銀河探偵 ディデット

さまよう人形 (前編)



 ピ、と警戒音がし、モニタの中にその場所を示す線が引かれた。
「動きよった」
 慎介も、え、と言いながらビデオテープを戻した。画像を拡大して、もう一度、再生。
「確かに動いてるなぁ」
「風ちゅうわけでもないな」
「ん…」
「なんやねん」
 それが依頼内容である。
 やってきたのは、三城という女だった。
 子供の寝室にある人形が夜中に動く、と言う。
 その、5 つになる達也という子供が時々、言うのだが、最初は相手にしていなかった。ある朝、前の晩に達也を寝かしつけたときに見たとのは別の方向を向いている、ということに気づいたので気味が悪くなったという。
 見取り図を書かせたところ、達也の寝相が悪くて布団をバサっとはいだのだとしても、その勢いで人形が動く、ということはなさそうだった。
 そこで二人は、三城の家にあるビデオカメラを寝室にセット、長時間モードで録画して見る、ということを提案した。そのテープを見ていたのだが、確かに、棚の最上段に置かれている怪獣の人形が 30 度ほど向きを変えた。寝ている達也は動いていないし、その夜は地震も無かった。そもそも、動いたのはその人形だけなのである。
「磁石かなんかついとるんとちゃうか」
「ん…一遍、人形を見てみた方がいいな」
「カメラも、こんなんやなくて、俺らの使うた方がえぇで」
「明日、行ってみるか」

 慎介は、任せる、と言い、器具を持って部屋に入った。
 特別に広い、ということはなかったが、こぎれいなマンションである。
「こんちは」
「こんにちは」
 達也は太一にしっかりと頭を下げて挨拶した。
「おー、ちゃんとお返事できるんやな。偉いな、君」
「おじさん、モギラをいじめる?」
「え、なんやて?」
「モギラをいじめない」
「『モギラ』て何」
 母親が助け舟を出した。その、夜中に動く怪獣の名前らしい。
「あ、あれ、モギラ言うんか。
 そんな、いじめたりせぇへんがな。怪獣なんかよういじめんわ。後が恐い」
「モギラは悪くないよ」
 また母親が後を受けた。
「実は、動いてることに気づいたとき、私がそれを捨てようとしたものですから、それで」
「あ、そら、お母さんが悪いわ。大事な人形やもんなぁ」
 達也は少し口を動かしたが答えなかった。大事な人形と、自分の母親が悪い、と言われたことで葛藤しているようだ。
「お兄さんが、モギラの容疑を晴らしたるからな」
「ようぎ?」
「モギラは悪ない、ちゅうことをちゃんと確かめたる、ちゅうこっちゃ」
「うん!」
「ほな、そのモギラをちょっと見せてくれんかな」
 太一は、達也の案内で、リビングから子供部屋に移動した。慎介は、天井にカメラを設置している。
「これが、モギラ」
 達也が指差す。ビデオで見たのと同じ、恐竜型の怪獣である。太一はそれを手に取った。
「ようできてるなぁ。うわ、このゴツゴツのリアルなこと」
 太一は、手首のカイリストに手を伸ばした。
「おい」
 と慎介の小さな声。それは、一般の人がいるところではやってはならないことである。表向きは、ただの腕時計なのだ。
 太一は、いかんいかん、と言いながら、慎介が持って入った鞄から計測器を取り出した。
「あ、モギラ」
 達也の抗議。
「いや、別にいじめるんとちゃうで。
 モギラが病気してないかなぁ、って調べるだけや」
「お医者さん、嫌い」
 抗議は弱くはならなかった。
「大丈夫や。この機械はちっとも痛ないから。
 すーぐ終わるでぇ…ほら――あれ」
「どうした」
「これ、磁気反応あるがな」
「やっぱり磁石か」
「違うと思うけど…」
 踏み台から降りてくる。慎介はセンサーをモギラの周りで動かした。達也が心配そうな顔をしているが、太一が、大丈夫だ、という笑顔を見せる。
「塗料じゃないか」
「塗料?」
「質感を出すために金属粉をまぜたんだろう。磁石にしては弱すぎるし、反応は満遍なく出てる」
「え、でも、こんな人形にそんな丁寧なことするか」
「三城さん、これで、どこで購入なさいました?」
「もらったの」
 達也が答える。持っていかれはしないかと必死のようだ。
「もらった?
 誰に」
「おじさん」
「おじさん、って君のおじさん?」
「あの、ここに越してくる前、アパート住まいだったんですが、隣に住んでらした方が、その方面に詳しくて」
「平たく言うたらオタクですか」
「あ、えぇ…。
 それで、引越しのときにご挨拶に行ったら、達也にプレゼント、って」
「その人が作ったんや」
「世界でたった一つの宝物、というわけだ」
「なるほどな。
 ほい、検査おしまいや」
 達也は、やっとモギラが帰ってきたので緊張を解いた。
「あのね、モギラはね、僕を守ってくれる、優しい怪獣なんだよ」
「そうかぁ。
 ほな大事にせんとな」
「うん!」

 というやり取りがあり、珍しく暖かい気持ちを抱いて帰った二人だが、それが失敗の元である。
 大事にしろ、と言われた達也はそれを忠実に実行、モギラを抱いたままベッドに入ってしまった。その晩は、モギラが動くところは撮影できなかった。
「余計なことを言うからだ」
「あの場合、そう言うやろ、普通!」
 翌日は、それに気づいた母親が、達也が眠ったところで人形を棚に戻している。
 そして、やはり、モギラは動いた。
 二人は、慎介の部屋のモニタの前で頭を抱えた。
「磁石じゃない。
 あの程度の金属粉じゃ、人形を動かせるほどの力にはならない」
「なんか憑いとんのかいな」
「それにしては動きが少ないぞ」
 人形は、わずかに向きを変えるとか、1cm ほど前に出るとか、そういう動きしかしないのである。
「季節も違うしなぁ」
「借りてきて調べたいところだけどな」
「ま、無理やろな、あの調子やと」
「カメラ変えるか」

 そして。
「え!」
「憑いてるようですね、太一さんのおっしゃる通り」
「誰や」
「少々お待ちください」
 プログラムを解析モードに切り替える。
 数秒の沈黙の後、5 つほどの候補が上がった。
「なるほど、この連中かいな」
 ガスや電磁波など、実体のない生命体の名前である。それがどうやら、あの人形の中に「住んで」いるらしい。
「まぁ、話のわからん連中ではないようやな」
 太一は、指でその名前を確認しながら言った。
「後は個体差だが。
 こればかりは会ってみないことにはな」

Ver.1.0: 2006/9/10

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