銀河探偵 ディデット

探偵みたいな二人 (前編)



 その夫婦が尋ねてきたのは、午前 10 時頃だった。梅雨明け宣言が出たばかりなのに雨が降った日のことである。
「交通事故ですか」
「はい…」
 40 を過ぎたか、という頃。決して若くないという年齢ではないのだが、その二人には生気が感じられなかった。
 ここは探偵事務所で、問題を抱えた人がやってくるところなのだから、朗らかな表情の人間がやってくることはない。太一も慎介もそれはわかっていたが、この夫婦については特別という感じがした。
「警察はなんと」
「…」
 一々口篭もるので話が進まない。太一は苛々しはじめたが、流石にそれを口に出すのは抑えた。
 高階夫妻には、学という子供がいる。高校二年生の男の子である。
 オートバイに興味がある。これはどうやら、オートバイと自転車の両方を扱っている店が、子供の頃から遊び場になっていたことが理由らしい。
 15 歳になると同時に原付の免許を取った。必死にアルバイトをして、そこの店から中古の原付を買った。
 ただし、彼は安全運転である。不正な改造などもってのほか。これは、その店のオーナーの姿勢が立派なものだったからだと考えられる。今時珍しい「堅物」で、オートバイの修理を持ち込んだ未成年が店先でタバコなど吸おうものなら、故障したままのオートバイを押し付け、スパナを振り回して追い返す、という逸話の持ち主である。
 学に問題があるとすれば、乗りたいと思えば、それが深夜であっても出かけていく、ということくらいであった。
 事故が起こったのも、深夜だった。
 彼らの自宅から 10km ほど離れた場所にある交差点で、彼の原付は乗用車の側面に突っ込んだ。
 ドアが大破したが、助手席側であったため、ドライバーは怪我もしていない。
 学の方は、一命は取り留めたものの、一週間たった今でも意識を取り戻さない。
 車を運転していた佐藤 宣夫という会社員は、自分の信号は青だった、と証言している。ただし、徐行しての確認はしなかった、ということは認めた。
 深夜のことで目撃者はいない。
「…」
 夏休みに入ったばかりのことで、世間は、気が緩んだんだろう、という見方をした。それは、警察も同じだった。彼が常に安全運転で、信号無視などするはずが無い、と言ったところで、誰も耳を貸さなかった。目撃者はまだ見つかっていないが、それは、見通せる範囲には他の車がいなかった、ということで、そういう状況で信号を守る者がいるとは思えない、と多くの人が考えた。
 警察は当然、佐藤の酒気帯びや携帯電話の使用も疑ったが、それはなかったらしい。学の方も同様である。
「ですが、やはり…」
 父親は両手を固く結んだ。
「ひょっとしたら、信号無視はしたかもしれません。私も、そういう状況だったら、スピードを落とすだけで行ってしまうかもしれない」
「あなた、学はそんな」
「ですが、深夜ですよ」
 顔を上げる。父親は、太一と慎介の顔を覗き込んだ。
「ヘッドライトで車が来るのはわかるはずです。そこに突っ込んで行くような真似をするとは私には思えません」
「警察はなんと」
「それは、車の方も同じだ、と」
 太一は頭をかいた。
 確かに、原付のライトが見えたら、車もスピードを落とすだろう。車がそうしなかったのは、来るはずが無い、と考えられる状態、つまり、原付側の信号が赤だったからだ、と説明できる。
「確認しますが、原付に改造はなかったんですね」
「はい。
 それは警察でも調べたようです」
 オートバイには昼間のライト点灯が義務付けられているが、それを嫌って、消せるように改造するライダーもいないではない。
「息子さんの具合はどないなんですか」
「それは、病院の皆さんが、一生懸命やってくださっています」
 母親の目尻から涙があふれた。見込みは立っていない、ということか。
「このままでは、何もかも学が悪いことになってしまいます」
 父親はテーブルに手をついた。
「車の修理代ならいくら出してもいい。あの人が怪我で通院するというのなら、それも出します。
 ですが、私たちには、あの子が悪いのだとは思えないのです。
 なんとか、調査をお願いします」
 慎介は眉をひそめた。それは警察の仕事だ。そこにしゃしゃり出るのは問題がある。
「時間もらえませんか」
 言ったのは太一だった。

