銀河探偵 ディデット

墓場の無料相談会 (前編)



 暑い。
 8 月の中旬に、素肌を隠す格好をしているのだからあたりまえだ。しかも、上半身も下半身も風通しの悪い材質。ゴム手袋に長靴。
「お前はええよな、虫に食われる心配もないねんから」
 太一は、せっかくの虫除けスプレーが汗で流れ落ちはしないかと心配している。ほぼ完全防備に近いこの格好では、後からスプレーしなおすのは不可能である。
「誰が引き受けたんだ、こんな仕事」
「私でございます」
 今日はこれから、寺の掃除である。いや、正確には、その寺の墓場の草刈りだ。
「俺達は探偵だぞ。何でも屋じゃない」
「受けてしまったもんはしゃぁないやんか」
「受けたのはお前だ」
「俺一人ででけるかいな!」
 太一は目の前の墓場を指差した。
「ごちゃごちゃ言いなや。
 お寺さんの役に立つことして損はないて。これで成仏できるかしれんがな」
 寺の住職が事務所にやってきたとき、太一はいささかぼうっとしていたようである。ろくに話を聞かないで請け負ってしまった。内容がはっきりしないので、二人で寺に出かけていって、それが探偵としての調査ではなく、単なる草刈りである、ということがわかったのだった。
「何分、代替わりしたばかりで行き届きませんで」
 どうやら、物語の中の私立探偵と混同しているらしい。しかも、シャーロック・ホームズやエルキュール・ポアロとかではなく、依頼人もなくアルバイトや便利屋で食いつないでいる、コミカルな作品の方だった。
「申し訳ありません」
 住職というには若いが、剃髪を下げられると、さすがに無碍に袖にすることもできない。
 旧盆が近づき、墓参りのシーズンとなる。しかし、父親の急死によって突如、住職となったばかりのため、あちこちがおろそかになっているらしい。さらに、大学 4 年生の息子は就職活動に忙しく、それを口実にしている様子もないではないが、あまり手伝える状況ではない。
「失礼ですが、檀家のみなさんは」
「はぁ」
 住職は毛のない頭をかいた。急な話ではあったが、きちんと得度は済ませ、これまで父親の補佐もしてきた。やる気はみなぎっている。だが、その勢いが災いして、有力な檀家達と衝突してしまった。例年なら、彼らの方から掃除を申し出てくるのだが、今年は何も言ってこない。こちらからも言いづらい、そういうことらしい。
(俗っぽい坊主だな)
 慎介がつぶやく。太一は、やめんかいな、とその膝を叩いた。
 お盆は待ってはくれない。やむを得ず、深夜の草刈りとなった。

