慎介はソファに横たわると溜息をついた。
それきり事務所はまた静かになったが、太一はいつもにも増して乱暴にトイレのドアを開けて出てきた。ドスンと音を立てて向かい側に座り、はっきりと溜息をついた。
「説明がついたから解決とは限らんちゅうことか」
「あぁ」
薫が地球人ではなく、銀河の隣の渦状肢にあるカシ=オサニアの人間であることがわかった。しかも、王女である。両親は、王家の執事と彼女の乳母だった。
外遊中の宇宙船が海賊に襲われ、彼らは救命艇で脱出したが、エンジンが暴走、たどり着いたのが遠いこの地球だった、ということである。
したがって、不法移民などではない。銀河探偵ギルドに報告する必要はあるが、強制送還の心配はなくなった。
「ほんまにそやってんな」
了解を得て両親の皮膚の細胞から確認した。夫妻の言葉を疑う理由もないが、どこかに信じたくないという気持ちがあったのかもしれない、薫が使う茶碗に特殊なフィルムを貼り、薫の指の細胞も採取した。長距離の宇宙飛行と、母星とは異なる太陽光線による DNA の損傷、200 年を超える時間を考慮した分析で、やはり彼女はカシ=オサニアの人間だ、ということが確認された。
銀河探偵ギルドは、カシ=オサニアとは今のところ交流がない。カシ=オサニアの一部の人間はその存在を知っているものの、おたくの星の人間を見つけましたがどうしましょうか、といううかがいをギルドからたてるような関係ではない。
勿論、カシ=オサニアが今でも王制をとっていて、マユマが王位継承者であったとしたら、それはどう考えても知らせてしかるべきことではあるが、カシ=オサニアは共和制になっており、王家は、有力ではあっても名誉があるだけの一貴族にすぎない。しかも、二百年もの時間が経過して、プリンセス・マユマは「悲劇の王女」、つまり歴史上の存在になってしまっている。彼女を見知っている者は一人もいない。母星に帰すべきだと考える理由は何処にもなかった。
夫妻は、基本的には、このまま地球人として暮らし地球人として死んでいくことを希望している。薫に事実を伝える必要はない、と考えている。太一も慎介も、それには同意した。
「あの力はどないすんねん」
「帰ったからってすぐに消えるわけじゃない」
薫の「ヒーリング・パワー」は、地球に降り注ぐ太陽光線が、彼女の体の遺伝子を傷つけた結果、生まれた超能力だった。それが発現してしまった以上、積極的に遺伝子を修復しない限り、あの力はなくならない。
「どないして守ったらえぇねん」
仮に修復したとしても、改めて彼女に特定の波長の光を当てつづければ、力は復活する。その力を悪用しようとする者達から薫自身を守らなければならないのだ。
「あいつん家に下宿するか」
「どんな口実で」
「俺らのどっちかがあいつと結婚するちゅうのはどうや」
「…。
悪い。俺、余裕ない」
慎介が辛そうに言って目を閉じると、太一も黙った。
両親の話では、薫が小柄なのは、本来、盛んに成長する筈の時期にコールドスリープでそれを止めていたことと、この星の環境がカシ=オサニアとは異なるからではないか、ということだった。太陽光線だけではなく、大気組成や温度、湿度などの影響もあるかもしれない。両親は成長してからここに来たから問題はないとしても、薫はまだ発育時期である。今後、どういう影響が出るかわからない。執事と乳母である彼らは、その研究にはできる限り協力する、と言ったが、そうなると慎介の部屋の設備は勿論、成層圏に隠してある宇宙船の設備でも手に余る。データを送ってギルド本部に依頼するしかないが、薫の「ヒーリング・パワー」が狙われていることを別にすれば事件性がないことがはっきりした。本部が、彼女は無事に成長できるかどうか、ということの確認調査を引き受けるかどうかは疑問だった。
電話が鳴った。二人とも動かない。
「頼む」
渋々立ち上がる太一。
「しっかりせんかい。こういう時こそ、お前の出番やろが。
はい、ディデット探偵事務所。
は、そうですが
え?!」
