慎介はソファに横たわると溜息をついた。
それきり事務所はまた静かになったが、太一が戻ってくるといつもにも増して乱暴にドアが開き、音が響いた。その太一も、向かい側に座ると溜息をついた。
「どうだった」
「ん…」
「どうだった」
「わかれへん」
「何が、どう」
どちらの声にも力がない。
薫が異星人にさらわれそうになった事件は彼らの中にはっきりとした影を落とした。
彼女は、妙なことを口走る変質者に狙われただけ、ということで納得しているようだが、そうではないことは、二人はわかっている。
犯人達は、薫を狙っていたのだ。
彼らも、薫は地球人ではない、と言っていた。
そして彼らは、太一と慎介に打ち倒された後、まるで、事情を知られては困るかのように自害、その死体も砂になって消えてしまったのだ。
もはや、薫が地球人ではないかもしれない、という不安から目を逸らしていられる状況ではなくなった。
太一は、薫の先祖の墓がある、という寺に向かった。夏に、草刈りのアルバイトをしているので、面識はある。そのときに薫の家族と出くわして、ちょっとした騒ぎになっているので、住職もそのことは覚えていた。
「あの一家が来るようになったの、10 年くらい前からやて」
「その前は」
「何十年もほったらかしだったらしいで。
そこの親父さんの親父さん、つまり、薫の爺さんに当たる人が子供の頃、疎開中に、実家のあるあたりに爆撃があって、それっきり。
子供やから、墓参りに行たことはあっても、どの寺やらはっきり覚えてへん。それで、亡くなるときに、薫の親父さんに託したんやけど、それがやっとわかった、って顔を出したんが 10 年前ちゅうことらしい」
「それで通ったのか」
「一応、過去帳もあったけど、その爺さんの親父さんが空襲で死んで、ちゃんと葬式もやっとらんから、そこの墓には入ってないねん。
つまり、あの墓に、最後に入ったんは、更にその爺さん婆さん、ちゅうこっちゃ」
「証拠はない、ということか」
「そういうこっちゃ」
また黙る。
「秋の彼岸の前にまた草刈りしてくれんか、言うてたで。
まだ檀家と仲直りしてへん」
「暇だったらな」
つまり、薫の両親の身元も怪しい、ということになった。
「お前の方は、どうなんや。
本部で何か言うてきたか」
砂は持って帰った。どうやら、ローグ太陽系の人間らしい。
ギルド本部からは、砂になって消えた、というところから、軍人ではないか、というアドバイスが得られた。
「軍隊、て。
なんで薫がそんなところに狙われなあかんねん」
「知るか」
また、薫の故郷であることが疑われているカシ=オサニアの人間の詳しいデータが手に入った。ギルドからも分析結果が届いたし、保存してあったデータで慎介も分析し直したのだが、DNA の一致率は 99.41% と出た。
「地球人との一致度が 99.34、カシ=オサニア人との一致度が 99.41.
