銀河探偵 ディデット

あんたたちって人でなし (前編)



 ガサガサと箱を開く二人。太一はそれを呆れた顔で見ていた。慎介はコーヒーを淹れているところで顔は見えないが、わずかに頬が緩んでいる。
「はーい、どうぞ」
「おいしそう。
 あたし、モンブラン貰っていい」
「太一、どれにする?」
「お前ら、帰ったら晩飯ちゃうんか」
「ケーキは別腹だもんねー」
「ねえぇ」
 わかりきったことを言わせるな、という顔で薫と慶子はまた箱を覗き込んだ。
「で、どれにすんの。早く決めなよ。
 慎介さん、イチゴとメロンとチョコのどれがいい?」
「ちょっと待ってくれ。もうすぐ落ちるから」
「そうだよねぇ。やっぱり、見てから選びたいよね」
「全快祝いを自分で持ってくるなんて話、聞いたことないで」
「じゃ、はい」
 薫が手を出す。代金を寄越せ、と言うのだ。太一は、その手を叩いた。
「あほか。
 金の問題ちゃうやろ、そういうのは」
「だったらこれとは別に全快祝い用意したら?」
「いいわよ、あたしは別に。
 一回もお見舞いにきてくれなかったことを恨んだりしないから」
「よしよし、かわいそうな薫ちゃん」
「寝込んでる言うから遠慮したんやないかい。
 こっちはこっちで一応、心配しとったんやぞ」
「へぇぇ」
 からかうような目つきになる二人。太一は咳払いをして目を逸らした。
「じゃ、探偵のお二人からのお祝いは後日、ということで。
 ほら、どれでもいいから取って」
「俺は、ケーキはなぁ」
「え、あんた、好き嫌いあるの」
「脂肪と砂糖の塊やぞ。太るがな」
 顔を歪ませる薫と慶子。
「そりゃ、あの筋肉が全部、贅肉になっちゃったらねぇ」
「ブクブクだよねぇ」
「ブクブク」
「なるかいな」
「いいじゃん、一個くらい。
 じゃ、これね。イチゴ ショート。ビタミン C たっぷり」
「う…ん」
「ひどい」
 カチャ、と音を立てて皿をテーブルに置く薫。
「みんなに心配かけたからお詫びにと思って持ってきたのに」
 よよよ、と口で言いながら泣き崩れる。
「薫、泣いてはいけないわ。
 私が迂闊だった。この人達が、とんでもない冷血漢だってことを忘れていたの。
 許して、薫」
 二人で泣きまねをする。
「一緒にしないで欲しいな」
 コーヒーの入ったマグカップを持ってくる慎介。二人の分は前におき、後はトレイごとテーブルの上に置いた。
「そうだよねぇ。
 慎介さんは、どっかのダダさんとは違うよねぇ」
「甲田や。
 人の名前で遊ぶのは失礼やぞ」
「あーら、全快のお祝いもしない人が、『失礼』ですって」
「もう、最近の若い人は、礼儀がなってませんわねぇ、奥様」
 今度は、ほーほっほと笑う。
「食うたらえぇねんやろ、食うたら」
 日常が戻ってきた。
 まっさきに説明を受けるべきなのは、ほかの誰でもなく慶子だったが、残念ながら、嘘をつかざるを得ない。流石に、南田一家が全員、異星人であるなどということを知らせられる筈がなかった。薫が体調を崩したところに、親戚の中で、年の近い者が急病で他界したため、心身ともに参ってしまっていたのだ、と遥が説明した。慶子は、見舞いに行ったときに、薫が、二人が出会ったときのことを思い出させたのは、そのことが関係あるのかもしれない、と理解していた。
 慎介と太一のもとには、南田夫妻がやってきて、事情を説明して行った。薫が、プリンセス・マユマとしてではなく、普通の地球人、南田 薫として生きていく、という決意をしたことを二人は納得して受け入れた。彼女の「超能力」を兵器として狙ってくる者達をどうするか、という問題は残るが、それは彼らと両親とでこれから考えていく。薫自身が、それも含めて考えた上で決心したのだ、という事実は頼もしいものだった。
 こうして、ディデット探偵事務所は、また彼女達の息抜きの場所に戻った。いや、二人のテンションは、むしろ前よりも高いように思われる。薫は、休んでいた間に授業が進んでしまい、あるいは、家庭科部の用事も溜まり、大変なのだ、ということを、主に太一に対する皮肉と揶揄を交えながらひとしきり話すと、慶子と一緒に帰っていった。
 太一は、しばらく黙っていたが、窓から、二人が歩き去るのを確認すると、我慢しきれなくなったように吐き出した。
「あいつ、ちょっとも変わっとらんやないか!」
 夫妻がやってきたとき、薫は記憶と一緒に王女としての自覚も取り戻した、と力をこめて言っていたのだったが。
「あの親父、嘘こきくさって。
 ガキっぽさが前よりパワーアップしとるぞ!」
「変わったのかもしれないぞ」
「何がや」
「前は、女子高生と変態探偵」
「今は」
「王女様とその下僕」
