銀河探偵 ディデット

苦悩するプリンセス (前編)



 久しぶりに静かである。薫と慶子は、クリスマス直前のケーキ教室の講師をやっているため忙しい。ディデット探偵事務所に寄る暇はなくなっていた。
 しかし、その静寂を破るように、カイリストが鳴った。赤く点滅する。だらしなく寝転がっていた太一と慎介は飛び起きた。
《ごめん。間違っちゃった》
 続いて、カイリストから薫の小さな声。
「えぇ加減にせぇ!」
 太一が怒鳴った。
 薫は、二人が「銀河探偵」であることを知った。南田一家と二人の探偵の間には一切の隠し事がなくなった。太一以外は全員が異星人であり、太一も、地球人としては一度は死んだ身である。
 依然として、薫の「ヒーリング・パワー」を武器として使おうと狙う者はいる。薫は、簡易型のカイリストを与えられて身につけていた。
 これは、慎介達が持っているものとは違い、それ自身には分析機能はない。小型であるため、女性用の腕時計として通用するが、この事務所のシステムと直結しており、不審な事態が起これば直ちに警告が上がるようになっている。
 問題は、薫がまだその操作方法を把握していない、ということだった。
「コマンド ドロワの機能、殺した方がえぇんとちゃうか」
「そんなわけにいくか」
 時計の盤面に文字を書き込むとそれがコマンドとして解釈されて何らかの機能が実行されるのだが、薫はどうやら腕時計を意味なく触ってしまう癖があるようだった。日に何度か、このような「誤報」が発生する。薫は、ケータイ世代だから腕時計には慣れてないの、と地球の少女そのままの抗弁をした。
「あいつが使えるコマンドを減らすとかやな」
「どの道、SOS 機能は残るんだ。
 解析精度を上げればいいのかな」
「“SOS”はそうもいかんやろう」
「どうしろと言うんだ!」

 時間はさほど遅くないが、すっかり暗くなっている。帰宅を促しに来た教師は、期末テストも近いというのにケーキ作りに一生懸命な少女達に呆れていた。
「もう、こんな時間かぁ」
「誰から貰ったの、それ」
 慶子は、薫がカイリストをつけてきた日からそれには気づいていた。帰り道、二人だけになったので、やっとそれを口にする。
「いいでしょ。
 こうやって時計、見るのって、ちょっとかっこいいよね」
 薫は、左手首を上にして、腕時計を覗き込んだ。
「そうかなぁ。
 今時、腕時計じゃないでしょ」
「そんなことないよ」
 確かに、今時の若者達は、時計もメモも財布も携帯電話で済ませる。腕時計をしている者は相当に少ない。太一達もそれはわかっているが、薫の身の安全のためには、置き忘れたりする心配のない、文字通り、「身に着ける」ものである必要がある、と説明し、薫も納得している。
「で、誰から貰ったの」
「ひ・み・つ」
「太一? 慎介さん?」
 慶子が覗き込む。薫はがっかりした顔つきになった。
「え、違うの」
「あたしだって色々あるんだよ、ケコちゃん」
「何が。
 聞きたいなぁ、その『色々』って奴を」
「ケーキのお礼」
「ケーキ?
 まだ早いじゃん、クリスマスには」
「前払い」
「って、ケーキのお礼に時計なの?!」
「そんなに高いもんじゃないよ。
 きっと」
 慌てて付け加える。
「まぁ、あいつら、金持ちには見えないもんね」
「うん」
「やっぱり、そうなんだ」
 もう一度、溜息をつく薫。
「つまんなーい。
 もうちょっと引っ張らせてよ」
「あたしだって。
 ひょっとして、薫ちゃんに新しい恋が、と思って期待したのに」
「ちょっと、ケコちゃん、まだ心の傷が治ったわけじゃないんだからね」
「いやぁ、恋の傷は、新しい恋で癒えるというからねぇ」
 慶子はニヤニヤしたまま足を進めた。
「で、どっち?」
「別に、どっちが、って言うんじゃないよ。二人で、って。
 ケコちゃんのプレゼントもあるって言ってたよ。あ、今から行こっか」
「いやいや、時計じゃなくて。
 薫ちゃんは、どっちを狙ってるのかなぁ、って」
「え?」
 立ち止まる薫。慶子はその前に飛び込んで、顔を意地悪く覗き込んだ。
「そんな」
「どっち?」
「そんなこと考えたこともない」
「どっちかって言うと、慎介さんかなぁ、薫は。
 あぁ、太一はケーキ食べないし、やっぱりそうかな」
 薫を置いて歩き出す。
「あのね、ケコちゃん」
「え、ひょっとして太一?」
「どっちも、そんなんじゃない」
 あたしを守ってくれる正義の味方。
「本当かなぁ」
 ケコちゃんの味方でもあるって言ってたよ。
「そういうケコちゃんは?
 太一の方が、話が合ってそうだよね」
「またまた、何をおっしゃいますやら」
「大体、年が離れすぎでしょ」
「うーん」
 2、3 歩分、黙る。
「そう言えば、いくつなのか聞いたことないんだっけ」
「ないね」
 慎介、いや、シイダ・シザ・シクロの年は聞いたが。
「太一は 24、5 ってとこだよね。
 慎介さんは、太一より年上だろうから、30 くらい」
「ちょっと離れすぎてませんこと?」
「そうでございますわねぇ」
「あたし達には、もうちょっと活きのいいところでないと」
「そうなんだけどね。
 いないんだなぁ、これが。
 なんでこんないい女が一人ぼっちのクリスマスを繰り返さなきゃいけないわけ?!」
 慶子の嘆きが夜空に吸い込まれていった。

Ver.1.0: 2006/12/10

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