「なんか出たらどないする」
「住職にお経をあげてもらえ」
「もう寝とるで。お坊さんは朝が早いさかい。
 それにしても暗いな。どうも手元がはっきり」
「暑いから夜にしようと言ったのは誰だ」
「夜でも暑いがな」
「黙ってやれ!」
 しばらくは鎌の音だけとなった。
 太一が、この話を受けたときに上の空だったのには理由がある。
 薫のことだ。
 彼女は、地球人ではない可能性がある。
 太一と慎介は、銀河探偵ギルドに属してはいるが、これは「組合」のようなものであって、そのルールは、組合員以外への強制力は持たない。結局、彼らは「私立探偵」なのであり、不法移民などに関する捜査権限を持っているわけではない。ただし、ギルドと銀河系の各惑星の治安維持組織とは協力関係にあるから、ギルドに属する探偵達は、そうした事例に接した場合には、本部に通報する義務を持っている。正当な理由なくそれを怠れば、現在の営業地域から強制的に撤退させられ、最悪の場合には、ギルドからも除名されてしまう。
 まして今回の場合、不完全な分析を補うためギルド本部に情報提供を依頼してしまったので、すでにギルドでは、「南田 薫」が地球の人間でない可能性がある、ということを把握してしまっている。彼らは、遠からず、その調査結果を報告しなければならないのである。
 確認するべきことは多かった。例えば、慎介がそれを疑い始める理由となった、薫の宝物である宝石だが、地球のものではない、とは言いながら、今のところは写真による分析しか行われていない。
 薫の DNA が地球人のものと一致しない、というのも、コーヒーカップについていた唇の跡を簡易分析しただけであり、確かな証拠とは言えない。
 一方、それを指し示している可能性がある情報としては、薫の肌が弱い、ということがある。薫は、日焼けをするとすぐに真っ赤になってしまい、ひどいときにはそれだけで熱を出してしまうこともあるという。黒い服を避け、真夏でも長袖を通しているのはそのためだが、それは、彼女が産まれた星では、その太陽による日差しが、地球の場合に比べて弱いのだとすれば、説明がつく。また、これは推測の域を出ないが、薫がどちらかと言えば小柄で痩せ気味である、というのは、この地球が彼女の母星ではないため、本来あるべき成長段階を経ていない、ということなのかもしれなかった。
「おい…」
 太一が何か言っている。慎介は、その考え事に没頭していた。
「おい…出たで…」
 黙々と鎌を動かす慎介。
「出た!」
 その声に顔を上げる。太一の青白い顔。
 幽霊なんか出るわけないだろう、と怒鳴りそうになった慎介だが、太一の顔が青白いことに改めて気づいた。作業用にライトはつけているが、それは最小限にしてある。しかも白熱電球だから、そんな色である筈がない。
 太一の目の前に、何かが浮いているのだ。
 丸く、青白い光の玉。
「人…魂?」
「あ、あ、あ、あ」
 慎介は我に帰った。それがなんであれ、自分達には強力なツールがある。左手の腕時計型デバイス、カイリストの盤面に、分析用のコマンドを書き込む。
 分析は短時間で終わった。
「どこから来た」
 慎介は、その光の玉に近づいた。
「えー、タオイから来た者なんですが」
「しゃべった!」
 太一はまだ震えている。
「タオイ太陽系から来た人達だ。
 幽霊でもお化けでもない」
「…」
 まだ理解に至っていない。慎介は太一を放っておくことにした。
 その火の玉は彼らの乗り物らしい。タオイ太陽系の人間は、20cm 程度の身長なのだが、それにしても小さい。これは近距離移動用のものだろう。
 窓を開けて、「パスポート」を見せる。慎介は、それにカイリストを接触させて、偽造品ではないことを確認した。
「そういう現われ方をしたってことは、我々が『銀河探偵』だってことを知ってたのかな」
「はい。
 すいません、ちょっと助けていただきたいんですが」
「助ける?」
「あー、こいつら、タオイ太陽系の連中やんか!」
「さっきそう申し上げたじゃありませんか」
「こいつのことは相手にしなくていい。
 それで?」
 その前に、と、慎介は、その乗り物を着地させた。墓場に青白いものが浮いているところを見られては面倒だ。
「パーキングエリアをご紹介いただけないでしょうか」
「パーキング エリア?」
 彼らは旅行者なのだそうだ。観光で地球にやってきた。
 ところが旅行業者に騙されたらしい。地球までやってきたはいいが、宇宙船を置いておく場所が見当たらない、と言う。業者に指定された場所は、ロケットがあり、管制塔のようなものもあり、確かに、宇宙港に見えなくもないが、ガイドブックによれば地球はまだ惑星間航行の技術を持っていないから、そういう形の宇宙港がある筈はない。しばらく見ていたが、どうもロケットはあるものの、発着している、という雰囲気ではない、と彼らも思った。
「ここには海を渡ってきたのか」
「はい。
 どうやら、この星で一番広い海域のようですが」
「ケープ・カナベラルかヒューストンちゃうか」
 やっと事態を把握し、落ち着きを取り戻した太一もそこに座り、話に加わってきた。
「そんなところに置いたらすぐに見つかるだろうな」
「軍隊が追っかけてくるで」
「災難だったな」
「金をケチった報いです」
 タオイ人はうなだれた。
「それにしても、俺らがここにいることがようわかったな」
「安全な空域を見つけたものですから。そこからたどりまして…」
「安全な空域…て、俺らの宇宙船かい!」
「じゃ、君達の宇宙船もそこにあるのか」
「はい――まずかったでしょうか」
「無断駐機やがな…」
「慌ててたものですから…」
 太一と慎介は、とある空域に、地球のレーダーでは検知できない重力場を作り、その中に宇宙船を隠してある。彼らは、その重力場に勝手に入り込んだわけだった。
「お前らの星、どないなってんねん。
 せこい旅行業者がいてるかと思えば、勝手に入り込んで横付けしよって」
「すいません…」
「察するに、君達の宇宙船も、高級品ではないな」
「はい」
 まともな恒星間航行用宇宙船なら、そういう重力場を作る装置は持っている筈である。普及品でも、短期滞在用の低出力タイプや、レーダー波は遮断するが目視できてしまう簡易タイプはあるものなのだ。
「重力場装置無しでここまで来るとは、大したもんだよ」
「無茶っちゅうねん、そういうのは」
「いつまでいるんだ」
「0.5 スアルの予定ですが」
「一週間か…」
 太一と慎介は、半ば呆れながら顔を見合わせた。
「わかった。タダで貸したるがな」
「本当ですか?」
「旅行者を救助した、ということでギルドに報告する。その代わり、船籍コードを教えてもらおう。俺達の宇宙船に万が一のことがあったら困るからな。
 それから、このことは絶対に他言無用だ。あちこちから頼られても困る。俺達は便利屋じゃないからな」
「そりゃぁもう!
 助かります」
 小さな体でペコペコと頭を下げる。
「言うとくけど、この星で妙な真似さらしたらただじゃすまさんぞ」
「宇宙船を衛星軌道に投棄するからな」
「そんなことされたら帰れなくなってしまいます!」
「大人しくしとったらえぇねん」
 一応の説教をして解放してやることにする。
「ま、しっかり地球のこと、勉強していき。田舎やけど、えぇ星やで」
「あ、最後に一つ、教えてくれ」
「なんでしょうか」
「カシ=オサニア、という星系の事は聞いたことがあるか。
 第 3 渦状肢にあるらしいんだが」
「さぁ…さすがに、渦状肢をまたいだりはしないもので…」
「そうか…」
「ほな、気ぃつけて行きや。
 業者は選ぶんやで」
「ありがとうございました――」
 青白い光が夜空に消えていった。
「若い者は無茶しよんな」
「俺もそういう奴を知ってる」

Ver.1.0: 2006/8/13

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