銀河探偵 ディデット

夏が去れば思い出す (前編)



「つまり、人探しやな」
 少女は頷いた。硬くなっているのが見るからにわかる。
 ディデット探偵事務所は、薫と慶子が入り浸り、夏休みはその友人達の勉強場所とされ、しかも先日は、女の敵である下着泥棒まで捕まえてしまった。今やここは「少女達の探偵事務所」となりつつある。
「そんなに緊張せんかて。
 まぁ、大船に乗ったつもりで、わしらにどーんと任せたらえぇがな」
「写真とか、あるかな」
 少女は、あります、とかすれそうな声で言うと携帯電話を取り出した。呼び出して見せた写真は、彼女と少年のツーショットであった。
 太一は、かすかに顔を引き攣らせた。慎介と目配せする。
「この少年は」
 慎介が切り出した。少女はまたうつむいた。
「君の恋人?」
「そういう…わけじゃ」
「友達以上、恋人未満、ってところかな」
 黙る。当たりらしい。
「連絡が取れないの?」
「いえ」
「ひょっとして、電話に出ない、とか」
 番号を見て出るかどうか決めているのだとすれば、別の電話からかけたり、公衆電話を使ったり、という手もあるのだが。
「そうじゃなくて…もともと、知らないんです」
 太一が顔をしかめた。どんどん、彼の得意分野から離れていく。この調子で、見知らぬ男との火遊びで、実は妊娠してるんです、などと言われたら叫び出してしまうかもしれない。
「聞かなかったんだ」
「はい。
 毎日、会ってたので」
「毎日?」
 さすがの太一も、身を乗り出した。
 その、仁村 久子という少女と少年が出会った場所は図書館だった。宿題はやらなければならないし、涼しいし、金はかからないし、図書館に行くと言えば親はうるさいことを言わないし、ということで実は人気スポットなのだが、そうやって通っているうちに、この少年も毎日、来ていることに気づいた。
「まぁ、こんだけ男前やったら、目立つやろうしな」
 辞書のコーナーなどで、何度か同じ本を手に取ろうとしたり、昼食を取るにも、混雑する時間帯を避けようとして同じ時間に外に出たり、と共通点もあった。そうして言葉を交わすようになる。
 久子によれば、その少年は相当に物知りで頭もいいらしい。太一は、美化しすぎとちゃうか、と言ったが。 彼女も知的好奇心を刺激され、負けずに、と読んだ本を紹介したり、たまに、自分が知っていて少年が知らないことがあると教えてあげたり、ということでどんどんと距離は近くなっていった。
「なかなかいい関係みたいだね」
 彼女は、学校でも図書委員をやっている。休みに入ってすぐと、二学期の直前には学校の図書室も開いており、したがって委員である彼女には受付の当番が回ってくる。それだけでなく、不真面目な委員も少なくないので、その穴埋めを彼女がする。8 月の下旬は、そういうことで、二人が出会った公立の図書館には行けなかった。
 そして学校が始まり、むしろそれによって時間ができた久子は、慌てて、という感じでその図書館に行ったのだが、少年はその週末には顔を見せなかった、というわけだった。
「約束したわけやないんや」
「はい…」
「学校の当番のことは話した? しばらく来られなくなる、ってことは」
「それは、あの、世間話みたいな感じで」
「彼も知ってはいるんだ」
「多分…」
「だったら、急に来なくなったから怒ってる、ってことはないと思うけど…」
「あの」
 太一が言いかける。
「はい…」
「なんか特徴あれへんか。
 ほくろがあるとか、そんなん」
「ほくろ…」
 慎介は、太一に、口だけで「バカ」と言った。ストレートすぎる。本当は、背中のほくろ、とかまで言いたかったのに違いないが、話を聞いた範囲では二人がそういう関係だとは思えない。
「記憶にありませんけど…」
「えっと、写真はこの一枚だけ?」
「はい」
「そうか」

 太一は、冷蔵庫から取り出した缶ビールのプルトップを開いた。
「どないする?」
「手がかりがな」
 慎介はソファに寝そべっていた。
「顔だけやからなぁ。
 引き受けても大変やで」
「あれ、太一さんは女性の味方じゃなかったんですか」
「ものには限度があるやろ」
「あら、薄情ですこと」
「そいつが他所の大学生で、実家はこっち、夏休みやから帰省してた、とか言うたら、そう簡単には見つからんで」
「今回は、あなたの嫌いな菫城学院の生徒じゃないんですから、もうちょっと親身になってあげたらよろしいのに」
「あの子、どんくらいマジやと思う?」
 慎介も溜息をついた。
「相当」
 久子は、毎日、図書館に通っているという。
「せやろ。
 思いつめてるとまでは言わんにしてもやな、あのマジなハートに応えて調査しよう思たら、それなりの手間隙がかかるで。そんなもん高校生に請求でけるかいな」
「得意の準備調査でなんとかなればいいんだけどな」
「まったくや。スカーンと見つかったらえぇけど」
「その方が恐いと思わないこともない」
「なんでや」
「そんな近くにいるのに会えなくなったのはなんでか、ってことになったら、私達の手には負えませんでしょう?」
「それやな…あ、あいつらに手伝わせよか」
 太一は勢いよく向かいの席に座った。
「あいつら?」
「慶子と薫」
「依頼人のプライバシーは守る。鉄則だ」
「あいつらかて、言って聞かせたら、ペラペラはしゃべらんやろ」
「それでもだ。
 同年代なんだぞ。住所だって、近くはないが、隣の区だ。万が一にでも顔見知りだったらどうする」
「ほな、アドバイザーとして」
「却下」
「ケチやの、シイダさんは」
「そうだ」
 体を起こす慎介。
「お前、最近、それを口にすることが多いぞ。気をつけろ」
「え、そんなに言うてるか」
「酔うと必ず言う」
「そら、酔っ払ったときくらい」
「その内、境界線が引けなくなるんだよ、そういうのは。絶対に口にするな。その方が確実だ」
「えぇやん、ニックネームってことにしといたら」
 睨む慎介。
「はいはい、わかりました」
「とりあえず、彼女の素行も含めて、準備調査だな。それでどこまでわかるか。
 その先は、その結果を見てから考える」
「なんか、そんなんばっかりやな」
「お金のない客ばっかり、繊細な問題ばっかりなのは、元はと言えば、あなたが女子高生とトラブルを起こしたからだ、と私などは愚考いたしますが」
「女子高生か。
 それもあったな」
 忘れていたわけではない。忘れたふりをしている、しようとしている、という方が正しい。
 薫は地球人ではないのかもしれない。
 その内に、本部から催促も来るだろう。二人はまた、溜息をついた。

Ver.1.0: 2006/9/3

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