 受けると思ったよ、と慎介。
 高階夫婦は、何度も頭を下げながら帰って行った。
「いくら俺でも、交通事故の調査なんか、そうそう受けられへんがな…」
「もっと早く言ってくれれば、調べる方法もあったかもしれないのにな」
「一週間やからな」
 簡単な下調べをする。それで、警察の結論を裏返すことができそうな芽をみつけたら、改めて調査を引き受ける、ということで話をまとめた。
 各惑星の住民と摩擦を引き越してはならない、というのは、銀河探偵ギルドのルールだが、警察とのいざこざは特に避けなければならないものである。警察の捜査が明らかに間違っている、というのならまだしも、高橋夫妻の話を聞いた範囲では、問題は見当たらなかった。
「記憶スキャンは最後の手段だぞ」
「わかってるて」
 昏睡状態の脳から記憶を読み取るのには、相当の手間がかかる。ギルドの中には、それが得意であることを売り物にしている探偵すらいるほどである。そして、スキャン装置はヘルメットの形をしており、本体は現在の地球のパソコン程度の大きさ。彼らが銀河探偵であることを知らない人のところに持ち込める装置ではなかった。
「俺、そのバイク屋、行ってみるわ」
「うん…俺は現場を確認する」

 その夜、二人はそれぞれの調査結果を付き合わせた。
「現場には何も残ってない」
 事故から一週間が過ぎ、今日は雨。警察が捜査を終えた後のことで、証拠になりそうなものが残っているはずはない。
 その交差点は、夜こそ往来が途絶えるものの、昼は逆に、どちらかと言えば交通量が激しいと言っていいところだった。
 彼らのテクノロジーがあれば、以前のタイヤの痕をあぶりだすことは不可能ではないのだが、それにも限界がある。あの車の量では、もはや事故当時の路面状況を読み取ることはできない。
「間に合わんかったか」
「そっちは」
 そのオートバイ兼自転車屋のオーナーは信用していい、と太一は言った。
「店の中もきれいやし、近所の評判もえぇ」
 少なくとも、学に対する教育はしっかりしたものだったらしい。
 ただし、深夜の、誰もいない信号を守るかどうか、ということになると、教育という範囲を越える。学自身の問題で、しかも、その時の彼の精神状態にもよる。オーナーは、学はそんなことしない、と明言したが、さすがにそれを鵜呑みにするわけにも行かなかった。
 たまたま店にいた高校生を掴まえて聞いてみたが、仮に車が来ているのに気づいても「行っちゃえ」と考えてしまう可能性がないとは言えない、と答えた。車の速度が、そう判断した時の予測を大きく越えていれば、事故は起こるわけである。

 事故の瞬間はともかく、おそらく学自身は信用できる少年だったらしい、ということがわかった。次は、ドライバーの側である。翌日、太一は佐藤の様子を確認しに出かけた。
 本人に直接、会えばいいのだろうが、流石にそれはまずい。警察との摩擦の原因になりかねない。オートバイ屋に行ったのは、学の無実を信じる知人、という言い逃れができても、ドライバーの方にまでコンタクトを取ったのでは怪しまれる可能性が出てくる。太一は、佐藤の職場に向かった。
 幸い、佐藤は営業担当であった。10 時頃には会社を出て、電車での移動と商談を繰り返した。
(なんや、あいつ)
 小心者なのか、と太一は思った。佐藤は時折、後ろを振り向いた。尾行に気づかれたのか、と思ったのだが、それにしては、あたりを見回すタイミングがまちまちである。曲がり角のたびに止まることもあれば、尾行者の紛れやすい人ごみの中を、何かを気にする様子も見せずにしばらく歩きつづけることもある。
 今、喫茶店で誰かと資料を広げて検討している。窓際である。先に入ったのは佐藤で、自分でその席を選んでいる。尾行を疑っているのならそんなところには座らないはずだ。
 腑に落ちない。
 太一は、彼らが店を出て、別の方向に歩き始めたところで、佐藤に近づいた。
「あ、失礼」
 何食わぬ顔で肩をぶつける。佐藤は、もごもごと何か言いながら、そのまま歩いて行った。
(どないやねん)
 と、掏り取った定期を見る太一。
 今度は反対側へ。さっきまで佐藤と話をしていた会社員をつかまえる。
「すんません。ちょっとえぇですか」
「は?」
 その会社員は、あからさまに不満げな声を出した。
「この人、知ってはります?」
 と、その定期を見せる。男は、その名前を読むと、えぇ、まぁ、と答えた。
「今さっき、この定期、落としはってんけど、なんや急いでるらしくて、すぐに見えなくなってしまいましてん。
 あっこの喫茶店で、話してた人やなぁ、思て追いかけてきたんでっけど、これお願いしてもよろしかなぁ」
「あぁ、そういうことでしたら」
「よかった。頼みますわ。きっと困ってる思いますんで」
「えぇ、お預かりします」
 手を伸ばしかける。太一は、定期を渡さずに早口で続けた。
「それにしても、お忙しい人ですなぁ。ピューって走っていきはりましたで。
 お仕事でっしゃろか。この不景気に、うらやましいこっちゃ」
 男はいぶかしげな表情になった。
「そうですか? いや、それほど急いでるとは言ってなかったようだけど。じゃ、別人かもしれないなぁ」
「ほんまですか。
 いや、でも、あの人でっせ。
 いつもああやって慌ててるんとちゃいますのん」
「いや、私の知ってる佐藤さんは、どっちかと言えば落ち着いた歩き方をする人です」
「え。あちこち見回しながらセカセカて」
 唸る。
「同姓同名の別人のようですね。だとするとお預かりするわけにも…。あ、あそこに交番がある、あちらに届けてはいかがですか」
「あ、さよか…。まぁ、別人やったらしょうがないわなぁ。
 わかりました。交番にしますわ。えろう、すんません」
 今度は、太一が眉をひそめる番だった。

