銀河探偵 ディデット

スペシャル グレード ディテクティブ (前編)



 夏真っ盛りである。屋外にいると、黙っていても汗がにじみ出てくる。いや、人によっては、流れ出してくる、と言った方がいい場合もあるだろう。とにかく、暑い。
 だが、女子高校生は元気である。
 薫と慶子は、陽気におしゃべりをしながら、住宅地を歩いていた。どうやら、買い物帰りらしい。二人とも、大きさは違うものの、どこかで耳にしたことのある名前のファッション ビルの袋を持っている。
 会話は弾んでいるようだった。ジョギングをしている男たちとすれ違ったが、気にもかけない。
「ん?」
 一人が立ち止まった。もう一人は、それを放ってそのまま走っていく。
「おい」
 放置した方が立ち止まる。だが、先に止まった方は後ろを向いていた。どうやら、薫と慶子に呼びかけたらしい。
「南田 薫と山岸 慶子」
 振り向く二人。
「なんや、買い物か」
「甲田 太一」
「あ、石田さんも」
 ジョギングをしていたのは、太一と慎介だった。
「何してんの」
「見たらわかるやろ。トレーニングや」
「なにか大会でもあるんですか」
「ホノルル マラソンは暮れだし」
「そんなんとちゃう。探偵は体が資本やから」
「探偵?」
 一瞬の空白。二人の中ではまだ、太一や慎介と探偵という仕事がしっかり結び付けられていない。
「お前らな…」
「第一印象が悪すぎるんだよ、誰かさんの」
「そういうこと」
「山岸、お前、えぇ加減にせぇよ」
「あんたに呼び捨てされる謂れはないわよ」
「お前に『あんた』呼ばわりされる謂れもないわ」
「ちょっと、ケコちゃん、こんなところで。
 石田さん、止めてください」
 慎介は、汗を拭きながら、肩を竦めただけだった。
「どうせ、ヘナチョコ探偵だから、毎日トレーニングしないと間に合わないんでしょ」
「アホか。
 俺はな、きっちりトレーニング受けて、免状ももらっとるんじゃ。お前らみたいに毎日、遊びまわっとるモヤシっ子とは訳が違うんじゃ」
「誰がモヤシよ!」
「聞かなわからんのか」
「探偵もどき!」
「誰がもどきじゃ」
「聞かなきゃわからないの?」
「ケコちゃんってば」
「大人を馬鹿にすると承知せんぞ」
「じゃ、勝負する?」
 太一は、しばらく慶子の顔をまじまじと見た後、笑い始めた。
「ガキと勝負なんかでけるかいな」
「負けたらみっともないもんね」
「なんやと」
「あたしは別にかまいませんけど」
「こっのくそガキ」
 太一の顔は真っ赤になっていた。

 事務所があるマンションの駐車場。
 太一と慶子は向かい合った。
「着替えんでえぇのか。新しいのあるで」
「あんた達の方が体は大きいでしょ。そんなの着たらあたしのハンディになる」
「それはそうやけど」
「ご心配なく。覗かれる心配ないもの」
 いくらパンツスーツちゅうても、と太一はブツブツ言っている。
 慶子は長く静かに息を吐いた。
「彼女、経験者?」
 慎介は、それが形だけを真似たものでないことに気づいた。隣の薫に尋ねる。
「はい」
 道理で。短距離走とか、そういう種目を選ぶかと思っていたのに、空手と言ったので驚いたのだが。
 太一も同じ事に気づいた。だとすれば、怪我をさせない程度に本気でやるべきだ、と考え直す。
 先に仕掛けたのは太一だった。踏み込んで、足を高く上げる。慶子は体を低く折り曲げてそれをかわした。速い。
「…」
 続いて拳を繰り出す太一。慶子はそれも危なげなくよけた。
「ところで君、暑くないの?」
 それは時折、二人の間でも話題になっていた。彼らが薫たちと知り合ったのは夏になってからなのだが、薫が半袖の服を着ているのを見たことがない。
「わたし、肌が弱いんです。すぐに真っ赤になっちゃって」
「あぁ、そういうこと」
 慶子が、「モヤシっ子」という言葉に反応したのはそれもある。薫は、美肌がどうこうという理由で白いわけではないのだ。
「太一さんって、得意なんですか、空手」
 慎介は二人の応酬をじっと見ている。太一が攻めているが、慶子は最小限の動きでそれをかわしつづけている。隙ができるのを待っているのかもしれない。
「ケコちゃん、有段者も同然なんです」
「同然、って」
「小学生の頃に道場に通ってて、かなり筋がいいって、言われてたらしいんです。
 それで、試験受けてみろって言われて」
「…」
「でも、ケコちゃん、ああいう性格だから、面倒くさいのはいやだって、試験さぼって。道場も辞めて。
 かなり引き止められたらしいですよ。しっかり鍛えれば全国大会も狙える、とか」
 太一に余裕がなくなってきているのがわかる。顔が真剣だ。
「小学生の時、って言った?」
「はい。
 4 年生の時に辞めたって」
「小学校の 4 年生で、有段者…」
「段はありませんよ。狙えるって言われたってだけで。
 でも、今でも自己流でお稽古してるみたいです」
 音が止まった。
 太一がバランスを崩した一瞬、慶子の拳がその腹に入っていた。
「そういうことは先に言ってやらないと」

