チェック
有里は、司法省のとある課長クラスの人間とコンタクトを持っていた。彼もまた、青少年治安局には密かに懸念を持っていたのである。警察内部にも同じ意見を持っているものがいる、と有里に吹き込まれるといとも簡単にこちら側についた。それは必ずしも嘘ではないのだが、天城と二人で、ほぼ並行して裏工作をしているところだったので、事実であるとも言えない。
いずれ、腹のうちはともかく、彼は実直さには定評があったので、急な用事でどうしても、という無理は通った。有里と結花の司法長官との面談は、五分間だけ許された。
「お忙しいところ、貴重な時間を割いていただき、ありがとうございます」
有里と結花は頭を下げた。
課長は、自分の分担は引き合わせるだけ、というつもりなのか、すぐに退室した。その内容を考えれば、それで通るはずもないのだが。それが温室育ちの官僚の限界ね、と有里は思っていた。
「その通り、私は忙しい。すぐに要件に入りたまえ」
「では失礼いたします。
これをごらんください」
有里は、志織と京子が準備したレポートを差し出した。既に同じものが有里や天城がコンタクトした者達の手に渡っている。
長官はパラパラとめくっただけで放り出した。
「これがどうかしたかね。
首都の治安状況の悪化については、私も深い憂慮の念を抱いている。特別に新しい局を設置して、それにあたらせているところだ」
「青少年治安局の名前は存じております」
「なら話が早い。
このレポートは局長の関根君に提出したらいいだろう」
「もし、その局長自らが治安を悪化させているとしたら、いかがなさいますか」
「…どういう意味だ」
長官は顔はそのままに、目だけを有里に向けた。
「レポートをご覧下さい。
そこにまとめた事件の内、青少年治安局が解決したとされているものはほぼ半分。ですが、解決のテンポが非常に早い」
「それは彼らが有能―」
「もし、事件現場に学生刑事が最初からいたとしたら」
「いい加減にしたまえ。
関根君を妬むものが多いのは私も知っている。君も、古屋君もその」
「他の事件でも、詳しく見ていくと、その時刻に学生刑事が何をやっていたかはっきりしないことも多い。
そして、もう一つ」
有里は、結花を前に進めると、結花の左腕をたくし上げた。学生刑事にやられたときにできた痣が痛々しい。
「これは学生刑事につけられた傷です。
長官は、彼らがいわゆる不良生徒達を連行するとき、大怪我をさせているのをご存知ですか」
結花がはっきりと通る声で言った。
「馬鹿なことを。彼らはヨーヨーを威嚇に使っているだけだ」
「これのことでしょうか」
結花が黒いヨーヨーを机の上に置く。重い音がした。
「持ってみていただけますか。
どれくらいの重さなのか」
渋々、手にとって見る。が、眉が動いた。
「これに勢いをつけて人にぶつけたらどうなるでしょうか」
「お気をつけ下さい」有里が言い添えた。「横にあるボタンを押すと、脇から刃が飛び出しますので」
「刃だと?」
まだ半信半疑なのだろう、長官は無造作にボタンを押した。乾いた音がして刃が飛び出す。慌てて取り落とすと、ヨーヨーは机の上に突き立った。左手に小さい傷ができている。
「これは…これはどういうことだ」
「ご覧の通りです。
青少年治安局の学生刑事がやっているのは取締りではありません。寧ろ、治安を悪化させる暴力行為です」
「しかし、関根君は」
「では、これを」
結花がフロッピー ディスクを差し出した。
「青少年治安局にあったものです。関根 蔵人が何を企んでいるかが記されています」
長官は動かなかった。
あのヨーヨーは知っている。関根に見せられた。手にもとったし、実演も見せられた。しかし、そのときは本当に威嚇用にしか使いようのない、軽いものだったのだ。こんな重いものではなかった。今ここにあるのが偽者だ、と考えることもできるが、あまりに精巧である。この刃も非常に鋭い。
彼は、自分が次第に追い詰められているのを感じはじめていた。
「長官」
後ろに引いていた有里が促す。
ここで二人をたたき出すこともできる。だが、流石に国務大臣を務めるだけのことはある。そう言えば関根は肝心のことは口頭でしか報告しない、司法省の近くに土地を用意したのに理由をつけて局本部を別の場所に置いた、青少年治安局と裁判所は直にコンタクトを取っており、少年審判が実際にどうなっているのかの詳細も知らされていない。そうした諸々のことに気づき始めていた。
「吉川君」
長官が呼ぶと秘書官が入ってきた。
「このフロッピー ディスクの中身を確認できるかね」
「は…」
「急いでくれたまえ」
「木村が詳しいのでやらせましょう。
ところで長官、お時間が」
「急ぎたまえ」
秘書官はそれ以上は口答えせずに引っ込んだ。結花が、その背中に、「キーワードは、“Dictator”です」と言う。