それてなんやねん」
「本部では、本格的な装備を持たない救命船で銀河の渦状肢をまたいだんたとすれば、その間に浴びた宇宙線によって DNA が損傷している可能性はある、と言っている」
太一ははっきりと舌打ちをした。
「それに、本部が寄越したのは、現在のカシ=オサニア人の情報だ。
彼女がプリンセス・マユマなんだとすれば、二百年の差がある。それも影響しているかもしれない」
「結局、わからんのやないかい」
「聞くしかないな」
「誰に」
「両親に」
二人は、薫の父親が勤める区役所に向かった。退勤時の通用口から、次々に職員が出てくる。
「あれや」
こうなって見てみれば、あの父親と薫の年齢は離れすぎている。もうすぐ定年、という印象である。そこから疑うべきだったのかもしれない。
「すいません」
南田 功は、なんだ、という顔で首をかしげた。やがて、思い出したらしい。笑顔が浮かんできた。
「あ、夏にお寺で」
「ご記憶でしたか。
石田です」
「甲田です」
「あの折には、どうも、娘が失礼なことを申し上げまして」
と、公務員らしい丁寧さで頭を下げる。
「今日は、その娘さんのことで、お話が」
功はまた、どういうことだ、という表情をした。さぐるように、目を細めて二人の顔を順番に見る。それは妙に長い時間だった。
「あの…」
やがて、おずおず、という口調で言った。
「気を悪くなさらないでください。
年寄りがわけのわからないことを言っている、と思っていただいて結構です。
お二人は」
一度、黙る。やがて、意を決したように顔を上げた。
「この星の方ではないのではありませんか」
二人は、息を飲んだまま、何も言えなくなってしまった。
太一は、飲み干したビールの缶をゴミ箱に投げ入れた。
舌打ちをしてまた冷蔵庫を開ける。
「飲みすぎだぞ」
「お前、よく平気やな」
「平気じゃない」
「それやったら、酒でごまかさんかいな」
「ごまかすことを薦めるな」
プルトップを開ける。
功は、二人が「銀河探偵」であることを聞かされると、やはり、という顔をした後で、またしばらく黙ってしまった。
だが、二人が口を揃えて、別に薫をどうこうしようというのではない、と力説し、夏の「珍妙」な顛末からそれはわかっていたのか、「お話することはたくさんあるので、今度の日曜に、自宅に来ていただけませんか」と言った。薫はその日、例によって慶子と出かける予定らしい。その間に、妻も同席して事情を話す、と言う。
つまり、薫は、そしてその両親も、地球人ではない、ということがはっきりしたのだった。
薫が功に誘拐されてきた、ということはないだろう。だが、もし、一家揃っての密航だとしたら、彼らは「銀河探偵」の義務として、それをギルドに通告しなければならない。地球には統一された政府がなく、地球外に知的生命体がいる、という前提の社会でもないから、交渉の余地はない。よほどのことがない限り、強制退去ということになる。
「そうと決まったわけじゃない」
「そうやないちゅう保証もないやろ」
「今、あれこれ考えたって無駄だ」
二人はそれから 3 日、眠れない夜を過ごさなければならなかった。
日曜の朝、薫が出かけるのと入れ替わるようなタイミングで、二人は南田家を訪ねた。奥にある、和室に通された。
「和室…」
彼らが地球人でない、ということを知ると、床の間があり、小さな花のいけられている、一昔前という雰囲気の和室は、彼らに落ち着かない感覚を抱かせた。
「お待たせしました」
この年齢差も、アンバランスといえばアンバランスだった。薫の母親、遥の方は、薫の母親であれば丁度それくらいであろう、という年恰好であった。
二人は、テーブルの向こうできちんと手をついて頭を下げた。遥の方は、いつまでも顔を上げない。
「あの」
「お願いします!」
急に声を上げる。
「お願いします!」
「ちょっと待ってください」
「落ち着いてください。俺らは別にお嬢さんになんかしようとかそんなんでは」
遥の目には既に涙が浮かんでいる。功は、その肩に手を当て、小さな声で、落ち着きなさい、と繰り返した。
「もうしわけありません。
実は、『銀河探偵ギルド』という名前については、私が名前を耳にしたことがある、という程度で、これは聞いたことがありませんので。妙に不安になっておりまして」
「そうでしたか」
地球人ではないが、ギルドのことを知らない。つまり彼らは、ギルドの名が通っていない星の人間だ、ということだ。
「皆さんは、やはり、カシ=オサニアの…」
夫婦の目が大きく開いた。
「ご存知でしたか」
その言葉は、太一と慎介にとってもショックであった。
やはり、薫は、プリンセス・マユマなのだ。
二人の表情に気づいたらしい。功は目を細め、遥は視線を落とした。
お茶を薦められる。慎介は乾いた唇を湿らせたが、太一は動かなかった。
そして、功はゆっくりと話を始めた。
「私は、カシ=オサニア王家の執事を務めておりました。ウキ・イサトと申します。
これは」
「マユマ様の乳母をしておりました、ウコ・ノナと申します」
「マユマ…様」
太一がつぶやく。彼らの考えていたことが、次々と裏付けられていく。
「マユマ様は、カシ=オサニア王家第 24 代、シカワ・カシ=オサニア王陛下とカイユ・カシ=オサニア・カシ女王陛下のご長女であらせられます」
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