慎介の携帯電話が鳴った。
「はい、ディデット――」
眉間に皺を寄せ電話を耳から離して睨みつける。
「どないしてん」
「なんかものすごい雑音なんだ」
おそるおそる、という様子でもう一度耳に当てる。
「…。
あぁ、あなただったか。ちょっと待ってくれ。
太一、ニューシーだ」
「お、なんかわかったんか」
太一も自分の電話を取り上げた。二人で、ヘッドセットをつなぐ。
「すまない、待たせたな」
《いや、それは私の方こそだ》
「達哉はどうや。元気にしてるか」
《あぁ。日に日に回復している。
この分では 2 年もかからないかもしれない》
「それはよかったな」
《それで、先日の件なのだが。
カシ=オサニア人へのこの太陽の影響について、だ》
二人の顔が厳しくなった。
《影響を受けるのは若い固体だけではない、ということがわかった》
「…。
詳しく教えてくれ」
《内容は正確ではない。直接、カシ=オサニアに行ったわけではなく、知人の知人、というような伝聞を重ねている》
「構わない。
あなたがたの種族で、伝言が不正確になってしまうということはないだろうからな」
《ないわけではない。だから、参考までに、ということで聞いて欲しい》
「わかった」
《この太陽のスペクトル構成では、カシ=オサニア人の DNA の広い範囲に影響を及ぼすらしい。ただし、そのほとんどは、例えば、体格であるとか、肌の色であるとか、地球人の個体差とは区別がつかない。また、個々の現象が致命的な問題を生じることはほとんどない》
「日焼けに弱くなる、ということはあるか」
《あるようだ。
その人物には、熱帯と極地方には行かないように助言した方がいい》
「わかった」
「つまり、例の『治癒補助能力』だけが特別なもんやと思ってえぇか」
《原則的には》
慎介は、その表現に含みを感じ取った。
「原則を逸脱すると?」
《統計を取ったわけではないが、寿命が 1〜2 割程度、短くなる、という情報がある》
「なんやて」
太一が立ち上がる。椅子が鳴った。
慎介は、デスクに肘をついたままである。
「もうちょっと詳しい情報ないんか」
《すまない。
これ以上は、本当に実験と検証が必要となる》
舌打ちする太一。
「おい、何、落ち着いてんねん」
「具体的に現れる症状みたいなものはあるんだろうか」
《そういう情報は入っていない》
「老化と見ていいのではないか、と思ったんだが」
《私もそう考える》
「お前ら!」
「計算してみろ。
平均寿命を 80 歳とすると、2 割短縮で 64 歳だ。その年齢で死亡するケースは珍しくも何ともない」
「お陀仏はお陀仏や!」
「確かにな。母星にいれば 80 まで生きられるのに、64 で死ぬのは喜べることじゃない。
だが、それを避けるためだけに、彼女達をカシ=オサニアに帰すのか?」
「それは」
反論できない。南田一家はそれを望んでいないし、望まれてもそう簡単にできることではない。
「半分になる、って言うんなら大変なことだが、この場合は、2 割で済む、と考えるべきじゃないか」
「保留や」
太一は座り込んだ。また椅子が鳴った。
《ギルド本部の協力は得られないのか》
「カシ=オサニアの現状を調査している、という報告はあった」
《それによって詳しいことがわかればいいのだがな》
「あぁ」
《わかったのはこれだけだ》
「いや、助かった。ありがとう」
電話が切れた。
ヘッドセットをしまう慎介。太一は、まだデスクを睨んでいる。
「言いたないけど」
「…」
「薫の親父さん、多分、そんくらいの年やで」
「…そうだな」
「くっそ」
「だが、地球に来たのは大人になってからだ。成長期じゃない」
「宇宙線もコールドスリープも負担になるやないか」
「どうしようもないだろう。
解決策は、ほかの星に行くことしかないんだ」
「わかっとる!」
菫城学園の下校時刻。
