れてくる涙も拭かず、仏像を見つめている。
「やさしい人じゃったとに。
なんで、いい人ばっかりがいなくなるんじゃ。
風見先生…!」
「何度も助けてもらったよね」
結花が言った。由真も目が赤くなっていた。黙ってうなずく。
風見は、般若の指令で、鬼組再起の準備を整えるため巴組と協力するべく前線を離脱した。
予想以上の短期間で首尾よく任務を全うし、最後の戦いにおいては、雛人形と仏像を守るために、暗闇機関のエージェントを引き連れて戻ってきたのであった。
機関は今、鬼組の復活をバックアップするため手をつくしているが、その連絡係なり調整役として風見が顔を出すことはなかった。
瀕死の般若を雷組 (いかづちぐみ) に預けたのは風見だが、その後どうなったのか、般若自身も聞かされていない。戦いの世界に身をおく者同士、その方がいいのだった。
そして娘達にとっては、風見は死んだことにしておくべきであった。“0”というコードネームを与えられ、終生、戦いに生きることを定められた男、彼と会うということは、すなわち、再び戦いに巻き込まれることに他ならない。
「やさしくて、強くて、ちょっと間抜けで。わちに兄ちゃんがおるのなら、あんな人がえぇ、って。もう会えんでも、どこかで元気にしちょってくれたら、と思っちょったとに…」
「許してくれ」
知らず、般若の口から言葉が漏れた。
娘達はそれを、風見を守りきれなかった無念と受け止めた。
「般若、今、自分を責めちゃダメ、って言ったばかりよ」
「そうだよ」由真がわざと音を立てて進み、唯の隣に座る。「兄貴はいなくても、この由真姉ちゃんがついてる。泣くな」
「由真姉ちゃん」
「泣くなっつってるだろ、バカ」
結局、高校はきちんと出ておくべきだという判断により、娘達は、わずか十日の休息の後、東京に戻っている。
般若は再び鬼組を預かった。暗闇機関の支援を得ながら、鬼組の再建に取り組みはじめた。
だが、間もなく、暗闇機関自体の存立を揺るがす事件がおきる、スケバン刑事の任務に戻っていた唯をはじめ、三姉妹はまた辛い戦いに巻き込まれることになる。
般若は、この戦いで命を落とした。
それを知った時、零は、人目も憚らず泣いたという。
彼はこの三姉妹の最後の戦いに密かに関与し、解決後の事後処理では、暗闇指令の片腕として、事件の舞台となった司法省の「ガン」摘出に活躍する。
それまで「下っ端」と見なされていた零は、それゆえほとんどノーマークであったが、鬼組と水組復活の道筋をつけたことと併せて、裏の世界で名前が知れ、この後、命を狙われるようになる。
そして、娘達とは全く別の道を歩き始めることになるのである。
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