「君達の話だけを聞くのは不公平だと思う。
ここで、関根君に電話してもいいだろうか」
「はい」
有里は即答した。
苦々しげな顔で受話器を取り上げて、ボタンを押す。しばしの間。長官の顔に焦りが生まれた。彼は受話器を置いた。次に、青少年治安局へのホットラインを使う。無駄であった。誰も出ない。
「どういうことだ」
部屋のドアがノックされた。
「入りたまえ」
「ちょ、長官」
秘書官は慌てている。小走りに入ってくると、耳打ちをした。
「なんだと?!」
長官は驚いて立ち上がった。
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チェックメイト
調布飛行場。
滑走路に向けて走る車がある。
後部座席に乗せられている暗闇指令は、また何度か痛めつけられたようで、痛々しさが増している。由真も同じだった。
自分を犠牲にするのに躊躇はないつもりだが、今度ばかりはそうはいかない。蔵人が、自分を殺して口封じをした上でテロを仕掛けるつもりである以上、暗闇が生きのびて蔵人を捕らえなければ全く意味がないのだった。ここで脱出することは可能だろうが、蔵人がどこで待ち構えているのかわかっていない。まだ早かった。
上空で音がした。空気を震わせる音。
唯だ。
再びロープにぶら下がっている。
はじめは胡散臭げに扱われていたが、乗ってから 10 分もすると、丁重な扱いに変わった。どうやら、唯が青少年治安局の学生刑事だと思っているらしい。唯はそれを利用し、暗闇の車を追わせた。
(もう少し…もう少し…まだじゃ)
車の屋根に乗り移りたいのだが、スピードが合わない。
(うまくやらんかい…もう少し…もう少し…今じゃ!)
手を放す。
上手く乗れた。
物音に下から学生刑事が顔を出した。それが唯であることに気づく。
車は蛇行を始めた。
「ばかたれー!」
掴まったまま必死に堪える。蛇行が止まるわずかな間。ヨーヨーを持った手でフロント ガラスを激しく叩く。
暗闇は後から、手の自由を奪っている手錠を運転手の首に回した。渾身の力をこめて引く。運転手のうめき声が聞こえた。
その時、ガラスが割れた。
「とめんかい!」
だが、運転手にはすでにハンドルを操る余裕はない。車は脇に乗り上げて、一回転した。唯が振り落とされる。
男達はフロントガラスのあった場所から這い出した。由真や暗闇も脱出する。
形勢が変わった。由真は、兵士の襟を掴んだ。
「リリアンの由真様を舐めんじゃねぇぞ!」
怒りに燃えた形相で、リリアン棒を下から上になぎ払った。
「由真姉ちゃん、無事やと?」
「これくらいで死んでたまるかよ」
タイヤの音。
「二代目、お京さん」
「唯、無事か!」
暗闇の声だった。
「暗闇さんも、無事やったと」
「大詰めだぞ。
関根 蔵人は、ここから飛んでコンサート会場に向かうだろう。どこかに隠れているはずだ」
「あいつらに聞くんじゃな」
学生刑事が逃げようとしている。志織の手から黒いヨーヨーが飛ぶ。由真の手から白い糸が伸びる。二人の学生刑事はもんどりうって倒れた。
京子と唯がとびかかる。
「さぁ、白状してもらうぜ。蔵人はどこだ」
「答えんかい!」
京子が龍城寺の体を引きずり起こした。
「可愛がってやらねぇとわかんねぇのかよ」
銃声。
龍城寺の体から力が抜けた。支えられなくなって手を放すと、そのはるか向こうに蔵人が立っていた。
「そこにおったんか」
「スケバン風情が…どこまで私の邪魔をする気だ」
「蔵人!」
もう一度、撃つ。
娘達は低く伏せた。
「だが、もう遅い。
すべてはこのフライトで決着する」
蔵人は小型ロケット砲を積み込んであるセスナに乗り込んだ。エンジンをかける。
彼が、たった一人でどうするつもりなのか、それは他の人間には計り知れないことであった。彼の頭の中は、爆撃によって首都圏を治安臨界に追い込み、青少年治安局を足場に日本をわがものとする、そのことで一杯になっていた。
「スケバン刑事、風間 唯!」
暗闇が言った。
「最後の指令だ。
関根 蔵人を倒せ」
「やっちゃるわい!」
唯が駆け出す。
続こうとした京子を志織が止めた。
「なんでだよ!」
「これは、唯の戦いじゃ」
「サキ…」
「蔵人に利用されて、一度は若者たちを打ち据える側に回ったんじゃ。
唯自身が決着をつけんとならん」
「唯が悪いわけじゃ」
「わかっちょる。けんどうちらの出番はここまでじゃ。
その後のことは、姉さん達に任せればえぇ」
由真が頷いた。
「ありがとう、二代目、お京さん。
二人を巻き込んで、こんな危ない目に」
「なんちゃない」
プロペラが速度を増した。
唯は滑走路に立って、そのセスナを見据えていた。
(負けてなろうか。
暗闇さんに言われたからじゃなか。
わちが、自ら選んだスケバン刑事の道じゃ。
二代目、そして初代、見ちょってくり。
わちは、みんなを守る!)