日が暮れるのもすっかり早くなっているが、時期的に部活動も停滞している。薫が帰宅したのは、さほど遅くならないうちだった。
彼女からの距離を一定に保つ影が一つ。寒くなったから、という説明は可能だが、帽子にサングラスで顔がはっきりしない。
駅前の商店街に入ると、薫は立ち止まった。その影に視線をやる。
そして振り向く。彼女は手を振った。
人影は、口元に落胆の表情を作ると、速度を上げた。
「やっぱり、慎介さんだ」
「ばれたか」
決して尾行が下手なわけではないのだが、外見を完全に変えるような変装でもしない限り、顔見知りの人間が、尾行を警戒している人間にばれないように尾行をするのは不可能なのだ。
「お仕事ですかぁ?」
薫はおどけた口調で聞いた。
「ちょっと秘密の任務で」
「お母さん?」
「…正解」
薫は、また視線を感じる、と両親に報告していた。
彼女達が地球人ではなく、カシ=オサニアという星の人間であることはすでに家族全員が理解している。そこに帰ることは現実的に不可能なのでこのまま地球人として生きていくことも決めた。ただ薫には、兵器として使うことのできる「ヒーリング・パワー」があり、それを狙うものがいる、それをどうするか、ということが唯一の問題ということになっていた。
まだ結論は出ていないが、そういう気配を感じたら、それが例え勘違いであってもすぐに報告することにはなっている。
母の遥は、それをそのまま慎介と太一に報告してきた。それが今日の午後、彼らは、直ちに薫のガードを始めた、というわけだった。残念ながら、すでに請け負ってしまった仕事があり、太一はそこから離れることができない。慎介一人だった。
「今日は何かあった?」
「ない…と思う」
「そう。
相棒は?」
「スキー シーズン目前だから、ってお買い物。
まぁ、部活もしばらく低調だからなぁ」
「そうなんだ」
「来週くらいから忙しくなるけどね。
ケーキ教室やるんだ」
「え、そんなことするんだ」
「うん、うちの伝統行事。
クリスマスに小さいケーキ作って彼氏ゲット、って子、一杯いるんだよ」
「へぇぇ」
「二人にも作ったげるからね。
楽しみにしてて」
「おや、自信たっぷりですね」
「お任せください」
笑う。
嘘ではないが、作った表情。
ちょっと大げさかな、と薫は感じている。だが、この感覚には慣れなければならない。
慎介と太一は、薫は変質者かストーカーのターゲットだ、と思っている筈なのだ。だが、ひょっとしたら、彼女を狙っているのは異星人かもしれない。そのことは隠したままガードを依頼したことになる。嘘をついていること、ひょっとしたら彼らに想像以上の危険が及ぶかもしれないことに、薫の胸が痛む。
しかし、無防備に何もしないでいるわけにはいかないのだ。有効な手立てが見つかるまでは、誰かに頼らざるを得ない。今の時点では、その「誰か」として最も有力なのは、ディデット探偵事務所の二人なのである。
(ごめんね…)
「どうしたの?」
「え…あ、考え事しちゃってた。
何の話だっけ」
「君の相棒の話」
「あ、そうか。ケコちゃんね。ケコちゃんのボディガードの話」
「僕らも二人いるから、分担することは可能なんだけど」
「ほかのお仕事もあるんでしょ?」
「そうなんだよね」
「できるだけ一緒にいるようにはする」
「いや、それは確かに、助かるけど。
そうお願いするのもどうかな、って」
慶子が巻き添えを食う。それも、薫にとっては恐ろしい想像だった。
一人で考えていると、自分が地球にいることは、周囲に迷惑をかけるだけのような気がしてくる。
両親もそうだ。二人は、自分が王女であったせいで、ふるさとから遠く離れた土地で暮らすことになってしまった。あの力も持っていない。狙われているのは自分だけなのだ。
「慎介さん」
「ん」
「慎介さんって、周りに迷惑かけたことある?」
「え?」
あまりに漠然とした問いに、慎介は苦笑した。
「ないわけないじゃない」
「そうなの?