 早朝。5 時。
 太一は、ライダースーツのまま、気合を入れながら型をなぞっていた。慶子に負けたことが相当、頭に来ているらしい。
「素質が違うんだと思いますがね」
「訓練は裏切らんねや」
「彼女に勝ったって、だーれにも威張れませんが」
「銀河探偵のプライドの問題や」
 慎介はそれを制した。今回のクライアントがやってきたところだった。
 今回は、護衛である。
 ハイパー・テクノロジーという会社が、ある部品を開発した。その設計図を研究所から本社に運ぶので、護衛して欲しい、というのが依頼内容だった。
 だが、慎介の理解では、護衛というよりは運搬業務である。機密事項であるがゆえに、外部の人間に預けるわけにはいかない。だから社員が持ち歩くという形になっているだけなのだ。現に、向こうが提示してきた額も、危険なことが起こるかもしれない、ということを織り込んだ額ではなかった。
 ルートと注意事項を確認、設計図の入ったアタッシェを持った社員を後部座席に乗せ、慎介はハイパー・テクノロジーが用意した車の運転席に乗り込んだ。
 先行するオートバイの太一が出発する。慎介も後に続いた。

 まだ時間は早い。郊外の研究所から、都心にある本社までは一時間強で到着する。
 襲われるかもしれない、ということを本気で考えるのであれば、実はラッシュの時間の方が安全だ。こちらも身動きは取りにくいが、襲撃するのも難しいからである。こういう、交通量の少ない状態では、逆に狙いやすく逃げやすい。二人は一応、その可能性を指摘したのだが、ハイパー・テクノロジー社は早朝の輸送を希望した。
《次、右折》
「了解」
 太一は安全運転である。チェック作業も入念。護衛というのは彼のプライドをえらくくすぐる作業のようだ。大喜びと言ってもいい。
 と、不意に慎介の車が蛇行しはじめた。
「つかまって!」
 勢いに逆らわず、冷静にハンドルを操って車を停める。
《出たらあかん!》
 オートバイが戻ってくる。慎介は、車の中から周囲を見回したが何も見えない。太一のオートバイはスピードを落としながら、車の横を通過、数十 m 先で停まった。
《前の右がパンクしてるで》
「そのようだな。
 何かわかったか」
《そっちに行く》
 オートバイは運転席の横に停まった。慎介は、車のドアロックを確認すると外に出た。
 太一は、中には見えないようにして、グローブの掌を広げた。
「まきびし、か?」
「20 個くらいあった」
「カイリストに掛けてみろ」
 解析の間、慎介は周りを何度も見回した。
「普通の鉄や。
 形に特徴はないな。特別、一致したデータはない」
「どういうことだ」
「俺が通過した時はなかった。断言できる。センサーも拾ってへん」
「ちょっとヤバゲか」
「ヤバゲやね。
 どうする」
「タイヤを交換して事務所まで行こう。
 俺たちの車で移動した方が安全だ」
「そやな」

 クライアントの社員は、心細げだった。
 それは、どうみても軽自動車だったからだ。
「扱いなれてる方が安全です」
 慎介が言い、太一も、「でっかくてもパンクしたらしまいやろ」と言った。ハイパー・テクノロジー社が提供したワゴンは、タイヤ交換にも一苦労だった。
“DDV”は、彼ら「銀河探偵」が持てる技術を注ぎ込んで作った特殊車両である。見た目は軽自動車だが、エンジンのパワーは、そのワゴンをも上回り、装甲も足回りも全く違う。当然、武器も積んでいるのだが、そのどれもこれもが秘密である。
「さ、行こか」
 再スタート。
 いくらか回り道となったが、それもやむをえない。
 彼らは、予定のコースを破棄した。狙われている、という前提で組み立て直す。だとすれば、周囲への被害の波及を避けなければらない。また、襲撃者の早期発見も重要だ。さらに遠回りすることになるが、人気の少ない、かつ、見通しの良いルートをたどることにする。
 カーナビに見せかけた管理システムがピッと音を立てた。まきびしを検知したのだ。だが、DDV のタイヤはびくともしなかった。
 さらに川沿いを走る。
「!」
 外で乾いた音がした。急ブレーキ。体勢を立て直した慎介は、自分の側の窓ガラスを凝視した。石がぶつかったような痕がある。
「石ですか…」
「エアガンかもしれませんね。
 ここにいてください」
 DDV を降りる。
「チョーヤバゲ、やな」
「ゲロヤバだ」
 DDV のガラスに傷をつける方法は、地球には存在しない。
 戦車の直撃弾を食らっても無事なほどなのである。突然、現れる「まきびし」と言い、彼らを狙っているのは、地球人ではない。
「俺ら一体、何運んでんねん」
「我々には知る権利があるな」

Ver.1.0: 2006/7/30

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