 その夜。事務所兼自宅。
 太一は、静かにプルトップを開けると、一口だけ飲んだ。
「つまり、佐藤 宣夫は、最近になって、落ち着きのない歩き方をするようになった、ということか」
「断言はでけんけどな…」
「偽証…?」
「わからん」
 もう一口。
 慎介の方は、密かにその交差点にカメラを設置してあった。夕べのうちに通った車は全てリストアップされている。
 さらに、今日になって、警察内の道路監視システムに侵入するルートを確保し、事故の起こった前後にその交差点の近辺を走っているはずの無い車をいくつか除外した。必要があれば、その車の持ち主に、直接、問い合わせることになる。
「気の遠くなるような作業やな」
「別に俺が調べてるわけじゃない」
 溜息をつく太一。
「可能性 1、警察も、佐藤の証言を疑っている」
「うーん」
「2、その事故を目撃した人物がいて、佐藤が嘘の証言をした事を知って、脅している」
「まぁ、あるかもしれんな」
「佐藤の家を覗くしかないんじゃないか」
「そうやなぁ」
「準備はお手伝いしましょう」
「あぁ…て、俺かい!?」
 慎介は静かな表情であった。
「当然でしょう」
「まだ早いやろ」
「ならよろしいのですが」
 太一は缶をテーブルに置いた。
「もう一つ、なんぞあったらなぁ」

 数日後、高階夫妻がやってきた。
 太一と慎介は、何も見つかっていない、ということを話した。佐藤の「落ち着きの無い歩き方」は、まだ知らせられるほどの情報ではない。
「そうですか」
 夫妻の落胆ははっきりしていた。
「息子さんは、まだ」
「えぇ」
 それきり黙る。太一にも慎介にも言葉が見つからなかった。
「写真に、何か写っていれば」
 母親が涙混じりにつぶやく。
「写真?」
「学は、使い捨てカメラを持っていたんです」
「それには?」
「いえ、何も」
 腰を浮かせかけた太一が座り直す。だが、慎介は身を乗り出した。
「どうなっていたんですか」
「事故のショックで箱が壊れて、フィルムはだめになっていたそうです。警察が一応は現像してみたそうですが、手がかりになるようなものは何も」
「ごらんになったのですか」
「はい。
 学が前に撮った写真がありまして。そこに光が入ったものですから、こう、なんと言うんでしたっけ」
「多重露光?」
「えぇ」
「その写真はお持ちですか」
「いえ。証拠品として、警察が」

 やっぱり俺かいな、と太一はつぶやいた。
「お前は骨格がしっかりしてるから、制服が似合うんだよ」
「こんな時ばっかりおだててからに」
「かっこいいよ、太一君。
 いやぁ、本物のお巡りさんかと思ったよ。ねぇねぇ、ちょっと敬礼してみてくれない?」
「やかましわ」
「わかったよ。
 じゃぁ俺が行こう。
 事情のよくわかってない俺が行って万が一失敗したとしたら大変だけどな。まぁ、太一君が言うんだからしょうがない。太一君の方が、ずうっと詳しいんだけど、きっと色々とアドバイスとかしてくれるんだろうな。事後処理とか後始末とか尻拭いとか善後策とか」
「行ったらえぇんやろ、行ったら!」
「よろしく」

Ver.1.0: 2006/7/16

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