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1989 年 7 月下旬
「姉貴、ちょっといいかな」
そして夏になった。
唯が、宮崎で再起を期す鬼組に戻ってから四ヶ月。
由真は、唯がいなくなった後、数週間はふさぎこんでいた。納得して送り出したつもりだったが、やはり妹を戦いの世界に帰してしまったことを悔やんでいるようだった。
それから立ち直ったと思われる頃、由真に明確な変化があった。
行動に移る前にワンクション置くようになったのである。
これまで、直情径行で泣いたり怒ったりだったのだが、それがなくなった。職場でも、我慢しきれなくなって声を上げ、更にそれで叱られて、ということを繰り返してきたが、そういうこともなくなった。
妹の成長を頼もしく思っていた結花だったが、それにも慣れてきたある夜。それぞれの部屋に引っ込んで、結花は勉強していたときのことである。
「何よ、改まって。入んなさい」
由真が入ってくる。が、戸のところでモジモジしている。
「何よ。スパンと言ったら?」
と言った、結花の顔が強張った。
これは、唯が鬼組に帰ると決めたことを打ち明けたときに由真が言った台詞だった。
「恐い顔しないでくれよ」
「あ、ごめん。ちょっとね」
「邪魔だった?」
「ううん。何の話よ」
「あたしさ、宮崎に行くよ」
やっぱり。
「いいの? それで」
「うん。妹にばっかり辛い思いさせるわけにはいかないしさ、姉としては」
由真は照れ隠しに笑ってみせた。柱に寄り掛かったまま、足をブラブラ遊ばせている。
「由真は半端ものだからさ。自分で大きいことなんかできやしないし。誰かの手助けをするってのが一番いいような気がするんだ。
唯に借りもあるしさ」
それは結花も同じだった。陰との戦いの末期、一瞬とは言え、唯の手を放したことは彼女たちにとって永遠の負い目である。
ことに、それまで末っ子として育ち、直情径行がむしろストレートでいいことだと思っていた節のある由真にとって、そのことは深い傷となっているのだった。それでどれだけ唯を苦しめてきたか、由真は心の中で常に自分を責めていた。
結花は、机から離れて畳に座った。由真も向かい合う。
「ずっと考えてたのね」
「うん。馬鹿な由真なりに考えた。
誰かのサポートってのができるかどうか、試してもみた」
「由真…」
ここ数ヶ月の落ち着いた行動は、彼女なりに自分を試していたものなのだった。相手が何を考えているのか推測する。戦いの最中になら、敵の作戦を推理することもしてきたが、敵ではない人に対してそれをやってみるのは、彼女にとっては、あるいは初めての経験だったかもしれない。
「できそうなのね」
「なんとかなるんじゃないかな。
唯の単純な頭で考えることならわかりやすいしさ」
結花はうなずいた。
「あと三日、考え直してちょうだい」
「姉貴…」
「もう一度、最初から」
「なんだよ。あたしは真面目に」
かぶりを振る結花。
「違うの。あたしも考えたいの」
「姉貴…」
「あたしも、唯が鬼組に帰るって言い出してからずっと考えてたわ。苦しんでる人はまだいるってことがずっと胸にささってた。
でも、あの辛い日々には帰りたくなかったの」
「あたしもだよ。
でも姉貴まで行くことはないよ。やりたいことがあるんだろ?」
結花のほほえみは崩れなかった。
「だから時間を頂戴。
今、大学でやってる勉強が楽しいのは本当なのよ。でも、それに逃げちゃいけないって、もう一人のあたしが言ってる」
「姉貴には、普通の生き方をして欲しいと思ってた」
「やめてよ。自分の生き方は自分で選ぶわ」
笑う結花。
「あたしたち、唯に教えられっぱなしだよね」
「そうね。
あの子にはやっぱり負けるわ。
もし、あたしがあの子の立場だったら、とても戦い抜けなかったと思う」
「由真には絶対無理だ」
「そうね」
「ひどい」
そして三日後。
やはり二人の決心は変わらなかった。
夏休みを利用して宮崎に向かい、暫定リーダーの剛天と再会する。
やはり剛天は拒否した。唯のときもそうだった。娘たちを戦いの世界に戻すことはとても認められなかったのである。
まして、唯の場合とは違い、結花も由真も自分の幸せをつかみ得る道を歩き始めていた。それをわざわざ捨てることなど許容できなかった。
しかし、それまでもそうであったように、最終的には娘たちの決心を容れざるを得なかった。
実績はある。血筋も問題ない。娘たちの幸せを思う気持ちを別にすれば、鬼組としては反対する理由がないのだ。
まして、その固い決心を目の当たりにしては、拒めるはずがなかった。
そして何より、唯自身が、頭として結花、由真と話をし、それを認めた。結花や由真が傷ついて最も辛い思いをする唯が認めたのであれば、誰も、何も言うことはない。
結局、由真はその年度の勤めを終えてから、結花は大学を卒業してから、ということで話がまとまった。あるいは、剛天達には、その間に娘たちの決心が揺らげばその方がいい、というつもりがあったのかもしれない。
そして数年後、風間三姉妹が復活する。更にその後、この三人を中心に、鬼組は再起を果たすことになる。
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Ver.1.1: 2002/8/25
Ver.1.0: 2001/12/9
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