「あいつには分けてやらん」
太一はアイスクリームの入った袋を振り回した。
8 時頃、ふいにバニラのアイスクリームが食べたくなった。買って来る、と腰を上げた太一に慎介は、夜にそんな甘いものを食ったら太る、と言って断り、太一が出かけようとすると、子供よばわりしたのだった。
「食いたいときは食いたいんじゃ――」
子供の影が見えた。塾帰りが、最近の子供は大変だな、と思ったが、様子がおかしい。子供は一生懸命に走っているのだ。
「なんや?」
「*****!」
子供が叫んだ。何を言ったのか理解できない。子供が叫ぶとそうなるのだ、とは思ったが、そんなことでもないような気がした。
「!
地球の言葉ちゃう。
*****!」
太一は、比較的通用範囲の広い共通語で、「こっちに来い!」と叫んだが、少年の必死な様子に変化はなかった。聞き取れていない。
「*****!」
他の共通語も試す。4 種類目でやっと子供がこちらに気づいた。
「(急げ)!」
少年は、躓きそうになりながらも、太一の後ろに回りこんだ。腰にしがみつく。
追ってきた影も目に入った。
「なんや、お前ら!」
その声に答えるように、その影は細長いものを構えた。とっさにカイリストのある腕を上げてかばう太一。肘のあたりに、かすかに刺激があった。
「なんの真似や!!」
追おうとする。だが、少年は、それを逃がすまいとその手に力をこめた。
舌打ちする太一。しかし、彼を一人で置いていくわけに行かないのも事実だ。
「(怪我はないな)」
頷く少年。歯を食いしばっている。
「(恐かったやろ。
もう心配ないで)」
また頷く。
「(お前、一人か。
父さんとか母さんはどこや)」
少年は首を横に振った。
「(なんや、はぐれたんか)」
頷く。
少年の目は潤んでいるが、それがこぼれるのを一生懸命に堪えているようだった。健気な様子に太一の胸が痛くなった。
「(お前、強い子やなぁ。
うん、男の子はそうやないとな)」
自分の目も熱くなる。太一は少年の手を握った。不安げな手が、それでもしっかりと握り返してきた。
「(とりあえず、俺の家に行こか。
お前、地球のアイスクリーム、好きか?)」
どうやら少年は、まだアイスクリームを食べたことはないようだった。
少年は、アイスクリームには手をつけなかった。ときおり、何かを調べている慎介の背中をチラチラと見る。
「(こいつのことなら心配ないで。見た目ほど悪い奴とちゃうから)」
「当てこすりはいいから、どこから来たのか聞け」
「教えてくれへん」
「もう嫌われてるのか」
「お前の嫌味な言い方に怯えてるんとちゃうか」
「お前の共通語が下手なんだ」
慎介は上体を起こした。
「ドミノス ウェーブだな」
「ドミノス ウェーブて」
カイリストに、太一が受けた刺激のデータが残っていた。
「ということは、だ」
慎介は、自分の部屋に入り、何かを操作していたが、やがて小さな機械を持って戻ってきた。
「(これをつけてみろ)」
少年は、太一の方を見た。太一が頷くと、その紐に首を通した。ペンダントになっている。
「ムダラ太陽系から来たんだな」
少年の顔が輝いた。
「そうです」
ドミノス ウェーブは、ムダラ太陽系の人間に対して催眠効果を発揮する超音波である。おそらく、それを使って誘拐しようと考えたのだろう。地球人には効かないが、皮膚には弱い衝撃を与えることができる。弱い、とは言いながら、強力にしたり、長時間、照射したりすれば、それなりの怪我をする。太一が感じた刺激はそれだった。
「翻訳装置、うまく動いとるな。
俺の言うこともわかるか」
「はい」
「よっし、まずは一安心や。
俺は、甲田 太一」
「僕は、ミュノスキと言います」
「ここにはどうやって来たんや」
「旅行です。お父さん、お母さんと一緒に」
「それではぐれたんか」
「はい…」
ミュノスキはうなだれた。慎介は、それを確認するとまた奥に引っ込んだ。
「あー、なんも心配することあれへんがな。さっきの、根性悪いおっちゃんが連絡とってくれるさかいな」
「あの人は、優しい人だと思います。僕に、この機械をくれました」
「ものをくれるからいい人とは限らんで」
「子供に何を教えてる」
慎介が戻ってきた。
「いや、世の中というものをやな」
「捜索願が出てる」
「ほんまか。
やったな。すぐに帰れるで」
「そうもいかないみたいだ。
宇宙船はもう太陽系を出てしまった」
「え?」
「どういうこっちゃ」
「詳細は調査中らしいが、どうやら、添乗員が悪だったみたいだぞ。誘拐グループと繋がってた疑いがある。
船内で逮捕されたそうだが、おかげでゴタゴタしてる」
「…そういうことかいな」
宇宙旅行中の誘拐は、実は頻繁に起きている。身代金をふっかけることができるからだ。
誘拐された者が別の惑星にいる場合、まず、宇宙空間そのものが障壁として存在する。そう簡単に越えられるものではない。また、その惑星との間に、犯罪捜査に関する協定が結ばれているとは限らないし、その内容も千差万別である。さらわれた方にしてみれば、遠く離れた世界に知人が囚われている、というだけで気が狂いそうになる、ということもあり、穏便に素早い解決を図ろうとする――つまり、犯人の要求に応じることが多いのである。
勿論、宇宙旅行は厳重な手続きで行われるため、誘拐そのものはそう簡単ではない。したがって、悪人達は旅行業者などを篭絡して手引きをさせることがある。今回もその例のようだった。
「おい、そんな顔しないな。ちゃんと帰したるて」
「捜索願が出てる、ってことは、君の両親は無事で、君を心配してるってことだ。もう、保護したって連絡は入れたから、早ければ、次の定期船で迎えに来るんじゃないか」
「ありがとうございます!」
「それまで、ここにおったらえぇがな」
「いいんですか。僕は、何のお礼も」
「何言うてんねん。ガキの癖に遠慮なんかしやがってからに」
太一は笑いながら、ミュノスキの頭をガシガシとひっかきまわした。
「ちょっと旅行が延びたと思たらえぇねん」
「がさつな大人がいるが、適当にあしらうことだ」
「太一さんは、僕を助けてくれた、優しい方です。がさつなんてとんでもない」
「…」
慎介は、返す言葉がない、という顔で太一を見た。太一は、ふんぞり返っていた。
「えー、迷子?」
薫と慶子は、すっかり同情的な目でしゃがみこんだ。
「そや。親が来るまでここにおるさかい、時々、遊んだってか」
「来るまで、って」
「今度の土曜」
「そんなに?!」
「それがなー、とんでもない外国に行ってしもうてな。直行便が週に一本しかないねんて」
「可哀想。
ね、困ったことがあったら、なんでも言ってね」
「はい、ありがとうございます」
深々と頭を下げる。
「えー、行儀もいいんだぁ」
「お名前は?」
「ミュノスキです」
「ミュ――?」
「あ、あ、み――り、龍之介やな、龍之介」
太一が慌ててごまかす。
「そう、龍之介君か。
大丈夫、いじめられてない?