エンジン音が更に高くなった。
「虫けらめ。
ヨーヨーごときで何ができる」
唯はヨーヨーを上下させながら間合いを計っていた。
ワンチャンスのみ。
タイヤが動いた。
セスナが前進を始める。
(来んかい)
速度が上がる。
じりじりと迫っていた機体が、今や猛スピードで唯に向かってくる。
「行くぞ!」
機体は唯の目の前で浮上しかけた。風圧を避けてしゃがむ。
唯は、その一瞬にヨーヨーを放った。
超合金ヨーヨーは、セスナの外装を貫き、操縦席にまで到達した。
蔵人の目の前で火花が散った。
機体は勢いで上昇しかけたが、やがてゆっくりと曲がり始めた。
「私の理想は。
私が支配する、私の国家は!」
蔵人が悲鳴をあげる。
機体はそのまま回ったかと思うと、落下し始めた。
そして、うねるような音を上げて宙を舞い、そのまま滑走路に激突。
轟音が響いた。
セスナは爆発、炎上した。
その後も炎が無気味な音を上げていた。
黒い煙が立ち昇る。
関根 蔵人の野望が潰えた瞬間であった。
サイレンの音がした。
司法長官は自らの過ちを認め、関根 蔵人を解任、青少年治安局を閉鎖することを決定した。天城の工作もあり、それを受けて警察が素早く動いたのだった。
「由真!
唯!」
「姉貴…!」
「結花姉ちゃん」
パトカーから降りてきた結花が駆け寄った。
唯は、暗闇指令の前に立った。
ヨーヨーを一度、上下させる。
「人に借りた力は、やっぱりそれだけのもんじゃね。
わちはいつの間にか、それがあることに慣れちょった。暗闇さん達に守ってもらっとることにも気づかんで、弱い人間になっちょったんじゃ」
「もうお前には、その力は必要あるまい」
唯は頷くと、ヨーヨーを暗闇に渡した。
「最後まで落ちこぼれのスケバン刑事じゃった。わちがもっとしっかりしちょったら」
「もういい」
暗闇の瞳は、これまでにないほど優しかった。
「苦労をかけたな」
唯の瞳に涙が浮かんできた。歯を食いしばって、深々と頭を下げると、唯は姉のもとにかけていく。二人の姉は、妹を優しく包み込んだ。
「お疲れ」
「お帰り」
「姉ちゃん…わち」
「もういいんだよ、唯」
「もういいのよ」
同じように優しい目で見つめている志織と京子。
「お前には、何度、巻き込めば気が済むんだ、と言われてしまうな」
暗闇が言った。
「唯のためにやったことじゃき」
志織の、そして京子の胸にも熱い思いが込み上げてくる。
「元気でな」
志織が小さく頷く。一瞬だけ西脇を見やると、志織も去った。京子が後を追う。
「サキ…」
「姉さんがいて、妹がいて。ちょっと唯達がうらやましいちゃ」
「あたいと雪乃じゃ不足かい」
「感謝しちょる。いつも付き合ってくれて。
おまんには尻をたたかれてばかりじゃけんど」
「ま、ね。気が短いのは直らないからさ」
「今度はうちがたたいちゃる。
受験のことはきちんとせんとな」
あちゃ、と顔を覆う京子。
そうした娘たちを見送る暗闇。
「美川、有里、彼女達を送ってやれ」
二人が走っていった。
「我々にできるのはそれくらいだ。
とんだ役立たずだな、西脇」
「指令…」
「いい機会だ。
機関を一から立て直す。
今度こそ、娘達が笑顔で暮らせるようにしなければな」
「はい」
暗闇は娘達を載せた車が走り去るまでそこに立っていた。
「さらばだ、スケバン刑事」
サキ。
志織、雪乃、京子。
唯、結花、由真。
こうして、三人のスケバン刑事の戦いは幕を閉じた。
彼女達が、自分自身のために生きる日々が始まる。
それが果たして平穏な日々であるのかどうかはわからない。
だが一つだけ言えるのは、それは、誰かに与えられた選択肢の中から選んだのでなく、彼女達が自分で切り開いていく道だ、ということである。
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Ver.1.0: 2002/3/3
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スケバン刑事 -風間三姉妹の逆襲-
企画: 前田 和也(フジテレビ)、植田 泰治(東映)
プロデュース: 中曽根 千治(東映)、手塚 治(東映)、角田 朝雄(東映)、河井 真也(東映)、石原 隆(フジテレビ)
脚本: 橋本 以蔵
監督: 田中 秀夫
原作: 和田 慎二 (白泉社・花とゆめコミックス)
音楽: 新田 一郎
制作: 東映
公開: 1988/2/10〜
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