「下僕…て、格下げかい!」
 慎介は肩を竦めた。
「そもそも、あいつ――」
 太一は、そこで言葉を切った。
「あぁ、いかん。
 冷血漢と口きいてしもうた」
 窓から離れるとソファに音を立てて座り込む。慎介は、冷たい目でそれを一瞥すると、皿やカップを洗い始めた。
 薫の、封印されていた記憶が甦った。では、今後はどうするべきか。これについて、二人の意見は真っ向から衝突していた。
 太一は、自分達がただの探偵ではなく「銀河探偵」なのだ、という正体を明かし、お互いに全てを理解した上で、最も有効な策を検討するべきだ、と考えた。
 慎介は、それは規約上、認められない、と反対していた。
 銀河探偵ギルドは、知的生命体を 4 種類に分類している。
 第一種が、ギルドの活動範囲にあって、お互いにその存在を知っており、密接な協力関係、あるいは逆に、敵対関係にある星。これまで、彼らが対処してきた事件の中で、腕時計型デバイスの「カイリスト」に浮かび上がるマークを見せただけで、それがギルドのものであることに気づいた異星人がいたが、彼らはそれに含まれる。
 第二種は、その存在はお互いに知っているが、今のところ無関係である星。カシ=オサニアがそうである。
 第三種が、ギルドは把握しており、そこで活躍している探偵がいることもあるが、その星の方ではギルドの存在を知らないところ。自分達の星以外に知的生命体がいる、ということにすら気づいていない場合が多い。地球は第三種に分類されている。
 最後は、お互いに存在を意識していない星。名前の通り、この銀河系の外にある星はすべて含まれる。
 このうち、第三種の星においては、「銀河探偵」というものや「ギルド」について言及することは、ごくわずかの例外を除いて禁止されている。単に知らないというだけでなく、異星人の存在が前提となっていない社会では、そのことが深刻な混乱を引き起こすからである。
 勿論、太一もそのルールは知っている。だが、彼は、これはその「ごくわずかの例外」に当てはまる、と主張した。
 異星人同士の争いがこの地球で起こる、ただその一点を取っても十分な理由になる。
 さらに、狙われているのは、「元」がつくとはいえ、第二種惑星の支配層の人間である。第二種はやがて第一種に移行するグループであるから、その安全をないがしろにすることは、ギルドにとっても得にはならない。
 慎介は、ギルドの規約はもっと厳格なものだ、と考えている。「例外」というのは表現上のもので、本質的にはありえないものだ。
 もし薫が、カシ=オサニアに帰りたい、あるいは、地球から離れたい、と考えているのであれば、その手助けをするには彼らが銀河探偵であることから説明せざるをえない。そして、そうなった場合、薫は地球の住人ではなくなるのだから、正体を明かしても実害はない。そういう条件が揃ってこその「例外」である。
 まして、薫は地球人になることを決心している。自分がカシ=オサニアの人間であることを口外することは絶対にないと考えていい。同じように、彼らも銀河探偵であることを知らせずに済む方法を検討するべきだ、というのが慎介の主張だった。
 勿論、それには困難が伴う。「近所の探偵さん」という立場でいる限り、常に連絡が取れるような装置、しかも地球のテクノロジーでは製造不可能な高性能のものを持たせるのは難しいし、いつか太一が冗談で言ったように、どちらかが薫と結婚したとしても、一日 24 時間、ずっと一緒にいられるわけではない。「銀河探偵」としてハードルを取り去った方が、絶対に楽、間違いなく効果的だ、と太一は力説する。
「じゃぁ、彼女の周りの人間はどうする」
「周り?」
「同じ町内の人、学校の同級生達。
 特に山岸 慶子」
「それが」
「彼女に隠し事をしろ、と言えるのか、お前は」
「…」
 太一が、自分は正しいと信じながら実力行使に出ないのは、それがあるからだった。
 薫には知らせるべきだ。だが、慶子はどうだろう。
 そのことを理解させる手間の問題ではなく、そもそも、薫が地球人ではない、ということを告白させなければならない。その上で、いや実はここにも異星人がいて、守ってくれるのだ、ということを付け加える形になる。それは無理というものだった。
 それを避けるとすれば、すでに慶子に対して隠し事を持っている薫に、口にしてはならないことをもうひとつ上乗せすることになるのだ。それでいい、というだけの割り切りは、太一にもできなかった。

Ver.1.0: 2006/11/19

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