この人達、変態だからね、気をつけてね」
「そんなこと。
太一さんも慎介さんも、僕を助けてくれた恩人ですから」
「うっそー。
なんていい子なの。あたし、どうしよう」
薫は、そう言いながら龍之介をきつく抱きしめた。母性本能がくすぐられてしまったらしい。龍之介は突然のことに目を白黒させていた。
「ね、何でもしてあげるから、本当に、何でも言ってね」
「ありがとうございます。
でも、変ですね。お姉さんはちょっと――」
また太一の顔色が変わった。今度は、慎介の方も反応した。
「あーっと、龍之介、ちょっと手伝ってか。その姉ちゃん達にお茶や」
「はい」
太一のいる台所に走っていく龍之介。薫と慶子はそれを慈愛に溢れた目で見送った。
しゃがみこむ太一。小声になる。
「あのな、あのお姉ちゃんのこと、何に気づいても口にしたらあかん。理由は後で説明したるさかいな」
「はい、わかりました」
薫が墓参りに来たところに、太一と慎介は出くわしている。それで、薫は地球人ではないのではないか、という疑惑が晴れた、と思ったのだが、それは徹夜明けの妄想だ、ということに後から気づいた。薫がそうでないとしても、両親――つまり、育ての親――が地球人であれば先祖の墓はあるだろうし、あるいは、一家揃って異星人だとしても、そこが自分達の墓であるかのような偽装をすることはできるわけだ。そのことは、何の証明にもならないのだった。
龍之介が何かを感じ取ったようだが、やはり、薫は地球人ではないのだろうか。いつかは本格的な調査をしなければならないが、その内容によっては、薫は強制連行されてしまうかもしれない。二人ともまだその覚悟はできていなかった。
「仕事が先だ!」
「そやけど、龍之介がやな」
太一は仕事をサボっている。龍之介を一人にしておくわけにはいかない、というのが理由になっているが、それが口実であることは難しい推理をするまでもない。
龍之介は、どちらにも素直な顔を見せており、慎介も彼をきちんと保護する気でいるのだが、太一の方は完全に参っており、メロメロである。一緒のベッドに入り、子守唄なども歌っているようだ。地球人の年齢で言えば小学校の一年か二年なので子守唄は卒業してしまっている年だが、龍之介はそれを喜んでいる様子だった。結果的に、仕事も雑用も、すべて慎介に回ってきていた。
「お前が遊びたいだけだろうが!」
「やめてください。
僕…一人で留守番してますから」
「本人はこう言ってる」
「無理してるのに決まっとるやないかい。他所の星で心細いんや。そんなのほったらかしにでけるか。
この人でなしが!」
「お願いです。太一さんも、慎介さんも。ケンカはやめてください。お願いです!」
ドアが開く。
「ちょっと、あんた達!」
「龍之介くんをいじめてるでしょ!」
「いじめてへんわ。
シイダがやな!」
「嘘つくな!」
「こんなに怯えてるじゃない!」
「人でなし!」
「な…」
「違うんです…違うんです…」
「ったく、いい大人が、子供を泣かせて。どういうつもりなんだか」
「恐かったよねぇ。もう大丈夫だよ。あたし達が守ったげるからね」
薫と慶子は龍之介を引き剥がして、両側からハグしてしまった。
「ちょうどいいところに来てくれた。
出かけるから、その間、龍之介を頼む」
「おい、えぇのか」
「何か問題があるのか」
「あの、僕、静かにしてますから」
太一は龍之介の前にしゃがんだ。
「すまんな。すぐ片付けてくるさかい、ちょっと待っとき。
そや、なんかお土産買うてくるわ。何がえぇ」
「いいんです。僕は、ここに置いていただけるだけで」
「お前…」
太一は、龍之介の顔を両手で挟み、乱暴にもんだ。
「よし、ほな、頼むで。
こいつ泣かしたら、お前ら」
「一緒にしないでよ!」
「いいから早く行って」
「いってらっしゃい」
龍之介が手を振る。二人は追い出されるようにして出かけて行った。
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