《これでいいだろうか》
「あぁ、おおきに」
「わざわざ済まないな」
《いや、君達は友人だと認識している》
「うれしいこと言うてくれるやないか」
太一と慎介は、事務所で携帯電話を手にしていた。太一はそのまま耳に、慎介はヘッドセットをつないでいる。それは奇妙な光景であった。
《それで、私に確認したいこととはなんだ》
「遺伝子配列の変更についてなんだが」
彼らが話をしているのは、シクニ太陽系からやってきたニューシーという磁気生命体だった。目で見えるような実体は持っていないが、電話や無線機など電磁波を使った機器に介入することで、こうして会話することができる。
ニューシーは、数年前に地球にやってきたのだが、ちょうどそのときに産まれた子供に先天的な遺伝子異常があることに気づき、それを修正したことがある。二人はそのことを思い出して、コンタクトを取ったのである。
「それて、やっぱり難しいんやろ?」
《簡単なことではない。
前にも話した通り、私一人ではできないし、いくつかの条件を必要とする》
「達哉君を治したときの仲間は地球にいるのか?」
《何人かは残っている》
「そのメンバーだけででけるか」
《そういう処置が必要な人間に心当たりがあるのか》
二人は、口に出せずに頷いた。電話でそれが見える筈はないが、ニューシーの方は、その沈黙の意味を正しく理解した。
《地球人か》
「カシ=オサニアという太陽系の名前を聞いたことはあるか」
《…。
第 3 渦状肢にある星だな?》
「そうだが」
《そういうことか》
さすがやの、と太一はつぶやいた。ニューシーは、それで事情を察したらしい。
《『治癒補助能力』は既に発現しているのか》
「あぁ。
ただ、本人はそれを制御できていなくてまれにしか発現しない。暴走したという形跡もない」
《私にはどうしようもない》
「あかんのか」
《達哉の場合は、誕生直後だった。固体発生から一定の時間内でなければ、私には手の施しようがない。
その力が発現しているということは、成年とは言わなくとも、それに近い年齢だろう》
「17 やけど」
《すまない》
太一は、電話を顔から離して天井を仰いだ。
《しかし、母星に帰還させれば能力は消える筈だ。母星でなくとも、太陽光線の条件が変わればいい》
「ほんまか」
「本人は、自分がカシ=オサニア人だということを知らない」
慎介は事情をかいつまんで話した。
《なるほど。
確かに、3 世代も隔たっているのでは、帰還が望ましい、とは考えにくい》
「その『治癒補助能力』もそうなんだが、本人がこの地球で健康に暮らすことができるかどうか、ということも問題なんだ。そのことについては何か知らないか」
《残念ながら。
私も、カシ=オサニアに行ったことがあるわけではない。そういう現象に関する情報を持っている、というだけだ。
それに関する情報のありかについても心当たりはない》
「そうか…」
《仲間達に問い合わせてみよう》
「助かるわ。
個人的な話やさかい、ギルド本部がのってくれへんねん」
《一つ聞いてもいいだろうか》
「なんや」
《その力は一部の勢力に狙われる性質のものだ》
「すでにそうなっている」
《そうか。
それで君達は、そのカシ=オサニア人を永遠に守りつづけるつもりなのか》
二人は答えを用意できているわけではなかった。
「ほな、おおきに」
太一は宝くじを財布にしまうとポケットにしまった。
「よう」
手を挙げる。ちょうど、慶子と薫が通りかかったところだった。
「何してんの?」
「見たらわかるやろ。宝くじ買うたんや」
「なんで。
あ、ひょっとして探偵やめるとか?」
「アホ言うな」
体をかがめる。薫と慶子も耳を寄せた。
「ちょっと聞き込みしてんねん。お礼代わりに買うたわけや」
「なんの」
「秘密や」
「また変質者?」
「変質者ならここに」
薫が言い、慶子が受けた。
「もうえぇっちゅうねん。
今、帰りか。ちょっと茶でもつきあえへんか。俺も一休みしたいねん」
「おごりなら」