慎介さんって、なんかノーミスな人って感じがする」
「誤解ですね。
うれしいけど」
「そうかなぁ」
「今しがた、尾行に失敗しましたが」
「あれは、だって、ねぇ」
「探偵の基本だよ、尾行は」
「変装すればよかったのに」
「迷惑をかけないから好かれる、ってことはないよ」
薫は立ち止まった。
「え?」
「迷惑をかけてもらえるから友達だってことが確認できる場合もある」
「慎介さん、どうして」
「もし君が、あやしい気配に気づいて、別の探偵に依頼を出したら、俺達はかなり悔しい思いをするだろうね。探偵として、ってことじゃなくて、半年近く付き合ってきた知人としては、それくらいのことはやらせて欲しい、と思うよ」
「慎介さん…」
「君がクリスマスにケーキをプレゼントしてくれる、って聞いて、悪いからいいよ、って答えたらどう?
友達じゃないのか、って思ったりしないかな」
「うん…」
「気にすることはないよ。何があったのかはわからないけど」
「ありがとう」
薫は微笑んで、また歩き始めた。
「え。
なんぼやて?」
「520 円」
「一体、どこ行くねん」
太一は、薫が買えと言った切符の値段を聞いて驚いていた。
「たかがイチゴやろ?」
「ケーキの最重要ポイントです」
「だからってわざわざ行かんでも」
「あのね。
あたし達は高校生なの。会社員じゃないの。
去年も今年も一昨年も同じ人がいるわけじゃないんだから。ちゃんと顔を見せてご挨拶しないと信用してもらえないんです」
薫は、学校から遠く離れた場所にあるケーキ屋に行こうとしているのだった。
そこは、昔の家庭科部員が見つけたケーキ屋で、特別な仕入先を確保しているらしく、そのイチゴの質が非常に良いことで有名だった。当時の部員が日参して口説き落とし、この時期、つまり、校内でのケーキ教室の頃になるとそこからわけてもらう、という付き合いになっていた。
店でも、菫城学園家庭科部の分は確保してくれるようになっているのだが、その頃、無理を言った、ということから、部長や副部長が顔を出し、部員が一生懸命に作ったもの――流石に洋菓子は持っていけないが、店に飾るマスコットということは多い。覚悟を決めて、和菓子を持っていって批評してもらう、ということもあったらしい――をお土産として持参してお願いする、という習慣になっている。
「お前、自分の立場、わかっとるか?
そんな、街灯もないような田舎の用事なんか、ほかの奴に頼まんかいな」
「街灯はあるよ。去年も行ったもん」
「そやったら尚更、他の奴にバトンタッチせんかいな」
「じゃ、来なくていい」
切符を持って改札に行こうとする。
「わかった。わかった、て」
「ゴチャゴチャ言わないでよね。あたしだって遊びに行くわけじゃないんだから」
「わかったから、ちょっとお家に電話させてんか」
「子供みたい」
確かに、大人しくしているべきだ、というのも正しいが、だったら、一生をそうして過ごすのか、ということになる。地球人としてごく普通の生活は送るべきだ、というのが家族会議の結論でもある。そうでなければ、何もかもが無意味だ。
太一が言うような危険なところに行くわけではない。ちゃんと都会の電車が通った場所だ。それくらいなんだと言うのだ、と薫は考えていた。
「あー、現場の甲田ですが」
《どうした》
「これからちょっと遠出するわ」
薫は、大げさだ、という顔でそれを見ていた。
《なんでそんなところに》
「ほら、俺と同じこと言うとるで」
「早くしなさいよ」
「ま、そんなわけやから――
あれ、お前の今日の出先、近いことないか?」
《近くはないが…そうだな。ちょっと回り道だが拾ってやる。駅で待ってろ》
「了解。
慎介の今日のクライアントな、そっち方面やねん。帰りに拾ってくれるて」
「え、ラッキー。
やっぱり、太一さんにボディガード頼んでよかったぁ」
「『さん』はやめてんか。気色悪い」
「じゃ、ダダ」
「それもあかん!」
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