その声に慎介も目を開けた。
「菫城学院さん?」
その日は快晴だった。早朝からノロシが上がり、学校は勿論、その周囲までが騒然としている。
「おぉ、えぇのぉ。
いかにも『若者の祭典』ちゅう感じで。
きばりや、おい」
太一は、二人の脇を走りすぎていく生徒達に発破をかけている。
「さっきまで眠い眠いとぼやいてたのはどこのどちらさんでしたかね」
「ディデット探偵事務所所属の甲田 太一さんであります」
「これはどうもご丁寧に」
「いえ、こちらこそ。
最後の打ち合わせ、何時やったかいな」
「あと 15 分」
「職員室やったな」
「あんた達!」
「何やってんの!」
後ろから甲高い声。ジャージ姿の薫と慶子だった。
「あぁ、そこにおったか。
お前らも走るんやろ。ほかに何に出んねん」
「何やってんの、って聞いてんの」
「あ、まさか」
「変態が再発したの!」
「またそれかい!」
「慎介さんまで一緒!」
「だから! ちゃうちゅうてるやろ」
首からぶら下げている名札を突き出す。
「『整理』?」
「なんの?」
「俺らが、変態を整理すんねん」
「って、わけわかんないし」
「ケコちゃん、先生呼んでこよう」
「えぇで。
俺らはその先生に呼ばれてきてんねんから」
「あんた、嘘つくと」
「カメラ小僧を追い出す仕事なんだよ」
放っておいてもいいのだが、打ち合わせの時間は近い。慎介が口を挟んだ。
「女子生徒をこっそり撮影しにくるのがいるだろ。それを見つけて追い払ってくれって」
「へぇ、あんた達が」
「出世したんだねぇ」
「あったりまえやないかい。
俺らは正義の味方のディデット探偵事務所やさかいな」
「前から思ってたんだけど、その名前、どうにかなんないの。変だよ」
「大きなお世話や」
菫城学院から、運動会当日の、カメラ小僧排除の手伝いをして欲しい、という依頼があった。太一も慎介も二つ返事でそれを請け負った。
当日は勿論、ここできちんと努めて好感を抱いてもらえれば、なにかと仕事がもらえるかもしれない。それは、薫と、薫と一緒にいることで巻き込まれるかもしれない慶子、その友人達を守りたい、という目的には願ったり適ったりである。値段の方も、怪しまれない範囲でディスカウントし、前日の夜から見張りましょう、という提案までした。
「薫、お前、肌、大丈夫か」
「大丈夫だよ。もう秋だし」
慶子は半そでの白いジャージだが、薫はブルーの長袖だった。
おそらく、薫が日焼けに弱いのも、この太陽光線が彼女の体に合わないせいだろう。二人とも、もっと早く気づくべきだったと思っていた。
「どうしたの、急に」
「心配してんねん」
「気持ち悪い」
「あ、その視線。いやらしい」
「先生〜、変態がここにいますよ〜」
「わ、やめんかいな!」
「ちょっと。俺達は目立ったらまずいんだから」
だから、かっこ悪いとは思いつつ、大人しいジャージ姿なのだ。
「先生〜」
「どうした。
あ、石田さんに甲田さん」
「あぁ、おはようございます、上西先生」
「今日はどうぞよろしくお願いします」
「あ、こちらこそ」
お互いに、丁寧なお辞儀をする。
「先生、本当に、こいつらに頼むの。
ヤバイよ。
羊の群れを狼に守らせるようなもんだよ」
「羊て顔か」
「あ〜ら、魅力ピッチピチの子羊ちゃんだもんねぇ」
いつのまにか人数が増えている。夏休みの間、彼らの事務所を図書館代わりに使っていた生徒達だった。
「ねえぇ」
一斉に「しな」を作る。
「太一さんに守ってもらえるなんて光栄ですわ」
「あーら、私は慎介さんご指名しちゃう」
「…」
慎介が絶句した。
結局は、十代の少女達。口では、うざいのかったるいのと言いながら、やはりイベントとなるとテンションが上がってしまうのだ。
「せ、先生、そろそろ打ち合わせに」
「すいません。いつもこういう調子なんです」
「お察しします」
「心配して損したわ」
背中で、照れてる〜、可愛い〜、という嬌声が上がった。
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