「家まで送るわ」
太一が言うと、薫は首を振った。
「…。
ほな、事務所に行くか」
頷く。
慎介は駐車場だった広場に立っていた。時折、夜空を見上げ、あるいは腕時計を操作していた。
一瞬、低い唸り声が聞こえた。慎介はまた上空に視線をやり、腕時計をつけた左手を高く上げた。それが終わると、二人のところに戻ってくる。
駐車場がうすい光に覆われた。次の瞬間、彼らを襲った男達の体が消えた。薫が息を飲む。
「監察軍…ああいう連中を取り締まる組織に引き渡したんだ」
「死んだんじゃないの?」
「殺したりするかいな」
慎介はまた腕時計を操作した。今度は音もなく DDV の残骸が消えた。薫はもう驚かなかった。
「これで一段落やな。
どないして帰る?」
「タクシーだろう。
電車ってわけにはいかない」
駅に戻ってタクシーを拾う。短い時間ではなかったが、薫は、車の中では口を開かなかった。
ドアを開けて明かりをつける。薫はいつものソファのところまで歩いて行ったが、そこで立ち止まった。
昨日までは、ここは楽しいだけの場所だった。慶子と一緒に、太一と慎介をからかって遊ぶ部屋。時々は宿題をやったりする部屋。だが、今では別世界だ。
(嘘…じゃないよね)
二人が悪意を持って彼女を騙しているとは思わない。だが、薫が知らないことは数え切れないほどある。
「座らんかいな。疲れとるやろ」
太一に背中を叩かれる。慎介はいつものように台所でコーヒーを淹れていた。
「さて」
二人は薫の向かいに座った。湯気が 3 つ立ち上っている。
「話せば長い事ながら」
太一はいつもの口調に戻そうとしていたが、どうやら無駄な努力に終わりそうだった。
「えぇ…っと」
「色んな事を隠していた。
悪いと思っている。だが――」
「いいの。
それは、わかってるから」
薫が遮った。
「教えて…ください」
太一が慎介を見た。どこから切り出せばいいのかわからない。
「俺達は、探偵ということになっているけど――地球の探偵じゃない」
薫の表情を伺う慎介。どこからが彼女にとってショッキングな内容になるのか、慎介も図りかねている。
「さまざまな惑星で、その惑星のルールや常識をはみ出して、広い範囲で活動する探偵で――『銀河探偵』という通称になっている」
「銀河探偵…」
薫がつぶやく。
「じゃ、二人は地球人じゃないの?」
順番に太一と慎介の目を見る。
「太一は地球人だ」
「え、慎介さんは」
「地球から、銀河の中心方向に 10 万光年くらいのところにある、ルーニーという星で生まれた」
「本名、シイダ・シザ・シクロさんとおっしゃいます」
「あ、じゃ、時々、太一が言ってる『シイダ』って、本名なんだ」
慎介は太一を睨みつけた。
「みろ。やっぱり覚えられてる」
「しゃあぁないやろ、ずっとシイダって呼んどってんねんから」
「秘密を守れない探偵だからな」
慎介を無視して、薫を見る太一。
「これでも俺の師匠やで」
「えっ?」
これはいつもの薫だった。何を言い出すのだこいつは、という表情。
「ほんまやて」
「太一が慎介さんに話をするときって、そういう言葉遣いじゃないよ」
「それも色々あって」
「お前の話から始めた方がいいな」
「そうかいな。
お前、6 年くらい前に、飛行機が爆発した事故あったの覚えてへんか?」
「あっ…たっけ」
「空でエンジンが爆発して、山に突っ込んで、全員死亡っちゅうの」
記憶を探る薫。小学生の頃だが。
「7 人が奇跡の生還って騒ぎになったやろ」
「あ」
思い出した。救出されたのが 7 人だったため、「ラッキーセブン」だなどという言い方がされたのだが、生還とは言いながら全員が重傷を負っており相次いで死亡、一週間後、つまり 7 日後には最後の一人が息を引き取った、ということがあった。ラッキーとは程遠い大惨事だったのである。
「その最後の一人が俺やねん」
「…」
「助けたんがこいつ」
「ちょっと待ってよ!」
混乱に拍車がかかっている。
「もっとわかりやすく話して」
「えっとやな」
カップを口に運んで筋道を立て直す太一。
「そんとき、こいつは別の星で銀河探偵やっとってん。雑用で地球にちょっと調査しにきたところで、丁度、その事故に出くわしたわけや」
慎介の小型宇宙船ではどうしようもなかった。墜落した山腹へ着陸する。恐怖と吐き気を催す惨状の中を、慎介は生存者を求めて歩き回った。
「確かに 7 人は生きていた。
だが、生きているだけ、という状態で、長くは持たない、ということはすぐにわかった」
「こいつ、そこでルール違反してん」
安全が確認されていない異星人に投与してはならない薬を慎介は使用した。それは、強力であるがゆえに、逆に命を縮めてしまう危険性があるものだった。
「それしか方法なかったんやろうけどな」
慎介は両手を握り締めていた。
「そやけど無駄やった。ほかの 6 人は、救急隊に収容されて何日かは持ったけど、結局、怪我がひどすぎたんやな。みんな死んで行った。
俺もそうなるところやった」
無力感と罪悪感にさいなまれた慎介は、密かに太一の病室に忍び込んだ。最後の一人である。ひょっとしたら、彼が持つオーバーテクノロジーで救うことができるのではないか、と考えたのだった。勿論、それもルール違反である。
「俺、そん時、起きててん」
慎介が、太一の体に繋がれている計器の数値を読み、それを地球人の平常値とつき合わせているところで、太一は目を開いた。
(あんた…)
振り向く慎介。太一がこちらを見ていた。
(どうだ、気分は)
(最悪や)
(…)
(助けてもらっといてこんなん言うて悪いけど)
(覚えているのか)
(あの薬、ごっつ効くなぁ)
(もう一度…使ってみるか)
数値は、太一が死に向かっていることをはっきりと示している。まもなく、スタッフが飛び込んでくるだろう。そうなってからでは、地球の医学ではどうしようもないのだが。いや、その時点で既に、手の施しようがないのだった。
(何人、死んだ?)
黙っている慎介。全員。
(なんもでけんかったなぁ、俺)
目を閉じる太一。
(オヤジもオフクロも。
前のオッチャンも、後ろではしゃいどったガキも。
みんな)
(助けたかったのか)
(…)
「おい!」
(あたりまえや。
助かりたいし、助けたいし)
「本当か。
本当に、助けたかったのか」
(もう、遅いやろ)
それは正しい予想だった。口を動かす気力もなくなった太一は、再び動かなくなった。
慎介が姿を消した直後に、すべての装置が警報を上げる。まもなく、飛び込んできた医師が死亡を確認し、一定の手続きを経た後、太一の遺体は霊安室に運ばれた。
「ところが、火葬場で燃えたんは俺の体と違うて、こいつがでっちあげた偽もんだったわけや」
慎介は、別の薬品で、太一の体細胞の変化を止めたのだった。生きているとはいえない状態になるが、死後硬直も起こらないし、腐敗もしない。その状態で宇宙船に運び込んで連れ帰った。
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