「こいつが当たったら、嫌っちゅうほどおごったる」
駅前のコーヒースタンドに入る。太一は、安上がりで助かる、と言った。経済状態を考えてあげたの、と薫が憎まれ口を叩き、あたし達って気が利くよねぇ、と慶子が続く。
「どや、最近は。いそがしいか、副部長はん」
「まぁね。
部長がしっかりしてるからあたしはあんまり変わんない」
「書記は」
「あたしの書記は、薫が雑用を押し付けやすいようにって企んだ結果だもん。イベントでもなきゃ出番ないよ」
「あたしはこんなにケコちゃんのことを頼りにしてる、ってことなの。
もう一生ついてっちゃうんだから」
「ゲロゲロ」
「ひどい」
泣きまねをする薫。太一も笑っていた。
「そら、薫みたいなドン臭いのについてこられたら、迷惑やろなぁ」
「悪かったわね。
あんただってケコちゃんに負けたまんまでしょ」
太一は、無言で頬を歪ませた。そう言えば、夏に空手で勝負をして負けたことがある。その雪辱戦をやっていなかった。
「ほな、今度の休み――」
「忙しい」
ばっさり切られる。
「こんなか弱い女子高校生に勝ったって自慢できないでしょうが」
「俺に勝っといて、か弱いて」
「あんたがヘタレなだけでしょ」
「そうそう、ヘタレ、ヘタレ」
「そんなんやったら飲まんでえぇ」
太一は薫のカップを急に引いた。
「あ。
ちょっと、何すんのよ!」
テーブルに置いてあったハンカチに雫が飛んだ。茶色の染みが 2 つ 3 つ広がっていく。
「もう。
そんなんだから、ダダって言われるんだからね!」
薫はハンカチを持って洗面所に走った。
「俺は、甲田や」
それを見送って顔を前に戻すと、慶子が睨んでいた。
「おっかない顔やな。
ハンカチなんて汚れて何ぼのもんやないかい」
「何の聞き込みだって?」
「顧客の秘密です」
「嘘なんじゃないの」
「なんで、そんな嘘つかんならんねん」
「薫の様子、見に来たんでしょ」
「俺はそんな過保護――」
「過保護だよ。
薫に対しては」
慶子は低い声で言った。からかっているようでも、怒っている風でもない。
「そないな」
「あんた達のちっちゃい事務所で、うちの学校の近所で起こる事件が続く、なんてありえない」
「ちっちゃいは余計や」
「それならそうと、堂々と心配したら」
「え?」
目を合わせないようにしていた太一だが、つい慶子の方を見てしまった。
「あたしの親友を心配してくれるんだから、それがダメだなんて言わないよ。特に今は微妙な時期だしね」
「それや。どないや、あいつ」
「平静を装えるくらいにはなったみたい」
「あいつの妹とは」
「亜子ちゃんとはね…。それはしょうがないよ」
「そか…」
「別に嘘つくことはないでしょ」
「なにがや」
「過保護の話」
「そやけど、あいつが、何かおかしい、て思うてもあれやから」
「何がおかしいの?」
「俺と慎介がかわりばんこに顔見せたらおかしいやろ」
「なんでそんなことしなきゃいけないわけ」
「せやから」
太一は言葉を切った。口を一文字に結ぶ。誘導に引っかかったような気がする。
「なんか隠してない?」
細心の注意を払う太一。顔に出ないように、そのために不自然な時間がかからないように。
「何も」
「変質者と失恋くらいで、そこまで心配しなきゃならないもの?」
「あたりまえやないか。
変質者の方は、お前かて同じやねんぞ。あの連中だけと違うしやな」
「だったら毎日送り迎えしてよ」
「それは――」
「やることが中途半端なの、あんた達は」
太一が反論しようとしたところに、薫が戻ってきた。
「ケコちゃん、お仕置き終わった?」
「まだ足りないけど、今日はこの辺にしといてあげようかな、と思って」
「そのガサツなところ、直しなさいよね」
太一は、俺がおごったんだぞ、と反論しようとしたが、2、300 円でいばるな、と言い返されるのは目に見えているのでやめた。
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